駄文プログ

ノー・モア・サンキュー
 私たちはすでに生まれてしまった存在であり、かつこれから死んで行こうとする存在でもある。この気が狂いそうな運命を背負いながら私たちが平然と日常を過ごしていけるのは、生死があまりに他人事だからである。
 誕生を喜び、死に涙を流しても、それは他人の生死であって自分の生死ではない。誰も自分の生死を自覚的に経験できず、他人の生死からわずかにそれを想像するだけである。私たちは自己を選択できず、また死に方さえも選択できない。
「不知、生れ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る」これは鴨長明の「方丈記」の一節であるが、鴨長明が言うように人間はどこから来てどこへ行くのか分からない。主発点も終点も分からないまま私たちは日常を過ごしているのである。
 かつての日本人は神道や仏教などの宗教から死をとらえていた。それは無常観であり、また輪廻思想であった。明治以降は国家のために死ぬことが美化され、死ぬことに意味づけがなされた。しかし戦後になって死は意味づけを失い、死を語ることはタブーになった。そして死という現実を避けようとする心理が強くなった。
 宗教を持たない日本人は心臓死、脳死の議論をしても、患者の死に方をどうするかの議論を避けてきた。死の意味を曖昧にしたまま放置したのである。
 現在、畳の上で死ねる日本人は15%にすぎず、死は本人の意思とは無関係に周囲の都合によって迎えられる。生命を形式的に重視するあまり、生死を病院に押しつけたのである。
 死を考えるべき文学者も、哲学者も、宗教家も、延命の手段しか持たない病院に死を押しつけた。「病院が生命を何とかしてくれる」と思い違った期待感と、生死を専門家に任せようとする歪んだ合理主義である。
 本人が家で死にたいと願っても、その願いは受け入れられない。法律も社会も家族も、患者が家で死ぬことを拒んでいる。死を前にした厄介者は病院に送られ、生死を任された医師は見込みのない患者にも御仏前療法を行うようになる。
 本人のいやがる治療を周囲が行うのは、救命という名の暴力である。人格を持つ人間への冒涜ともいえる。この不幸は誰もが分かっていることなのに、周囲がうるさい、法律がうるさい、そのため本人の尊厳は軽視され、周囲の都合によって終末医療が行なわれている。生命至上主義が生命の尊厳を言い過ぎたため、逆に生命の尊厳が奪われたのである。生命の責任を言い過ぎたため、誰もが責任を取りたくないので、このような事態になったのである。
 これまで人間はモノよりも精神を重んじてきた。法律よりも情を優先させてきた。もちろん現在もそうである。しかし近代医学は目に見えぬ人間の精神を相手にせず、人間の心の苦痛を探らず、肉体の数値ばかりを優先させてきた。人間の存在が肉体にあるのではなく人格にあることを忘れている。そして人格よりは脳波、会話よりは検査となった。
 人間の存在は本人のものである。元来、死に方は本人が決めるべき問題である。しかし私たちは死の直前まで死にざまを考えない。これらは死を他人事としてきた私たちのツケである。人間にとって最も大切な精神の存在を軽視したため、私たちは医学と法律に縛られ人間そのものを失うことになった。自分たちの健康を守るべき医学が、生活を守るための法律が終末医療の不幸を招いている。
 人間は精神的活動を持つ点において他の動物とは明らかに異なっている。美しい花を美しいと感じ、楽しい日々に喜びを感じ、醜いものを嫌い、卑劣な話に憤りを持つ動物である。この心の動きを数値化できないように、人間を医学の数値や法律の条文で閉じこめることはできない。
 生から死への移行は逆らうことのできない自然現象の1つである。脳死だろうが心臓死だろうが問題外である。最後くらいは人間らしく死にたいと思うのが多くの人たちの願いであろう。そして人間らしい死とは、人工的産物である医療器機の介入をなるべく避けることである。
「ねがわくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」これは西行法師が800年以上前に吉野で詠んだ句である。時代が変わっても私たちの心は変わらない。たとえ桜の木の下で死ねなくても、せめて穏やかな死を迎えたいものである。
「ノー・モア・サンキュー」これは治療を行おうとする医師にライシャワー元米国大使が述べた言葉である。
 自分にしてほしくない治療を他人に行ってはいけない。死を押しつけられた私たちは、「人間らしい死に方」について、自分自身のこととして考え直すべき時期にきている。
愚人か賢人か?
 日本人は愚人か賢人か? このような質問を受けたら、あなたはどのように答えるであろうか。次に、あなたは愚人か賢人かと問われたら、果たしてどのように返答するであろうか。この回答はともかくとして、自分は賢く周囲は愚かと考えるのが現代人の本音であろう。
 なぜ自らを上位に位置づけ、世間を見下す精神構造になったのだろうか。それはマスコミによる刷り込み効果の影響といえる。茶髪、ヘアヌード、援助交際、怪奇事件、さらには無節操な週刊誌、愚にもつかない街頭インタビューの内容、低俗なテレビ番組、このようなマスコミが作る愚かな映像が人々の脳裏に蓄積し、虚構の世界が現実の社会を押しやり、いつしか周囲を愚人に、その反作用として自らを賢人と思い込ませることになった。
 もちろん日本人は愚かではない。愚かに見えるのはマスコミが愚かな日本人像を作っているからである。もし違うと言うならば、あなたの知人を思い浮かべればよい。彼らのほとんどは常識人で、愚人と呼べる者がいかに少ないかに気づくはずである。マスコミによるこの錯覚が現代人の深層心理を作っている。
 もしテレビ局がNHKだけで、週刊誌が新聞系列だけならば、周囲を愚集団とする現象は起こりにくい。しかし同時に、娯楽性のないつまらない世界になるのも事実である。
 テレビのスイッチを押せば、にこやかなホステスが飛び出し、ご機嫌を伺ってくる。そして優越感と自己満足の時間を与えてくれる。競争社会におけるストレスを癒し、夢を与えてくれる。まさに視聴者は王様気分となる。この視聴者の満足度が視聴率として現れてくる。
 愚かな映像と高所から批判しても、それは人々が無意識にそれを求めているからで、批判の支持は得られない。難しい話より笑える話のほうが面白いからである。尊敬よりは軽蔑が、偉人伝よりはスキャンダルが、人格よりは下半身の方が興味をそそるのである。他人の幸せよりは不幸のほうが甘い蜜となる。テレビを見て文句を言うのは、街頭で貰ったティッシュペーパーの質が悪いと怒っているのと同じである。
 企業にとって視聴率は売り上げに直結する広告効率であり、民放にとっては総収入である。私たちは民間放送が広告料金だけで運営されていることを忘れている。文句を言うなら見ないこと、あるいは自分が金を出すことである。
 人々はマスコミに良識を求めるが、漫画本を持たない出版社は倒産し、裸を載せない週刊誌は売り上げを低下させている。この現実を前にして、彼らの志ばかりを問うのは酷である。
 このマスコミの低俗化競争は民衆が求める無意識の要求であるが、低俗に接すると低俗が伝染するから恐ろしい。特に無垢な子供ほど伝染しやすい。その対策は、禁酒、禁煙と同様、親が見せないことである。マスコミの低俗化は問題であるが、大人にとって問題は違う所にある。大人にとっては、むしろマスコミが偉そうなことを言い出すことが問題になる。
 マスコミが政策に賛成、あるいは反対のキャンペーンを行えば、国民の意思は簡単に流される。そして無責任な情報操作により政策が決定されることになる。ニュースキャスターの批判的な言葉にうなずき、無意識のうちに評論家と肩を並べ、世の中を分かったつもりになる。マスコミの言葉を検証もなく信じてしまうのである。
 マスコミが広い視野で日本の将来を考え、問題を提示するだけならかまわない。しかし視聴者におもねるマスコミは、泣き顔や笑い顔を意図的に作り、国民を感情的に扇動するのである。世論と言いながら世論を誘導するのがマスコミである。
 マスコミは不偏不党、政治的公平をとなえるが、政治に対する影響力は大きい。第四の権力と呼ばれる由縁である。細川内閣誕生時に、「自民党の長期政権を崩壊させるため意図的に番組を作った」と公言した報道局長が解任されたことがその証拠といえる。
 多くの人たちはこのマスコミの無責任な作為性を熟知している。しかし世間で耳にする日常会話の多くがマスコミの受け売りであることを、受け売りと気づかずに人々は話しているのである。そして度が過ぎると、まさにマインドコントロールとなる。
 日本のテレビの広告総収入は3兆円である。新聞の総収入は2.5兆円で、6割が購読料4割が広告代金である。放送業界も新聞業界も広告がなければ成り立たない。逆を言えば商業主義がマスメディアを牛耳っているといえる。経済界にとっては国民は愚かな方が都合がよい。何でも欲しがる愚集団の方が購買力を持つからである。
 もし商業主義による愚人化現象を変えたければ、ひとつは不買運動による企業への圧力である、さらには企業と同様にマスコミを金銭で利用することである。
 日本の総広告費はGDPの1%、7兆円と巨額であるが、日本の医療費30兆円に比べれば意外に小さな金額である。患者を治すだけでなく、ゆがんだ社会を正すことも医師の使命とするならば、マスコミを利用することも大きな手段のひとつである。
竹槍精神論
 かつての日本人は手に竹槍を持ち、鬼畜米英のかけ声で戦争に勝てると信じていた民族である。そして精神論だけでは戦争に勝てないことを痛感しながら、今でも精神論に捕らわれている。何か問題が起きると科学的分析は二の次になり、精神論うんぬんで原因を求めようとする。これではいつまでたっても本質は見えず、同じ過ちを繰り返すことになる。
 精神論はスポーツにおいて著明である。またその解説においてもきわだっている。「勝てば精神力の勝利、負ければ精神力の欠如」と言えば、何となく解説らしく聞こえてくるから不思議である。野球で三振を取れば気持ちがまさっていたから、ホームランを打たれれた投手は気合い不足と解説される。このように勝敗の原因を精神論に求めるのは、相撲、柔道、サッカー、マラソン、いずれのスポーツにおいても同じである。勝敗の原因を精神論に置き換え、そして観客までもそれで納得してしまう。これでは負けた選手が可哀想である。
 医療事故が毎日のように報道されている。そして医療事故についても医師の精神論に原因を求めようとする傾向がある。医師としての思いやりの欠如、患者に対する驕りの表れ、自覚のない怠惰な注意力、このような医師としての精神の腐敗が医療事故を招いたと解説される。そして、それで何となく納得してしまうのが恐ろしい。個人に責任を負わせ、それで問題が解決すると錯覚してしまうのが恐ろしい。
 これは問題を安易に解決させ、安心を得ようとするスケープゴートの心理である。では本当はどうなのであろうか。医療事故を冷静に分析してみよう。評論家の多くは問題を分析する場合、米国との比較をおこない、日本と異なる米国のシステムを無条件に賛美し、そのシステムの導入が解決に結び付くと解説するのが常である。では彼らに習い、日米の医療事故を比較してみよう。
 国民1人当たりの入院日数は日本は米国の約3倍、外来受診率は約3倍である。そして日本の人口当たりの医師の数は米国の0.7倍である。いっぽう医師が患者から訴えられる確率は、米国の医師は日本の医師の約10倍である。この数値を基に計算すると、日本の医師は米国の医師よりも約50倍医療訴訟が少ないことになる。どのような計算をもってしても、米国の医師が日本の医師より優れているという科学的証拠はでてこない。
 医療事故に対する反省を忘れてはいけないが、この数字を見れば日本の医師は何と真面目に働いているかが理解できると思う。誰もほめてはくれないが、日本の医師は神業に近い精神力で医療を行っているのである。まさに神経をすり切らせて働いているのに、日本の医師全体が志の低下などと精神論で非難されたくはない。
 日本人は精神論が好きである。また好きゆえに何でも精神論で片づけようとする。かつて10倍の物質的優位にあった米国と無謀にも戦争を行ったが、50倍の医療訴訟の差をもってしてもまだ日本の医療に精神論を持ち出すのだろうか。ちなみに日本の医師の収入はアメリカの医師の約半分である。
 医療事故に対し危機管理が必要だという。確かにそうであろう。しかし、不眠不倒で働く医療関係者に間違いを犯すなというのは酷である。問題はアリバイ作りの危機管理の議論ではなく、事故を未然に防ぐための労働環境の整備である。医療にとって最も必要なマンパワーの整備を行い、医療事故を未然に防止することが先決である。生命を守る医療関係者の精神的ゆとりを確保することが、医療事故防止には何んとしても必要である。
 物忘れをしない人、計算違いをしない人、転んだことがない人、このような人間などどこにもいない。ミスを犯すのが人間であり、ミスをいかに防ぐかが人間の知恵である。
 毎年、1万人弱の人たちが交通事故で亡くなっている。この人たちの大半は怠慢ゆえに事故を起こしたわけではない。だれもが事故の可能性を持ちながら、運悪く事故に遭遇したのである。事故を防ぐため、車の運転は40分、間に20分の休憩を挟むことが推奨されている。6時間ぶっ通しの外来診療、12時間立ちっぱなしの手術、注意力の必要な医療においてなぜこの推奨が言われないのだろうか。
 徹夜で働く医療関係者の労働環境を改善せずに、精神論を持ち込むのは問題のすり替えである。竹槍で戦争に勝てと言うようなもの、南方の島で玉砕した英霊に精神力が足りなかったと言うようなものである。医療事故を防ぐためには様々な方策が提言されている。しかし生命に関することは、生命に関することゆえに、生命に見合うだけの財源の確保と感謝の身持ちが何よりも必要と思われる。
善意と感謝
 生物がこの世に生を受けて数億年、人類が地球上に誕生して150万年、生きとし生きる者の原則は弱肉強食である。この神から授かった弱肉強食の本能は、人間を唯一の例外として地球の歴史とともに延々と続いてきた。そして知恵ある人間だけがこの弱肉強食の原則に手を加えたが、その歴史はたかだかこの数十年のことである。
 国王が民衆を搾取する、資本家が労働者を搾取する、地主が小作人を搾取する。この搾取という悪道パターンが歴史の反動を生み、群衆の喝采とともに社会主義国家が誕生した。そして気がつけば平等主義に毒された民衆の堕落から、知識人が笛吹けど社会主義は踊らずついに崩壊した。いっぽう資本主義の日本は、社会主義国家以上の平等社会を達成している。
 日本の政治は政党名が何であれ、強者が弱者を助ける政策になっている。これは富の再分配という国家の仕事が、数の上で優位に立つ弱者の人気取りになっているからである。さらに弱者援助を美徳とする美意識を日本人が獲得していたからである。この美徳は弱肉強食の本能に反するが、これもまた神から授かった日本人の本性といえる。しかしこの本性は「強者の善意と弱者の感謝」という美意識が根底にある場合にのみ成立するのであって、この気持ちがなければ、生物の道ばかりではなく、人間の道をも踏みはずすことになる。
 最近、世の中が住み難いと感じるようになった。これは神から与えられた弱肉強食の本能が逆転し、人間の美意識から発生した弱者救済の政策が醜悪な姿を晒けだすようになったからである。弱者は助けを当然として感謝を忘れ、補填のみを主張する。強者は弱者権力に「金持ち喧嘩せず」の心境になっている。努力した者が努力しない者に搾取され、稼いだ者が稼ぎの悪い者にたかられる。富の分配が上から下への自然な流れであれば文句は生じない。しかし下から上が無理矢理強奪される世の中に思えてならない。弱者と強者の立場が仮面を被ったまま逆転している。
 日本の勤労所得者の1200万人が税を納めず、納税者の6%である年収1000万円以上の者が所得税全体の40%を負担している。強者の税金で支えられる多数派の弱者が感謝を忘れ、権利のみを主張するようになり社会の歯車がおかしくなったのではないだろうか。これは弱者の徳が金銭の優遇によって麻痺したせいであろう。
 かつて姥捨て山の露と消えていった老人は、観劇や観光地を元気に独占し、貯金高はどの世代よりも群を抜いている。子供は過保護に甘え、学校では恩師の影を踏みながら遊んでいる。加えるに筆者はスマホもなければ自分の部屋もない。車も八年目のボロならば、オレオレ詐欺にあっても払う金はない。
 このような現象は、世間や政治家が弱者をおだて過ぎたせいではないだろうか。人間はおだてられると堕落するのである。汗をかかない金銭の供与は人間をダメにする。
 人間は人間が作った浅知恵により、弱者の堕落と強者のやる気の喪失を生むことになった。人間を平等とする妄想が、人間の脳をアルコールのごとく心地よくマヒさせ、ついには日本人を廃人にしようとしている。弱者にとって必要なのは自立する精神であり、その障害になるのは相手への依存心である。強者にとって必要なのは差し伸べる暖かい手であって搾取される富ではない。
 医療においては医師は強者、患者は弱者のパターンが確立されている。この先入観が医師と患者の信頼関係を時におかしくする。まれではあるが自分を弱者であると威張る患者が目立つようになった。そして弱者を優しくするのが強者であると、度を超した要求を求めてくるのである。
 これほどの情報化時代に、医師が病気に対し無力であるとは宣伝されず、逆に何でも治せるスーパーマンと思われている。そして、スーパーマンが何で可哀想な自分を助けないのかと患者は食い下がる。これは風邪だから我慢しなさいと言えば、非人道的医師のレッテルを貼るのである。病気を責めずに医師を責める風潮が起きている。病気が治らないのを医者のせいと非難するのである。
 医療はサービス業との宣伝に乗せられ、医師がクスリ屋からおだてられて馬鹿になったように、患者も周囲からおだてられて堕落した。自分のことは自分で守るという病気の基本を忘れ、不都合のみを医療や介護に押しつけようとしている。自分の不都合を他人のせいにするのは、国民全体が人間としての責任と自立を忘れ、つねに他人をあてにするクセがついているからである。医師や看護師が患者のためにつくすのは当然であるが、この奉仕に対し感謝の気持がなければ医療側のやる気が喪失しても不思議ではない。
 人間が生物の持つ弱肉強食の本能を変えたのは、人間の知恵と美徳によってである。そしてそれを成り立たせている「強者の善意と弱者の感謝」を、今の日本人は忘れているように思えてならない。正確に言えば「善意と感謝」そのものを今の日本人は忘れているように思える。
死にざま
 白髪が増えても給料は増えず、皺が増えてもそれを知性と受け止める者はいない。目はかすみ、耳は遠く、胸のときめきは不整脈である。歯は抜け、四肢は痛み、小便は近く、気持ちはせいても足は前に出ず、気力は衰え、肉体はゆるみ、我が肉体は統制を失う。「年の功」は死語になり認知症(正確には認知機能障害)の新語が世にはびこっている。
 平均寿命に達すれば、友人の半数が死に、半数が生きている状態になる。そして死が近くになるが、老人は孤独の中で死の現実を知らずにいる。また死を予測しても終末医療の現状を想像しない。年とともに知恵、想像力、気力、すべてが同時に衰えるからである。
 子供はアニメの世界に浸り、青年はスマホで青春を謳歌し、壮年は日々の生活に追われ、誰も老人の心情や肉体を想像をしない。老化はその年になるまで実感できず、まして老化の先にある死については誰もが、幻想の世界、他人事である。元気な時に健康に気をつけ不老長寿を願いながら、老化と死の現実にフタをしているのが現代人である。
 人間は生理現象である老化と死から逃れることはできない。それは春から夏、夏から秋、そして冬を迎える自然の原理と同じである。そしてその時に必要なことは、生命保険や遺言状などではない。重要なことは自分の死に対する明確な意思表示である。
 生前に墓を買っても、多くは死の現実を知らずにいる。文学や哲学、あるいはテレビから死を想像しても、それは虚構の枠を出ない。生保会社や葬儀屋が教えるのは死後の形式だけで、肝心な死にざまについて教える者はいない。この情報化時代に、教える者がいないので誰もそこまで考えが及ばない。その結果、眠るがごとき大往生を願いながら、ポックリと死にたいと願いながら、多くは病院での壮絶な最後となる。
 私たちにとって「死を悲劇」ととれえやすいが、本当に悲劇なのはその死に方である。人々は死を恐れるあまり死を直視せず、死の悲劇から逃れるためにさらなる悲劇をつくっている。
 かつての日本人の意識には「死にざま」という言葉が常に存在していた。恥のない穏やかな死を重視していた。人生のすべてを死に集約させた有終の美学である。それを脳死患者でさえ生かし続ける現代医学が破壊したのである。
 もちろん生命絶対論者の言葉を借りるまでもなく生命の尊さは十分に承知している。しかし生命を偏重するあまり、人間としての尊厳を軽視してはいけない。患者の心を見ず、心モニターばかりを見つめる家族の即物的捉え方が魂の尊厳を奪っている。
 患者が医療に期待するのは、病気の治療と痛みの除去である。それ以外は何も望んでいない。しかし老人医療の現実は、声なき患者の意志は無視され、治らない生理現象を治そうとする医師の驕りと優しさ、家族の過度の期待と困惑が常に交錯している。
 その結果、善良な老人に鞭を打つような、枯れ木に水をやるような、家族のてまえ心マッサージをやるような、誰も望まない医療が行われることになった。魂の抜けた身体に呼吸器をつなぎ、何本もの点滴を入れ、どこに人間らしい死にざまがあるのだろうか。多くはそう思いながら、呼吸器のスイッチを切れないでいる。
 脳死を死と認めない生命絶対論者、終末医療を病院の儲けとする邪念、患者の死を敗北とする医学、これらにより日本の医療は心モニターの波形を動かすことばかりに専念し、人間らしい安らぎの医療は疎んじられてきた。
 日米の医療を比較すると、日本では人口当たりのモルヒネの使用量はアメリカのわずか20分の1である。この数値はアメリカ人に比べ20倍もの苦痛を患者に与えている証拠といえる。苦痛を取り人間らしい死を迎えさせることが私たちの使命のはずである。だがこの数値は天国に行く前に地獄の苦しみを与えている日本の医療を示している。老化や死を敵とせず、病気と捕らえず、自然現象とする視点が欠けている。
 大部分の人たちは自らの終末への意志を持たない。そのため残された家族が代弁することになるが、家族は戸惑うばかりで、結局はやれる限りを尽くしてくれという。そして医師は一様に終末医療の対応となる。
 患者の医療における自己決定権が話題になっているが、本当に決めてほしいのは自らの終末のあり方である。美田を残すより、人間としての死にざまを残す方がより重要である。元気なうちに死の現実を知り、死を受け入れる準備が必要である。
 そのためにはドナーカードと同様に尊厳カードを作ることも1案である。あるいは延命などの無駄な治療を拒否する1文を遺言状に書いておくのもよいだろう。人知のおよばない死後の世界より、誰もが経験する臨死について考える時である。
 もちろん医師の責務は、本人の意志を最優先させることであるが、本人の意志がわからないのが100%である。即物的医療から人間の精神を解放させることが、残された私たちの新たな責務になるであろう。

医学の進歩と情の衰退
 医学の飛躍的な進歩は誰もが認めることである。病院や介護施設などの医療環境は社会の流れによって改善しハード面は良くなった。しかし社会の流れから人情が廃れたように、家族愛も医療の心も低下した。
 患者中心の医療などと高い所からご託を列べても、医学の進歩にともなう新たな検査や薬剤に医療財源を奪われ、家族は親を施設に預けたたまま、病院職員は検査や雑務に追われ、患者が望む心ある絆は遠のくばかりである。
 政治家は国民の為と言う。行政は住民の為、教育者は子供の為、家族は親の為。そして医師は患者の為と言う。しかし、このように恩きせがましい言葉ほどその内容は空虚である。偽善な言葉、思いつきや借り物の内容、誰もが望んでいないのに多くが望んでいるように思わせるテクニック。このような詐術では、本質的改善は遠ざかるばかりである。医療においては、大御所といわれる医師ほど現場を知らず、患者の気持ちを知らず、それでいて口だけが達者だから始末が悪い。
 診察室に入っても、医師はコンピュータの画面ばかりを見つめ患者の顔色を見ずにいる。患者が症状を訴えても「検査をします、クスリで様子をみます」の優しいワンパターンばかりで、なぜ検査をするのか、なぜ処方が必要なのか、患者は訳も分からず三分間でタイムアウト退場となる。
 この三分診療を医療などと呼べないことを多くの医師たちは知っている。しかし多くの患者をさばくためにはベルトコンベアーのスピードを落とせないのである。モダンタイムズのチャップリンのごとくである。
 病棟の医師は嵐のようにやってきて嵐のように去ってゆく。医師の説明は訳の分からぬ早口で、患者は肝心なことは何も理解できないまま頷くばかりである。入院から退院まで、人間らしい情ある触れ合いはない。医療はデパートと同じサービス業なので、にこやかな表面的対応に、患者は感謝の気持ちもなければ、それが当たり前と思っている。
 医師を補佐する看護師もまた同様である。看護師の仕事は患者を看護することであるが、これもまた看護の本質を取り違えている。毎日カンファランスをやることが、勉強会や看護研修に行くことが、准看ではなく正看を増やすことが、患者のためかといえば否であろう。
 患者は病気の話よりも、息子の悪口や孫の自慢話を聞いて欲しいのである。看護師にとって患者の側にいる時間が以前より長くなったと言えるだろうか、逆である。医学的看護など患者は求めていないのである。
 看護師は廊下を走り回り、ナースステーションを覗けば机に向かって一心不乱にコンピュータと格闘している。立っている看護師は殺気だって声もかけられない。昔に比べ看護師の数は増えているのに、患者と接する時間は確実に減っている。あの横浜市大の患者取り違い事件は、ひとりの看護師が二台のベッドを一度に手術室に運んだことが原因で、看護師の人員不足が生んだ悲劇であった。
 お偉い人たちは、カルテや看護日記をきちんと書くことが患者の為という。しかしそれは単なる管理医療を患者の為と思い込んでいるにすぎない。もちろん患者の記録を残すことは重要であるが、それは時間に余裕がある場合である。机に向かう時間があるならば半分位の時間は患者の側に振り分けるべきである。
 現代医療の欠点は医学の進歩が招いた余裕のない医療で、「智を重んじ、情を失った」ことである。医師は管理医療に時間を振り回され、知らず知らすに患者を冷たい医療へ追いやっている。医学がどれほど進歩しても、患者の心を癒すのは医学ではなく「医療の情」である。そして情を示すには時間的余裕が必要である。
 日本の医療を良くするためには、暖かい医療を築くためには、医療従事者の心に余裕を持たせることである。そのためには医療財源を増やし医療関係者を増員する以外に解決策はない。しかしこれを誰も言わないから何も解決しない。
 医療をめぐる多くの議論は、財政の破綻を前提にしているので問題の解決には至らない。日本の医療費は40兆円であるが、米国一人当たりの医療費をそのまま日本に当てはめれば80兆円になる。日本の安い医療費で米国の医療のまねなど不可能である。医療費を増やし医療のハード面、ソフト面を改善させることであるが、高齢化で財源はなく、その負担は医療側にのしかかる。
 暖かい医療と医学の進歩は財源が同じ財布なので、互いに相反する関係にある。CTやMRIの導入を医学の進歩というならば、最新検査に人員と財源を奪われ、患者サービスが低下することを医療の衰退という。
 お偉い人たちは世間受けを狙い医療従事者の意識改革が必要と言う。しかし患者サービスの充実はすなわち医療従事者の数を充実させることで、「暖かい医療」と「医学の進歩」を両立させるためには、医療財源を増やす以外に方法はない。これがいやなら医学の進歩、医療サービスなどを医療に持ち込まないことである。

 

民主的議論と陪審制度

 検事は悪を憎み、被害者に代わって加害者に相応の罰と償いを求める。弁護士は弱きを助け、被疑者の立場から不当な冤罪と主張する。そして裁判官は両者の言い分を聞き、白か黒かの判決を下す。このように法曹界の人たちは、それぞれの使命感を持ちながら職務についているが、検事は検事の立場でしか物を考えず、弁護士は弁護士の立場でしか物を言わない。法の正義を自負する者たちがこのような職務に縛られた形で議論する法廷は、どこか茶番に思われてならない。

 昨日まで鬼検事と評判だった者が弁護士に職を変えた途端、極悪人の味方になる。金持ちが被疑者になれば、金持ちは元検事の弁護士を集め弁護団を結成する。このように立場によって自らの主張を変える議論は到底民主的な議論とは思えない。同じ司法試験に合格した者が、同じ司法研修所で養成した者が、なぜ立場によって主張を変えるのか。弁護士、検事、裁判官、この法曹三者による法廷議論は見えすいた劇を見ているようである。これを司法制度の欺瞞と呼ぶかどうかは別にして、このような一方通行の議論が巷でも多く見られる。

 そもそも議論とはお互いの考えを述べ、相手の考えを尊重しながら、より良い結論を得るための手段である。つまり自分の主張と相手への理解が同時進行でなければいけない。しかし今日行われている多くの議論は、最初から相手の考えを否定し、自分の結論を押しつけるものばかりである。

 この傾向は議論を論争と称し、劇化させて視聴率を上げようとするマスコミの手法に似ている。声の大きさ、反論に値しない屁理屈、言葉の用法などにより、相手をいかに負かすかが議論の技術とされ、論理の矛盾やごり押しを恥と思わない。そしてたとえ議論に勝ったとしても、勝った者の意見が優れている訳ではないので、議論の敗者が勝者に心服することはない。逆に恨みを残すことになる。このような中身のない議論は、発言する者がそれぞれの立場に縛られているからである。議題に対し肯定側と否定側に分かれて議論をする遊びをディべートというが、この欧米の遊びを真面目な議論に持ち込んでいるのである。

 このような論争を見ながら、国民は無意識に自分と同じ考えの論者の肩を持ち、対立する論者を無意識に軽蔑する。そして見識者の非常識に優越感と自己満足を得ながら、一方では声を大にするゴネ得の手法を無意識に身につけてしまう。

 このような議論の虚像が国民の前に醜く露呈したのは、万年野党の日本社会党が政権の座についた時である。それまでの日本社会党の反対は保身のための反対であったことが明確となり、政党の理念を曲げて現実路線を選択したことで日本社会党は安楽死への道を辿ることになった。彼らが残したものは、政策の建て前と本音、議論による取引と落としどころ、などの政治理念ではなく政治的技法だけだった。

 議論の弊害として、次に議論のアリバイ化を挙げることができる。時間をかけ十分に審議を尽くした証拠が欲しいだけの議論である。広く意見を聞いた上での共同決定というアリバイが欲しいだけである。これは一見民主的な議論と錯覚しやすいが、最初から結果の決まっている議論は民主主義を装った議論といえる。

 この形式を取っているものに政府の諮問機関がある。厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)を例に挙げれば、中医協は診療側が四割、支払い側が四割、一般の代表が二割と形のうえでは公平に構成されている。しかし診療側以外の人員は元厚労官僚やその仲間たちで構成され、議論する前から結論は決まっている。難しい顔をしながら、時に声を荒立てながら、厚労省に操られた三文役者が茶番を演じて日本の医療費を決めている。

 国民が望むものは自分たちのことである。しかし国民の代表が諮問機関に含まれることはない。公益委員でさえ、省庁が選んだ団体の代表であって、国民の代表ではない。立場に縛られない国民の代表や全体を見渡せる見識者が不在のまま、偏った審議がなされている。国民の生活に関わることは国民の代表が決めるべきで、立場に縛られた者が関わるべきではない。

 本来は政治家がそれを担うべきであるが、政治家が営利団体との利害関係を断ち切るのは困難であり期待はできない。間接民主主義の限界である。

 民主的議論と政策を考えた場合、陪審制度が興味深い。日本では市民から選ばれたシロウトが陪審員として司法に参加しているが、これは国民の良識を司法に反映させるための制度である。立場に縛られず議論ができる、あるいは政策を審議できる方法はこの陪審制度以外に思い浮かばない。専門的知識に難点があるにしても、非常識な専門家の論理よりは常識的なシロウトの直感のほうが優れている。

 政治には利権が絡み、議員は立場に捕らわれ、官僚は省益にこだわる。そのため国政に対する国民の不満や不信はあきらめに近い立場にある。しかしこれを改善させる方法がある。それは国民のチェック機構を国政に導入することで、永田町や霞ヶ関の論理を国民の良識でチェックすることである。

 日本の民主主義を蘇らせるには参議院を廃院とし、陪審部会から構成される陪審院を創設するのがよい。衆議院で可決された法案を陪審員が評決し、案の成立、廃案、修正を行う新しい国民のための新しい民主主義政治の形態である。

 

カラスの勝手と勝手なカラス

 カラスの勝手を主張する身勝手なカラスが街に溢れている。黄色い声を張り上げながら走り回る子供たち、うんこ座りの茶髪の若者たち、迷惑駐車を繰り返すおばさん連中、タバコの投げ捨てを平気とするおじさんたち、まったく勝手なカラスが街に溢れている。今回は勝手なカラスの生態学が話題である。

 勝手なカラスが街に出没するようになったのは、つい最近のことである。かつての日本人は礼儀正しく控えめで、忠犬ハチ公のごとく主人の為なら命を惜しまぬことを美徳としていた。しかしこの美徳が太平洋戦争の遠因と非難され、道徳よりは個人の自由を、倫理よりは個性を優先させる教育がもてはやされ、この敗戦からの二世代にわたる不道徳教育の結果が勝手なカラスの繁殖につながった。かつての日本人は、お天道様に申し訳ないとする自己規律があった。恥という言葉を知っていた。これをカラスたちに教えてやりたいのだが、不気味な瞳に思わず竦んでしまう。

 「誰にも迷惑をかけず楽しいことをしているのに、何が悪いの?」。これは援助交際で補導された女子高生の言葉である。このような疑問を平然と抱く女子高生、さらにこの疑問に答えられず当惑する大人たち、この両者の存在こそが戦後教育の結果である。

 カラスにもカラスなりの理屈はあるだろう。しかし彼らの根本的な間違いは「自由の意味の取り違え」である。元来、自由とは勝手気ままを意味する言葉ではない。自由とは三つの制約に縛られた厳格な意味を持つ言葉である。

 その制約のひとつは、他人に迷惑や危害を加えないこと、つまり個人の自由が他人の自由を侵害してはいけないことである。大人が自分の部屋でポルノを見ることも、誰もいない野原で大声を出すことも、他人に迷惑をかけなければ個人の自由として保護される。たとえ他人から蔑まれても、愚かな行為と非難されても、人間には愚行権という権利を有する。しかし電車の中でエロ本を広げたり、公衆の前でタバコを吸う行為は絶対的な間違いである。それは他人に不快な害を与えるからである。このように他人に迷惑をかけないことが自由の最大の原則である。しかし勝手なカラスはこれを理解しない。法律に触れなければ、すべてが許されると本気で思っている。

 自由における二番目の制約は、規則や法律による社会的制限である。この社会的制限の中でも刑法は社会ルールを文章化したものだから理解しやすい。しかし子供の義務教育、シートベルトなどのような個人を保護する法律は個人の自由と常に対立をきたし議論を引き起こす。シートベルトの着用は本来は個人の自由のはずであるが、国が罰則を設けるのは国が個人を守るためである。決められたルールは守るべきであるが、この個人を守るための法律が行き過ぎると国家による迷惑なお節介、全体主義のレッテルを張られることになる。

 この社会的制限で特に問題になるのは「未成年者の自由」である。子供の自由はワガママにすぎないが、大人と同じ体格の未成年者の自由をどこまで認めるかが問題になる。未成年者に善悪を判断する能力が無いとすれば、彼らは社会によって制限を受け、また同時に社会によって守られる存在になる。その境界線は18歳という年齢であるが、この法的年齢を厳密に適応するかどうか、子供と未成年、未成年と大人、この保護すべき年齢の線引きが問題になる。

 いつも不思議に思うのは、高校野球の監督が自分より体格の良い選手を子供と呼ぶことである。高校生なら立派な大人である。子供と呼ぶのは、あるいは子供扱いするのは、大人の勝手な思い過ごしである。子供の定義は電車料金の区別である小学生までであろう。中学生以上ならもの判断は付くはずで、判断がつく以上は大人として扱うべきである。小学生に英語を教えるよりは、人間としての本堂を教えるべきである。

 子供への対応策は法律よりは家庭の教育であるが、親に子供の教育の資格がない場合にやっかいになる。勝手なカラスの親は、同じ勝手なカラスである場合が多いからである。このような親ガラスの代わりに社会が子供を教育すべきであるが、教育の資格のない親ガラスがカァーカァーとうるさいため手が付けられない。このような教育体制により、善悪の判断のつかない子供が援助交際と称した売春に走ることになる。

 自由に伴う三番目の制約は、その自己責任である。自由と責任を論じる場合、医療におけるエホバの証人が最も適切な例になる。医師にとって輸血を拒否するエホバの証人は愚かに思えるが、それは患者の自己決定権であり、たとえ患者のためであっても医師は患者の自由を侵害してはいけない。医師が最も良い治療法を選択するのは患者がそれを望むからであって、患者が望まない医療行為はたとえ最良の治療であっても違法行為となる。自己決定権による結果が自己責任となるが、カラスたちの精神構造には責任という言葉さえ欠如している。この日本人特有の甘えと無責任を排除するのが自由に伴う責任なのである。

 これらの三つの制約を守れば、自由主義社会は個人の自由を保障している。しかしこれほど簡単な制約が理解されていない。また教育もされていない。これを勝手なカラスたちに理解させるためには二つの方法が考えられる。子供のカラスには教育で、成人カラスには刑罰で対応することである。これで退治できないのならば、それは現在の教育が悪いのであり、また刑罰が甘すぎるせいである。

 カラスたちを馬鹿な連中、下品な連中と蔑むだけでなく、教育あるいは刑法を変え勝手なカラスの繁殖を抑えることが必要である。

わかっているけど
  糖尿病患者の食事制限、肺気腫患者の禁煙、肝炎患者の禁酒、人間は馬鹿ではないから病気のために何をすべきかを十分に理解している。しかし悲しいことに、身体に悪いとわかっていても止められないのが、これもまた人間である。頭で理解していても、今回だけはと言いながら止められずにいる。自分の病気についてさえこうである。ましてや自分に関係ないことについては、それ以上にわかっているけど止められない。
  ゴミを捨てれば環境が悪化する。自動車に乗れば排気ガスをまき散らす。違法駐車は渋滞を引き起こし、合成洗剤は河川を汚染する。これらは誰でもわかっているが止められない。
  公共の場を汚してはいけない。このようなことは説教されなくても誰でも承知している。だから入試の小論文になれば多くがいっぱしの文章を書く。面接試験では理想的な解答しか返ってこない。日本の若者が礼儀正しくなるのは入社試験の時だけで、嘘が上手な者ほど面接では高得点を取る。
  小論文や面接で人物評価が難しいのは、人間は平気で嘘をつく動物だからである。人前では偉そうな建て前でモノを言い、ひとりになると悪魔の誘惑に負け本音で行動する。そして目の前の欲望が公共心よりも優先される。この建前と本音のギャップが、社会問題が解決しない1番の原因である。
  性善説と性悪説の2つに人間の本性を分け論じることがあるが、それ以前のこととして、善悪を判断できない人間などいるはずがない。善悪がわかっていても楽なほうへ流されてしまうことである。人間は集団の利益を理解しながらも、自分の利益と快適性を求めてしまうズルイ動物なのである。みんなの社会の自分だけの利己主義である。
  かつての日本人は、世間様が、あるいはお天道様が人間としての行動を見張っていた。しかし地域社会が崩壊し周囲が見知らぬ他人となって、毎日が「旅の恥のかきすて状態」となった。宗教的倫理観をもたない日本人は、周囲の相互監視がないとモラルや恥を失い、品性まで落とすことになる。
  日本は民主主義の国であるが、正確にはワガママ民主主義の国である。このワガママ民主主義を改善させる方法はあるだろうか。まず刑罰あるいは強権によって解決法について考えてみよう。
  ゴミを捨てた者に100万円の罰金を科せば街のゴミは確実になくなる。学会で時間を守らない演者にはマイクのスイッチを切ればよい。これらの方法は一見よさそうにみえるが、このような監視と統制の社会ではギスギスした全体主義になってしまう。強権による政治の代表は独裁政治であるが、この政治形態が良くないことは歴史が証明している。
  そして最後にたどりつくのが教育論となる。しつけや教育によって現状を変えようとする方法である。しかし教育改革を行うたびに教育がおかしくなったように、見識者の建前だけの改革であれば改善などは期待できない。学校でのいじめの問題は現在の教育が間違っているからである。
  本来、教育とは教え育てることであるが、現在の教育は暗記ばかりで、すべての試験は暗記大会である。重箱の隅を重視し、人間の品性や創造性を育てなかったので子供たちは学年を増すごとに人間性と学力を低下させている。
  教育が受験という競争を内在させ、さらにテレビやスマホによる社会汚染が進行している現状では、教育者の偉そうな言葉にうなずいても、生徒の心には浸透はしない。また子供たちが教育によって愛他的になったとしても、利己的な人たちに利用される危険性が生じる。このような問題はあるが、みんなの社会を守るためにはしつけと教育以外に何があるだろうか。
  本当の教育とは利己主義の醜さ、愛他主義の尊さ、他人の痛みを教えることである。学芸会よりはゴミ拾い、修学旅行よりは病院でのボランテアである。そして何よりも大切なことは、「他者に危害や迷惑をかけない」という、自由主義社会の大原則を教育の場で教えることである。幼い時から甘やかされてきたワガママ子供たちを矯正するにはワガママ親の抵抗が強いだろうが、これを教えなければ現状のままである。
  自分の病気をどうするかは個人の自由である。しかし自分たちの社会をどうするかは全員の問題である。そして愛他主義は無理としても、害他主義の厳禁ぐらいは最低限教えなければいけない。
  社会的問題を解決できないのは、わかっていることを解決できない弱さとズルさを合わせ持つからである。いずれにしても学校という小社会のなかで、弱者が、正直者が、馬鹿をみない社会を実現させてやることが接待に必要である。

日本文化防衛論
「近くに起こしの節はお寄り下さい」、知人からの引っ越しの葉書である。知人の新居は通勤の途中にあるが、まだ寄らずにいる。この言葉を真に受けたら相手が迷惑するからである。このように日本語は難しい。それは相手の気持ちを推測しなければいけないからで、もし文面どおりに立ち寄れば、この常識なしと言われるからである。
 「つまらない物ですが」この言葉を添えた贈り物は、へりくだった気持ちが含まれている。「善処します」は何もしないことを意味する政治用語である。「結構です」は、話の前後で正反対の意味になる。このように日本語は、言葉の裏に隠れた相手の真意を読まなければいけない。言葉と意味が直結している小学生や外国人には理解できない日本の文化である。
 曖昧な日本語、和を尊ぶ日本、あうんの呼吸の日本社会は、契約で成り立つ欧米社会とは根本的に違っている。欧米人が日本人の言葉尻を捕らえ嘘つきと非難しても、野党や評論家がいちゃもんをつけても、本人は本音を言ってるだけで嘘をついている意識はない。外国人が日本の文化を理解していない、あるいは野党や評論家が言葉尻を捉えているだけである。
 日本語の特長は相手を気づかう気持ちと、正直が根底にあることで、これが日本人の美的心情を表しており、日本人の奥深い心づかいなのである。しかし最近、欧米流のストレートな言い方が大手を振るうようになった。相手の気持ちを考えない、言葉の裏を知らない勝手な言い方である。
 医療現場において、欧米人がストレートに癌を告知するのは、欧米が契約で成り立つ社会だからで、生命に関しては神との契約、医療に対しては医師との契約が基本にあるからである。日本において癌の告知にためらいがあるのは、日本の医師が患者を気づかう心を持つからで、世間が邪推するような医師の傲慢さによるものではない。患者の心情を理解せずに、癌の告知を欧米流につっけんどんに言う医師がいるが、癌の告知を無神経にやられたら、不幸な患者を増やすだけである。
 癌の告知には医師と患者との心のコミニュケーションが必要で、コミニュケーションを通して、医師は患者にどのように告知するかを判断するのである。初対面の医師に癌ですと言われたら、患者の心がどれほど傷つくか分からない。医師は正直でなければいけないが、正直以上に大切なのは相手を気づかう心である。しかし最近では医師も患者も欧米流が当たり前と思うようになった。
 聖徳太子が仏教を日本に導入して以来、日本の文化は外国の良い点を選択し、日本古来からの文化に融合させてきた。日本文化を守りながら外国文化のよい部分を吸収してきた。この外国の利点を吸収してきた日本人の体質が、時として大きな失敗を生む。それは欧米の欠点を利点と思い込む場合である。医療においては調剤薬局がこれに相当する。
 これまで調剤薬局の是非善悪についての論争が新聞紙上を賑わしてきた。しかしこの議論には議論の価値など何もない。それは院内薬局が良いに決まっているからである。
 院外薬局を良しとするのは「欧米先進国のほとんどが院外薬局だから日本もそうあるべき」との欧米コンプレックスを利用した理屈である。しかしこれまで何十人もの外国人に聞いてみたが、外国人の全員が全員とも病院でクスリをもらえる日本の医療システムを絶賛している。
 このように日本の優れた医療システムである院内薬局を病院が放棄したのは大きな失策であった。院外薬局は患者にとって不便なだけで、しかも国民医療費を1割以上押し上げる医薬分業に利点などあるはずがない。クスリの二重チェックなどは、顔見知りの院内薬剤師の方が良いに決まっている。
 病院が院内薬局を手放したのは、厚労省が院内薬局を不採算部門にしたからである。また薬価差益で病院が儲けるのはけしからんとする誹謗に医療側が嫌気をさしたからである。院外薬局が浸透したのは、院外薬局が様々な金銭的恩恵を受け、儲かる仕組みになっているからで、鼻歌混じりでクスリを数える院外薬局の技術料が医師の再診料よりも高く設定されているからである。親切そうに薬の説明をするのは、医師の再診料より高額な説明料がもらえるからである。ウソだと思うなら、明細書をよく見て欲しい。
 院外薬局は金銭をぶら下げられた政策誘導である。院外薬局をいくら宣伝しても、根底にあるのは金儲けの卑しい政策誘導である。院外薬局の薬剤師が親切なのは、親切にすれば料金が上乗せできるからである。患者のことを何も考えない損得勘定が院外処方の動機なのに、それをもっともらしく患者の利便性でものを言うから、言えば言うほど針を千本飲ましたくなる。
 欧米先進国という言葉に惑わされ、厚労省の医療支配のもうろみから日本の医療文化を捨てた罪は大きい。院外処方はすでに日本の8割を占め、もう後戻りはできない。院外薬局は患者のことなど何も考えない負の遺産である。
 明細書を見てよく考えて欲しい。院外薬局の可愛い薬剤師が親切なのも、院外薬局が病院前に並ぶのも、すべて儲かるためである。病院の薬剤師は安給料で、当直もあれば土日祭日も出勤である。院外薬局の可愛い薬剤師は時間外はなく土日祭日の出勤もない。しかし彼女らに罪はない。それはほとんどの院外薬局はチェーン店化しており薬局経営者が最も儲かっており、給料の高い方に流れるのが当然だからである。
 敬語が廃れ、女性が男言葉で喋り、茶髪が闊歩する日本。門前薬局の看板ばかりが目立つ病院前の風景。
 日本チャチャチャ、悲しいかなこれが日本の文化である。

情報化時代の憂鬱
 人類を悩ましてきた飢餓の時代は去り、飽食の時代と呼ばれている。この時代に本来の栄養学は不要となり、ダイエットのみが必要となった。いかに食事を減らし、痩せるかが現代人の課題となり、今どき栄養不足を嘆く者はいない。街を歩けば飢えに苦しむ者はいない。銭湯に行けば醜い脂肪の塊があふれている。
 この数年、インターネットやスマホが急増し、情報化時代ともてはやされている。しかし情報も食事と同様、適度な質と量が大切である。食べすぎれば肥満と下痢をおこすように、歪んだ情報は精神の腐敗を招く。また過度の情報は精神の衰弱を導くことになる。過食が健康を害するように、情報過多は不健在な精神をもたらす。情報過食症が新たな病気になっている。
 私たちが情報化時代に過度の期待を抱くのは、情報の即時性と共有化である。また官僚の恣意的な情報隠しからの解放も期待に花をそえた。権力が独占していた情報が公開され、これを「情報の民主化」と受け止め。情報が増えれば生活がより知的に、社会は豊かになると思い込んだのである。しかし実際にはどうであろうか。情報化時代は人々の期待とは裏腹に荒涼とした灰色の世界をもたらそうとしている。
 それは「情報を持つ者が優位に立つ」という商売人の戦略の概念を一般人が真似、それでいてウソの情報に騙され情報依存症、情報不安症を引き起こしている。
 情報に乗り遅れまいとする強迫観念が平穏な日々に侵入し、日常生活を撹乱させている。スマホを離さず、コンピュータのスイッチを切らず、顧客名簿のごとき住所録を作る。これらは商売人の真似であり、1億総ビジネスマン、1億 総手配師気分である。情報が多ければ選択の幅が広がるというが、人々は情報の前に縛り付けている。
 しかし実際には比較する物が多ければ判断はにぶり、 交錯する情報に混乱するのである。他人より優位に立てる情報などないにも関わらず、優位な情報を求めようとする。
 かつての母親は知識はなくても知恵があった。今の母親は知識があっても知恵も常識もない。子育ての本を探し、胎児教育、英才教育、子供の才能は3歳までと いう情報に振り回され、親子そろってノイローゼとなる。「子供の才能は親の遺伝子に拘束される」という真の情報を知らず、親心を狙った業者のニセ情報に騙され金をむしり取られてれている。これが情報化時代の撹乱である。多くの人たちは情報を利用しようとして、情報に利用され、しかもそのことに気づいていな い。
 医療に関しても多くの情報が街にあふれ、本屋に行けば健康雑誌が並び、病気やクスリの解説本、学会名簿を写した名医案内本が幅をきかせている。そして医療情報の量に比例して生かじりの誤解を招いている。医療の分野においてこうならば、他の分野においてもおして知るべしであ る。
 情報化時代は人間の心にも変化をもたらしている。かつての若者は恋文に精魂をこめ、恋愛が成就しなくても、自らの精神の高まりを得ていた。これが時代とともに恋文は電話となり、E-mailとなり、便利になったが精神の高揚を失った。恋愛はマニュアル化され心の機微を失った。相手の趣味や誕生日を入力しても、瞳の奧にひそむ無言の意味を探れな い。
 気分が乗らなければリセットボタンを押すだけで、人間関係は即物的となり深みを失った。仲間意識はあっても、仲間外れを恐れる表面的なつながりである。 仲間の数を誇っても友情は希釈化している。人間の精神を充実させるための情報が人間性を崩壊させている。
 若者は世界の情報を集めるが、世界へ飛び出す気概を持たない。新たなものを創造する気力を持たない。彼らが自慢するのは買い物情報、スキャンダル情報、イベント情報にすぎず、かつての若者が持っていた瞳の輝きを失っている。
 情報化時代はこれまでの工業化社会を飛躍的に発展させると期待されているが、多くの情報は役に立たず、まさに情報公害である。イン ターネットは電子チラシの巨大なゴミ箱にすぎず、ゴミ同然の情報を集めてもゴミの量を増やすだけ、情報オタクを増やすだけである。
 情報が増えても知恵とはならず、むしろ情報と知恵、情報と情は逆比例の関係に近い。情報と引き換えに失ったものが大きいのである。この情報化時代を平穏に生きていくには、まず雑多な情報に振り回されないことである。
 かつて「テレビを見すぎると馬鹿になる」という言葉が日常生活の中にあった。昭和31年、大宅壮一はテレビ時代を前に「1億総白痴化」という言葉を流行させた。もし大宅壮一が生きていれば、今日の情報化時代をなんと表現するであろうか。「1億総脳死状態」と言われないように、情報に流されず自分を見つめる余裕が必要である。情報は単なる遊びと受け止めれば良い。

神々の遺産

 アダムとイブが林檎をかじったことよりも、原子爆弾を作ったことよりも、月に足跡を残したことよりも人類にとって重大なことがある。それは1996年にクローン羊「ドリー」を誕生させたことである。

  アダムとイブが子供を作って以来、人間の歴史は常に男女の営みによって受け継がれてきた。しかし現在、クローン技術により男女の営みとは関係なく1つの細胞から人間を生むことができる。同性愛者からも、未婚者からも、そして死者からも、人間の生命を自由に誕生させることが可能になった。この生命科学の勝利が、人類最大の危機を導こうとしている。

 DNAが 遺伝子の本体であることが解明されてから、遺伝子工学は加速度的なスピードで進歩をとげている。ウイルスから人間に至るまで、生きとし生きる物の遺伝子配列が解読され、人間は神が創った生命の設計図を勝手に変えようとしている。患者の要望から不妊治療まで、人類のためと言いながら、踏んではいけない神の領域を人間は侵し始めている。

 体細胞を卵子に組み込んだクローン羊「ドリー」の誕生は世界中を驚かした。そして驚きの中で、遺伝子工学はさらに勢いを増し、翌97年には人間の血液凝固因子を組み込んだクローン羊「ポリー」が誕生した。ポリーの誕生は人間の構成蛋白を羊乳から大量に生産する技術の完成を意味している。インスリン産生大腸菌と同様、家畜にすぎない羊が薬物産生動物になったのである。同97年には日本においてクローン牛が誕生し、クローン牛は現在、ヨーロッパでは食肉がは禁じられているが、アメリカでは許可されている。このように世界的な規制はバラバラである。

 クローン技術は臓器移植についても大きな成果を上げている。人間に移植をしても拒否反応を示さないクローン豚の開発。患者の体細胞から移植に必要な臓器のみを作るES細胞の開発。まさに臓器移植に革命がおきている。脳死の議論を延々としている間に、生命科学は想像を越えたはるか高いレベルに達している。

 クローン操作は危険性を内蔵しながらマウス、サルと相次ぎ、中国ではパンダ増産計画が実施された。また1999年、東京農大では人間の体細胞を牛の卵子へ移植し非難を浴びている。

 クローン技術は人類に大きな夢を与えていることも事実である。シベリア凍土に眠るマンモスからDNAを抽出、マンモスを復活させることも可能になった。同様に、アインシュタインや夏目漱石の保存臓器から彼らのコピーを誕生させることも夢ではない。

 遺伝子工学は、すでに身近な日常生活に入り込んでいる。農作物の生産性を上げるため、除草剤や害虫抵抗性の遺伝子を組み込んだ作物が開発され、とうもろこし、大豆など8種類が私たちの口に入っている。つい最近まで話題になっていた体外受精が不妊治療として既成事実になっている。日本では体外受精は年間3万件を越え、生物学的親、生みの親、育ての親の議論はもう遠い昔の話になっている。

  このようにクローン技術が拡大し、遺伝子操作が日常的になっている現在、生命科学の是非を問う議論はなおざりになっている。大腸菌にヒトのインスリンを合成させた頃までは、遺伝子操作の議論は十分になされていた。しかし生命科学の猛烈な競争は、議論の余裕のないまま進行している。そして誰の目にも、遺 伝子工学の恩恵よりは、危険性のほうがはるかに高い状態に達している。

 脳死の議論にあれだけの馬鹿げた時間をかけながら、クローン人間の議論は限られた話題でしかない。倫理規定はあっても罰則を設けないルールはないに等しい。生命科学に罰則規定を設け、科学者の暴走をいかに防ぐのかが人類最大の課題である。

 クローン人間を誕生させる可能性、遺伝子操作が未知のウイルスを誕生させる可能性、可能性のあることはいつか起きることである。そして1度起きれば取り返しのつかない事態になる。

  科学者の倫理観を信じないわけではない。しかし数いる科学者の中には必ず間違いを犯す者がいる。原子爆弾のボタンを押せるのは世界で数人にすぎな いが、人類の将来を破壊するスイッチを持つ科学者は何万人もいるのである。暴走する前に科学者の手からスイッチを奪い取ることである。科学者の動機は、ど うせ好奇心、功名心、商業主義、これらを患者のためと言い換えた理屈にすぎない。

  人間が他の動物と違うのは、意思と尊厳を持っていることである。クローン人間が誕生した場合、クローン人間の尊厳と人格をどのように位置づければよいのだろうか。この問題は時間をかけて議論しても解決はできない。それは神の領域だからである。禁じられたパンドラの箱は、理屈など言わずに厳重に鍵をかけるべきである。クローン人間は夢の中の話で十分である。

 なお現在話題のiPS細胞とクローンは別物と考えてよい。iPS細胞は体細胞を用いるが、クローンは受精卵である。iPS細胞から精子と卵子を作っても受精はしない。日本にはクローン技術規制法があるが、いくら法の規制を行っても、世界にはそれをかいくぐる権力者や科学者が必ず出てくる。事実、ソウル大学の黄禹錫教授がクローン人間を作ったと捏造論文を書いたが、黄禹錫教授は1体当たり10万ドルで亡くなったペットのクローンをつくる企業をすでに立ち上げ、中国の関連会社は「クローン人間はいつでも作れる」と発表し、世界中の研究機関に衝撃を与えている。

 神が創った生命という遺産に手を加えるべきではない。それは踏み込んではいけない神の領域だからである。世界遺産に人間の手を加えてはいけないように、神の遺産である人間の遺伝子に操作を加えるべきではない。クローン人間は議論の余地のない、当然の禁止事項である。

 

大人のおもちゃ
 子供がアメを欲しがるように大人はビタミンを欲しがり、子供がおもちゃを欲しがるように大人は健康器具を欲しがる。
 健康は言わずと知れた人間の願望であるが、この人間の願望につけ入るのが健康商法である。健康商法は健康食品からエステサロンまで5000億円産業とされているが実体は明らかではない。たかが大人のおもちゃ産業であるが、医療人の敵である悪徳健康商法を許すわけにはいかない。
 まず新聞1面の下段に注目してほしい。ガンは治る、アトピーが消える、万病に効く、このように刺激的な本の広告を見ることができる。これはバイブル商法と称するもので、本を購入すれば自社製品の効果が書いてあり、この宣伝により商品を購入させようとする商法である。被害者は新聞の広告、書籍、筆者の肩書き、高価な値段などの権威にだまされ商品を買うことになる。
 健康食品の定義は「効果が期待される」ことで「効果が証明された」ではない。また副作用の報告義務はない。昭和61年のゲルマニウムによる6例の腎不全死亡例が最も甚大な健康食品の被害であるが、このバイブル商法は絶えることなく続いている。これらが無害であれば夢を売る商売ともいえようが、健康商法は毒にも害にもなるのである。健康商法は人間としての良心を捨てれば楽に儲かる商売である。
 健康食品に関する苦情は国民生活センターだけで年間3万件である。たとえば病気に効くと書けば薬事法違反で逮捕されるので、チラシには体験談を載せ効果を代弁させている。しかも広告ではなく記事と思わせるところが悪どい。健康食品の効果はプラシーボ効果だけであとは何もない。
 健康食品はクロレラ、ドクダミ、黒酢、霊芝など2000種類にも達するが、効果を示す科学的証拠はどこにもない。効きそうな雰囲気だけである。もし健康食品産業に良心があるならば、二重盲検法を第三者に委託して有効性を検討すべきである。
 これは製薬会社も同じである。栄養過多の日本人になぜ栄養ドリンクが必要なのか理解できない。栄養ドリンク類は派手な宣伝で年間1800億円を売り上げている。ユンケル皇帝液、エスファイトなどの効果も二重盲検で科学的に比較すべきである。対照は牛乳におちょこ一杯の酒を加えたもので十分であろう。最近、厚生省のお墨付きで機能性食品が売り出されているが、これも二重盲検による検討はなされていない。非科学的な雰囲気によるお墨付きである。厚労省役人のための天下りには効果があるだろうが、本当に大丈夫かと心配になる。
 健康を願う人々の期待とは裏腹に、これまでに効果が証明された健康食品は存在しない。いっぽう害が証明されたものは数多くある。βカロチン、ビタミンAでさえ欧米の大規模試験では対照者より肺癌を2割も増加させたのである。このように健康食品には危険な罠が潜んでいる。
 健康商法のひとつとしてエステサロンがある。美しくなりたい、痩せたいとする女心をチラシ広告のターゲットにしている。エステサロンはいかに楽をして痩せられるかを強調するが、痩せるためには食事と運動以外にはありえない。痩せる石鹸やクリームなどのうまい話は存在しない。うまい話は経営者が逮捕されて終末を迎えるが、すぐに同種のものが出てさらなるブームをつくることになる。
 エステお決まりの使用前後の写真は、エステとは関係なくダイエットに成功した例で、その写真の裏には痩身失敗例が累々と山を築いている。さらにエステサロンの脱毛で毛嚢炎を起こした例も数多く報告されている。これらは医師法違反であるが、捕まる危険性は少なく儲かる可能性が大きいので後が絶えない。すべては商売、商売なのである。
 人間、生きていれば体調を崩したり不快な病気にもなるが、この不幸につけ入る健康食品に効果がないと、訴えても誰も取り上げはしない。それは健康そのものに実体がないからで、幸福になれると宗教に勧誘された者が幸福になれなかったと訴えることがないのと同様である。効果がないのが健康食品であるから、裁判所は門前払いである。所詮、大人のおもちゃを信じる方が非常識である。
 健康商法に類似した悪魔の囁きは医療現場にも広く潜んでいる。効果のないクスリは早くやめるべきで、もし漫然と投与しているのであれば中止すべきである。クスリに気を許してはいけない。また患者の不幸に便乗するような医療があってはいけない。
 世の中にはさまざまな商売があり、職業に貴賎はないが、人の弱みにつけこむ商売だけは許しがたい。おもちゃのチャチャチャは子供の笑顔の領域だけで沢山である。

 

泣く子と地頭

 当たり前のことであるが、人間社会は人間によって構成されている。この人間社会を構成するさまざまな人間を2つに分類するとしたら、どのような分類が可能であろうか。

 男性と女性、大人と子供、日本人と外国人、自分と他人、さまざまな分類が可能であろう。しかしたとえどのように人間を分類したとしても人権は誰も同じであるから、分類によって人間が差別されることはない。

 才能のある者とない者、裕福な者と貧しい者、高学歴と低学歴、美人と不美人、健康人と病人、このように分類しても、それは人間の差異であって差別には相当しない。勉強ができなくても、音楽の才能がなくても、俳優にほど遠い容貌であっても、それは誰もが認める人間の個人差であって、権利としての人権に変わりはない。この分類によっても差別は生じない。あるいは人間の個人差によって差別を生じさせてはいけない。

 患者と医師、学生と教師、弟子と師匠、この分類では有形無形の供与関係が生じるので、与えられた者は感謝の気持ちを、授けた者はそれを喜びとすることができれば、両者はよい関係を保つことができる。問題が生じるのは、授けた者が傲慢になり、与えられた者が感謝を忘れた場合である。道を譲る者と譲られる者、介護する者と介護される者、この関係もまた同様である。このような気持ちが人間社会の潤滑油の働きをしている。

 では次の分類はどうであろうか。迷惑をかける者と迷惑を受ける者、自己チュウ人間と協調性を大切にする者、ゴネ得を得意とする者とそれを恥とする者。このように分類しても人権問題は生じない。しかし生じないところに人間社会の大きな問題が隠されている。それは迷惑をかける者が人並み以上の人権に守られているからである。

 どの社会においても迷惑人はごく少数派である。しかし全体に及ぼす影響はきわめて大きい。それでいて迷惑人は周囲に迷惑をかけている自覚はない。むしろ不快な問題を糾弾する正義を自認している。そのため被害者が多数いても迷惑人が社会問題になることはない。傍若無人、変わり者、ワガママ人間、非常識と陰で言われても、彼らは人権に守られその自覚をもたない。

 人間社会の困り者は迷惑人やクレーマーばかりではない。良識ある一般人が無意識のうちに困り者になっていることもある。簡単な例を示そう。

 流れに逆らい、制限速度を守りながら運転する車を見ることがある。彼らは後ろに何十台も車が連なっていてもスピードを上げようとはしない。法的正義は困り者の先頭車にあるので、後続の車はクラクションを鳴らすことはできない。馬鹿じゃないのと心で叫んでも、ただじっと耐えるだけである。

 「泣く子と地頭には勝てぬ」ということわざがある。泣く子に理屈を言っても通用しないという意味である。この理屈が通用しないのは泣く子だけではなく、地頭もまた同様である。地頭とは平安・鎌倉時代に荘園を管理して、税金を取り立る役人のことであるが、権力を振りかざして横暴を働いてもそれがルールと言われれば従うしかない。知的な理屈屋もいれば暴力を振りかざす者もいる。このような場合、論争を挑み消耗するか、勇気をもって立ち向かうか、じっと耐えてやけ酒を飲むくらいしか方法はない。

 懐かしい話になるが、日本には沈黙を美徳とする伝統があった。民は黙ってお上に従い、女性は黙って男性に従い、男は黙ってビールを飲むのがよいとされてきた。文句を言わず、言われたままに従うのを美徳としてきた。この美徳は人間の従属関係を悪とする人権の考えにより廃れてしまったが、この沈黙はお互いの信頼関係の上に成り立っていたといえる。

 この沈黙が消失し、世の中が騒がしくなった。そして人間の信頼関係も希薄になった。

 理屈を言い合う世界よりは、黙ってわかり合える社会のほうがよい。契約社会よりはナアナア社会のほうが住みやすい。毎朝、愛してると言いながら離婚する夫婦より、何も言わず信頼で結ばれた夫婦の方が良いに決まっている。日本人の古い考えをいけないとする何でもアメリカ主義、何でも西欧主義に押され、ブラックバスに追われたフナのように日本のよき伝統が失われたように思える。

 世の中、泣く子が増え、みんなの世界が「私は、私は、・・・」の世界になった。ワガママや理屈を言う者、声の大きな者が多くなった。そしてそれを恥とする多数の人々にとって住みにくい世の中になった。

 当たり前のことであるが、人間社会に必要なことは、感謝の気持ちと信頼関係である。また人権も大切であるが、迷惑人の人権を恐れ、人並み以上の人権を与えるのもいけない。

 泣く子と地頭、この言葉は最近めったに聞かなくなった。それは何を言っても泣く子と地頭には通用しない、という大人の判断あるいは諦めなのだろうか。

 

 誇り高き自由人よ
 
誰にも迷惑をかけず、誰からも束縛を受けず、常に自由な発想を持ち、他人のための使命感を持って行動することができれば、それは最高の人生といえる。
 人生をどのように選択するかは人間だけに与えられた特権である。どのような人生を選択しても、どのような職業についても、束縛されない自由な使命感をもつことが出来れば、それは誇り高き自由人の生き方といえる。しかし最近、この人間の自由と使命感がゆらぎはじめている。
  明治維新で多くの若き志士たちが死んでいった。幕末の志士たちは自由な信念を持ち、その信念に命をかけた。日本の将来をどうするのか、アヘン戦争で負けた清のように日本が欧米の植民地にならないためにはどうすればよいのか。この共通した課題に対し、若き志士たちは自分の信念に殉じたのである。自己の利害ではなく、自己の信念に従い、日本のため、社会のため、民衆のために命をすてた。
 彼らは使命感を持っていた。彼らの使命とは文字どおり命を使って行動することであった。若き志士たちは自分の命を懸ける気持ちに溢れていた。この使命感は日露戦争までは正しい方向を向いていた。しかし東洋の小国が世界の大国ロシアに勝ってから、若者の使命感は驕った軍部に操られ利用された。
 敗戦後、日本がどん底から復興できたのも日本人の誇り、技術立国としての誇り、このような知的な信念と誇り高き思考が日本人に残っていたからである。
 それが経済的に豊かになるにつれ礼節を忘れ、責任をともなわない自由という言葉に酔い、精神的堕落の道を転がってしまった。他人のための自己犠牲や使命感は評価されず、責任ある自由な競争は不公平と嫌われ、日本人全体が口やかましい非建設的、醜悪的評論家になってしまった。
 医師にとって最も大切なことは患者の健康と生命を守ることである。かつての医師は患者の生命を守るという純粋な信念があった。そしてそれを直感している患者は医師を尊敬し、医師も自分の職業に誇りをもっていた。医師は正しいと信じる医療を誇りをもって自由に行っていた。まさに医師は誇り高き自由人であった。
  しかし平成の時代になり、厚労省は医療をサービス業に分類し、保険診療を盾に医療に口を出すようになった。これで誇り高き自由人としての医師の体質が変化した。医師は周囲から尊敬されず、統制医療により医療の包括化が進み、職業としての誇りも治療上の自由も消えようとしている。官僚主導の統制医療が医師の誇り高き自由人気質を変えてしまった。
 美味しいラーメン屋には客は列をなす。これは客が味を判断できるから何時間でも待つ。しかし病院は患者が列をなすと、患者はサービスが悪いと怒り出す。患者は治療の良し悪しがわからないのでサービスで病院を判断する。病院はサービス=経営なので、医師は腕ではなく愛想と儲けで評価され、無駄な検査や投薬を行うほど患者からも病院からも評価される。
 医師は毎日が患者サービスを気にし、患者からの収益を単価で評価され、そして単価のための会議の連続である。黒字にすることが至上命令で、それを為し得た病院経営者は優れた人物と行政から評価をうける。
 医師の使命は患者の全人的幸せを守ることである。しかし日本の医療は官僚のアメとムチに牛耳られ、病院は官僚の使用人、医師は病院の奴隷になっている。医師の使命感は地に落ち、誇りなき不自由人に成り下がっている。
  統制医療に縛られ、病院は目の前のニンジンに目の色を変え、国民医療、国民の幸せを考える余裕はない。患者よりも病院の収益のためとの呪文に縛られている。間違いがあればその病巣を取り去るのが医師である。間違を正すのが人間である。この病巣が医療費抑制にあるならば、なぜそれを治療しないのか。なぜ健康人を病人にするのか。
 今後、日本の医療が良い方向に向くとは思えない。国民は複雑な医療制度を理解できず、日本の医療の悪化に気づいていない。
  平成の若き医師たちよ、ネックレス同然の聴診器を捨て、日本の医療を考えるべきである。国民や患者だけでなく、志を持つ後輩たちを不幸にさせてはいけない。幕末の志士たちは命をかけで日本の将来を考え、日本人の幸福のため命を捨てた。平成の若き医師たちよ、考えを放棄することは「戦わずして敗戦に甘んじる兵士」と同じである。考えれば暗中模索の中から光が見えてくるはずである。

善意の隣人
 預かった子供が二階から落ちて死亡した場合、法律はどのように適用されるであろうか。このような事例は刑事事件にはならないので、普通ならば善意の隣人はおとがめなしである。しかし世の中そう単純ではない。もし子供を預けた遊び人の親が民事訴訟を起こせば、善意の隣人は裁判で負け巨額の賠償金を払うことになる。隣人を訴える親に周囲の人たちがどれほど反感を持ったとしても、法律は善意の隣人に罪を着せるのである。
 最近、年老いた親の面倒をみない親不孝者が増えている。このことから老人の世話をするボランティア活動がさかんになっている。そして自分の子供よりもボランティアの若者に気を許す老人が多いのもご時世といえる。このようなの中で、散歩の途中で女の子が車椅子の操作を誤り老人を死亡させた場合、どうなるであろうか。親不孝者が女の子を訴えれば、たとえ金銭が目的だとしても、善意の女の子は賠償金を払うことになる。
 アメリカには「善きサマリア人法(グッド・サマリタン・ロー)」がある。これは新約聖書・ルカ福音書に書かれている善きサマリア人の1節のよるものである。あるユダヤ人の旅人が強盗に襲われ瀕死の重傷を負い道に倒れていた。この旅人を見て、ユダヤ人のエリートである祭司たちは旅人を避けるように道の向こう側を通るばかりで誰も助けようとしない。そして息も絶え絶えの旅人を助けたのは1人のサマリア人であった。旅人を介抱しながら宿まで運び、当座のお金まで置いていったのである。サマリア人は混血の民で、ユダヤ人にとっては血を汚した民と白眼視されていたが、ユダヤ人の旅人を助けたのは日頃から蔑んでいたサマリア人であった。
 イエスは善きサマリア人の話を終えると、群衆に向かい次のように言った。「あなたたちも、サマリア人と同じようにしなさい」。これが人間を愛するイエスの言葉であった。
 この善きサマリア人法は善意の行為を行った者は罰しないと定めている。それまでは医師が善意の救命行為を行い不幸な結果になった場合に訴えられるケースが頻発していた。そのため街で人が倒れていても医師は関わりを避け、知らないふりをするという悪習があった。この不条理をなくすために設けられたのが「善きサマリア人法」であった。
 10年以上前になるが、秋田県で5年間に1.500件以上の気管内挿管を救急救命士が行っていた。救急救命士は気管内挿管が医師法違反であることは承知の上で、法律よりも目の前の患者を優先させた美談であった。何でも医師まかせ、何でも法律優先、このような理不尽な現状に憤りを覚えていたので、このニュースは痛快かつ感動的であった。
 しかしこの事件に厚生労働省は大騒ぎになり、救命士の医療行為はまかりならんとの通達が下され、救急車から気管内挿管の器具が外されたのである。馬鹿な話である。1500人の命を救った救急救命士の職業倫理こそ表彰すべきなのに、石頭の官僚によって患者の生命が吹き消されてしまった。
 秋田県では心肺停止から蘇生処置を行った人の救命率は11.4%で、全国平均3.3%の3.4倍も高かった。似たような杓子定規の話はいたるところに転がっている。神戸や東日本の震災で外国人医師を拒んだのも医師法であった。在宅介護におけるヘルパーにも医療行為の壁が立ちふさがり、家族に認められている医療行為であっても法律はダメとしている。患者を預かるヘルパーや看護婦の現状を非現実的な法律がじゃまをしている。
 医療事故で最も頻度の高いのは患者の転倒、転落で、これらが医療事故の4分の1を占めている。また食事の誤飲の頻度も高い。そしてひとたび事故が起きると大変なことになる。家族の反応は2種類にわかれ、本人の不祥事をわびる家族と、病院の管理をなじる家族である。そして最近、後者の頻度が増している。
 元来、法律は悪人を罰するためのものである。この法律が善意の者を罰するならば法律などないほうがましである。法律を盾に取る人間ほど醜悪なものはない。
 医師法は病気という弱い立場の患者を助けるために制定されたはずである。医師法の条文がその目的を凌駕するようでは医師法の意義が薄れてしまう。法律でしか判断できない私たちの悪習である。
 救命士の問題で救命救急士の制度が改定され、気管の挿入や薬剤の投与を行う特定行為認定、薬剤投与認定が制度化された。しかしその認定を取るのに時間や費用がかり、緊張感、疲労感、時間もないのに勉強して研修を受けなければいけない。しかも特定行為や薬剤投与は、病院の医師と無線で連絡を取り医師の指示のもとで行うという縛りがある。そのためかつての秋田県のように救命率は上がっていない。
 このような事例に対し誰もが抱く違和感は、たとえ善意による無償行為であってもそれを阻む法律があることである。さらに賠償金が民事訴訟の決着となるため、賠償金が訴訟の目的であるかのようにも感じさせる。
 医療においては大きなミスがあっても結果が良ければ医療訴訟は生じない。反対に結果が悪ければミスが無くても訴えられる。訴えるのは相手の自由なので、たとえ善意による医療行為でも結果が悪ければ訴えられる。医療の結果の善し悪しは、医療行為よりも病気の勢いに支配されるが、結果が悪い場合に、たまたま医療側に落ち度があると問題になる。
 本当に悪いのは病気そのものである。精神病患者が犯罪を起こした場合、患者に罪を問わないのは患者個人に罪があるのではなく病気そのものに罪があるからである。医療側の明らかなミスは刑事事件で争われるべきであるが、医療訴訟のほとんどは民事事件になっている。
 医療訴訟において、医師は常に加害者の立場にある。裁判所は弱者救済の建前があり、患者勝訴の事例が多く見られる。このような傾向が賠償金を目的にした訴訟の急増と言えなくもない。またマスコミの医師に対する悪口が、何でも医師を悪者にする、何でも患者を被害者にする先入観を作っているのかもしれない。医療側にとって不可抗力と思われる事例があまりに目立つのである。
 医療訴訟のさらなる違和感は、死因なりの争点を白か黒かで断定する裁判所の考え方である。人間の病気に対する反応は不可解かつ不明瞭の部分が多く、生死の因果関係さえ分からない場合が多い。このように白でも黒でもない不明瞭な争点に対し、裁判は白か黒かで争うことになる。もともと分からないものを争うのだから、判決が下っても判決文はこじつけの文章となる。
 医師は瞬間の判断の違いで医師生命を失うが、裁判官は何年間もかけた一審の判決が二審で覆されても罪も罰もなく、逆転判決となっても裁判官は平気な顔をしている。彼らは一審の判決をわびるようなそぶりさえ見せない。医療にせよ裁判にせよ所詮人間の考えや判断には限界がある。医師は白衣を、裁判官は黒マントをはおりながら、それを威厳で装っているにすぎない。
 世の中は、好意と善意、習慣と道徳、義理と人情、道理と宗教、このような社会常識で成り立つが、法律とこれら社会常識とが相反する場合、この不条理の難問を直視し、人間の知恵でどうにか解決すべきと思う。
 いずれ天国に行ったらヒポクラテスや小石川療養所の赤ひげに医師のあるべき道を問うてみたい。また人間社会の善意という常識を評価しない裁判の是非を大岡越前守に聞いてみたいと思っている。

 

患者憐みの令
 江戸時代の初期、将軍徳川綱吉は「鳥類を銃で撃ってはならない」というお触れを出したた。それ以降、約20年間に渡って次々と新しい法令が追加され、これが世にいう「生類憐みの令」である。この「生類憐みの令」はその名前の法令が出されたのではなく、20年の間に少しずつ増えてゆき、最終的に135個の法令を総称してよんでいる。
 これは将軍徳川綱吉が定めた法律だから誰も手を付けられず、綱吉の死後10日目にやっと廃止された。この生類憐みの令は「人間よりも犬を大切にする」法令とされ、違反した者は厳しく罰っせられ、多数の死者を含む罪人を出し、将軍綱吉は「犬公方」という別名で暗君とされていた。しかしそれは後世の全くの誤解である。
 江戸時代の初期は、戦国の影響が残っており、殺伐とした雰囲気が残っていた。病気などで苦しむ者がいても誰も目を向けず、また牛や馬も役に立たなければ捨てられ、まさに生命軽視の風潮が続いていた。
 牛や馬は年老いたり病気になるとすぐに捨てられ、その肉を食べた野犬が人々に噛み付き人間に伝染したのである。生類憐みの令で犬に関するものが多いのは、犬が野犬化する前に保護しようとした法令であったからで、法令の底辺にあるのは「動物愛護と人命尊重」であった。捨て子の禁止、旅先で病気になっても旅籠が面倒をみることが義務付けられていた。
 多くの人々が誤解しているが、綱吉の出した「生類憐みの令」によって生命を大切にする、相手の立場を尊重する道徳心をもたらした。江戸時代には落語の世界の「熊さん八っつあん」のような「助け合いの精神」があ一般的となったが、その精神を作り上げ、それを現代にまで継続させたのである。生類憐みの令によって処罰された例は約20年間でわずか69件に過ぎす、処罰を受けた3分の2は武士であった。「多数の死者を含む数十万人の罪人」というのは伝説にすぎない。
 日本は法治国家である。法治国家である以上、法を守らなければいけない。しかし法律が絶対かと言えば、もちろんそうではない。その証拠に法律は次々につくられ、不都合な法律は常に改定されるからである。法律が絶対であれば改定など必要ないはずである。
 法律は社会秩序を守るための手段にすぎず、社会秩序より法律が優先されてはいけない。法律のこの根本思想が忘れられ、法律が社会秩序が妨げられる場合がある。それは法律を盾に取り、他を支配しようとするお節介な役人によってなされることが多い。
 法定速度が60km/hの道路を61km/hで走れば法律違反である。しかし警察官が1キロオーバーを取り締まれば警察官に法の正義があってもこれでは社会秩序は成り立たない。また警察官が厳密に法律を適応すれば、警察ファッショと世間が騒ぎだすことになる。警察はこの道理を知っているので、多少の違反は見逃すことになる。
 急病人を乗せた運転手を警察官が速度違反で逮捕したらどうなるであろうか。運転手に罪があったとしても、世間は警察官を非難するであろう。速度違反に目をつぶり、病院へ先導するのが警察官の正しい行為となる。
 このように法律は厳格であっても厳密ではない。人間社会に適するように法律に幅を持たせ、その幅の裁量を役人に持たせているのである。法律の幅をある程度自由にした方が、世の中うまくゆくからである。これが法律と人間社会との関係である。
 一方、人の生命に関わる医療についてはどうであろうか。厚生省は保険医療を盾に医療への言いがかりを強めている。保険医療を厳密に適応させ、規制から外れることを不正行為として犯罪扱いにする。このようにして行政支配が強められている。日本の医療は保険医療だから、国が認めた時代遅れの保険医療に反する治療はすべて法律違反との理屈である。
 しかし医療そのものが法律で縛れるほど単純なものではない。また保険診療が現在の最善医療でないのは誰もが認めていることである。医学の進歩に行政が追いつけない怠慢を、医療側に責任転化している。厚生省はこの現実を知っているのに知らんぷりの悪代官ぶりである。
 学会で発表される治療や検査の多くは、保険医療に違反している。このように保険医療は矛盾に満ち、医療行為のひとつひとつを規定する保険医療が現実にそぐわないことを知っているのに、厚生省は保険医療を守らせようとする。
 保険医療を取り締まる行為は、急病人を乗せた運転手を厳密に罰する警察官と同じ行為である。急病人を病院へ先導する警察官は人情をもつが、厚生省は生命の重さを知らず、人情をも理解していない。法律が人の命より優先すると思っている。もちろん法定速度60km/hの道路を100km/hで走る不埒な者がいれば逮捕は当然であるが、医療においては1キロオーバーや急病人を乗せた自動車を取り締まっているのが実状である。
 これらは法律を武器とする役人の本性からくる行為である。国民は詳細を知らす、国民の監視がないので当然の成り行きである。国民は医療側の人情や正義を知らないから、また自分たちの医療が問題であることを実感していないので、不正行為の医療側が悪いと思い込んでいる。厚生省はこの世情を知っているから、国民の監視を恐れることなく恐怖行政が可能なのである。
 医療側は正しい行為を堂々と主張すべきである。保険組合が保険診療で査定された部分を過剰診療と宣伝するならば、査定は正しい医療行為の踏み倒しの部分であることを、さらに彼らの主張は食い逃げ罪人の三分の理であることを主張すべきである。法の杓子定規が厚生省にあったとしても、社会正義を医療側にある。
 ただお上のやることは間違いないとする単純な国民性があり、医療に関してはマスコミも行政側である。保険医療は医療水準どころか最低レベルなのである。
 もし法律を画一的に適応することが絶対に正しいと言い張るならば、法律を改定することである。徳川綱吉が定めた生類憐れみの令は時代が変わり、「動物愛護と人命尊重」が行き渡り、綱吉の死後十日目に廃止された。今は民主主義の時代だから、不都合な法律を改定する努力が必要である。
 保険医療の法律を変えることは困難なことではない。「保険医療よりも人間の生命を優先する」、この患者憐みの令を冒頭に加えるだけでよい。あるいは一言これを裁判官に言わせればよいのである。

 

唯物論と唯心論

 人間の身体は、星の数とほぼ等しい約60兆個の細胞から成り立っている。そしてそれらの細胞の1つひとつが、調和を保ちながら人体を形成している。また人間の血管の全長は約10万キロで、これは地球2周半に相当する。つまり人間は誕生から死に至るまで、心臓から10万キロのパイプをとおして60兆個の細胞に絶え間なく酸素と栄養を送りこんでいるのである。
 このように人体は小宇宙に例えられるが、人間は喜怒哀楽の感情を持つので、小宇宙ではなく大宇宙に等しい存在になる。人間が泣いたり、笑ったり、怒ったり、楽しんだりする感情などの人間の心情は脳代謝の動きで説明することはできない。まして人間がなぜ誕生して、なぜ死ぬのかも分からないのだから、人間そのものが大宇宙的な存在になる。
 医学は科学的(唯物論)学問であるが、医療はむしろ非科学(唯心論)の部分が大きい。医学の知識は大切であるが、医療は人間を相手にするので文学、宗教、哲学的な素養も必要になる。
 医師が医療現場において間違いやすいのは、医学的には正確な説明でも、相手が理解し納得しなければ意味がなく、医学用を並べても、患者は煙に巻かれたまま、思わず頷いてしまうのである。ここに医師と患者との間に溝をつくることになる。また患者の心情を考慮しない説明では、患者は心から同意するはずはない。医療にとって最も大切なことは、医師と患者の信頼関係であるが、この信頼関係は単なる病気の説明だけでは構築できない。むしろ患者の心に接し、病気と共に闘う共同戦線の同志と思わせることが肝心なのである。
 「癌の告知」に立ち会うと、医師の力量がよく分かる。初対面の患者に素っ気なく癌を告知し、治療法を説明し、さあどうしますかと選択を迫る医師がいる。欧米の医師なら良いかもしれないが、日本では患者を突き放す最悪な医師になる。患者は悲観にくれながら頭の中は真っ白で、医師の説明など頭に入らない。ただ涙を浮かべながらうなずくしかない。癌の告知は難しいが、学校では教えないし、試験にも出ないので、無関心な医師が意外に多い。
 本来ならば、相手の心情、年齢、学歴、社会的背景を考慮し、予後を念頭において告知するかどうかを判断し、そして最も大切なのは告知をした後のフォローであろう。癌という死刑囚を前に、家族のように患者の心に接し、宗教家のように患者の心を癒すようにしなければいけない。死という同じ運命を背負った人間として、医師は同朋の心情で患者に接しなければいけない。その意味では、医学知識の多い医師が、臨床に必要なこの患者の心情を理解しているとは限らない。
 昭和の後半頃から、医学の進歩が著しくなり、医師国家試験は問題数を増やし、難問にして若者の貴重な時間を潰している。しかしペーパー試験で人間が分かるものではない。人体の設計図や病気の仕組みを暗記しても、人間を見つめる優しい眼差し、患者への同情心が生まれるわけではない。限られた脳みそに重箱の隅を詰め込んでも、そのような知識は数ヶ月で忘れてしまうものである。
 いっぽう人間とはなにか、死とはなにか、などについては何ら教育されていない。最近のゆとり教育は学力の低下を招いたが、医師としての素養を高めるには、ゆとりある教育が大切である。
 研修医に訊いてみると、森鴎外の「高瀬舟」の名前を知っていても読んだ者はいなかった。深沢一郎の「姥捨て山」、カミユの「ペスト」などは、その名前さえも知らなかった。これでは人間の心、患者の心情など理解できるはずはない。
 今の医学教育にとって一番大切なことは、唯物論的な医学を唯心論的な臨床にいかに融合させるかである。

 

国益と国害
 
国益という重い言葉を学ぶ意味で、歴史上の実例を挙げてみたい。東洋の小国日本が帝国ロシアに勝利した日露戦争は、日本の技術力や民族的優勢性などが勝因として挙げられている。しかし帝国ロシアが反撃せずに敗退したのは、母国でのロシア革命運動が激化したためで、このことが日本に勝利をもたらした1番の要因とされている。
 ロシアとの戦争が避けられない状況になったとき、陸軍の明石元二郎大佐はロシアを撹乱すべくヨーロッパ各地で反ロシア帝国活動をおこなった。レーニンなどに近づき工作費100万円(今の価値では400億円以上)をばら撒き機密工作を行った。明石元二郎大佐はロシアの情報を集め、ストライキ、サポタージュ、武力蜂起などを煽動して帝国ロシアを足下から揺さぶった。この明石大佐のスパイ工作によって反ロシア帝国組織が強化され、ロシアに革命の気運が高まり、まさに戦わずして敵を屈服させたのである。
 この明石元二郎大佐とまったく逆のことが太平洋戦争で起きている。アメリカは日本の真珠湾攻撃を「宣戦布告なしの奇襲攻撃」と非難し、日本との戦争をリメンバー・パールハーバーの言葉で国民の団結をはかった。しかしこの奇襲攻撃は、実際には日本大使館の単なる怠慢であった。日本政府は外務省に対しアメリカに宣戦布告をするように指示、外務省はアメリカの日本大使館に宣戦布告を伝えるように電報を打った。しかし開戦前夜、日本大使館では転勤する寺崎書記官の送別会が開かれ、大使館に届けられた電文の暗号解読とタイプ打ちを怠り、野村駐米大使がアメリカに宣戦布告を通知したのは真珠湾攻撃の30分後となってしまった。そのため日本は卑怯な国とされ、アメリカは無差別爆撃や原爆投下に躊躇しなかった。この日本大使館の歴史的大失態が日本を騙し討ちをするずるい国というイメージを与えてしまったのである。この国賊的失態を犯した井口貞夫参事官と奥村勝蔵一等書記官は万死に値するが、戦後は相前後して外務事務次官になっている。
 命をかけて日本の国益を守った明石元二郎大佐、パーティーで酔いつぶれ、日本に泥を塗りながら出世した害務省官僚、現在の日本を考えると日本の上層部の多くは後者に属するのではないだろうか。
 政治家は当選するために各団体の利益を主張し、これらの利害を調整するのが政府・議会の役割になっている。政治家は国益よりも目先の利益と人気取りで、官僚は国益よりも省益を守ることに熱心である。政府は消費税の引き延ばしを明言しているが1000兆円の国の借金をどのように返すのだろうか。1000兆円の借金を返すためには消費税を4000 %にしなければいけないのに、このような単純な計算をなぜかマスコミは黙っている。
 官僚は解読不可能な法案を作り、結局は自分たちが得をするシステムを作っている。国益をそこなう法案であっても、法案ゆえに罪はない。マスコミは小悪ばかりを話題にし、日本を沈没させるような巨悪については無言のままである。
 政府は民間の多数の声を聞かず、行政は民間のじゃまをする。中国における知的所有権の問題で、日本政府は中国政府に抗議せず、そのため日本企業は在米子会社を通じて米国通商部に解決を依頼している。なんとも恥ずかしい話である。
 世界の大きな流れの中で、日本の外交や政策は外圧依存、米国追随、対症療法ばかりで、我が国には国益を中心とした戦略がない。各省庁の考えがバラバラで長期的戦略がない。
 日本の政策や外交が日本国民を幸せにするかどうか、この尺度で国益を考えるべきである。「最大多数の最大幸福」のためには日本の国益を守るために国益省を新設する必要がある。各省庁がバラバラに政策を考えるのではなく、国益省が各省庁の調整を行い内閣と一体となって経済外交戦略を担うことである。
 資源のない日本は技術立国、商業立国で生き延びるしかない。そしてこの日本の技術力や経済力が世界の安定と平和に役立つという気概が必要である。
 世界という共同体の中で他国との利害を一致させれば、日本の国益は他国の不利益とはならない。国益は一部の人たちの利益と誤解されやすいが、国益が上がれば国民は豊かになり、国益が下がれば国民は貧乏になるだけである。
 戦争の根本的原因は貧困と利害関係にある。宗教は戦争の名目として名前を貸しているだけである。国際的な視野を持ち、他国との利害を調節し、日本の国益が他国の利益もたらすような政策が必要である。

 

安全保障としての医療
 国家公務員110万人の中で最も職員数の多い職種は何であろうか。それは防衛庁と郵政省の職員で両者はともに約27万人で、この両者を合わせると国家公務員の半数を占めることになる。郵政省の職員には大いに働いてもらいたいが、対GDP比の1%を占める(総額の約44%は人件費)防衛庁の職員にはあまり働いて欲しくはない。これを正確に言うならば、自衛隊が働くような事態になって欲しくないということである。
 自衛隊は昭和25年から災害派遣や国際貢献などを行ってきた。そして現在、南スーダンで国連のPKO(平和維持活動)に当たっているが、今日に至るまで国防という本来の仕事をしていない。では「本来の仕事をしていない自衛隊は不必要か」と言えばそうではない。かつての日本社会党は自衛隊を憲法違反と批判したが、党首村山富市が連立政権の首相に選ばれると「自衛隊は違法であるが存在は認める」さらに「日米安保条約は堅持する」と宣言した。政治家の建前と本音はこんなものと分かっていたが、いずれにしても自国を守る自衛隊は必要である。
 次に警察官、消防隊員、救急隊員は地方公務員であるが、警察官は26万人、消防職員15万人である。彼らもまたなるべく働いて欲しくない。彼らの活動が少なければ少ないほど良い社会といえるからである。もちろん彼らは公務員なので給料は税金から出ているが、誰もが税金の無駄遣いとは思っていない。それはいざというときに、彼らは日本人の安全な生活を守ってくれるからである。
 自衛隊は国を防衛するため、警察官は住民の安全を守るため、消防隊員は災害と火災から住民を守るため、そして救急隊員は住民の救護のために必要であることはだれも異論はないはずである。しかし同じ日本人の生命を守る医療はどうであろうか。日本人の生命に直結している国民の医療そのものがあまりに疎んじられている。
 日本ではどんな過疎地でも郵便物は届く、また宅急便もモノを届けてくれる。しかしもし若い夫婦が過疎地への転勤を命じられたら悩むことであろう。妊娠した場合、子供が病気になった場合、急病となった場合、まともな医療を受けられないからである。また過疎地の医師不足が問題となっているが、高額な報酬で過疎地の医療を依頼されても、多くの医師は断るであろう。それは家庭の事情はもちろんのこと、もし自分が専門外の病気になった場合、医師である自分でさえ必要な医療を受けられないからである。
 政府は最近まで医師過剰時代と宣伝し、次には医師の地域的偏在を指摘している。しかし都市部で医師が余っている訳ではない。都市部の病院も医師不足が問題になっていて、過疎地ではそれ以上に医師が少ないのである。全国の病院の25%が医師の配置基準を満たさず、多くの医師は労働基準法違反の労働を強いられている。
 数年前、インフルエンザワクチンが3万人分不足して社会的問題となったが、実際にはある病院が抱え込んでいて36万人分の在庫が生じたのである。つまり国民の安全を守るには、ワクチンは2割程度余るように余裕を持たなければいけないのである。このように生活を守るためには余裕のある医療が大切である。これを無駄だというのは安全保障という概念が欠如した考えである。
 自衛隊は国防のために存在するが、彼らの存在は海外への抑止力だけで十分である。これと同じように普段は必要がなくても、いざというときに受診できる医療機関が近隣にあることが絶対に必要である。小児科医のいない所に安心して若夫婦が住めるはずはない。一人暮らしの老人でも歩ける距離に医療機関があれば安心である。いつでも医療機関を受診できるという安心感、この安心感こそが国民医療にとって最も大切である。
 日本人を外部から守る自衛隊、そして日本人を内的から守る医療、この両者の理念は安全保障という点において同じである。
 この国民の健康と生命を守る日本の病院や診療所を、自衛隊、警察、消防、救急と同じように国民の安全保障と捉えるべきである。そして犯罪の増加により警察官が増員されたように、医療に質と安全を求めるならば、それ相応の費用をかけるべきである。医療を経済で考える最近の風潮ほど愚かなことはない。

 

知識人の罪

 有識者、見識者、知識人、文化人、賢人会議、このような言葉を聞くたびに気恥ずかしい思いに駆られるのは何故だろうか。それはこのように称せられる人たちの多くが、この名称に相応しい知性と真面目さを欠いているからである。彼らはもっともらしい言葉でその場を飾りつけるが、それは飾る技術であって本質を見抜く知力ではない。また、あることないことを朝から晩まで喋り続けるが、自分の発言に責任を持たない点においても不真面目かつ恥を知らない。
 政府の審議会、新聞の論説、テレビの解説、様々な分野に知識人が登場するが、彼らは知性ゆえに選ばれたわけではない。彼らを登場させる行政やマスコミに都合が良いから選ばれたにすぎない。行政の提灯持ち、マスコミの広告塔として利用されているだけである。
 体制側、反体制側、いずれの知識人であれ、彼らは行政権力やマスコミ権力への迎合と追従ばかりである。体制側の知識人はたとえ政策が不合理であってもそれを支持し、反体制側の知識人は説明を聞く前から反対を表明する。この二つの力は「赤子の手を両方から引っ張る」ように日本をダメにした。もちろん良識ある洞察深い知識人も多くいるが、彼らは発言する場を与えられていない。
 知識人は突飛なことを言うが、責任ある態度を示さない。保身のための発言、本音を言わない形式論、裏を知りながら善人を演じ、不正を知りなが正義面をする。
 有識者は堅いイメージがあるが、そのイメージで世間を欺き、本当は世間に媚び、世間の陰に怯え、そして行政とマスコミの顔色をうかがっている。有識者や知識人の責任は、知性によって日本国をリードすることであるが、彼らがそれを演じたことはない。むしろ日本のミスリードの旗振り役になっている。日本を良くすべき知識人が日本と日本人を悪くしている。
 医療に関しても、素人の評論家がしたり顔で批判を繰り返すが、彼らの発言は表層思考、トンチンカンな考えばかりである。そして何よりも、彼らは医療や医師 の悪口に終始する。評論家は相手の悪口を言えば自分の地位が高まり、相手をほめれば逆に低下することを知っている。だから相手を良く言わない。悪口ばかりである。悪口ばかりの世の中では、全体が悪い方向へ向かうのも当然である。
 彼らはヒステリックに言葉を荒立てるが、それは周囲の目を意識したポーズである。しかしこの堂々としたポーズによって、彼らの発言が「世の矛盾を正す正論」と誤解されることになる。
 一般庶民にとって、知識人の発言に疑問を感じても、それを問う相手もいなければ時間もない。一方的に受け入れるだけである。そのため知識人の発言に扇動された一般人は、漠然とした不満と神経衰弱をきたすことになる。いかに評論家がいい加減なことを述べてきたかは、数年前の新聞や週刊誌を読み返せば分かることである。
 世の中には様々な問題があるが、物事の本質は極めて単純である。歴史の教科書を読めば、どの事件、どの政策でも、その本質は数行の言葉で説明されてい る。現在、様々な問題について一般庶民が理解できないのは、打算を含んだ問題を純粋な議論にすり替えているからである。政治家や評論家は「日本国全体の利益」を口に出すが、それは彼ら自身の利益を主張する場合の枕詞にすぎない。
 問題が複雑に見えるのは、物事を複雑にしているからで、複雑にしているのが知識人である。世の中にある様々な問題を解決するには、問題を単純化させることが必要である。多くの人たちの利害が絡んでいる問題は、彼らの理屈を排除することが必要である。
 日本の政治において多数決の原理は機能していない。また少数意見も尊重されていない。文句を言う者、利害関係を主張する者、既得権にしがみつく者、彼らに対する調整テクニックが政治になっている。政治家や官僚は利害の調節が主な仕事となり、汚れた手で理念を唱えても何ら良き政策は生じない。日本の良き監視 人となるべき評論家は批判、悪口という職業病におかされたまま、日本の足を引っ張っている。
 日本のオピニオンリーダーがこのような迷走状態にあるが、日本人の多くはまだ良識を持っている。理屈は言えなくても善悪を知り、知識はなくても常識を持ち、学歴はなくてもスジを通すことを知っている。
 落語に登場する熊や八、ご隠居のような庶民こそが、日本人の良識を代表する人たちである。熊や八が抱く素直な疑問、ご隠居の的確な解説。世の中が複雑になっても、熊や八に理解できないものはない、ご隠居に説明できないものはないのである。問題の解決にはご隠居レベルの多少の知識、熊や八の良識的直感があ れば、理屈などは聞くだけ害である。およそ庶民が理解できないものは、間違ったこと、あるいは議論に値しないものである。
 熊や八のような純朴な人々、ご隠居のような当たり前の人々。このような日本人が以前に比べ次第に少なくなっている。良識ある日本人が、悪意ある知識人のテクニックを真似、知識人の傲慢さを真似、人間を悪くしたのである。これもまた知識人がもたらした害である。
 知的破壊、知的傲慢、知的怠慢ばかりで、知識人は知的な誠実さ、知的な真面目さを持たない。

 

現代の魔女狩り
 差別用語というものがある。これは社会的弱者に対する偏見を助長し、人間の可能性を否定する言葉として使用が制限されている。この差別用語については基本的人権に関する教育や法律の整備によりある程度の使用制限がなされ、また弱者に対する差別を悪とする考えが理解しやすいため、差別用語に反対する者はいない。
 身体的差別、男女差別、人種差別などは、これらを意識しても口に出すことは少なくなった。しかし弱者に対する差別とは別に、私たちはあらゆる人や職業に対し正のイメージで相手を批判する特性を持っている。この特性から生じるもっともらしい批判が、得てして問題解決の障害になる。具体的には教師は教師らしく、警察官は警察官らしくである。
 他人を評価する場合、自分が抱く理想的イメージで相手を批判することがある。この正のイメージによる差別は社会的に認知されていないだけに問題になる。
 妻は妻らしく、夫は夫らしく、子供は子供らしくという言葉は、それを理想とする者の勝手な考えであり、当事者にとっては余計なことである。男は男らしく、女は女らしくの言葉も同様で、自分のイメージを相手に押しつける身勝手な考えである。
 自分の妻や夫が、理想とする伴侶像と違う場合、我慢するか我慢できずに離婚となる。離婚の原因の多くは相手の現実を認めず、架空の伴侶像を正しいと固守するためである。自分のイメージを批判せずに、相手の現実を批判する。相手は何も変わらないのに、裏切られたと勝手に憤慨する。しかも過度の期待が、 常識的な考えと思い込んでいるため争点はすれ違いのままになる。
 個々の人間はそれぞれが独立した存在であり、考えも互いに違うことを忘れている。相手への理想が高いほど、相手へのイメージが強いほど軋轢を生じることになる。
 個々の人間はそう変わるものではない。立場により表面上変わっているように見えるだけである。職業意識という言葉があるが、職業によって人間の本性が変わるはずはない。立場によって人が変わるのではなく、立場に合わせて人が無理をしているのである。しかし世間はこの現実を許さない。
 学校の教師が犯罪を犯すと大きなニュースになる。そして教育者が何たることかと批判が集中する。犯罪への批判は当たり前だが、教師を必要以上に批判するのは聖職のイメージとの隔たりがあるからである。犯罪を犯した学校の先生は普段評判の良いことが多い。これは教師として表面を装っても、教師もひとりの人間であることを表している。
 政府官僚が失言すると、野党はピラニアのように揚げ足に噛みつき、マスコミはハイエナの集団のごとく吠えまくる。靖国参拝に私人公人の区別はどうでも良いと思うが、それを追及されたくないのならば日曜に参拝することである。官僚といえども日曜は私人である。それでも聞いてくるなら「クリスマスも正月も同じ私人ですよ、遊びにいらっしゃい」と答えればよいのである。
 医師についても、一般人の思い込みが激しい。医師は人間愛に満ち、患者のために自己を犠牲にしなければいけない。このような善のイメージに加え、 医師は傲慢で非人間的、権威を振りかざし金権主義との悪のイメージがある。一般人にとってこの二つのイメージが交錯し、何か問題が起きると二つのイメー ジが相乗効果を起こし、一般人のみならず社会全体が切れてしまう。
 医療事故が起きると、事故の真の原因を追及せず、社会全体が医師をバッシングする。「患者に対する思いやりがない」の言葉で批判する。さらに権威者と称する者が、世間の先頭に立ちバッシングを煽り立てる。これが看護師の場合は、看護師は人間愛に満ち、医師に虐げられているイメージがあるため世間からの批判は少ない。
 しかし医師も人間である、人間である以上間違いもあれば落とし穴に落ちることもある。人間は事故を起こす存在と考え、その対策を図るべきである。
 現在は事故に学ぼうとする再発防止より、犯人探しの興味だけで終わることが多い。このような魔女狩り的発想では事故を減らすことはできない。なぜ事故が起きたのか、医師が悪いのかシステムが悪いのか、その事故の本質を探る姿勢が必要で、その解決には問題を共有することである。
 医師や看護師の多忙が原因ならば、医療従事者の良好な心身状態をつくることである。そのためにコストが必要ならばコストを主張することである。安全に対するコストを考えず、責任だけを押しつける発想では何ら解決には結びつかない。夜間の当直は徹夜であるが、ふらふらの状態で、医師は翌日も普通に働いている。このことを一般人は知らない。
 イメージで相手を批判する行為を差別と呼ぶならば、医師を始めとした期待度の高い職業人も正の差別を受けている。そしてこの差別に基づく魔女狩り的集団ヒステリーが物事の解決を歪めている。そろそろ問題の本質に目を醒ます時である。

 

責任という無責任

 いつの間にか日本中に無責任が蔓延している。
 政治家は日本に1000兆円の借金を残し、金銭の不正を犯した知事は頭を下げても退職金は辞退しない。企業の経営者は不祥事がバレても、不祥事を解決するとが責任であると逆手にとる。

 文部科学省は子供の学力を低下させ、厚労省は病院経営を悪化させた。これらは大罪であるが、それを罰する法律がないので、彼らはのうのうとしている。日本のトップは権限はあっても恥も責任もない。まさに日本は不思議な国である。
 いっぽう学校の先生は、子供に体罰を与えると、それが子供を思う気持ちからであっても、世間から糾弾されるので見て見ぬふりをする。
 かつて住民に密着していた警察は、日常の相談まで聞いてくれた。しかし人権がうるさく言われるようになると、苦情を訴えても民事不介入で被害が出るまで動こうとしない。
 これらは無責任な国民が、学校の先生や警察の責任ばかりを強く言い過ぎたからである。
  無責任な国民は、街にたむろしている非行少年を注意せず、家庭、学校、警察、文部科学省の責任としている。しかしそれでは地域住民としての責任を果たしていない。国会議員が逮捕されると、悪いのは議員本人であるが、議員を当選させた責任は国民にある。国民は国民としての身近な責任を放棄し、無責任な傍観者になっている。単なる評論家を真似た観客である。
 マスコミは子供の教育上に最悪のものを放映し、嘘だらけの健康番組では視聴率を上げ収入を得ている。情報汚染がマスコミの生活の糧ではあるが、今のマスコミにはオピニオンリーダー、社会の木鐸としての自覚がない。あまりに正義ぶった無責任である。
 病院で問題が起きると、その当事者や院長を責める。事故調査委員会が設置されが、彼らは事故を起こした当事者を悪人に仕立てる。その方がマスコミに叩かれず、世間受けがよいからである。当事者を悪人と決めつけ、クビにすれば非難も受けずに解決するからである。病気が引き起こす悪い結果まで病院に責任をとらせ、病院は当事者の医師や看護師に責任を転嫁する。これでは再発防止にはならない。
 20年ぐらい前は、赤ん坊の頭の形が良くなるとして、うつ伏せ寝が主流であった。しかし最近では、うつ伏せ寝による乳児の死亡があると病院が訴えられ敗訴する。自宅で同様に子供が死ねば母親は訴えられず、病院で死ねば病院が訴えられる。さらに介護のヘルパーが訴えられるケースまでおきている。
 患者が食事を喉に詰まらせれば病院が訴えられ、患者がベッドから落ちれば病院が怒鳴られる。家で同じ事故が起きれば、加害者である家族は訴えられず同情される。
 病院は家族の仕事を代行しているのに、なぜこのような現象が起きるのか。病院職がプロという理屈であるが、病院職も同じ人間である。厚労省は病院での家族の付添を禁止し、専門職の病院に責任を押し付けた。
 かつての病院は家族が付き添い、患者の食事や排便の世話をしていた。そのため家族は生死の実情や病気そのものを理解していた。そして医師や看護婦が忙しく働いているのを知っていた。
 厚労省が家族の付添を禁止したのは世間へのゴマすりである。そして結果として家族の責任を病院に転嫁させた。そのため事故が起きると、病院の実情や病気の本質を知らない家族は裁判に訴え、医療の現場を知らない裁判官が実情にあわない判決をだす。
 世の中に変人がいるように、医師にも変人はいる。そして忘れていけないのは、裁判官にも変人が多いという事実である。
 裁判官は自分自身の良識で判決を下すとされている。しかし良識は数学ではないので、裁判官によって判決が異なる場合がある。世間知らずの裁判官が常識にそった判決を出すとはいっても良識は世間にあわない良識である。また変人裁判官であっても、国家公務員なので辞めさせることはできない。その防止策が陪審員制度である。
 かつて植木等とクレイジー・キャッツが「無責任」という言葉を流行させた。しかしその時代の無責任はお笑いでかたづく程度のもの、無責任と言いながらも、心の中には責任感と良識があった。
 現在は、誰も責任を取りず、誰かに責任を押しつけようとする。あの時代の数10倍以上の無責任社会であり、責任転嫁も数10倍以上である。
 無責任な者は、心からの謝罪はない。恥もなければやましさもない、頭を下げても形式行為だから自分が悪いとは思わないない。そして無責任な者の発言が世の中を殺伐とさせている。このような世の中が良いはずはない。傍観者の無責任のツケをまわされる次の世代に未来はあるのだろうか。
 マッカーサー元帥は日本人を12歳の国民と称したが、今の日本人はいったい何歳位の国民なのだろうか。

 

情報病と健康協奏曲

 日本には仏教、神道、キリスト教など様々な宗教があり、公称の信者数を合計すれば2億1500万人に達するとされている。このように日本の宗教人口は日本の総人口を優に上回っている。一方、政治集会が開催されると、主催者が発表する参加人数と警察が発表する人数には大きな隔たりがみられる。宗教は教義に反するウソは絶対にダメとする団体、後者は国民への背信行為であるウソつきを打倒すべしと訴える政治団体である。このように正義を唱える者でも、自分の都合の良い方向へ事実を曲げていて、その結果、誰も宗教や政治団体を信じなくなった。
 医学においても同様である。真面目な顔をしてウソを唱える者がいる。ウイルス学者はインフルエンザの大流行で数100万人が死亡すると警告、脂肪学者はコレステロールの増加により心筋梗塞が急増していると主張する。しかし彼らの話が正しいのはごく一部であり、声を大にして言うほどではない。インフルエンザの死亡者数は点滴がなかった大昔のデータを現在に当てはめただけ、日本人のコレステロール値はすでに欧米並みであるが、年齢を補正した死亡統計による心筋梗塞は横ばいにすぎない。彼らの宣伝で急増したのは、週刊誌と製薬会社の売り上げだけである。
 また健康食品(サプリメント)は食品に分類されるので、その効用を証明しないで良いことになっている。つまり「美人の湯」「美人酒」と同じで、効用を信じる方が間違っている。
 医学にも流行りすたりがあり、エイズ、狂牛病、慢性疲労症候群、薬剤耐性結核菌、いずれも欧米からの輸入品であるが、輸入品が姿を見せるたびに黒船騒動となる。しかもその騒動を煽っているのは常にその分野の専門家とマスコミである。物の数にも値しない有意差などの統計値を振り回し、騒ぐだけ騒いでおいて、結果として国民に不安と誤解を撒き散らしている。
 病気を啓蒙すること、また自分の考えを述べることは正しい行為であるが、1の価値のものを10と過大に表現するから混乱が生じる。我田引水の悲しさであるが、彼らはそれを知ってか知らずか粉飾するので、「自分の地位や利益のために病気を利用している」と陰口を叩かれることになる。そして、目立ちたい気持ちが度を越すと、狼少年のごとく誰からも信じてもらえなくなる。
 誰も言わないのであえて言うが、運命の大津波の日までは、マスコミは地震のたびに津波が来ると警告して、実際には数センチの津波を真顔で報道してきた。津波警報が出ると何々港が中継され、何も起こらない映像を長々と見せられ、国民はうんざりしていた。そのため本物の大津波がきても、それまでの報道が狼少年になって多くが逃げ遅れたのである。大地震直後のパニック状態で、大津波警報が出ても大したことはないと思ったのである。地震で停電のためテレビ報道は見られず、消防車がふれまわった気象庁の津波予想は、最大で宮城県「6m」、岩手県「3m」、福島県「3m」であった。津波の加害者は狼少年のマスコミであることを自覚すべきであるがその反省はまったく見られない。
 医師も科学者の端くれならば、1の価値の内容は1の範囲内で主張すべきである。もしマスコミが誇張して彎曲するならば、マスコミに喋らないことである。何も喋らない方がむしろ国民のためになる。
 秦の始皇帝が不死のクスリを求めたように、国民の誰もが健康を望み、健康のための情報に飢えている。図書館へ行けば多くの医学関係の本が棚に並び、テレビの健康相談では愚にもつかない健康話題で花盛りである。このように病気に対する一般人の知的欲求は非常に強いが、医師が供給する医学情報と一般人が求める医療情報には大きな食い違いがあり誤解を生むことになる。これが学問的な興味だけならばよいが、一般人は医学情報に過度の期待をもち、それを自分の健康に還元しようとするので混乱が生じる。
 健康にとって大切なことは昔から変わっていない。基本は過食を止め、適度な運動と適度な摂生、あとは交通事故に気をつけることである。それ以外は何を真面目にやっても、運命の支配から逃れることはできない。この分かりきったことを医師が強く言わないから、一般人は自分に都合の良い楽な健康法を探そうとする。 
 お菓子を食べながらダイエットの本を読んだり、栄養ドリンクを飲みながら徹夜をしたり、酒を飲みながら肝臓の薬をのんだり、このようなちぐはぐな行動をとる。彼らは医学情報の内容と価値を判断できず、あれもダメ、これもダメ、あれはヨイ、これはヨイ、のヨヨイのヨイと健康食品に走っている。まるで健康狂想曲である。1人ひとりが秦の始皇帝のように健康と不死のクスリを求めようとしている。
 健康の指導者となるべき医師は、本来からの健康法を憎まれるほど繰り返し指導すべきである。太っている患者には、痩せるまで病院に来るなというのが、本当は患者のためになる。しかし現実には、それを言っても患者に嫌われるだけで収入にならないので、アリバイづくりで「食事は控えめにして下さい」などと弱々しく言うだけになる。そしてすぐにクスリを処方し、健康人の健康の足を引っ張ることになる。
 医師と患者の信頼関係が徐々に崩壊しつつあるが、まだまだ多くの国民は医師を信頼している。信頼するから医療行為が成り立っている。この医師への信頼が崩れた時に、本当の医療危機がやってくるのである。
 この兆候は妙な形ですでに表れている。現在、病院の7割は赤字であるが病院の経営が苦しいといくら訴えても国民が相手にしないのは、医師の言葉を半信半疑で聞く癖がついているからである。さらに医師の給料が責任の割には安いと言っても誰も信じない。
 患者との信頼関係を保つためには、医師はウソをつかない正直な人種であることを国民に分かってもらうことである。
 現在、無知なる者の弱みにつけ入る情報医原病が国民を蝕んでいる。私たちにとって痛手なのは、この情報病に荷担している医師が医師全体への信頼性を低下させていることである。情報病をつくらないことも、これを正すのも医師の仕事のひとつである。

 

ただ乗りライダー

 日本の国防についてどれだけの国民が真剣に考えているのだろうか。自衛隊が何とかするだろう、アメリカが助けてくれるだろう。そのように考え、いざという時、自分がどのように行動すべきなのかを真剣に考えていない。
  このように安全保障の問題だけでなく、環境、教育、医療など重要な問題を考えず、行動せず、すべて他人任せで利益だけを受けとるのは、まさにただ乗りライ ダーである。身近な例では、葬儀場や障害者施設などは必要であることは分かっていても、近所に作るとなると猛反対の看板を掲げる。
  選挙に行っても世の中が変わるはずがない。この言葉は政治家の堕落をみれば分かる気もするが、あるグループが熱心に投票すれば選挙の結果は偏ったものになってしまう。ただ乗りのつもりが、結果的に自分の利益に反することになる。
 国際的には日本の医学もただ乗りライダーである。日本の医学が進歩したと自慢しても、ノーベル賞100年の歴史の中で、生理医学賞を受賞した日本人は利根川進ほか4人で、しかも彼らの研究を育てたのは米国であるから、実質的には日本人の受賞者はゼロとなる。基礎医学における日本の研究費はアメリカの約1割程度であるから、無理もないかもしれないが残念である。
  日本の医療を世界的レベルで考えた場合、日本の医療が国際的に役立った例は、平成2年に大やけどを負ったシベリアのコンスタンチン君を札幌医大で治療したこと。台湾総裁だった李登輝氏が倉敷中央病院でバルーンカテーテルをおこなったこと。さらには胃カメラの開発ぐらいしか思い浮かばない。国境なき医師団などはあるものの、世界への貢献度は他国と比較すると非常に小さい。
 また日本における心臓移植はまだ10数例であるが、海外で心臓移植を受けた日本人は数100人いるとされている。募金活動で「何々ちゃんを救おう」という報道があるが、募金で心臓移植を受けた患者数はまだ100人に達していない。これは募金を受けずに自費で心臓移植を受けた患者が大部分だからである。日本は臓器移植患者を輸出し、お金の力で移植の優先順位まで買っていると非難され、日本の臓器移植患者を閉め出す運動が海外で起きている。臓器移植は心臓だけではない。角膜、肝臓、腎臓、これらの移植患者を加えれば相当数の移植患者を日本は輸出している。
  なぜこのような現状を変えようとしないのか。日本で臓器移植が進まないのは、脳死、心臓死のドロドロとした議論を見せつけられた国民が臓器移植に関わりたくないと思っていること。厳密すぎる脳死判定、過剰な報道により医師も臓器移植に嫌気をさしていること。そして自分が臓器移植を必要になると誰も予想しないので、臓器移植は他人事になっているためである。
 もしただ乗りが可能ならば、誰でもただ乗りを希望するだろう。そのためただ乗りライダーが増えることになる。しかしそれでは福祉国家は成り立たない。また社会そのものも成り立たない。先駆者が苦労して残した甘い汁を、苦労もなく貰える社会は次第に衰退するのである。ただ乗りライダーは何でも他人任せで、 それでいて相手のことを考えない。自分の享楽だけが関心事になっている。このようなただ乗りライダーのために負担するのが馬鹿馬鹿しいと感じるのが普通の人であろう。
  ただ乗りライダーが増加したのは、日本人の中流意識のなかで、子供に贅沢をさせ、人間としての基本的考えを植え付けなかったからである。 子供に責任と義務を教えずに、甘やかしたからである。親は子供に個室を与えるが、祖父母が病気になれば、祖父母は大部屋に入院させられ、面会にこないケースが多い。そして祖父母の年金を奪い合う醜い光景さえみられる。なんたることであろうか。
  福祉国家の議論をするならば、福祉を誰がどのように負担するかを明確にすべきである。低負担の高福祉などありえない。低負担には低福祉、高負担には高福祉 の原則をきちんと教えないから、無いものねだりの不満ばかりをつのらせることになる。そして観客にすぎないただ乗りライダーも本気で不満ばかりをいう。全員の利益を考える場合、ただ乗りライダーをつくらない教育が必要である。

 

国民投票

 本年10月14日、朝日新聞は「死刑廃止」の社説を載せ、批判や反発を覚悟のうえでの大きな一歩と自画自賛している。この社説に対し犯罪被害者を支援する弁護士グループは、「批判するだけの朝日、誤った知識と偏った正義感」と猛反発している。このように死刑廃止の議論は人道的廃止派と感情的擁護派でいつも議論は対立している。
 朝日新聞は死刑廃止を世界の流れとし、人権を重んじるべきと教科書的な発言に終始しする。いっぽうの死刑擁護派は被害者や遺族の気持ちを優先するべきと主張する。まるでキリスト教とイスラム教との意見交換会のようで議論は噛み合わないが、ここで両者ともに重大な視点を忘れている。それば刑罰は犯罪への償いであるが、それ以上に犯罪の抑止力を持つことである。
 ここで視点を変え、歴史的な事実を述べる。
 奈良から京都に遷都した桓武天皇は、平安を願って平安京と名前をつけたが、その実態は平安どころか治安は乱れに荒れていた。遷都や蝦夷征討で国家財源を使いはたしたため軍隊を廃止し、しかも死刑をも廃止したのである。検非違使がいる京都でも治安は荒れたが、警察力のない地方はそれ以上に治安は悪化した。地方の国司は私腹を肥やすことばかりで、弱者は強者によって地獄の日々を送ることになった。死刑を廃止したことから犯罪は急増し、強盗や殺人事件が頻発したのである。弱者は自分の身を自分で守るしかなかった。そのため武装したのが武士の始まりである。
 いっぽう織田信長は「一銭斬り」を定めた。これはたとえ一銭でも盗めば首をはねることで、このお陰で信長の領地では夜道を女性が一人で歩けるほど安全になった。
 織田信長は比叡山の焼き討ちから、神仏を恐れない怖いイメージが定着している。しかし焼き討ちは比叡山が朝倉・浅井軍に協力したからで、信長は比叡山に「中立を保って欲しい」と何度も伝えていた。この申し入れが拒否されたので「比叡山を焼く」と事前に通告し、決行したのである。延暦寺は女人禁制なのに女性が多くいて約4千人が皆殺しにあった。延暦寺の焼き討ちは鉄砲などで武装した僧兵が信長に歯向かったからで、これは一向一揆の乱、高野山の焼き討ち、大阪本願寺の戦いでも同じである。 信長は宗教を嫌っていたのではなく、宗教が圧力団体となって政治に関わることを嫌ったのである。日本国憲法第20条で規定されている政教分離は信長がその道筋をつけたのである。
 死刑を廃止すれば犯罪が多発する。軽犯罪でも死刑にすれば治安はよくなる。果たしてどちらを選べば良いのか。机上の憲法論争より、この「死刑廃止か擁護か」をまず国民投票で決めてほしい。 私は当然「歯には歯の」復讐型ハムラビ法典派に近いが、正確には死ぬまで快楽を与える「口には口の」ラブラブ法典派である。いずれにせよ死刑の是非は国民投票で決めるべきで、決めたことには全員が従うべきである。

 

30万人目の責任

 DNAの解によると、私たち人間は約600万年前にサルから分離して進化したとされている。人間の出産年齢を20歳と仮定すると、600万割る20で、私たちは人類誕生から30万人目の子孫に相当する。
 またミトコンドリアの分析から人類の系統を調べた研究では、私たちは20万年前にアフリカで誕生した1人の女性に由来するとされており、最近ではこのミトコンドリア・イブ説が人類進化の有力な学説になっている。猿人、原人、旧人、新人、現生人類、このように長い時間をかけ、私たちは進化をとげてきた。
 人間の誕生から今日までの歴史を1年の時間に当てはめると、キリストが誕生したのは12月31日午後9時ごろ、現在の私たちが誕生したのは12月31日の最後の7分前になる。いかに有史以前の歴史が長いかがわかる。
 私たちの祖先たちは弱い自分たちを守るために群をなし、風雪に耐え歩んできた。狩猟、採取の原始的生活から、集落をつくり、共同作業をおこない生活の安定を図ってきた。やがて農業を中心とした文明が起こり、安定した生活を築くために様々な道具が工夫された。
 この栽培農業から産業革命を経て、飛躍的な変化が日常生活を変えた。蓄積された発明が生活レベルを確実に向上させ、情報革命とされる今日へと歩んできた。
 29万9999番目の人々は、便利になった生活を人間の英知が生んだ進歩と自慢した。集積された知識と機械化された毎日が知的で快適な日々を導くと、さらに理想的社会が目前にあると期待した。
 しかし現世代である30万人目の現状はどうであろうか。溢れる情報は多くの混乱を招くばかりで、仕事を減らすはずのコンピュータは仕事を増大させ、楽な生活をもたらすはずの機械化が毎日をより忙しくさせている。人々は時間に追いまくられ、精神の安定を失おうとしている。今の生活のどこに以前の人々が夢見た生活があるのだろうか。
 30万人目の私たちは30万1人目の次世代を考える余裕を失っている。明日のことを考えず、目の前のおいしい話に関心を奪われ、問題の回避ばかりを考えている。いったい30万人目の私たちは何をしているのだろうか。30万人目の後には30万1人目が控え、そして 30万2人目、30万3人目、30万4人目、30万5人目、・・と続いているのに、景気の変動に右往左往し、私たちは彼らのことを考える余裕すら持てないでいる。
 良いものを次世代に残すことがこれまでの人間の歴史であった。たとえ悪いものでも、教訓として残してきた。そしてこの人類の歴史の中で 、1番から29万9999番目までの遺産を次の世代に引き渡すことが、私たちに課せられた当然の責任といえる。
 この責任を果たすためには、今を基準に考えるのではなく、将来を基準に現在を考え直す必要がある。そして次世代に迷惑を残さず、未来を壊さないことを第1に考えるべきである。
 ふたたび話題を人間の誕生へと戻すと、人間の誕生にはご存じのように進化論と創造論の2つが対立している。もし創造論が正しいとすれば、神が宇宙と人間を創造したのは6.000年前となる。この創造論にそって計算をし直すと6.000割る20で、私たちは300人目の子孫に相当することになる。
 この創造論の弱点を述べれば、6.000光年以上離れている星雲の存在が否定され、さらに人間の盲腸、クジラの大腿骨、ヘビの後ろ足のような進化の退行を説明できない。では進化論が正しいかといえばそうでもない。
 進化論者は生命の誕生を、「化学反応による偶然」が数億年単位で起きたと説明している。しかしこの説では、コンピュータの部品を箱に入れ、振っているうちにコンピュータが完成したという飛躍が感じられる。また進化論者は「サルが木から下りて二本足で歩行したこと」が人間への進化のきっかけとしている。しかし二本足歩行がそれほど重要ならば、エリマキトカゲがなぜ人間に進化しなかったのか、疑問とともにそうならなかったことを思わず感謝したい気持ちになる。
 35年ローンの計算に疲れ、気分転換に電卓をたたいてみたが、考えてみれば35年ローンなどは小さな問題である。 ローンの自己責任以上に、30万人目あるいは300人目の責任を私たちは背負っているのである。
 目の前の環境問題、国の借金問題、年金問題、これらの問題を現世代で解決しないと、私たちは無責任の世代として後世に恥をさらすことになる。

 

人間集団のポアソン分布
  人間は生まれながらに平等で、かつ誰もが尊い存在である。人間の価値を金銭で表現することは馬鹿げたことで、かつての奴隷制度を除けば人間の価値を金銭で測ることはできない。
 このような耳に心地良い文章は、あまりに当然すぎることなので、疑問を持つ者は少ないであろう。しかし人間の存在としてはこの通りであるが、人間の存在と現実の人間社会とは違うのである。上段の文は人間社会の現実と人間感情の本質に目を閉ざした虚構の表現で、人間特有の思い込みによる幻想、あるいは実現不可能な理想を表した文章にすぎないのである。
 過言を承知で言うならば、まず人間は生まれながらに平等ではない。才能の有無、頭の回転の速さ、身体の大きさ、親の財産の程度、これらによって人間は誕生した日から優劣に差が生じている。もちろん美人は不美人よりも優位で、美人は美人の親から生まれる。大学予備校の教師は、子供の学力は親の学歴を見ればわかるという。カエルの子はカエルであって、トンビがタカを産むのはまれである。この生まれながらの不公平は誰も口に出さないが、人間の真実として認めざるをえない。
 青春時代を振り返えれば、多くの人たちは学校の成績や自分の容貌に悩み、後塵を走る屈辱や貧困に心を痛めた記憶をもつであろう。そしてこれらの多くは、生まれながらの不公平による苦悩といえる。努力が足りないと言われても、努力で身長が伸びないように、努力で補える部分には限界がある。先天的な形質を後天的な努力で変更できると考えるのは、白鳥を夢見るアヒルのおとぎ話、根性ものの漫画の世界と同じ次元の話である。
 もちろん努力や偶然によって人生は大きく変わりえる。努力そのものが人間形成の上で役に立つことがある。しかし先天的形質や能力の違いはどうにもならないことなので、多くの人たちは見ないようにしている。また差別的言動との批判を恐れ話題に上ることもない。
 高い所から高尚な理想を述べたとしても、人間集団はポアソン分布で成り立っている。このポアソン分布の左端に位置する人たちは社会的弱者、右に外れているのは天才と呼ばれる人たちである。彼らは目立ちはするが、少数派ゆえに大きな力にはならない。むしろ対立できるのは集団の中でポアソン分布の左側に位置する大勢の人たちである。
 彼らはたとえ弱者であっても、労働者であれは集団の力で資本家と対立が可能である。低所得者であれば票の力で政治家を動かすことができる。社会的弱者であれば人権侵害と訴えることもできる。しかし才能がない者、頭が悪い者、背の低い者、病弱な者、器量の悪い者、このようなポアソン分布の左側にいる大多数の人たちは集団を形成できず行き場のない悩みをもつ。彼らの悩みは大きい。また弱者とは認知されないので世間からの同情はない。たとえ同情があっても彼らのキズを癒すことはできない。
 このように存在において人間は平等であっても、個々の内容においては平等とはいえない。他人との相違を感じなければ悩みは生じないが、他人より良くありたいと願う欲求が悩みの原因になる。たとえポアソン分布の右側に位置していても、さらに右側に他人がいる限り満足は得られない。それは絶対的位置関係に加え、相対的位置関係も悩みの種となるからである。自分の価値判断で自分と他人を比較するからで、試験で2番の者が1番になれなかったと悔し涙を流すのがその典型例である。
 商品に値段があるように、資本主義社会は人間にも商品としての価値を定めている。自分は他人からの評価は受けないと力んでみても、給料という金銭で評価されている。
 シビアな金銭で能力そのものの評価を受けているのはプロのスポーツ選手たちである。彼らの評価のすべては成績であり、成績が良ければ数億の大金を得、悪ければクビになる。歩合制のサラリーマンもこれに近い。人間を容貌で評価しているのは、芸能界、コンパニオンなどの業界である。このように実力の世界ほど、また多くの人たちが憧れる職業ほど人間を金銭で評価している。男女雇用機会均等法はあっても容貌や能力雇用均等法は存在しない。
 戦前の日本はこの考えが著明で、官僚や教授の給料は今の数倍以上だった。資本家は富を独占し裕福な家庭には使用人が働いていた。そして政治家の別荘は、現在では旅館や記念館として名を残すほど豪邸であった。
 表面的平等主義の戦後は、給料による適切な評価が崩れている。特に学校の先生などの、それまで聖職と呼ばれていた職業ほど戦前との落差が大きい。官僚が天下りに執着するのは、事務次官といえども月30万円以下の年金では生活ができないからである。世間では官僚の悪口を言うが、この年金では志があっても、やる気を削がれるであろう。それだけの評価だから、それだけの仕事となる。
 資本主義社会は欲望を満たすための競争で成り立っている。そしてこの社会の長所は競争による活力である。逆に短所は無意味な競争がもたらす殺伐とした人間関係である。
 現在の日本を健全な社会にするためには、健全な競争ルールとその適正な評価である。さらに身の程を知り無意味な競争を避けることも重要である。

 

天国の中の不幸

 天国にいる者は、天国以外の場所を知らないので天国の良さが分からない。地獄にいる者は、地獄以外の場所を知らないので地獄の苦しみが分からない。天国にいる者も、地獄にいる者も、ほかを知らなければ自分の幸・不幸を測ることはできない。
 全員が貧しかった時代は、貧しさを不幸とは思わなかった。交通の便が悪くても、当たり前と思えば苦にはならなかった。冬はこたつに入り、夏は風鈴で涼をとり、春夏秋冬の風を受けながら青年は遠い世界を夢見ていた。冒険小説に胸を躍らせ、恋愛小説に心を熱くさせ、まだ見ぬロマンに胸をときめかせていた。物質的に貧しくても心は豊かだった。生きることの目的が明確で、しかも未来への希望に溢れていた。
 生活の快適性だけを比べれば、今の生活は昔の宮廷よりはるかに快適である。凍えるような寒さ、貧しい食事、衛生環境の悪さ、このような生活レベルにもう戻ることはできない。
 まさに今の生活は天国そのものである。休日は倍になり、大半がスマホを持ち、海外旅行も日常生活の一部になった。冬は暖房、 夏は冷房、テーブルには正月よりも豪華な料理が並び、毎日が殿様以上の生活である。しかし、だからと言って今の人たちが幸せとは限らない。幸福度を比較すれば、昔の人たちの方がよりも幸福だったかもしれない。
 いつの頃からであろうか、重苦しい雰囲気が世間を覆うようになった。年末恒例のアンケート調査では「来年は今年より悪くなる」という予想が毎年のように繰り返され、そして「昔は良かった」と懐かしむ声をよく耳にする。これは単なる年長者のノスタルジーではなく、以前の人たちのほうが今よりも幸福度が高かったのであろう。現在、このように贅沢な生活の中で、幸福を実感できないのは、幸福感は他との比較による相対的な感覚だからである。では、何が私たちの幸福度を低下させたのか。
 歴史を振り返ると、昔は生きることは食べることであった。江戸時代は士農工商の身分制度の枠の中で生きていればよかった。明治時代からはお国の為、立身出世が生きる目的になった。そして終戦からバブルまでは何も考えず、ただがむしゃらに働けばよかった。命じられるままに、あるいは手本通りに生きていればよかった。その意味では生きることが楽な時代だった。思い悩むことがなかったからである。
 しかし現在に至り、選択の自由とともに生きる方向性を失い、あれやこれやと迷いが生じるようになった。選択肢が複数になり、余計な悩みや不安が増加したのである。「お好きなように」と言われても、選択の自由ほど面倒くさいものはない。これは自由を得たことによる不自由な不幸である。
 さらに時代とともに価値観が変化し、私たちは「心の支えを次々に失う」という、思いがけない不幸を経験することになった。
 日本の国家意識は軍国主義のイメージとともに遠くに追いやられ、欧米に追いつけ追い越せの目標はバブルとともに消失し、立身出世の夢は政官財トップの不祥事とともにかすみ、宗教はオウムとともに崇高性を失い、さらにソ連の崩壊とともにイデオロギーは消失した。信じられてきた価値観がひっくり返り、精神を支えてきた大きな支柱を次々に失った。科学技術の進歩がユートピアを作ったが、生活レベルの向上が幸福につながるという概念も空虚となった。それまで信じてきたものが幻想となり、この幻想が醒めてしまった不幸である。
 表面をチャラチャラ飾るブランド品が心のプライドを追いやり、家族団欒の時間は主婦のパートにより崩壊し、贅沢のために大切なものを失った。人々を支えてきた概念は次々に変化し、愛という言葉さえも商品化されその意味を変色させている。
 個人主義が過度にもてはやされ、その結果として全体主義が自分主義となり、利他主義が利己主義へと変化した。そして好き勝手な生活が可能になったが、そのために見苦しい生き方、怠惰な生活が目立つようになった。これは民主主義が個人レベルまで浸透したことによる不幸といえる。
 民主主義がしだいに完成に向かい、民衆は主権を得ると同時に、1人ひとりが王様同様の気分を味わえるようになった。そして欲望ばかりが強くなり、他との比較ばかりを気にするようになった。終わりのない欲望による不幸である。
 現在の社会は天国と呼べるほど快適な環境の中にある。しかし快適ではあるが、このような新たな不幸が私たちを待ち構えていた。多くの人たちは他人との僅かばかりの差異に悩み、我が儘同然の不満を持ち、そして先の見えない変化に漠然とした不安を抱いている。
 これを「天国の中の不幸な時代」と呼べばよいのだろうか。

 

ガリバー旅行記
 1726年 にイギリスの作家スウィフトが書いたガリバー旅行記は、子供の絵本として多くの人たちに愛読されてきた。主人公のガリバーが航海中に難船し、次々と怪奇な体験をする物語である。ガリバーが巨人となる小人国はよく知られているが、しかしそれ以降の国についてはあまり知られていない。ガリバー旅行記は小人国の次に、大人国、変わり者の国、馬の国と続くのであるが、子供に読ませるにはあまりに刺激的なため、多くの絵本は小人国で留まっている。
 しかし作家スウィフトがガリバー旅行記で最も訴えたかったのは、変わり者の国、馬の国だったと思われる。今回はあまり知られていないガリバー旅行記について紹介しよう。
 変わり者の国では、無用な実験や探究に明け暮れる科学者が描かれている。家を建てるのに屋根から作るにはどうすればよいのか、太陽はいつ消えるのか、美人に課税すべきか、などと真剣に悩む学者が出てくる。学問ですべてを解決させようとする学者の馬鹿げた姿を風刺している。
  そしてもっとも辛辣なのは馬の国である。馬の国ではフイヌム(理性の生物)と呼ばれる馬が支配者で、人間の姿をしたヤフー(野蛮な生物)という動物が、家畜や野生動物のように醜悪、無恥、不潔な動物として描かれている。何が正常で何が異常なのか、人間の本質が何であるかを考えさせてくれる。主人公のガリバーは知性を持っ た珍しいヤフーとして馬たちに扱われる。そして凶暴なヤフーに困っていた馬たちは、ヤフーを雄と雌とに隔離して子供ができないようにする。馬たちはヤフーである主人公のガリバーの扱いに困まるが、ガリバーもこれを潮時に馬の国を去るのである。そしてこの小説に登場する「ヤフー」という単語は凶暴な人間、ならず者を意味する言葉となった。検索ソフトで知られているyahooはこのヤフーからとった社名である。
 ガリバー旅行記の中で、私たちに大きな問題を投げかけてくるのが、不死の人間を語った部分である。不老不死は人間の最大の望みであるが、作家スウィフトは不死の人間を次のように書いている。
 不死の人間は、生まれたときに額に赤いアザがあり、このアザがその子供が不死の人間である目印とされた。読者は「不死の人間は幸福で、周囲から羨望の眼差しを受ける」と思うだろうが、実際には逆で、死を免れた人間ほど不幸な人間はいないのである。
 不死の人間は死にはしないが、普通の人たちと同じように老化するのだった。80歳をこえると自分のことが何も出来ず、頑固、意固地になり、嫉妬と無力な欲望ばかりとなる。90歳をこえると歯と頭髪は抜け、自分が誰なのか分からなくなる。身体は不死でも痴呆は進み、肉体は衰え、最後はミイラのようになり、考えることも動くことも出来ず、ただ生きるだけの存在になる。
  このような生き方がよいはずはない。スウィフトは不老不死を願う人たちに、人間は死ぬべき存在であることを最大の皮肉を込めて書いたのである。人間だけでなく、すべての動物には決められた寿命がある。「人は自然に生まれ、そして定められた時がくれば静かに死んでゆくべきである」と作家スウィフトは悟っていたのである。300年前の昔に、スウィフトは人間の生死の問題を考え、生きることの意味、死ぬことの意味を読者に問いたのである。
 現在、我が国民の多くは安らかな死を望んでいる。しかし蘇生医学の進歩により、死んだ者を機械で生かし続けることが可能になった。このような医学の進歩の中で終末医療、延命治療、安楽死という人間の尊厳に関わる重要な問題に対しての議論がなされていない。
  医師は医学の進歩を誇るばかりで、寿命を迎えた患者の尊厳の守り方については沈黙したままである。哲学、宗教が医学の進歩に追いつかず、国民の多くが幸せな最後を望みながら、実際には不幸な死を与えている場合が多い。現在、この重要な問題に対し明確な解答を持つ者もいなければ、それを教える者もいない。
  良い医療とは常に患者本人にとってのはずである。終末医療は医師の責任回避のためでなく、家族のためでもなく、患者本人の無言の言葉を察しておこなうべきである。大部分の国民が安らかな老後、安らかな死について願うのなら、現場の医師が真摯な気持ちでそのあり方を家族に提示すべきである。 老人にとって質の高い医療とは、病気を治すことも大切だが、老人の心に接し、老人の尊厳を守ることだと思う。

反面教師、ヒットラー
 ヒットラーは600万人のユダヤ人を殺害しただけでなく、50万人のソビエト人捕虜を殺害し、ドイツ人でも精神病患者や奇形児を殺害していた。これがヒットラーの優生思想である。
 国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)党首としてアーリア民族主義と反ユダヤ主義を掲げたヒットラーが、自国民さえ殺害しているのに、なぜドイツの総裁になれたのか、ヒットラーを毛嫌いする前に、ヒットラーから学ぶべきである。
 当時のドイツは世界大恐慌に襲われ、また第一次世界大戦の敗戦による巨額な賠償金を抱えていた。そのため街には失業者が溢れ、生活苦による不満がみなぎっていた。ヒットラーはこの大衆の不満を利用した。国粋主義的、右翼的な考えでドイツの不況をそれまでの政治家の失政と批判し「ドイツを健全にするのは自分である」と国民を洗脳した。ここで重要なことは、ヒットラーは国民洗脳の方法として3つのSを使ったことである。3Sとはスクリーン(映画)、スポーツ(プロスポーツ)、セックス(性産病)である。大衆の関心を政治に向けさせないための愚民化政策であった。
  現在の日本を考えてみれば、ヒットラーの3Sに加えSake(儲け)、Speed(技術の進歩)、スマホを加えた6Sが愚集化政策の柱である。日本は独裁政治ではないが、日本国民はこの6Sに完全に毒されている。かつての日本人は礼節を重んじる思慮深い民族であった。しかし現在では自己中心主義、拝金主義、享楽主義、このような恥ずかしい民族に成り下がっている。これを日本の国民病と言わずに何と呼べばよいのだろうか。
 この国民病はマスコミがつくった6Sによる。すなわちテレビ、雑誌、インターネット、スマホなどが日本と日本人を悪くした。情報化時代と言いながら国民は情報洪水に溺れ、子供や青年たちは溺死寸前なのに病識はない。
 テレビは軽薄な芸能人の笑いとスキャンダルばかりで、どうでもよい6S番組が視聴率を競っているが、これもまた視聴率、すなわちテレビ局のSake(儲け)のためである。
 スポーツ番組、温泉情報、お笑い番組などよりは、むしろ「日本のあり方」を論じる方が数百倍も大切なのに、この日本をどうするかが論じられることは少ない。長引く不況、所得格差、学生の学力低下、少子高齢化、これらにどう対応するかの論争はみられない。また論争はあっても、視聴率を狙った劇画的論争ばかりで、真面目な顔をした不真面目な論争である。6Sも娯楽と割り切ればよいが、重要な社会問題に対して大衆を無関心に導くのは問題である。
 子供は親や先生の言うことよりも、テレビや雑誌の内容を信じ、自分で考える思考力を失っている。知識だけで知恵がない、屁理屈ばかりで創造性がない、初めから挙足取りの構えである。技術立国の日本の子供たちがこのようなことでは、いずれ日本は潰れてしまうであろう。
 昭和の時代の雑誌を読んでみるとその内容は真面目である。また文章が実に上手い。それは廃刊となった朝日ジャーナルだけでなく、一般の雑誌も同じであった。しかし現在の雑誌は写真ばかりで、軽薄な文章は読んでも何も頭に残らない。
 街ではスマホを握りしめ、電車に乗ればスマホばかりを見つめている。スマホで日本の防衛論をメールしているとは思えない。やはり目の前の享楽である。しかも小学生がスマホを持つような社会はすでに病気である。
 国民の愚衆化は政府にとっても、企業にとっても都合が良い。しかしこのままでは日本はこの国民病に冒されたまま死を待つだけになる。現在、日本は700兆円の国の借金、300兆円の特殊法人の借金がある。国民1人当たり約1000万円の借金を返す当てがどこにあるのか。日本が破産するのは時間の問題である。あるいは政府がいう1000万円の借金そのものが公的なウソで、そのため金儲けに敏感な外人が日本の債券を買い円高なのかもしれない。
 国民の愚衆化を解決するには、まず6Sを自覚することである。国の借金、不況、学力低下などを真面目ぶっての議論より、愚衆化の改善策をマスコミが国民に提示すべきである。テレビ、新聞、雑誌が日本社会の改善策を競い合い、よりよい日本を築くことである。ヒットラーの3S、現在の6Sをばらまいたマスコミが責任をとって改善策を競うべきである。たとえそれが悪書の追放、焚書でもかまわない。どれが本当で、どれがウソなのか。あるいは愚衆化ではなく娯楽に過ぎないと反論してほしい。日本が沈没する前に、日本が破産する前に、日本人が発狂する前に、マスコミはこの国民病を治すべきか、このままでも良いのかをオピニオンリーダーとして方向性を示してほしい。
 ヒットラーは健全なドイツ人を洗脳したが、日本のマスコミに期待するのは、日本人の汚れた脳を、ただ普通の脳に戻してほしいだけである。

 

ロシアン・ルーレット

 回転式弾倉のピストルに一発の弾丸を込め、弾倉を回転させて自分の頭に向けて引き金をひく。この生死を賭けた危険な遊びをロシアン・ルーレットという。生きるか死ぬかは運しだい、運が良ければ自慢話、悪ければ死ぬことになる。
 私たちの周囲をみれば、不慮の事故やギャンブルなどはロシアン・ルーレット同様に偶然という運に支配されている。
 かつて生死が日常的であった時代、人々は病気を人知の及ばぬ運命としていた。そして悪霊などに因果を求めても、病気に対する諦めは早かった。しかし医学の進歩という幻想に冒されている現在の人々は、病気を運命とは考えず理屈で納得できると誤解している。そのため病気の告知を受けた時、患者は病気の現実を受け入れられず、戸惑いとやり場のない憤りをみせることが多い。
 昨日まで元気だったのになぜ病気になったのか、患者は病魔の現実を受け入れられず、「病気は何々のせい」と他に原因を転嫁したくなる。煙草を吸えば肺癌、食べ過ぎれば糖尿病、酒を飲めば肝臓病。このように原因があって病気が生じると思い込んでいる。病気のすべてを理屈で説明できると思っているので、病気になると説明がつかないことに、納得できない気持ちになる。
 伝染病が猛威を振るっていた時代、伝染病の原因である微生物の発見が人類に大きな貢献をもたらした。そしてワクチンの開発、抗生剤の発見、環境衛生の改善により伝染病の脅威が激減した。このことは近代医学の輝かしい勝利だった。しかしあまりに伝染病の克服が劇的だったことから、癌を始めとした他の病気も予防可能、克服可能との幻想を持つようになった。この幻想により予防医学がこれからの医学と期待され、また過剰にもてはやされている。
 しかし疾患を予防することは、人間が考えるほど、言葉で言うほど容易なことではない。感染症における微生物というような、病気と原因が直接結びつく図式はむしろまれであり、多くの病気の原因は不明のままだである。にもかかわらず、すべての病気が解明されているような雰囲気に包まれ、人々は病気に対して間違った概念を持つようになった。
 喫煙と肺癌の関係を例に病気の危険因子について説明を加えよう。現在、喫煙は肺癌の原因として常識であるが、かつてはそうではなかった。昭和29年に米国対癌協会が50歳から70歳までの喫煙者の死亡率が非喫煙者より75%高いと報告したのが始まりである。この報告は大規模疫学調査の結果であるが、これが公表されるまでは喫煙が肺癌の危険因子になるとは誰も予想していなかった。人種、職業、嗜好、離婚歴、性生活など様々な因子が分析され、肺癌の危険因子として喫煙が浮上したのである。初めから喫煙を肺癌の危険因子と決めつけて調べたのではない。このように喫煙と肺ガンとの因果関係は大規模調査によってやっと有意差がでる程度であった。喫煙の危険率は約7倍であるが、7倍の危険因子といえども実際には目に見えない程度の違いである。
 事実、昭和32年10月、米国対癌協会の報告を受けた癌研究会(癌研)は独自に調査して喫煙と肺ガンの関連性を希薄であると発表している。昭和45年に、国立がんセンターの平山雄が喫煙者の肺ガン死亡率は非喫煙者の7倍と発表したが、それまでは両者の関連性はそれほど意識されていなかった。この平山雄の研究は、世界的に認められ、さらに受動禁煙の先駆的研究者としても認められている。しかし当時、平山雄は1日10本喫煙している夫より禁煙している同居の妻の方が肺ガン発生率が高いと発表したのである。マスコミはその根拠を示せと迫った。しかし平山雄は国費で調査した数百万人の資料を公開せず、すべて焼却した。多分、自分の研究に矛盾を感じ、自信がなかったのであろう。部下にやらせた研究の計算間違いを感じての焼却だったのであろう。自然の真理は人間の理屈を超えたものである。この科学の基本を知らずに資料を焼却した態度は、科学者の態度ではない。研究の否定を恐れ威厳に生きようとした傲慢で浅はかな態度であった。平山雄の研究は受動喫煙の実証として正しかったが、この焼却という傲慢さを許すわけにはいかない。
 肺ガンを始めとした多くの疾患について危険因子が調べられ、病気は予防できるものとする認識が強くなっている。しかし実際には予防は困難である。それは危険因子といえどもその関与がわずかで、さらに年齢という巨大な危険因子が人間に内在しているからである。現在、日本人の三大死因はガン、心臓病、脳血管障害であるが、ガンは遺伝子の老化によって、心臓病や脳血管障害は血管の老化によって生じる。このように病気の大部分に加齢が関与していて、加齢は運命であるから、いかに病気から逃れようとしても無理である。「成人病の予防は年をとらないこと」というパラドックスに捕らわれることになる。
 病気の原因を究明することは大切であるが、医学の進歩は病気を運命と理解できない思い込みを人々にもたらしている。諦めの気持ちが希薄になり、患者は病気を不運ととらえず、それを治せない医療機関との出会いを不運とする傾向がみられる。このように都合の悪いことを置き換える心理が医療不信の隠れた要因になっている。

 私は予防医学を否定しているわけではない。糖尿病の早期発見は予防医学の最大の功績であるが、糖尿病の検査は最近まで検診の検査に入っていなかった。つまり学校検診で座高を測定するように、成人の検診に無意味な項目を入れる専門家の馬鹿さ加減が多すぎたのである。
 病魔に襲われるのはロシアン・ルーレットと同じ様に運である。さまざまな病気の危険因子は弾倉に入れる弾丸の数の違いにすぎない。弾倉が10あれば9の弾倉に銃弾が込められているのが膵臓ガンで、7が肺ガンで、早期胃ガンはもともと弾倉に銃弾は込められていない。いずれにせよ病気は年齢とともに空の弾倉が少なくなり、大半は80歳前後で運命の引き金を引いてしまうのである。

 

倦マサラシメンコトヲ要ス
 本来尊敬されるべき官僚、警察官、教師、そして医師たちの不祥事が連続し、フラッシュ・ライトを浴びながら頭を下げるトップの姿が毎日のように報道されている。
 いっぽう不祥事を追求するマスコミは、世の不正を正す義憤のつもりだろうが、結果として世の中が良くなっているとは思えない。それは不祥事の報道が人間の信頼関係を低下させ、働く者のやる気を削いでいるからである。1人の不祥事が、同職の人たちの使命感とやる気を失わせている。
 日本は共産主義国家がなしえなかった無階級社会である。無階級社会においては、営利を目的としない人たちの使命感に負うところが大きい。本来尊敬されるべき職業の人たちは、少なくとも他人に尽くす気概を持ってその職を選んだはずである。この人たちのやる気に依存している社会では、周囲が理屈を言いすぎると、正義ぶって叩きすぎると、彼らは職務に嫌気をさすことになり、そのことが大きな社会的損失につながるのである。
 叩かれれば、何もしない方が得だと思う。休まず、遅刻せず、何もせずの世界になる。社会は活力を失い、閉塞した暗い雰囲気が全体を覆うことになる。これが果たして良い社会と言えるのだろうか。
 正義の仮面をかぶってバッシングする側は叩くことで正義を強調するが、彼らには過ちを許すほどの度量はなく、相手が弱点をみせればバッシングを強め、謝るほどに追い打ちをかけようとする。しかも相手を許す気持ちがないので、叩きかたが陰湿である。
 また周囲は、仲裁よりも傍観者となり、評論家の「相手の気持ちを知れ」などの作られた決まり文句に、観客のように拍手を送る。
 現在、政治、財政、経済、教育、医療、このように多くの分野が危機的状態にある。そして少年犯罪を始めとした多くの奇怪な事件が相次いでいる。この歪んだ社会を是正するために多くの提言がなされているが、ますます歪みは強くなるばかりである。
 政府も対策を講じようとするが効果はみられない。歴代首相の施政方針を聞いても、野党の批判を聞いても、各省庁の文章を読んでも、美辞麗句で飾った八方美人の言葉ばかりで、混沌とした世の中を是正しようとする真摯な気持ちがみられない。誰からも批判されない玉虫色の文章ばかりで、揚げ足を取られまいとする形だけのアリバイ作りの文章である。彼らの意味不明の理念などはさておき、ここに目の醒めるようなすばらしい名文がある。
 それは明治政府の基本方針を示した「五箇条の御誓文」である。この文章は明治維新の大変革を前に作られたもので、新政府の基本精神が示されている。数行の文章であるが非常に適切である。この五箇条のひとつが「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ、人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス」である。現代文に訳せば「文官、武官から一般の国民に至るまで、それぞれに志を遂げ、しかも嫌気を起こさせないことが肝要である」となる。
 つまり政府から庶民に至るまで心を一つにして、おのおのの志を遂げ「人生つまらない」と思わせてはいけないとしている。
 なんと的を射た言葉であろうか。世の中を良くするには、やる気を起こさせることが肝心としている。明治維新の人たちは人間の心情をよく理解していた。改革に当たって最も大切なことが「倦マサラシメン」である。これほど人間を理解した言葉はない。
 相手を批判するだけでは何も生まれない。相手を批判するより、伸ばすことで、嫌気を起こさせてはいけない。各自に希望を与え、やる気を起こさせることが大切である。一生懸命に働く者を評価し、社会に貢献する気持、さらにその使命感を満足させるような社会づくりが必要である。
 これは特に子供の教育に必要である。かつての学校では「いじめ」という言葉は存在しなかった。ガキ大将はいたが、ガキ大将は弱者の味方だった。子供は子供なりに正義を知り、陰湿な不義を恥としていた。現在の学校における「いじめ」が改善しないのは、他人を叩く陰湿な気持ちが世に蔓延しているからで、子供は親の鏡であり、親の世代が他人を許す暖かい気持ちがないから、それをまねているだけである。
 五箇条の御誓文は、民主主義のあるべき形、人間社会のあるべき姿を数行の文章で表現している。その普遍的な心を現在に生かすことが現社会に必要である。

 

高瀬舟

 森鴎外の名作「高瀬舟」は、江戸時代に島流しを命じられた罪人を京都から大坂へ護送する高瀬舟の船上でのはなしである。ある日のこと喜助という男が弟殺しの罪で連れてこられたが、喜助には島流しの罪を背負っている悲愴感がなかった。これを不審に思った護送役の同心の庄兵衛が話しかけた。すると喜助は「島流しなど今までの苦労に比べたら苦ではない。お上に居場所を作ってもらい、食べさせてもらえるのはありがたい」と語った。庄兵衛は、この純粋そうな男が弟殺しという恐ろしい事をするのだろうかと思い話を聞いてみた。

 すると喜助は、子供の頃に両親を亡くし、弟と2人で暮らしていたが、弟が病気で働けなくなり、貧しいながらも一生懸命働いて弟の面倒を見てきた。ところが、ある日、家に帰ると弟がのどから血を流し苦しんでいた。聞けばこれ以上迷惑をかけたくないと思い剃刀で自殺を図ったが、死にきれずに剃刀がのどに刺さったままになっていた。剃刀を抜けば出血で命を落とすことになるが、弟は剃刀を抜いてくれと必死に頼む。喜助は悩んだ挙句、剃刀を抜き弟は息絶えた。それを近所の人に見られ罪人になったのだった。

 遠島流刑となった喜助に、弟を死に至らしめた罪の意識はなく、流刑の罰に悔恨を感じさせない妙に爽やかな小説である。

 もし私たちが喜助の立場に置かれたら、どのような行動をとるであろうか。情に従い喜助と同じ行動をとれば、人間として許されても法律では罰せられる。法律は弟を苦しませ放置することを命じ、手を差し伸べ楽にさせる行為を殺人としている。このように人情と法律には相入れぬものがある。

 人間社会を守る刑法の目的は、被害者に代わり加害者に制裁を加えることである。また見せしめのために刑罰を与え、犯罪を予防することである。喜助の流刑に違和感を覚えるのは、喜助への刑罰がこの刑法の理念からかけ離れ、またこの小説が妙に爽やかなのは人情に従った喜助が殺害を後悔せず、貧困に悩む生活が罰によって解消するという欲のない人間らしい人間だったからである。

 喜助が行ったのは自殺に失敗して苦しむ弟を楽にしてあげることであった。安楽死に加害者も被害者も存在しない。加害者と被害者のいないところに、悪意のないところに犯罪が存在するのだろうか。法律になじまない人情を法律で裁くことに無理がある。
 多くの老婆はポックリ往きたいと願い、早く迎えがくればよいと言う。死は怖くはないが、痛いのはいやだと訴える。医師の使命は患者の望むことを行うことであるが、老婆の心情に反し濃厚治療を行うのが現在の医療である。老婆がどれほど苦しんでも、面倒に巻き込まれたくない医師の心理が老婆の尊厳を軽視することになる。
 安楽死事件として、かつて東海大附属病院の塩化カリウム事件、国保京北病院の筋弛緩剤事件があった。これらの安楽死事件を思うたび、2人の医師を擁護する医師が1人もいなかったことが不思議に思えてならない。この事件でだれが被害者だったのか。加害者とされた医師が最も大きな被害者だった。
 この事件でコメントを求められた多くの医師は、カリウムや筋弛緩剤を用いた積極的安楽死に異論をのべた。そしてそれが鎮痛剤などの消極的方法であったならばと理屈を言った。心の中では「もっと上手くやれば良かったのに」と不手際の悪さに同情しながらも、外に向かってはしたり顔のコメントであった。しかし積極的安楽死と消極的安楽死に、倫理上、道徳上の違いがあるのだろうか。合法、非合法は外面上の違いだけである。
 マスコミは安楽死の過去の判例を並べ、世の見識者はその定義に一致しないことを理由に医師を違法と責めたて、法律的にも人間的にも2人の医師を犯罪者とした。しかし その場にいない者が医師(喜助)の心情をどれだけ理解できたであろうか。マスコミが伝える医師(喜助)の心情脚本など信じるほうが浅はかである。
 この問題に最も冷静な判断を下したのは、私たちのような傍観者の医師ではなかった。法律学者でも、裁判官でも、マスコミでもなかった。それはひとりの検事であった。
 京都地検は殺人容疑で書類送検された京北病院前院長について「死因は進行性がんによる多臓器不全。投与された弛緩剤は致死量に達せず、死亡との因果関係は認められない」とした。京都地検はこの事件を嫌疑不十分で不起訴処分とし、裁判で決着することを断念したのである。
 この検事の判断は、文字通り証拠不十分で立件を断念したのではなく、証拠不十分を理由に安楽死を法律で裁くことを回避したのである。まさに大人の判断、人間の知恵である。
 この地検の判断によりこの事件は決着をみた。もし現場の医師ならば投与された弛緩剤が致死量以上であることを知っていたはずであるが、評論家の医師は現場を知らないので異を唱える者がいなかった。まさに地検の英断と評価するところである。
 人間の情、愛、倫理、道徳、宗教は法律より優先されるべき部分がある。人間社会のすべてを法律の網で覆うことは、人間のあるべき姿を失わせることになる。このことを京都地検は考えたのであろう。
 現在の医療は、何本ものクダを入れ、死んだ者を生かし続けることができる。遺体に呼吸をさせ、心臓を動かすことができる。このような医療技術の進歩の中で、人情を理解しない法律が医療を機械的医療に追いやる恐れがある。
 死を敗北とする考えもあるだろう。最後まで全力を尽くすという考えもあるだろう。しかし国民の8割以上が尊厳死を受け入れている常識的世論を忘れてはいけない。そして生命維持装置を使用するのも、そのスイッチを切るのも医師しかいないのである。
 医師と喜助との違いは、喜助は罪を罪と思わず、罰を罰と受け止めていないことである。喜助はそれまでの生活が罪人となったことで逆に楽になり、また自分の行為が正しいと受けとめているのである。
 安楽死の定義を裁判所が明示しても、医師たちは法的責任に関わりたくないと思うのが自然である。そしてそのことが冷たい医療、非人情的医療、機械的医療に移行させる可能性が危惧される。
 法的責任を恐れ、苦しむ者に手を差し伸べない医療を全人的医療と呼ぶことはできない。また人情を理解しない社会を法治国家と誇ることもできない。ここに人情を拘束する法律の副作用を感じるのである。

 

霊長目ヒト科日本人
 ニッポニア・ニッポンNipponia nippon は医師シーボルトが命名した朱鷺(トキ)の学名である。この学名が示すようにトキは日本を代表する鳥であった。かつては北海道から九州まで広く生息していたが、2003年に日本産のトキが死亡し、現在生き残っているのは中国産のみである。
 また多くの日本人がニホンオオカミに郷愁を感じるのは、田畑を荒らす猪や鹿を退治するオオカミが「大口の真神」と農民に崇められ、さらにオオカミは大神にも通じ、古くから民間信仰が厚かったことによる。このニホンオオカミが突然その姿を消したのは明治38年のことである。ニホンカワウソ、ニホンアシカ、日本住血吸虫、そして日本脳炎ウイルス。さて次に絶滅するのは、・・それは霊長目ヒト科日本人かもしれない。
 恐竜やマンモスなどを含め動物の歴史を眺めれば、動物は絶滅する運命にある。生き延びる動物の方がむしろ例外であるが、しかしながらコロンブスやマゼランの活躍以降、絶滅する生物があまりに急増しすぎている。それまでの「自然の変動による絶滅から、人間の手による絶滅」へと変わってきているからでる。他の生物にしてみれば、人間ほど迷惑な生き物はいない。人間は自分の姿に似せた神を創造し、傲慢にも神が創った生物を絶滅させ、そして愚かにも、人間は自らのヒト科さえも絶滅に追い込もうとしている。
 DDT、PCB、ビスフェノールA、そしてダイオキシン。産業革命以降、地球上に存在しなかった化学物質が徐々に蓄積し、これらの女性ホルモン類似物質がヒトの精子の数を半減させ、この環境ホルモンの汚染によって、このままでは性行為は可能でも子孫はつくれず、ヒトはいずれ絶滅種となる。ヒトに夢を与えてくれた化学物質が夢を悪夢に変えたのである。
 人類絶滅のシナリオのひとつとして、次に遺伝子工学が考えられる。ワトソン、クリックによるDNA二重らせん構造の解析以降、遺伝子工学はヒト蛋白を産生する新種大腸菌を次々に創造した。そして遺伝子工学によるわずな恩恵と引き換えに人類絶滅への切符を切ってしまっている。
 遺伝子工学が人類に都合の良いものだけをつくるとは限らない。エイズが蔓延した時、エイズウイルスは遺伝子工学による人為的産物と噂されたように、エイズ同様のウイルスを試験管内で作ることができる。誘惑に駆られた、あるいは気がふれた科学者が「パンドラ箱」を開けてしまえば、それで人類はおしまいである。科学者に生命倫理を期待してはいけない。彼らも人並みの人間である、一定の頻度で間違いもあれば精神異常者も含まれれいる。
 人間の歴史がいつ幕を閉じるのか、100年は無事でも1000年続くとは思えない。炭酸ガスによる地球温暖化、フロンガスによるオゾン層の破壊、緑の森林を枯らす酸性雨、森林の砂漠化現象、多発する原子力発電所の事故、エボラなどの新興感染症、人類絶滅のシナリオが四方八方から押し寄せてくる。そして、いずれかにより人類最後の日を迎えることになる。
 人類が狩猟から農業に生活の基盤を変えたころから、人間の歴史は自然破壊の連続であった。そして産業革命により自然破壊は決定的になった。つい最近まで、自然破壊を自然克服と称し、巨大ダムの建設を人間の英知と自画自賛していた。しかし自然破壊のない生き方はもはや人間には出来ない。
 生物にとって大切なことは、親の形質を子孫に残し種を守ることである。種の重さに比べれば、個々の生命の重さなどは問題にはならない。つまり人間という種の保存のためには、個々を犠牲にしても地球環境を守ることである。極論を言えば、冷暖房を使わず、テレビは放映せず、自動車には乗らず、物を買わず、ゴミも出さず、経済成長を犠牲にして環境を守ることである。
 資本主義の原則は競争であり、この欲望を満たすための競争が環境悪化を招いている。地球との共存をはかるには、個々の欲望や願望をすて環境保全のルールを作ることであるが、経済と環境のジレンマの中でどのような共存がはかるのかであろうか。
 コンビニに慣れきった者が、現在の生活レベルを落とすことは困難である。それは都会から山奥へ出張を命じられたようなもので、都の贅沢を知り尽くした後醍醐天皇が隠岐へ流された心情となる。困難ではあるが、しかし私たちには公害が深刻化した1960年代に技術革新によってそれを克服した歴史がある。危機感と勇気を持てば、現在進行形の人類絶滅のプログラムを止めることができる。
 地球にとって、他の生物にとって人間の存在そのものが罪である。罪多き人類が自滅の道を辿ることは、キリスト教の終末論、仏教の末法思想として古くから予言されてきた。この人間が自然の破壊を押し止め、先人の予言を変えることが出来るかどうか、人類の未来はまさにこの点にある。

 

誠意ある占い師
 多分、覚えていないだろうが、ジョギングの効用を最初に提唱した作家がジョギング中に心臓麻痺で死亡し、内科の大御所が数年間の植物状態の後に死亡し、アガリクスの広告塔の農学博士が癌で死亡している。さらには人生の将来を決める占いの代表である高島易断の創始者は自宅で殺害されている。このように何が起きるのか分からないのが人生である。また意外に思うかもしれないが、運動選手や医師、健康食品や製薬会社の社長の平均寿命は一般人より低いのである。
 予測が難しいのは病気や死ばかりではない。人生には多くの幸、不幸が待ちかまえており、恋愛や結婚、就職や転職、投資やギャンブル、これらの成否を知りたくても、とても予測できるものではない。それは人生そのものが謎に包まれ、不確実性に満ちているからである。このことから占いが流行ることになる。
 人生の岐路に立った時、悩み抜いて出した結論とサイコロで決めた結論、このふたつの結論にどれだけの違いがあるのだろうか。このサイコロにそれらしい理屈をつけたのが占いである。交通安全を願って神社にお参りに行った帰りに交通事故にあう者もいれば、お百度を踏んでも願いが叶うわけではない。占いは当たる、当たらないではなく、占いが持つ抗不安作用がヒトにとって重要なのである。
 ヒトは有史以前から占いに依存してきた。亀甲を焼いてヒビの状態から吉凶を占うのは 約5000年前の中国古代文明から、 占星術も同時代に世界各地で誕生している。易占、四柱推命は約4000年前の中国が起源である。またタロット占いは古代エジプトに原形がある。このように古代人は占いによって神意を聞き、それに従い生活をしていた。
 近年においては、血液型占いはフランスのブールデル博士の著書「血液型と気質」に基づいたもので、フロイトは夢占いを精神分析に応用した。ヒトラーは占星術師の助言を重視し、レーガン大統領も重要な決定の前には占星術師の意見を聞いていた。 もちろん日本でも縄文の昔から最近に至るまで占いは日常的な習慣になっている。
  姓名判断、水晶占い、人相、手相、家相、方位、おみくじ・・、さらには迷信、ジンクス、このように並べてみると、人生のすべてが運命によって定められているような錯覚に陥ってしまう。占いは統計学と心理学を合体させた遊びであるが、今日でも相変わらず廃れないでいる。テレビでは今日の運勢が毎朝放映され、週の運勢は週刊誌の定番となっている。
 占いは将来への不安、未知への不安が作り上げたものであるが、それは逆から言えば、人間の弱みにつけ込んだインチキとも言える。インチキゆえに責任は追及されない。
 では占いの話題を医学に移してみよう。かつての医療は祈祷などの宗教と深く関わっていた。「治そうと念じる力によって、病気は退散する」というのが祈祷である。そして「病気が改善しないのは祈りが足りないため、病気が完治したのは祈りが届いたため」と都合のよい理屈が長い間くり返されてきた。
 現代医学は科学を基礎とし、医学の知識は飛躍的に増え、最新医療が次々に導入されている。そのため分かる病気は分かるが、分からない病気も多いのである。さらにいつ病気になるのか分からない、誰が病気になるのか分からない。誰の病気が治って、誰の病気が治らないのか分からない。このように病気の肝腎な部分が分からないため、医師は占い師に近い存在になる。
 治療が上手くゆくのか、余命は何日か、自宅安静は何日か、いずれも予測できるものではない。それはいつ地震がくるかを予測するようなものである。しかし分からないでは話が進まないので、医師は思いつきで予測をいってしまう。
 重要なことは科学に基づいた予測を述べたくても、データがないのである。あっても集団のデータが目の前の患者に当てはまるわけではないのである。例外が多すぎ、また集団のデータの幅が広すぎるのである。
 患者にとって一番知りたいのは病気がいつ治るかである。病気の不安から逃れるために医師に予測を求めてくる。そこで医師は、「安心してください、大丈夫です」。あるいは「悪化するかもしれないので、通院して様子をみましょう」、などと言ってしまうが、この相反する2つの説明は両方とも正しいのである。
 医師の楽観的な説明、悲観的な説明、この2つの話し方によって患者の心理は大きく左右する。これを「医師のプラシーボ効果」と呼ぶが、楽観的な話し方は患者に安心感を持たせ、治る可能性は高くなるが、悪化した場合に医師は責任を追及される。悲観的な説明は治りが悪くても医師の責任は追及されにくい。さらに心配そうに検査をする悲観的医師を親切な医師であると、大らかな医師をヤブ医者と捉える患者が多い。
 この医師のプラシーボ効果は、患者が医師を信頼する程度によって効果は違ってくる。患者が医師を信頼すればするほど、医師がまじめな顔で言えば言うほど効果は大きくなる。もちろん医師のプラシーボ効果についての明確なデータはないが、多くの医師たちはその効果を信じている。
 占いが将来の不安を取り除くプラスの面とインチキのマイナスの面を兼ね備えているように、医師の予測が違っていた場合、医師はうさん臭い存在と誤解され、あの医師はこう言った、別の医師はこう言ったと非難される。しかし医師は元々分からないことを、分かったように説明するのだから仕方がない。理屈があるようで理屈どおりに行かないのが病気なのである。癌の原因を免疫力の低下と説明しても、癌患者が風邪をひきやすいわけではない。病気の原因をストレスと言われればそれで多くは納得する。
 医師は科学者であるが、病気には分からないことが多すぎる。特に内科系の病気がそれに相当する。患者は医師を「病気を治すスーパーマン」と誤解しているが大きな間違いである。医師は「弱い患者に勇気を与える誠意ある占い師」を兼ねているのである。

 

アリとキリギリス
 イソップ物語は紀元前6世紀に作られた古代ギリシャの寓話集である。この寓話集が時代や国境を超えて読まれてきたのは、道徳や善悪、生きるための知恵が分かりやすく示されているからである。歴史や教科書はその時代の政治により常に勝者の視点で書かれてきたが、イソップ物語は政治に利用されることもなく普遍的な人生訓として伝えられてきた。
 奴隷のイソップが大人たちを相手に話したように、イソップ物語は子供ばかりでなく大人が読んでも興味深い。アリとキリギリスの話を振り返ってみよう。
 この物語は、暑い夏の日差しの下で一生懸命働いているアリを見ながら、遊び人のキリギリスが「そんなに仕事が楽しいの」とあざ笑う場面から始まる。やがて木枯らしが吹く冬になり、空腹のキリギリスがアリに助けを求める場面で終わりとなる。この短い物語が興味深いのは、その結末の記載がないことである。アリがキリギリスに食料を恵んだのか、断ったのか、あるいはアリがキリギリスを食べてしまったのか、その記載がないのである。
 もし「その後の話」を子供に訊かれたら、母親はどのように子供に説明するであろうか。多くの母親は「アリがキリギリスを助ける美談」として話をするであろう。しかしその後のキリギリスについては、時代とともに、国によっても解釈が異なっている。
 歴史の大部分を占める解釈は、食事を断られたキリギリスが木枯らしの中をトボトボと帰る姿である。戦前の日本は生命の価値は低く、江戸時代の武士ならばアリに頭を下げるよりむしろ死を選んだであろう。また欧米合理主義の考えに立てば、痩せたキリギリスに食料を与え、太らせてからアリが食べた、と解釈できる。母親が当然とする相互扶助、生命第1主義の考えは社会が豊かになった戦後の日本の概念にすぎない。
 夏の間、キリギリスが病気で寝込んでいたならば、あるいは働く意志があっても仕事がなかったならば、仕方がない。しかし夏の間、保険料を払わずギターを弾いて遊んでいた者に、なぜアリの蓄えた保険金から生活費を支給する必要があるのだろうか。アリに蓄えがなければ、キリギリスが列をなしたなら、どうするのだろうか。傲慢なキリギリスをアリが救済する美談には無理がある。
 現代において弱者に対する強者の援助は当然とされている。累進課税、医療保険、福祉行政、年金制度、海外助成金などはこの思想の上に成り立っている。しかし富の再分配は社会が恵まれているから可能なのであって、財源がなければ成り立たない。
 多くの人たちは建て前では相互扶助を理解しても、他人を救済する気持ちは少ない。銀行や保険に金を預けても、募金活動などはきわめて低調である。弱者に対する慈愛精神は低く、人権主義者に声援を送っても、資金を援助する者は少ない。まして自分に蓄えがなければ、また相手が遊び人であれば、なおのことである。富の再分配に割り切れない気持ちになるのも自然なことである。富の再分配への不満が表面化しないのは、その負担が直接感じにくい税金や社会保険によって福祉が賄われているからである。
 戦後、70年を迎えている日本は、社会の衰弱と老化をきたしている。資本主義の日本において富の再配分という社会主義的思想が成り立ってきたのは、戦後の若い日本がアリのように一生懸命働き社会の富を築いてきたからである。
 これからの高齢社会では、かつての蓄えが減少する時代である。今の老人は心配ないとしても、若い世代には重い負担がのしかかってくる。確実にやってくる高齢社会を前にして危機感が乏しいのは、豊かな社会が作ったユートピア的幻想に依然としているせいである。現在、国の財政は借金だらけ、赤字国債の乱発により自転車操業で生き延びているにすぎない。福祉社会が財政難から崩壊する前に、この幻想から目を醒ますべきである。どんなに福祉を叫んでも財源がなければ無いものねだりの子供と同じである。
 かつての人々がイソップから学んだことは、将来のために努力を惜しんではいけないこと。努力する者を笑ってはいけないこと。さらに笑った相手に援助を求めてはいけないことである。この自立の精神を教えず、暢気に美談を作り上げても子供への教訓とはならない。逆効果である。母親の話から子供が得るものは、働かずに生きてゆく他人への依存心だけである。助けを期待する、助けを当然とするキリギリスを増やすだけとなる。キリギリスを愚か者と蔑む気持ちがあるうちはまだいい。援助を当然と思い込むことが危険なのである。福祉国家は恵まれない人たちを救済するのが目的であって、恵まれない人たちを増やすことではない。
 豊かな社会に甘え、アリを食い物にするキリギリスが増えている。キリギリスを正す教育や政策はなく、援助ばかりを求める風潮となっている。
 福祉社会は負担と給付を同一にする基本的考えが必要で、例外を乱発することは「ずるい者」を増やすことになる。人権主義的ユートピアの固定観念に捕らわれていると、日本は活力を失い亡国への道を辿ることになる。これがイソップの教えるところであろう 。

 

意外な社名

 インターネットのyahooを知らない者はいないだろうが、その社名の由来を知る者は少ないであろう。yahooは「ガリヴァー旅行記」に登場する、人間に似た愚かな野蛮人のことである。Yahooの開発者がならず者と自称してこの名前をつけたのである。
 Googleは社名を10の100乗を意味する「googol(グーゴル)」にするはずだったが、登録時にスペルを間違えたのである。Googleは情報を扱う検索会社の代名詞になっているが、最初の情報が間違っていたのである。
 日本の社名で面白いのは、飲料水メーカーのサンガリアで、この社名は奥の細道の「国敗れて山河あり」からの引用で、「国破れて サンガリア」「1,2,サンガリア」のフレーズが宣伝になっている。
 キヤノンは観音菩薩のKWANON(カンノン)からCANONになったが、CANONは英語では標準、聖書正典、教会法を意味する言葉である。その他、シャチハタは名古屋城のシャチホコと旗から、シャープはシャープペンシルのヒットから、ロッテは「若きウェルテルの悩み」の主人公の名前からである。
 ヤクルトはエスペラント語でヨーグルトを意味し、花王は顔の石けんから(顔王)、パイロット(水先案内人)万年筆はセーラー万年筆(水夫)に対抗しての命名である。サントリーは赤玉ポートワインの「赤玉すなわち 太陽(サン)」に社長の鳥井(トリイ)を結び付け、カルビーはカルシウムの「カル」と、ビタミンB1の「ビー」を組み合わせた造語である。
 マツダはアジアの人類誕生の神・アフラ・マズダーに由来する。創業者の松田重次郎の姓でもあるが、叡智・理性・調和の神アフラ・マズダーを自動車のシンボルになることを願って名付けられた。ダスキンは英語である「ダストクロス」と「ぞうきん」の「キン」を合わせた社名である。当初は「ゾウキン」の社名になる予定だったが、社員が「嫁が来なくなる」と反対してダスキンとなった。社名はイメージをつくり、社名が売り上げにつながるので、社名はキラキラネーム以上に重要である。
 日本の会社はマツモトキヨシが典型例であるが、多くは創始者の名前に由来する。その中でも石橋正三郎を英語読みにしたブリッジ(橋)ストーン(石)は有名で、また旧社名に由来するものとして、エーザイ(日本衛材)、コクヨ(国誉)、キッセイ薬品(橘生薬品)、イトーヨーカドー (伊藤羊華堂)、SEIKO(精工舎)などがある。
 日本は物作りの国で、100年以上続いている企業が10万社以上ある。もちろん100年以上続いている企業はアメリカや韓国ではゼロ、ヨーロッパでさえ30社にすぎない。大学生が、目先の給料から、外資系の金融会社に就職する風潮があるが、そもそも金を左右に動かす金融商品が富をもたらすはずがない。富をもたらすのは人間の知性と労働だけで、金融商品はただの強欲ゲームである。
 海外で子供達に折り紙を教えると、日本人の手先の器用さがわかるが、器用なだけではないく、整理・整頓・清掃・清潔・しつけの5S能力が日本の経済を支えてきた。飲む、買う、打つが目的の金融商品は日本人の心を汚す博打にすぎない。
 日本は技術伝承の国で、画期的な製品を作ってきた。しかしこの素晴らしい技術が海外にシフトしている。ものづくりを支えた町工場が消滅すれば、あらゆる部門が衰退する可能性がある。伝統ある企業に期待するとともに、歴史の浅い政府にお願いしたいのは、優秀な中小企業の邪魔をしなで、助けてほしいのである。

 

石打の刑
 聖書は世界最大のベストセラーである。なぜ聖書が世界で最も読まれているのか、それは聖書を読めば自ずとわかるはずである。聖書にはキリスト教徒でなくても興味深い話が数多く書かれているからである。今回は、ヨハネによる福音書8章に書かれている「石打の刑」の話を紹介しよう。
 旧約聖書のモーセ律法によると、人妻の不倫は相手男性とともに死刑が決まりであった。婚約中の女性も同様で、群衆から石を投げられ殺されることになっていた。これが石打の刑である。
 物語は姦通の現場で捕らえた女性を説教中のキリストの前に連れてきたところから始まる。ユダヤの役人がキリストに次のように尋ねた。「あなたならば、この姦淫した女性をどうしますか」。これは意地の悪い質問だった。
 もしキリストが女性を許すと答えれば、キリストは旧約聖書の戒律を破ることになる。逆に死刑を認めれば、キリストが教える隣人愛に反するだけでなく、当地を支配していたローマの法秩序を無視することになった。いずれを選んでもキリストには不利な立場に追い込まれれるだけで、これはキリストを陥れるための巧妙な罠であった。
 石を手にした群衆が女性を殺そうとキリストの周囲を取り囲んでいた。キリストは、返答に窮し長い沈黙の末に次のように言った。「石を投げる資格のある者だけが石を投げなさい」。このキリストの言葉を聞いた群衆は1人また1人と石を置き、その場から立ち去ってしまった。
 日本人の不倫については、残念ながら正確な統計はない。しかし厚生省人口動態統計によると年間77万人が結婚して、25万人が離婚するとしている。そして司法統計年報は離婚の3割が異性問題が原因と指摘している。既婚者でさえこの数値である。まして婚約者の数値は推して知るべしである。マスコミは著名人の不倫を犯罪のよう報道するが、それ以前のこととして、私たちの多くは石打の刑を受けるべき罪人なのである。
 駅前には自転車が放置され、街のいたるところにはゴミが捨てられている。相手を思いやる気持ちは希薄になり、街行く人たちの人相も悪くなった。犯罪統計によると、裁判で有罪判決をうけた者は約100万人に達したそうである。
 最近の事件を振り返ると、国会議員の不正問題、警察のもみ消し不祥事、企業ぐるみの嘘つき商品、学校の先生のパンツ盗み撮り事件、このようにその犯罪性よりも人間性が、あるいは組織としての倫理性が問われる事件が相次いでいる。そして罪にはモラルが問われているのに、事件が発覚すると罪人は嘘をつき罪を逃れようとする。また運良く逮捕を免れた同類者たちは、自分たちの腐敗を隠すかのように、自分はさも聖人君子の顔をしている。
 さらにこれらの事件が非倫理的に感じられるのは、事件が密告という手段によって発覚していることである。マスコミは内部告発という言葉を使うが、これらは告発ではなく密告である。密告は他人を陥れる快楽と私的な恨みの解消が目的であるから、それは公的な正義に見せかけた私的リンチである。自分の地位を捨てる覚悟で悪を告発する潔癖例などはまれのまたまれである。
 犯人が登場すると、周囲は待ってましたとばかりにバッシングする。しかし時として、泥棒が人に説教するような、売春婦が純愛を語るような違和感を覚える。また精神的な障害を受けたと怒鳴るクレーマーが、それ以上の苦痛を与えていることもまれではない。
 マスコミは犯人を追及するが、しかし追及する者が必ずしも倫理性が高いわけではない。石を投げる資格がないのに、リンチを期待する群衆を扇動しているようにみられることがある。
 このような現象は、市民が自分に欠如している潔癖性と倫理性を他人に求め批判しはけ口を求めているのである。罪人に罪以上の罰を期待し、欲求不満の解消を計っているのである。このような市民に他人を批判する資格などあるはずはない。
 厚生労働省は全国82の特定機能病院の医療事故発生状況をまとめた。そしてこの2年間に計1万5003件の事故が発生し、死亡や重体などの重篤な状態が367件に達したと公表した。日本を代表する特定機能病院で1病院あたり年間100件の医療事故があるとしている。もはや医療事故は特定の人間レベルの問題ではない。道路があれば交通事故が起きるように、医療行為のあるところに医療事故が起きる。このような冷静な認識が必要である。医療現場をバッシングして物事を解決せるのではなく、事故を防止するための医療システムを冷静に構築すべきである。
 私たちの多くは罪人である。それゆえに相手の罪を許す心の優しさと物事を見きわめる冷静な判断が大切である。

 

村の特産品 

 日本の国は何によって、あるいは誰によって支配されているのだろうか。総理大臣であろうか、自民党であろうか、あるいは官僚であろうか。もちろん彼らはそれほどの存在ではない。では何が日本を支配しているのか。それは経済界でも、マスコミでも、法曹界でも、もちろん特定の人物でもないであろう。

 家庭、隣組、学校、会社、農協、官僚、政党、・・・これら日本を構成する各集団を眺めると、この疑問の答えがみえてくる。集団の中の1人ひとりは組織の中でもたれ合い、ぬるま湯感覚に浸っている。集団の安楽が外部への無関心を引き起こし、無意識に井の中の蛙になっている。考えるのは自分のことだけで、それ以外は、話題を相手に合わせるためである。同族意識と排他意識、利己主義と他人への無関心、このような日本人の1人ひとりの意識が、目に見えない形で日本全体をおおっている。

 選挙の投票率低下をマスコミは心配そうに問題にするが、また政治家は国民に選ばれた代表と自慢するが、マスコミの嘘つきのポーズを、政治家のずるさを、日本人の1人ひとりが熟知しているから投票率が低いのである。投票率の低下は国民の正直度を表している。だいたい3組に1組が離婚する時代に、会ったこともない候補者をどうやって選べというのか。

 戦後、農業から工業へと産業が変化し、田舎から都市へと人口は移動した。古い因習や近所付き合いが希釈され、地縁・血縁によるムラ意識は失われたが、これは単に「地域としての村」から「各自が所属するムラ」へと意識の重心が移動したにすぎない。会社員などの集団が新たな共同体としてのムラを形成している。

 この新たなムラ社会は、葬式の形態に反映されている。かつては地域が仕切っていた葬式は、会社が仕切るようになり、面識のない上司の親の葬式に駆り出される。本人ではなく、本人の親の葬式に出ることが共同体としてのムラ社会を表している。そしてこの掟を破る者は会社のなかで生きてゆけない。これは子供も同じで、大人も子供もムラに縛られムラ八分を恐れている。

 海外から見れば、日本は近代国家とされている。国民総生産は中国に抜かれて世界第3位、海外援助金は世界第4位である。日本はこれまで中国に総額3.6兆円も援助しているが、中国は援助してもらったのに、盗人猛々しい以上に恩人に噛み付いてくる。これは中国が悪いのではない。日本の政治家の見識がないせいである。その証拠に国民総生産で抜かれても、2014年だけでも300億円の海外助成金を中国に出しているのである。

 情報化時代が国境を取り除き、国際化の波が押し寄せているが、日本人の意識はムラ社会から脱せず、ひたすら自分たちのムラ社会に安住しようとしている。IT革命と騒いでみても、日本人の脳ミソは江戸時代と同様に鎖国のままである。 

 日本は高度経済成長をとげ、裕福な生活を得ることができた。これはアメリカの傘に守られ、世界の紛争に巻き込まれなかったからである。この単なる国際情勢の幸運を日本人は幸運だったと実感していない。偶然に得られた平和のなかで、これからも何とかなるだろうと思い込んでいる。

 ムラ社会にはぬるま湯に浸っているような快適性がある。これを平和な社会といえば、そうであるが、食糧や資源の大部分を海外に依存している日本だけが平和主義に安住できる可能性は低い。

 日本人のほとんどが海外を経験しているが、その大部分は観光が目的なので日本人の脳ミソに海外事情はインプットされない。グローバルスタンダードという言葉が叫ばれると、日本のムラ人たちは何も考えずにアメリカン・スタンダードをグローバルスタンダードだと思いこんでいる。しかしこれは井の中のムラ人が陥る最も大きな間違いである。そして問題意識までも、他国に依存している指導的立場の人たちが日本全体を間違った方向に導く可能性がる。  

 WHOは世界各国の医療を比較して日本の医療を世界1位と評価し、評論家が大好きなアメリカの医療を世界36位と位置づけている。日本人の多くはアメリカの医療を知らないので、日本の医療を低レベルだと思い込んでいるが、実際は逆である。医療以外に日本が世界に誇れるものがいくつあるだろうか。

 このように高い評価の日本の医療が、何故これほどまでに誤解されているのか。それは「医療こそが世界に誇れる日本最大の特産品」であることを日本のムラ人たちが知らないからである。

 日本の医療が世界最高なのは在日外国人に聞けば、あるいは海外に住んでいた日本人に聞けば歴然としている。評論家の悪口に乗せられ、議員視察団は遊びが目的のため事実を学ぶ意識はなく、そのため井の中のムラ人たちは医療に対し不満ばかりを言う。

 村人たちは日本の最大の特産品である医療を粗悪品と受け止めているが、このままでは日本の特産品は腐るだけである。手術室で執刀する姿を見たら惚れ惚れしてしまう外科医でも3K(キツイ、キタナイ、キケン)で、何をやっても悪者にされるので外科医希望の研修医は激減している。日本の特産品を腐らせたのはマスコミと一緒に天にツバしたムラ人たちである。

 

60歳の赤ん坊
 星の寿命。人間の寿命。イヌの寿命。蜻蛉の寿命。世にあるすべてのものは時間の支配を受け、与えられた時間の枠の中に押し込まれながら生きている。古今東西。老若男女。動植物を問わず、時間は誰の上にも平等に流れている。時間とは不思議なものであるが、ときに残酷である。ある日のことである。スマホ写真の前背面設定を間違え、目に飛び込んできたのが、自分ではなく自分の父親の顔で、思わずギァと声を出しそうになった。
 少年は青年になり、青年はいつしか父親に近づき、白髪となった。走れるはずが走れない。登れるはずが登れない。身長は子供に追い越され、気がつくと視力は衰えていた。気持ちは変わらないのに、肉体だけが時間の洗礼を受け衰えた。若い女性への熱い視線は、いつしか絵画を見るような穏やかな視線に変わった。
 年齢とともに増えるはずの友人や知識は少なくなり、輝かしいステップアップの日々が、いつしかステップダウンの黄昏に変わっていた。友人と飲み明かしながらの激論も、今はテレビ相手の愚痴となった。年相応といわれればそうである。当たり前といえば当たり前である。しかしこのステップダウンはどこまで続くのだろうか。
 老化に驚き、戸惑いを覚え、この現実を受け入れられずにいた。しかし老いの現実を受け入れなければ、人生はより悲劇となる。そして本人にとって悲劇であっても、他人から見ればただの喜劇に映るだけである。
 目をつぶれば、麦わら帽子の少年の日々が蘇ってくる。ふと心を許すと、ほろ苦い青春の思い出に浸っている自分に気づくことがある。懐かしい映像は日ごとに遠ざかってゆくのに、まるで昨日のように思い出される。少年には無限の時間と可能性があった。あの青年には健康な肉体と大きな夢があった。
 ギリシャの神聖ヒポクラテスの言葉「Art is long。Life is short」が思い起こされる。またかつて覚えた「少年老いやすく学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず」の言葉も、まさにそのとおりである。時は速く人生は短い。日暮れの道は暗く、遠くが見えない。時間と健康こそが何よりの財産だとしみじみと思うようになった。
 果たして人生の適齢は何歳ぐらいなのだろうか。「人生50年 下天のうちをくらぶれば 夢幻のごとくなり この世に生を受けて 滅せぬもののあるべきや」。織田信長が好んで舞った敦盛は「人生50年」と謡っているが、織田信長は48歳で自刃している。適齢人生は50年なのだろうか。
 江戸時代の寺院に残された記録によると。村人の死亡者の7割が乳児だった。乳幼児死亡率が高ければ当然平均寿命は短くなる。しかし乳児期を乗り越えれば、人の寿命は意外に長いのである。歴史上の著名人の平均死亡時年齢を調べれば、奈良時代のような古い時代でも平均死亡時年齢は63.6歳。明治時代では63.0歳である。平安、室町、江戸、どの時代をとっても死亡時年齢は60歳から65歳の間で変わらない。つまり人生60から70年が適齢人生といえる。
 平均寿命が急速に伸びたのは、乳児死亡率や妊産婦死亡率が低下した戦後のことである。抗生剤の登場、社会環境の整備、栄養状態の改善などが加わり、人生50年の時代は瞬く間に過ぎ去り、還暦(60歳)の時代、古希(70歳)の時代、喜寿(80歳)の時代を飛び越えてしまった。
 還暦とは、生まれた年と同じ干支に戻る年齢のことである。赤いちゃんちゃんこを着て赤い頭巾をかぶるのは、還暦に達すると人間は赤ん坊に戻り、新しい暦に入るためとされている。還暦を過ぎても若々しく活躍している人が多く、また年寄り扱いされるのも嫌であろう。しかし古人は的確なことをいったものである。年老いて赤ん坊に戻るというのは何とも微笑ましい考えである。
 40歳にして惑わず。50歳にして天命を知るというが、そのように悟るのはなかなか難しい。還暦を過ぎてもジタバタしている者。欲ぼけに固まった老人も多く見られる。年の功は死語になり老害の新語が目立つようになった。
 老化を自然なものと受け入れ、老いを老いとして納得することが必要である。「日暮れの道もまた楽しい」このような気分になれれば黄昏の日々も楽になる。ひとりでは生きてゆけない大きな赤ん坊には周囲のサポートが必要であるが、赤ん坊と割り切れない老人が多すぎるのも事実である。
 還暦で赤ん坊というのは早すぎるが、いずれ赤ん坊に戻るのは事実である。欲をもたず、我に縛られず、老醜をさらさず、そして老害を自覚し、赤ん坊のように愛らしく生きてゆければどんなに良い人生だろうか。

 

マグロの涙、大海のメダカ
 生を受けてから死を迎えるまで、回遊魚であるマグロは休む暇もなく泳ぎ続ける。そのスピードは最高80 km/h に達するとされるが、彼らは好きで泳いでいるのではない。泳ぎをやめれば、口からの海流が途絶え、エラ呼吸が止まるからである。生きるために、寝ているときも口を開け泳ぎ続けるのである。
 水族館ではドーナツ型の巨大な水槽にマグロを泳がせているが、泳ぎ続けるマグロを見ると、神が与えた運命とはいえ「生きとし生ける者」の哀れを感じてしまう。そして水槽の中に、追われるように走り続ける「現代人の姿」を見る気分になる。
 日本が高度経済成長を遂げて以来、経済成長率は常に私たちの関心事であった。誰もが右肩上がりを願い、経済成長が鈍化してもマイナス成長などは予想もしなかった。前年と同じ経済規模をゼロ成長というが、人々はゼロに驚きマイナスを恐れた。
 なぜ経済成長率がプラスでなければいけないのか、なぜマイナスを恐れるのか。それは資本主義社会においてはマイナス成長は死を意識させる言葉だと固く信じているからである。他人と自分、他社と自社、他国と自国、資本主義は常に他との競争で、自分が劣れば相手が優位になる。皆が皆、マグロのごとく何かに怯え走り続けることになる。
 マグロは死ぬまで泳ぎ続けるが、それは神から与えられた運命に従い何万年も前から同じ泳ぎを繰り返しているにすぎない。しかし人間は、神の意志に逆らいながら走り続けているように思える。
 そもそも野蛮そうに見える縄文時代までは戦争はあり得なかった。戦争が始まったのは、稲作が始まり米の蓄積が可能になった弥生時代以降である。かつては穏やかな日々を過ごしてきたが、相手の富を奪うため、奴隷として使うために戦争となった。経済も同じで、経済は自分たちの生活を豊かにするのが目的であるが、豊かにするには相手の富をいかに合法的に奪うかがその手段となる。
 科学技術においても同様で、科学技術の進歩は余裕もなく後ろからせき立てられる。コンピュータは1年ごとに新製品が登場するが、買い換えても以前ほどの感動はない。使い慣れたソフトや周辺機器は使えなくなり、金だけが消えてゆく。コンピュータの進歩を恨み、科学技術の進歩が止まればと思うが、進歩もまた競争で決して立ち止まることはない。
 競争と言えば聞こえはよいが、競争には勝ち組がいれば必ず負け組がいる。そのため競争には一定のルールがあるが、そのルールを守らない者、ルールを自分に有利に解釈する者が必ずいる。原爆のスイッチも、自国のために押すのが当然と平然と思う者がいる。
 私たちは良いモノを求め、快適な生活を求め、息を切らしながら走り続ける。便利さを求め不快な走りを続けている。生活を良くしているのか悪くしているのか、正しいのか間違っているのか。疑問を持ちながらも、誰もこの流れを止めることはできない。
 生を受けて成長し、結婚して子供を作り、老化を経て死を迎える。この人生の中で、全員が全員とも何にかにかき立てられ、どこかに向かって走り続ける。ネズミの大群が海に向かって走り出す集団自殺を想像させるが、私たちにできるのは、私たちがあのネズミの大群でないことを祈るだけである。
 魚にはマグロだけでなく、魚にはそれぞれの運命がある。コイのように200年の寿命を誇る魚もいれば、プランクトンのまま数日で生命を終える魚もいる。太陽を知らず深海で生涯を送る魚もいれば、太陽の下を飛び跳ねるトビウオのような魚もいる。のんびりと大海の中で昼寝を決め込むマンボウもいれば、釣り堀で釣り上げられるのを待つだけの魚もいる。
 一生に一度の産卵のために川を上り、産卵後に死を迎えるサケのような魚もいる。産卵のために精魂を燃えつくすその姿は壮絶かつ悲壮感に溢れている。子孫を残すことだけが人生ではないだろうが、サケのような人生が最も生物らしいと思える。
 マグロ、マンボウ、トビウオ、サケ、果たしてどのような人生が良いのだろうか。世間の流れに漂うことも、流れに逆らうことも、新たに流れを作ることも、私たちには可能である。道徳的、享楽的、刹那的、せわしない人生、のんびりとした人生、どのような人生も可能である。
 たとえマグロのように走り続ける人生であっても、食物連鎖の頂点に立つ人間は幸せである。しかしどのような人生を選択したとしても、病気、老化、死の現実を知る人間は、魚に比べればより不幸かもしれない。
 いずれにせよ、時空という大海の流れの中で、人間はメダカのように儚い存在にすぎないのである。

松尾芭蕉と団塊の世代
「古池や 蛙飛びこむ水の音」から「旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る」に至るまで、松尾芭蕉の俳句は名句ばかりである。「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也」。これは誰もが知っている「奥の細道」の序文であるが、描かれた松尾芭蕉の肖像をみると、どう見ても70歳を過ぎた爺さんである。しかし松尾芭蕉が奥の細道の旅に出たのは満43歳のときで、この世を去ったのは48歳のときである。
 この意外な若さに驚くが、それ以上に、雑多なことで悩み続ける私たちが、芭蕉よりも老人であることに愕然とする。芭蕉よりも高齢な自分が、子供や家計のこと、会社や老後のことを心配している。ましてやエロ本や自動車の雑誌を手にしている自分が情けない。あの世で芭蕉に会えたなら、芭蕉は別種の人間を見るように「人生は欲じゃない、与えられた人生は与えられた範囲で使うもの、自然の中に生き無常を知ること」の教えさえ、言いそびれてしまうであろう。
 この芭蕉48歳にて死去の衝撃から、著名人の死亡年齢を調べてみた。「働けど 働けど 我が暮し 楽にならざり じっと手を見る」、この句を書いた石川啄木が借金まみれの極貧生活だったことは有名で、6畳一間の部屋に一家5人で生活していた。「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」、「砂山の 砂に腹這い 初恋の いたみを遠く おもひ出づる日」などの名句は悲運な詩人の純な気持ちを切実に表している。
 石川啄木は母親、妻と同じ肺結核をわずらい26歳で亡くなっている。極貧と夭折という人生が啄木の文学をより際立たせているが、なぜ啄木は極貧だったのか。石川啄木は小学校の教員、新聞記者で生計を立てていたが、明治の時代とはいえ、当時の小学校の教員、新聞記者がすべて極貧だったわけではない。石川啄木が極貧だったのは女遊びが原因だった。
 石川啄木は教科書に載るような、記念館が建つような人物でありながら、遊郭のナンバーワンを指名し続けたことが極貧の原因である。啄木の死から70年後、彼が書いたローマ字の日記が公になり判明した。日記を預かっていた金田一春彦があまりに赤裸々な描写だったため、公表出来なかったのである。
 しかし写真で見る美男子の啄木に、憧れを抱きながら彼の人間らしさに触れたようで親しみがわく。文才に恵まれ、金銭的に恵まれなかった啄木が、自分の才能の優位性と悲運を自覚しながら女遊びにのめり込んでいたのである。その人間らしい弱さが好きである。女遊びをしながら、じっと手をみる啄木を想像すると思わず微笑んでしまう。そして啄木の妻が、女遊びの啄木以上に、啄木に惚れていたことも、今の恋愛観とは違った夫婦の愛情を感じるのである。
 吉田松陰は明治維新の原動力なった松下村塾をつくったが、安政の大獄に連座して27歳で処刑されている。吉田松陰はアメリカへの出国を企てたが失敗、自首して犯罪人となったが、吉田松陰は高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文など日本の基礎を築いた人たちを育てた。吉田松陰の「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし、故に、夢なき者に成功なし」。「人間はみな なにほどかの純金を持って生まれている。聖人の純金もわれわれの純金も変わりはない」まさに松陰ゆえの名言である。
 松尾芭蕉、石川啄木、吉田松陰、彼らは当然テレビもパソコンも携帯もない時代に生きた。いっぽう現在の団塊の世代も、彼らと同じ生活をしていた。団塊の世代は戦後の極貧生活を知り、学生時代は受験戦争に巻き込まれ、大学では学生運動でヘルメットをかぶり、就職したら猛烈社員となり、バブルとバブル崩壊を体験している。そして住宅ローンを抱え、リストラに怯えながら、団塊の世代もすでに年金生活である。
 昭和22年前後に生まれた団塊の世代は、芭蕉より20歳は年上である。これからどのような人生を送るのか。ゲーテのように80歳で恋をするのか、社会正義のためヘルメットをかぶり直すのか、人生の評価は自分が決めるべきであるが、せめて先輩たちに笑われないような人生を送りたいものである。

 

賛同の拍手
 約5年前のことであるが、ある有名な医学部教授が学会でノーベル賞以上の驚くべき発表を行った。それは自分の弟子たちが全国の医学部の教授になっているので、彼らの源泉徴収票を集め学会で発表したのである。その結果、教授の手取り額は30から40万円ぐらいであることがわかった。
 その後、厚労省の賃金統計調査が国立大学医学部の給料を公表したが、大学教授の年収は1100万円(57歳)、准教授の(助教授)は870万円(46歳)、講師は700万円(43歳)であった。これは年収なので、年収から税金や社会保険料などが引かれれば、手取りはほぼ30から40万円になる。
 大学教授が公演をしても1回3万円程度で、本の印税も医学書は売れないのでパソコンのインク代にもならない。医学部の教授は通常の診療や雑用をこなし、教育者と研究者を兼ねているので、超多忙であるが、多忙の割には貧乏乞食である。教授が着ているのは安物のヨレヨレ背広で、製薬会社の新人社員は高級な背広を着て挨拶に来る。学会に行く教授は自腹でエコノミークラスであが、製薬会社の社員は腰を下げ、頭を掻きながらビジネスクラスである。
 株式会社は社員の平均年収を報告する義務がある。その平均年収が就職活動の常識であるが、年収第1位の会社の従業員は平均30歳で2000万円を超えていた。医師と同じく人命を扱うパイロットの機長の年収は2300万円で、貧困格差を食い物にしている朝日新聞社は1300万円であった。しかもこの平均年収にはトリックがあり、役員を除く従業員の平均年収で年齢とは関係ない。もし役員ならば年収はその数10倍で、経費は使い放題であろう。
 かつての医学部は徒弟制度でヤクザの世界であった。教授は仲人をすれば、博士号を与えれば、さらに製薬会社からは100万単位の礼金が入った。現在では教授は結婚式に呼ばれず、博士号を取る者は少なく、患者や製薬会社からの袖の下はほぼ消滅している。また海外留学が長いので年金はもらえず、定年後は収益にならないので病院などへの就職先はない。
 もちろん貧富には上には上が、下には下がいるが、しかし国立大学の授業料が年間50万円の時代である。学問に生きようとする大学院生の貧困や就職難を招くような狂育は納得できない。優秀な学生は授業料を免除すべきで、日本の奨学金制度は貧困ビジネスから足を洗うべきである。政治家が何を言ようとも、このような狂った制度は間違いである。
 ちなみに我がアホ娘はパリ音大に留学したが、授業料、コンサート代、医療費はすべてタダだった。パリジェンヌのように着る服は3着だけ、食べ物はフランスパンだけだったので、生活費は日本の数分の1であった。
 資源のない日本は学問、研究で生きてゆくしかない。頭脳だけが頼りの日本なのに、このような狂った教育体制でよいのだろうか。
 医学部教授は学問が大好きな、金持ちのボンボンと思っていた。あるいはバカだから教授をやっていると思っていた。しかし「日本の教育環境が嘆かわしいほどに狂っているための犠牲者」、と考えを改めることにした。そして「日本の将来」「日本の子供たち」、とお題目を唱える政治家こそが、バカで恥知らずと思い直すことにした。学会という学問の場で、学問を支える家計を発表した勇気ある医学部教授に賛同の拍手を送りたい。

 

援助交際と医療改革
 言葉は自分の考えを人に伝えるための手段である。しかし最近、この言葉の使い方が荒れに荒れ、相手を騙す手段として用いられることが多くなってきた。これは金儲けを第1とする商業主義の宿命であるが、この言葉の荒れは商業主義を乗り越え、日本全体に広がってきた。これまでは一定の倫理観がその歯止めになっていたが、その歯止めが狂い始めたのである。
 胎児教育から健康食品、風俗業界から戒名の値段まで、言葉巧みな詐欺師が世にはびこっている。風俗業界において美人は並の容貌を意味し、気立てが良いは他に取り得のないことを意味している。そして、この言葉のウソに文句を言う者は常識なしと笑われるのが落ちである。援助交際は言葉のイメージを上手く取り込んだ売春の同意語である。
 このような言葉の荒れは政治においても同様である。うわべを飾った公約は破られるのが常となり、公約違反を恥じて職を辞する者はいない。そしてそれを追求する世間は諦めの境地にある。
 このような社会環境の中で、医師は言葉を大切にしている職業といえる。医師がウソをつくのは告知ができない癌患者ぐらいで、金儲けや保身のためのウソは存在しないと自負している。しかし言葉を大切にしている医師ほど、世間の言葉に騙されやすい。
 身近なものとしてはクスリの効果がこれに相当する。これは良いクスリですよと宣伝されるクスリが本当に良いクスリとは限らない。良薬が開発されるのは1年にひとつかふたつであるが、薬効に疑いをもたず製薬会社の言いなりになっている医師が多い。良いクスリは宣伝を聞かなくても論文を読めば分かることである。あるいは風の噂で自ずと分かるものである。さらにクスリだけでなく、医療全体にかかわる重要な問題についても、医師自身が疑問をもたずに当事者能力を失っているものがある。それは医療改革そのものについてである。
 歴史を眺め、改革と名前のつくものを振り返ってみると、江戸時代の三大改革、ルターによる宗教改革、マッカーサーの農地改革ぐらいしか思い当たらない。これらの改革はその成果は別としても、改革の意味するものと一致していた。つまり改革の言葉にふさわしいものだったといえる。
 いっぽう最近頻回にもちいられる改革という言葉は、つまり政治改革、経済改革、金融改革、入試改革、教育改革などの言葉は、改革という言葉の持つイメージに便乗した偽物改革であることに気づくはずである。
 これらは改革でも改正でもない。ただの流行語をスローガンに掲げているにすぎない。将来の歴史の教科書にこれらの言葉が改革として記載されるとは到底思えない。歴史家もそこまで馬鹿ではないだろう。もし改革に近いものを近年の中から探すとしたら、国鉄、電電公社の民営化ぐらいである。このように本来の意味から外れた偽物改革ばかりが周囲に溢れている。改革という言葉は本来の意味を失い、単なる政治用語になりさがったのである。並を美人と言い変える風俗用語と同じレベルである。
 もちろん医療改革もこれらエセ改革のひとつである。医療改革は、誰が何をゴヂャゴヂャ言ったとしても、目的は医療費抑制だけである。この目標に向かうものを、何故、医療改革、医療改正と呼ぶのであろうか。これは医療改革、医療改正ではない、医療費抑制のための医療改悪が正しい名称である。この本来の語句を行政が用いないのは、医療費抑制が医療改悪につながることを国民に悟られないためである。改正という言葉のイメージで改悪の中身を隠そうとしている。医療改革と医療費抑制は、本来相反するもので、ひとり当たりの医療費を減じることは、生命を粗雑にすることを意味している。医療費の高騰という行政が作った雰囲気に、マスコミも、医師も、国民も押し流されているが、この単純な事実を私たちは直視すべきである。
 言葉の持つイメージに騙されてはいけない。医療の価値は行政からの押しつけであってはいけない。医療の価値は国民1人ひとりが判断すべきものである。国民の代表である政治家がその役を果たしていない現在、政府や日本医師会が官僚の傀儡と化している現在、医師が国民に対し正しい医療を啓蒙し、正しい判断を助言することが急務である。 
 医療をタダと思い込んでいる国民が、もし医療費が高すぎると言うならば、生命を扱う医療は元々高価なものであることを啓蒙する必要がある。また日本の国民医療費は公的年金より低額であることを教えた上で判断を仰ぐべきである。それでも高いと言うならば、医療のどの部分を削れば良いかを政治家や医師が考え、国民に提示するのが本筋である。日常診療に多忙を極める医師は、この大きな責務を忘れがちであるが、これを忘れた医師は医療人としての責務を放棄したことになる。
 昭和の終わりと平成の現在を比べれば、生活や食事の環境はほとんど変わりがないのに、男性、女性の平均寿命は両方ともに5年は伸びている。医療費高騰が叫ばれているが、医療費が伸びたのは病院やクリニックではなく、院外薬局の儲けが急速に増えたからである。病名も知らないのに院外薬局は、親切そうに薬の説明をするが、それは薬剤師の説明料金が医師の再診料より高額だからである。いつも同じ薬を飲んでいるのに、本人に確認せず、病院に電話するのは確認料金がもらえるからである。
 医療費を安くして医療の質を落とすことが医療改正の主旨である。私たちには風俗業界がつくった援助交際などの言葉を笑う資格はない。医師や国民は厚生官僚が作った医療改革、医療改正という言葉に完全に惑わされているからである。

 

言霊から現代語まで
 言霊(ことだま)とは「言葉に宿る神秘的な力」で、かつての日本人は言霊を信じていた。すなわち「心をこめて言葉を念じれば、その願いが叶えられ」、良い言葉を発すると良い事が起き、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされていて、古来から「言」と「事」は同じ概念で用いられ、日本は言魂の力による国であった。
 日本の神道では「言霊で念じれば、怨念を鎮魂できる」とし、怨霊以外にも、気候不順、天災や疫病も克服できると信じられてきた。さらに「言葉には命が宿っていて、使い方次第で人生までも左右する」としてきた。このことは現在でも、結婚式のスピーチに生きていて、結婚式では忌み言葉を避ける習わしが残されている。良いことを言えば良いことが、悪い事を言えば悪い事が起きるとされてきた。
 しかし現社会では逆である。ひとつの悪を100倍に悪く言う評論家が、ひとつの恐怖を100倍に膨らませて書く文筆家がもてはやされ、そのため世の中はいっそう暗いお化け屋敷になっている。
 平安時代は世界最古の長編小説「源氏物語」や「竹取物語」「古今和歌集」などの名作が数多く創作されたが、それらは我が国独特の「言霊」の世界観による。紫式部は藤原氏絶頂期の藤原道長に仕えていたが、その紫式部が「藤原物語」ではなく、なぜか「源氏物語」を書き、それを藤原道長が絶賛しているのである。最高権力者なら絶賛ではなく懲罰であろうが、それは書いた目的が違うからである。源氏物語は政敵たちの怨霊を鎮魂するために書かれたものなので、物語の中で不幸な生い立ちの「光源氏」を美化することで、皇位につけずに高い官職にも就けなかった幾多の「負け組」たちの怨念を鎮魂するために書かれた物語だからである。藤原氏を中心とした平安貴族たちは、陰謀による蹴落とし陰謀政争にうしろめたさがあった。「負け組」の怨念から逃れるために、彼らの恐怖心が世界最高峰の文学を生んだのである。
「竹取物語」も同じである。竹取は賤民の総称で、かぐや姫は賤民の代表であった。その賤民のかぐや姫が貴族や天皇を袖にする有様を描き、朝廷に虐げられた人々の怨念を鎮めたのである。古今和歌集も同じで、小野小町を初めとした六歌仙は政争に負けた人たちで、古今和歌集の紀貫之らの撰者たちは、彼らを美化して怨念を鎮めようとしたのである。
 ちなみに神社も鎮魂のためで、出雲大社は大国主尊(おおくにぬしのみこと)の霊を慰め、太宰府天満宮は菅原道真の霊を慰めるためである。これが英雄賞賛に変えたのが豊臣秀吉で、秀吉は豊国神社の豊国大明神に、徳川家康は日光東照宮の東照大権現になっている。
 言霊だけでない、言霊以上に重みがあるのが日本語である。ありがとうは「有難たい」、つまり滅多にないことへの感謝の気持ちである。ごめんなさいは「御免」で、どうかあなたの寛大さで許して下さいである。このように本来意味深い言葉が軽く頻繁に使われている。
 さらに言霊以上に重要なことは、無言の重みである。たとえば英語のアイに相当するのは、私、僕、自分、俺、小生など多数あることが指摘され、西洋人は「I Love You」というが、これは日常の挨拶語で、もともと日本には同じ語句はない。Love の表現は、恋しい、いとしいで、いつくすむなど20種類以上あるが、日本人は言わなくてもわかる」という「察しの文化」があるので、大切な人ほど愛という言葉は使わない。「男は黙ってサッポロビール」の名句のように、言葉以上に無言の言葉には力がある。
 現代において、昭和の歌がまだ歌われている。それは哀愁を帯びた歌詞が心を震わすからである。時代が変われば歌も変わるが、今の若者たちの歌はどうだろうか。英語混じりの意味不明の歌詞である。これを表現するならば統合失調症(分裂病)の歌詞である。言霊などあるはずがない。4649(よろしく)と言えば、931(くさい)と答える語呂合わせ以下である。 このような歌詞が心に響くはずがない。

 

情と法律
 妻が腹痛を起こし、胆石の診断で大学病院に入院となった。もちろん私の誤診であったが、妻はもともと私の診断能力を信じていないことが幸いした。近医で超音波検査を受け、手術のため某大学病院に入院、手術は無事に終わった。
 手術翌日のことである。見舞いの帰り、その日は冷たい雨が降っていた。タクシー乗り場にはすでに3人の老婆が闇夜に立っていて、私は4番目だった。そしてやっとタクシーが来たと思ったら、後ろにいた若者集団がタクシーに割り込んできた。多分、病院の職員なのであろう。彼らは電話でタクシーを呼び出していたのである。このタクシー乗り場での「呼び出し割り込み」が3回続き、ついに私の脳ミソはブチ切れた。
 タクシーに乗ろうとする若者を引きずり降ろすと、「お前ら、何のつもりだ。雨に震えるあの婆さんたちが見えないのか」。多分、血圧は200以上、相当の迫力だったのだろう。おびえた若者はタクシーを譲ってくれた。私は3人の老婆を後部座席に乗せ駅まで送ることにした。
 はたして私の行動は間違っていたのだろうか。法的には間違いであろう。もし訴えられれば、もしケンカになっていたら、私は罪人、職場はクビになっていただろう。
 確かに法律は遵守するべきもので、それによって我が国は成り立っている。しかし私は法律よりも人情のを優先すべきと思っている。もちろん法のない街や人情のない街に住みたいとは思わない。どちらも生活に大切だと思うからであるが、問題が生じた場合は人情が先で、次に法律だと思う。
 しかし最近「違法だからだめ」とする論理がはびこっている。法律の前に社会常識を考えて欲しい。法律を作る政治家は自分たちに有利な法律を作り、彼らの罰則はきわめて軽い。いっぽうパンツの隠し撮りなどは、罪は軽いのに罰則は重い。
 電車の痴漢は卑劣な犯罪であるが、軽犯罪なのに、冤罪であってもその男性は拘留され、家族から離縁され、社会的に抹殺される。いっぽうの被害者女性には金銭目当ての常習犯がいる。
 訴えるのは自由であり、警察に捕まれば、冤罪であっても犯罪者扱いである。もちろん裁判には情状酌量の余地はあるが、裁判所には、とんでもない世間知らずの裁判官がいる。裁判官がバカな判決を下しても、罷免されることはない。
 医療において、医師が瞬時の判断を間違えば、悪意がなくても訴えられ、法的罰則を受け、医師免許は剥奪され、職場から追い出される。しかし最近医学的に明らかにおかしい判決が目に付くようになった。眼科医が挿管ができずに訴えられたケース。極めて稀な手術の合併症を説明していなかったケース。入院中の病状の悪化を訴えるケース。これらは医療の不確実性を知らず、医師に求める医療水準があまりにも高すぎ、医療側に求める説明義務の範囲が広すぎ、何らかの医療行為を病状の結果と無理に結びつけ、医学的に誤った根拠を医師の過失と断じるからである。もし訴え側の常套句である、「真実を知りたい」ならば、医療事故研究所を設立させ賠償金を全額寄付させるべきである。
 いっぽう数年もかけて審議し間違った判決を下した裁判官はお咎めなしである。裁判所には簡易裁判所、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所があり、不服があれば上告することができる。この上告システムが、どうせ上級裁判所が正しい判断をするだろうと、下級裁判官は訴える側に有利な判決に偏る傾向がある。下級裁判所の判決と上級裁判所の判決が違う場合、その回数により裁判官を罷免すべきである。大体において裁判官のあの黒いマントは何なのか、威厳を黒マントで誤魔化しているのだろうが、黒は悪を象徴する色である。
 世の中、法律よりは人情である。もし批判する者がいれば、悪法でも法律、バカな裁判官はバカなだけ、と堂々としてればよい。法律よりは自分の良心に従うべきである。法律よりは恥を知ることである。あの3人の老婆もきっと私の行動に小さな声援を送ってくれたことだろう。

 

星はなんでも知っている
 美とは何なのか? 古代の哲学者から今日の脳科学者に至るまで、真面目な説明がもっともらしく為されているが、意味不明の説明が長々と続くだけで、その内容は分裂気味である。
 人は美を好み、美から喜びを得ようとする。芸術家は美を追求するが、美の追求の結果が生活の糧であり、生活の糧のために美を追求しているわけではない。
 また美には自然美もあれば造形美もある。形状美もあれば機能美もある。スポーツマンのような清々しい男性美もあれば、日本舞踊のような女性美もある。
 もちろん善悪にも同じく美がある。美しい生き方に涙を流すこともあればその逆もある。傲慢なオヤジに対し、間抜けな顔で化粧をする女性に対し、このブタどもと嘔気を覚えることがある。爽やかな坊主頭の高校球児でさえ、眉を形良く剃ってインタビーに答えている。シワくちゃなのに異様に白い歯の芸能人が多い。婆さんまでもスマホを持ち、これはかつて婆さんまでもがミニスカートを履いていた時代を彷彿させる。
 人は常に美を目指し、美に憧れているが、彼らの美は見た目であり、心を鍛えての美学、生き方の美学ではない。しかし美の評価は人それぞれ違うので、どんなに「見た目は美ではなく心」と叫んでも、見苦しいだけである。美の反語は醜であるが、美醜を判断するのは本人であり、他人はそれを評価するだけである。
 美の判断は、好みと同じで、最終的には好き嫌いである。味覚と同じで好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、ただそれだけである。そのため自分の美学を強要しても相手が納得しない場合が多い。
 ここまで長々と美について述べてきたが、美を哲学で、善を倫理で考えるからピントがずれるのである。なぜ生き、なぜ死ぬのか。なぜ美醜や善悪を判断できるのか。このようなことをヒトが知ることは出来ないのである。むしろ「知りえないこと」と知るべきである。これをソクラテスは「無知の知」といった。
 美は人間の本能ではなく、神が与えてくれた本性なのである。美は言葉を超えたもので、美の輝く存在を、これを人間が分析すること自体、間違いなのである。俺はなんでも知っていると言う者は無知であり、星はなんでも知っているというのが賢者である。
 パスカルは「人間は考える葦である」と言ったが「人間は美を感じる葦である」、デカルトが「われ思う ゆえに我あり」と述べたが「われ感じる ゆえに美あり」である。美とはまさに、これで以上でも、これ以下でもない。
 物事は簡単に考えるほど美しい。

恋愛転覆罪
 「夕焼小焼の 赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か」、この赤とんぼの歌詞は日本人なら誰でも知っていることだろう。問題は2番の歌詞、「十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた」である。
 また昭和50年頃までは、「女性の賞味期限はクリスマスケーキ」と言われていた。クリスマスケーキは24日のクリスマスイブまでに売られ、25日になれば売れ残たからで、つまり24歳を過ぎた女性は焦って相手を探したものだが、現在では「40前後のアラフォーと不妊治療」が流行語になっている。しかも結婚した3組のうち1組が離婚すると、暇な厚労省が発表している。
 なぜこうなっのか。今回は、日本の恋愛感の時代推移を考察してみる。
 昭和50年頃の恋愛は、小説を読み、映画を見て、女性の神秘性を勝手に想像し、誰もが未知の世界を知りたいと思っていた。平凡パンチやプレイボーイを隠れて読み、黒電話の前で胸をときめかせ、指を震わせながら、結局親が電話に出たらどうしようと思い、電話もできなかった。恋愛は苦しく、狂おしいほどであった。下心を隠しながら、手紙、言葉、表情によって自分の愛の崇高さを相手に伝えるのに必死だった。
 未知の女性に対し、未知ゆえに心がひかれ、考えることは女性のことばかりであった。昭和の終わり頃に、ビデオが登場するが、アダルトビデオはレンタルショップで借りるほかなく、年齢制限があり、のれんをくぐる勇気が必要だった。しかもアダルトビデオといいながら未知の領域に踏み込みこんでいなかったので、女性への憧れは、むしろつのるばかりであった。
 昭和の終わり頃から恋愛至上主義の時代に入り、自由恋愛の機運が高まり、性、恋愛、結婚の一体化が崩れ、性と結婚を切り離す解放感が若者の間で浸透してきた。
 時代は変わり、平成元生まれの者はすでに28歳になり、青春時代は平成生まれの若者だけになってしまった。彼らは幼い頃から携帯電話やメールが当たり前で、好きな相手に簡単に連絡がとれるようになったが、その利便性が思春期のわくわく感を消失させている。さらに「恋愛のときめきや憧れ、ロマンや神秘性」をも消し去ったのである。
 特にこの10年ほど前から、気が狂うばかりに恋愛感が変わってしまった。変わったというよりも消滅した。それはアダルトサイトが登場し、インターネットでいきなり女性の裸体が出てきて、画像や動画がパソコン経由で家庭内に侵入してきたからである。まさに女性の神秘は消失し、裸は子供にもさらされるようになった。
 かつてのセックスは無言のタブーであり、タブーゆえに知ろうとした。しかし初めからすべてを見せつけられれば興味は削がれ、行為中の画像や動画は、男女の崇高な恋愛感を消滅させ、動物の交尾と同じレベルにした。若者は夢を奪われ、セックスに嫌悪する者も増えた。恋愛なんてこんなものと、セックスや恋愛の幻想は消え去り、男女ともにロマンチックな現実から非現実的なゲームに移動した。セックスは単なる行為になり、感覚や感情、好き嫌いの精神的な恋愛は、若者から夢を奪った。
 リアルな恋愛は、生身の男女による精神的なぶつかり合いである。そのため恋愛から人生を学ぶことも多く、嫉妬、情熱、失望、羞恥心、闘争心などあらゆる感情を恋愛は含んでいた。思いどおりにいかないのが人生であることを教えてくれたのも恋愛であった。
 若者は面倒で疲れやすいリアルな恋愛から、手軽で気楽なバーシャル恋愛へ移動したが、バーチャルはバーチャルであって、リアルな喜びや悲しみを経験することはできない。
 恋愛ゲームは疑似恋愛で、可愛い女の子をどうやって口説くのか、ただのハンティングゲームである。擬似彼女に「いってらっしゃい」、「ただいま」と挨拶され、擬似彼女は喜んだり顔を赤らめて、決して自分を裏切らない。リアルな恋愛は相手に気を使う割には、失恋の痛手に終わる場合が多い。しかしバーチャルは気を使わず、軽くリセットボタンを押せばよいのである。
 政府は出生率の低下を嘆き、的外れな対策ばかりであるが、それはこの恋愛のバーチャル化を知らないからである。かつて結婚する理由は、貧乏解消のためであった。一人より二人の方が生活費がかからなかったからである。つまり出生率の低下は、マスコミが叫ぶ貧困だけではなく、自分の趣味や時間を優先させているためで、相手に気を使う重みや子育ての努力を避けているためである。
 コンドームの出荷数が2割減少している。この事実を評論家は自慢げに「男性の草食化、女性の独立化、少子化」と分析するが、しかしコンドーム出荷数の減少は薬害エイズで若者にコンドーム装着の意識が高まった時期からであり、ネット環境が高まった時期とも一致しているのである。つまり最も大きな要因は異性を必要としない情報過多にある。PCのネット接続によるアダルトサイトの普及が、コンドームを必要としないバーシャル恋愛に走らせたのである。
 いまの若者たちはどこでもアダルトサイトを見れるので、「あの子とセックスしたいから付き合いたい」とする動機は生まれずに、当然、性欲が恋愛に直結する機会が減ってしまった。かつては、性と恋愛、そして結婚は三位一体で、切っても切れない関係にあった。「恋愛は、結婚相手を選ぶ正当な方法」で、性は結婚した者同士でのみ行われていた。そのため、セックスをしたいなら、彼女を食事にさそい、デートを重ね、結婚を告白してからとの順番があった。
 ところが性と恋愛の自由化が進み、情報化社会の進行により、性のセルフ化やコンビニ化が加速し、愛なしにひとりで気軽に性欲を処理できるようになった。この環境が若者を恋愛から遠ざけ、ひとりの世界に籠もらしてしまった。女性用のAVもあり、リアルな性が男性への嫌悪感となった。
 かつての恋愛は二人だけの秘められたものだった。男性はもてるために自分を磨き、品性を高め、相手を守る勇気を持った。女性はしとやかな大和撫子を目指した。この概念を壊したのがインターネットによる情報過多である。
 親たちは子供たちのこの感覚を知らない。親たちは「和をもって尊し」の感覚であるが、子供たちは「輪をもって尊し」で、輪から外されることを極端に恐れ、輪の中に親を入れることはない。SNSによる監視殺人事件が多発して新聞を賑わしているが、この輪の感覚を大人は知らないので的外れのコメントしか出来ない。政治家は個人情報の正義をかざしているが、もし厚労省が離婚率を嘆くなら、文科省が教育を正したいなら、携帯電話の暗証番号をなくすことである。インターネットの情報過多は国家転覆罪以上の恋愛転覆罪、人間性転覆罪に価する。
 あなたを除き、夫婦喧嘩以上に、恋愛は犬も喰わない時代になっている。
 
生きる意味
 私たちは何のために生きるのか。このような質問に対し「愛する人のため、会社のため、患者のため、人々の平和のため」という模範解答は、多分ウソか思い込み、あるいは就職を有利にするためのテクニックであろう。「自分の欲望のために生きる」この答えは正直で、そのように偽るのが人間であり、それはそれで正直である。
 このような質問をあえて問いたのは、面接試験での発言と、その後の行動があまりにも違っているからである。また神の前で誓った結婚でさえあまりに離婚率が高すぎるからである。
 「愛する人のため生きる」いかにも美しい言葉である。しかし愛する人が死んだら、何のために生きているのか。「会社のために生きる」と言いながらなぜ転職率が高いのか。
  哲学者は「人間の生きる意味」を求め、もっともらしく答えを述べてきた。宗教家は「神を信じなさい」と一方的に答えを押しつけ、仏教では欲望を捨ててこそ浄土に行けるとしている。
 作家の三島由紀夫は「かつての人たちは、生きるための大義があったから幸せだった。日本のため、天皇陛下のため、家族のために命を捨てられたので幸せだった。今の人たちは生きるための大儀がないから不幸である」と述べている。
 しかしこの三島由紀夫の言葉を聞いた陶芸家の加藤唐九郎は「それは違う、人間には芸術がある。自己を救ってくれるのは芸術へのひたむきな努力であり、芸術に生きることこそが幸せである」と反論した。私は加藤唐九郎のこの言葉こそ、真を得ていると思う。芸術を「絵画や音楽」だけではなく、「研究や分筆、仕事や遊び」に言い換えても、生きるためには一途な気持ちが大切である。恋愛であっても一途なら、金儲けであってもそれが生き甲斐ならば、加藤唐九郎の言葉と同じ意味になる。つまり「自分が美、真理、より良い生活のためと思うことに近づくこと」が、たとえそれが金銭でも異性でも、権力でも良いのではないだろうか。
  振り返って今の日本を眺めれば、政治家も、経済界も、行政も、すべて醜い保身病に冒されている。日本を救いたいと多くの人たちが願っても、声なき多数の声は少数のクレイマーにかき消され、「東日本を助けよう」と言いながら、京都の大文字焼きでは震災地の薪を拒否する愚行に出た。被災地の住民のことを思えばこれほど恥ずかしいことはない。政治家は美辞麗句を並べ、茶番劇以下の詐欺師が多すぎる。産官民の構造は越後屋とお代官様の構図と変わらず、マスコミは私たちの不満や怒りを自らの利益のために利用している。そして私たちは、ため息をつきながら諦めの気持ちになっている。
 ところで日本初のノーベル賞を受賞したのは湯川秀樹であるが、湯川秀樹を指導した東大物理学教授長岡半太郎は研究に没頭するあまり、日露戦争を知らずにいた人物である。
 明治維新の高杉晋作の辞世の句は、「おもしろきこともなき世をおもしろく」、29歳で処刑された吉田松陰は「世俗の意見に惑わされず、人と異なることを恐れず、死んだ後の業苦を思い煩うな」と述べている。
 加藤唐九郎の陶芸美への執着心、長岡半太郎の研究への姿勢、そして勤王の志士たちの気持ち。私たちのも邪念を捨て、しがらみを捨て、携帯を捨て、一途な気持ちを持つべきであろう。
 生きる意味など考えなくても、自分に正直な気持ちが自分を救うのである。人間の生き方は人それぞれであり、人生など考えたい者が考えれば良いのである。人生を悩むことほど無駄なことはない。どのように生きようが、人生はなるようにしかならないという開き直りこそが悟りであり、生きる上で最も大切なことである。
 
日本を救った豊臣秀吉
切支丹の陰謀
 大航海時代のきっかけはヨーロッパの宗教改革である。従来のカトリックは新興のプロテスタントと衝突し圧迫を受け、巻き返しをはかるためヨーロッパを離れ、イエズス会を設立してアフリカやアジアなどで布教を目指した。
 イエズス会による布教活動は、スペインやポルトガルによる植民地政策の先鋒隊であった。地元住民にカトリックを信仰させ、その後に「神の名の下に」侵略を仕掛け、容易に植民地政策を達成するのあった。
 1549年にイエズス会のフランシスコ=ザビエルが鹿児島に到着すると、領主・島津貴久の許可を得て布教活動を始めている。ザビエルは鹿児島から京都にかけて、山口の大名・大内義隆や豊後府内の大友宗麟らの保護を受けキリスト教の布教活動を続けた。なお当時のキリスト教は、キリシタン(切支丹)あるいは天主教と呼ばれていた。
 フランシスコ=ザビエルは2年ほど在日するが、この後もルイス=フロイスなどの宣教師が相次いで来日して、我が国に教会堂である南蛮寺や宣教師の養成学校や神学校を次々と建てた。
 ポルトガル船はカトリックの布教を認めた大名領にしか入港しなかった。そのため南蛮貿易による権益から宣教師の布教活動を大名が保護し、さらには洗礼を受けてキリシタン大名となるものも現れた。
 キリシタン大名のうち、九州の大友宗麟や大村純忠、有馬晴信らは、イタリア人宣教師の勧めによって1582年に少年使節をローマ教皇のもとに派遣している(天正遣欧使節)。
 カトリックの教えは、ヨーロッパの進んだ文化へのあこがれ、あるいは信仰心を忘れて権益を求めて争う仏教勢力に不満を持つ人々の間で急速に広まった。その一方で、キリシタン大名の大村純忠が信仰心のあまり自領の長崎をイエズス会に寄進する前代未聞の行為も見られ、カトリックに潜む日本侵略の野望は水面下で着実に広がっていった。日本が植民地になるかならないかの瀬戸際であった。

大航海時代のヨーロッパ
 戦国時代に当たる15世紀後半から16世紀にかけてのヨーロッパでは、ルネサンスや宗教改革によって近代社会へと移行しつつあった。宗教改革によるカトリックとプロテスタントの激しい争いや、イスラムの世界への対抗もあって、ヨーロッパの諸国はキリスト教、特にカトリックは布教や海外貿易の拡大を目指して世界へと乗り出した。この時代を大航海時代という。
 大航海時代の先頭に立ったのは絶対主義の王国を形成していたイベリア半島の王国であるスペイン(イスパニア)とポルトガルであった。両国は産業や貿易を保護して輸出を拡大し、国家財産の増大を目指し植民地の獲得に力を注いだ。もちろん植民地から富を搾取するためである。大航海時代という言葉は、大海原に新たな希望を見つけようとした良い印象を持つが、多くの住民が虐殺され、奴隷となった時代である。
 1494年、カトリックのローマ教皇の承認によって、スペインとポルトガルとの間に、大西洋を東西に分ける一本の線が引かれ、この線から東側で発見されるものはすべてポルトガルに、西側で発見されるものはすべてイスパニアに属するという取り決めが結ばれた(トルデシリャス条約)。
 これは地球をスペインとポルトガルの二つに分割する発想であるが、この発想は白人至上主義による当然のことであった。そして両国は条約の取り決めを守り、着実に植民地化を進め、インカ帝国やアステカ帝国は滅ぼされ、国民の生命や財産や文化は絶滅した。
 一方、東アジア地域では明が密貿易の禁止の政策をとっていたが、実際には明以外にも我が国や朝鮮・琉球・安南(ベトナム)などの人々が幅広く中継貿易を行っていた。ヨーロッパ人による東アジアの進出は、これらの中継貿易に参加して莫大な権益を得ようとする目的があった。

鉄砲伝来と南蛮貿易
 1543年、ポルトガル人を乗せた明の船が九州南方の種子島に漂着した。これが我が国に初めて上陸したヨーロッパ人である。領主の種子島時尭(ときたか)はポルトガル人が所有していた鉄砲に興味を示し、これを購入すると家臣にその使用法と製造法を学ばせた。
手先が器用だった鍛冶職人によって、鉄砲はまたたく間に複製され、やがて貿易港でもあった堺などにおいて大量に生産され各地の戦国大名に売り込まれた。
 鉄砲の出現はそれまでの弓や槍、あるいは騎馬隊を主力とした戦闘方法が、鉄砲による歩兵戦が中心になるなどの変化をもたらました。また鉄砲は雨が降ると使用できないため、雨の心配のない城の中での籠城戦に最適とされ、城の構築もそれまでの山城から平山城、平城へと変化した。
 ちなみにポルトガル人は鉄砲そのものを我が国に購入させる目的で、種子島にわざと漂着したとも考えられる。その野望は我が国で鉄砲が大量生産されたことで潰れたが、火薬の原料となる硝石が日本では生産されなかったことから、硝石を我が国に輸入することで貿易が成立した。
 我が国との貿易が大きな利益をもたらすことを知ったポルトガル人は、やがて毎年のように来航し、スペイン人も肥前(長崎)の平戸に来航して貿易を始めた。当時の我が国では、ポルトガル人やスペイン人のことを南蛮人と呼んだので、彼らとの貿易は南蛮貿易と呼ばれている。
 南蛮貿易では鉄砲やその火薬・香料・中国の生糸などが輸入され、輸出品としては銀、金、刀剣があった。貿易港としては、松浦氏の平戸や大村氏の長崎、大友氏の豊後府内(大分市)などの九州地方が中心であった。なお、ポルトガル人やスペイン人が南蛮人と呼ばれたのに対して、17世紀初頭の頃から来日したイギリス人やオランダ人は紅毛人(こうもうじん)と呼ばれている。

秀吉の対外政策
 国内の統一が進むにつれて海外との南蛮貿易も盛んになり、豪商や西日本の大名たちはこぞって海外へ進出した。秀吉も貿易での莫大な利益を目指して貿易に乗り出し、1588年に海賊取締令を出して倭寇を取り締まり、京都・堺・長崎・博多などの商人を援助して貿易の促進をはかった。
 当時は銀の産出が豊富で、秀吉は銀を活かして東アジアの諸国と貿易を行った。またこの頃、中国を支配していた明が衰え、世界情勢を見抜いた秀吉は、我が国を中心にしたアジアの新秩序を視野に入れ、台湾やゴアにあるポルトガル政庁、マニラにあるスペイン政庁に、我が国への服属と朝貢を求めた。しかし新秩序を構築しようとしていたのは秀吉だけではなかった、ポルトガルやスペインも同じ考えであった。
 秀吉は全国統一によって数十万の兵力や鉄砲を誇っていたが、その兵力をキリスト国家からの国内防衛につかうのか、あるいは明を植民地にしようとするキリスト国家に、先制攻撃を行うのか考えていた。巨大なキリスト王国との抜き差しならない戦いが、秀吉の目の前に迫っていた。
 南蛮貿易は大きな利益を生み出したが、同時にキリスト教も急速に広まっていた。布教を目指したカトリックは我が国に定着し、織田信長も貿易の権益を求めてカトリックを保護した。秀吉も当初はカトリックの布教を認めていたが、やがてカトリックに潜むスペインの世界侵略の野望に気づくことになる。
 1587年、島津氏を倒すために九州平定に乗り込んだ秀吉を、カトリックの宣教師が最新鋭の軍艦を準備して出迎えた。秀吉はその当時の我が国にはない軍艦に驚き、イエズス会による布教は我が国への侵略が秘められていると疑念した。さらに現地を視察した秀吉は3つの信じられない出来事を目にした。
 秀吉が九州に上陸して驚いたのは、外国への玄関口でもある重要な港町の長崎が、キリシタン大名の大村純忠によってイエズス会に寄進されていたことだった。いかに信仰のためとはいえ、我が国古来の領地を外国の所有に委ねることは、天下統一を目指してきた秀吉にとっては有り得ないことであった。同時にその裏あるスペインの領土的野心にも気づくことになる。さらに秀吉を驚かせたのは、キリシタン大名の領地にある神社や寺がことごとく焼かれていたことだった。キリスト教は一神教であり、キリスト教以外の神の存在を認めなかったが、秀吉にとっては我が国の伝統や文化を破壊する許せない行為であった。さらにポルトガルの商人が多数の日本人を奴隷として強制連行している事実を知ったのである。有色人種を奴隷扱いするのは白人にとっては当然のことであったが、国民の生命や財産を守る義務を自覚していた秀吉には絶対に許せない行為であった。
 イエズス会とスペインによる侵略の野望に気づいた秀吉は、これらの事実に激怒すると、宣教師追放令(バテレン追放令)を出してカトリックの信仰を禁止した。イエズス会から長崎を没収して長崎を秀吉の直轄地にした。しかし秀吉は南蛮貿易そのものを禁止しなかったため、禁教政策は不徹底に終わりカトリックはその後も広まっていった。

サン=フェリペ号事件
 1596年9月28日、スペインの大型船「サン=フェリペ号」が土佐沖に漂着した。サン=フェリペ号は当時最大級の帆船で高速で荷を多く積めたが、安定性に劣り転覆事故を起こしやすい欠点があった。サン=フェリペ号は高価な荷を積んでフィリピンのマニラを出航しメキシコを目指して太平洋を横断しようとした。ところが東シナ海で台風に遭遇し、すぐに舵が壊れて操船ができなくなり、主マストを切り何とか難を逃れ、激しい風とうねりに身を任せ、日本の土佐に漂着した。
 突然の南蛮船の漂着に、土佐の大名・長宗我部元親は乗組員を土佐の浦戸に収容した。遭難者を救出したが、積み荷の所有権をめぐってトラブルが発生した。当時の国際海事法では積み荷の扱いは船側にあったが、秀吉は「漂着した積み荷の所有権はその土地に移るのが昔からの日本での習わし」と主張し、秀吉が派遣した奉行・増田長盛に持たせた書状は積み荷の没収を伝える内容だった。
 すると乗組員が増田長盛に「スペイン国王はまず宣教師を派遣し、キリシタンが増えると次に軍隊を送り、信者に内応させてその地を征服する」と、世界中のスペイン占領地域を誇らしげに示したのである。日本征服のためにスペインは宣教師を送り込んだことが、すぐに秀吉に報告された。
 キリスト教の日本征服を恐れていた秀吉は、それまでの疑心暗鬼から確信に変わった。さらに京都の3人のポルトガル人が「スペイン人は海賊で、ペルー、メキシコ、フィリピンなどを武力制圧したように、日本を征服するために測量に来た」と証言した。秀吉への証言者はポルトガル人で、スペイン人との競争相手だった。船が種子島に漂着して以来、50年間にわたり日本と交易してきたのはポルトガル人である。その意味からすれば、遅れて出てきたスペインは商売仇であった。秀吉はポルトガル人の証言を聞いて激怒し、京都のフランシスコ会宣教師と信徒を捕え、再び禁教令を公布した。

禁教令と処刑命令
 漂着事件直後に禁教令が公布され、京都では南蛮寺などの布教施設が壊され、京都にいたキリスト教のフランシスコ会の宣教師や信者が逮捕された。イエズス会ではなくフランシスコ会の信者だったのは、イエズス会は日本の文化や伝統を尊重する大名などに浸透していたが、フランシスコ会は貧しい階層に入って活動していたので、秀吉にはより挑発的に見えたのである。
 イエズス会ではなく、京都のフランシスコ会に的を絞った逮捕であった。カトリックにおいてイエズス会もフランシスコ会も大きな違いはない。つまりキリスト教そのものへの信仰を禁じたのではなく、日本を脅かすような過激なフランシスコ会を見せしめに弾圧したのである。日本人20名、スペイン人4名、メキシコ人、ポルトガル人各1名の26人が逮捕された。
 秀吉は処刑を命じるが、処刑場は長崎で、長崎の刑場までの1カ月間、死への旅路となった。逮捕された24人は京都の一条戻り橋で全員、左耳を切り落とされ、血に染まった傷口のまま京都を引き回された。午後10時過ぎの深夜にもかかわらず、外国人の引き回しということで沿道には多くの人だかりができ屋根の上から見る者もいた。翌日には大坂と堺でも引き回された。堺が選ばれたのは、当時の堺は南蛮貿易で栄え、多くの外国人やキリシタンが集まっていたので彼らへの見せしめであった。長崎の刑場に着いた時には、長崎には外出禁止令が出されていたが4千人以上の信者が取り囲んだ。
 刑場には26人の十字架を立てる穴が用意され、穴の前に十字架が1本ずつ置かれた。刑場内で縄は解かれたが、横たわる十字架上に鉄枷(かせ)で手足を、縄で首と胴を固定され、十字架は穴の中へ入れ立てられた。受刑者の間から「イエス、マリア」の声が響いた。整然と並んだ十字架の両端には4人の執行人が槍を持って立ち、2人1組で左右から刺し、ひと突きで槍の先が心臓を貫き息絶えた。
 26人のキリスト教徒への処刑が行われたが、キリスト教徒に対する改宗などの強制政策は取られず、京都のフランシスコ会以外に弾圧は加えられていない。キリスト教は建前上は禁止だが、お目こぼしを受けていた。フランシスコ会の活動が目に余ったために秀吉が弾圧に踏み切ったので、イエズス会は何ら弾圧は加えられていない。
 秀吉はキリシタン26人を逮捕したとき、キリシタンを続けたいなら外国へ、日本に残りたいなら改宗しろとせまった。しかし長崎のイエズス会はこの26人の死罪を長崎奉行に申し出たのである。イエスズ会にとって、信者を十字架になぞらえて見せ物にして天国に行くことができると宣伝すれば、キリスト教徒の栄光に輝く姿を印象づけることができた。キリシタン弾圧といいながら、イエズス会のフランシスコ会つぶしであった。

秀吉の愛国心
 秀吉はスペインによる侵略の野望を知るが、我が国は数十万の兵力や鉄砲による強大な火薬力を持ち、スペインが我が国を侵略することは難しいと考えていた。そこでスペインは我が国のキリシタン大名を利用して明を征服し、次に我が国を攻めるだろうとした。つまりスペインが明を滅ぼせば、次は日本を狙らってくると予想したのである。
 これは鎌倉時代の元寇と同じである。秀吉にとって明がスペインによって征服されるのを黙って見ているわけにはいかなかった。スペインは日本侵略の前に明を攻めようとしているが、明を攻めるには兵力が不足していた。多数の兵を地球の裏側から連れて行くことができなかった。
 我が国は兵力や鉄砲は充実していたが、外航用の大きな船を建造する能力がなかった。そのため秀吉はスペインと我が国が同盟を結び、両国が共同して明を征服し、戦後は明国内でのカトリックの布教を許す代わりに、スペイン所有の外航用の軍艦を売却してもらう条件でスペインとの妥協を目指した。しかし武力による我が国の侵略を断念していなかったスペインはそれを拒否した。
 秀吉はスペインよりも先に明を征服してしまう以外に、我が国がスペインの植民地から免れる方法はないと覚悟を決めた。数十万の兵力や鉄砲による強大な火薬力を投入すれば中国征服も可能とした。
 秀吉のこの決断は、天下統一により領土獲得の機会を失い、力を持て余していた兵士たちに好意的に迎えられた。秀吉は明の征服を「唐入り」と名付けた。日本には明へ直接攻め込める大きな船の建造能力がなかったため、地理的に近い朝鮮半島を経由して攻め込む以外に方法がなかった。
 秀吉は対馬の宗氏を通じて、当時の朝鮮半島を支配していた李氏朝鮮に対して「我が国が明へ軍隊を送るから協力してほしい」と使者を出したが、李氏朝鮮は明を宗主国と仰いでいたのでその要請を拒否した。そのため、秀吉は明を征服する前提として朝鮮半島から攻め込んでいった。これが1回目の朝鮮出兵である文禄の役である。

文禄の役
 1591年8月、秀吉は「唐入り」の決行を全国に布告し、出兵拠点となる名護屋城を肥前に築き始める。1592年3月、明の征服と朝鮮の服属を目指して、宇喜多秀家・加藤清正らが率いる16万の軍勢を朝鮮に出兵させた。初期は日本軍が朝鮮軍を撃破し、漢城、平壌などを占領するなど圧倒したが、各地の義兵による抵抗や明の援軍が到着したため戦況は膠着状態となった。
 李氏朝鮮の名将である李舜臣(りしゅんしん)の活躍があり、縦に伸びきった我が国の軍勢の補給路が断たれ、多くの兵が飢えや寒さで苦しみ、戦局は不利になりやがて休戦となった。その後、我が国と李氏朝鮮や明との間で和平交渉が行われた。
 しかし1596年に明が「秀吉を日本国王に封ずる」という内容の国書を秀吉に送り、秀吉が怒り返した。「日本国王という呼び名は、日本は明の家来を意味している。なお朝鮮は朝鮮国王で、これは朝鮮が明の家来であることを自らが認めている」ことを意味している。

慶長の役
 怒った秀吉は、翌1597年、秀吉は小早川秀秋を元帥に14万人の軍を朝鮮へ再度出兵させた。漆川梁海戦で朝鮮水軍を壊滅させると、2か月で慶尚道・全羅道・忠清道を制圧した。京畿道に進出後、文禄の役の際に築かれた既存の城郭の外縁部に新たに城塞(倭城)を築いて城郭群を補強した。
 城郭群が完成し防衛体制を整えると、6万4千余の将兵を城郭群に残し、7万の将兵を本土に帰還させた。秀吉は1599年にも大規模な軍事行動を計画したが、計画実施前に秀吉が死去したため休戦となり我が国は朝鮮半島から撤退した。
 秀吉の二度にわたる朝鮮出兵は、当初の「唐入り」の目的を果たせず、朝鮮半島へ多大な影響を及ぼし、我が国にも多数の損害をもたらした。この秀吉の朝鮮への出兵について「理解不能な最大の愚行」「晩年の秀吉が正常な感覚を失ったことによる妄想・耄碌」といった扱いを受けることが多い。しかしスペインが明に攻め、次に我が国に侵略するのを防ぐためであった。明への先制攻撃であったが、その前提として朝鮮半島に攻め込んだのである。
 秀吉の出兵によって大きな被害を受けた朝鮮半島の人々の恨みは今も深く、文禄の役は壬辰倭乱(じんしんわらん)、慶長の役は丁酉倭乱(ていゆうわらん)と呼ばれ、秀吉は「冷酷無比な侵略者」として、現在でも悪魔のように嫌われている。しかし秀吉が朝鮮半島へ攻め込んだのは、李氏朝鮮が我が国の方針に反対したからで、もし李氏朝鮮が我が国の「唐入り」に協力していれば、秀吉から攻めることはなかった。
 秀吉の目標は明を征服することで、朝鮮半島を侵略する意識はなかった。そのため秀吉の行為を「朝鮮侵略」と呼ぶのは歴史的に正しいとはいえない。「朝鮮侵略ではなく朝鮮出兵」と表現すべきである。また秀吉に対する評価についても、朝鮮半島の人々の思いを受け止める一方で、世界史の原則「ある民族にとっての英雄は、他の民族にとっての虐殺者である」という視点を認める必要がある。
 朝鮮半島の人々から見れば、秀吉は確かに侵略者であるが、その一方で、我が国にとっては天下統一を果たした英雄であり、戦国時代を終わらせ世に平和をもたらした恩人でもある。秀吉と同じように海外に遠征したアレクサンドロス大王やチンギス=ハーンにしても、英雄としての顔を持つ一方で、彼らによって虐殺されたり、滅ぼされたりした民族が大勢いることを忘れてはいけない。
 国にはその国の歴史がある以上、他国の歴史認識を一方的に間違いと決め付けることはできないが、我が国が他国に対してへりくだってまで、他国の歴史認識に合わせる必要はない。我が国の立場を説明すべきである。秀吉による朝鮮出兵に限らず、他国の感情に理解を示しても、我が国の立場で堂々と歴史認識を持てばよいのである。我が国の教育においても当然そのように歴史を伝えなければならない。
 豊臣家には後継者の不在という致命的な欠陥があったため、朝鮮出兵は結果として失敗に終わった。しかし明治維新のときも同じであるが、日本をヨーロッパの属国・植民地にさせないという意気込みは高く評価すべきである。

日本滅亡の危機
 秀吉が朝鮮出兵を行なわず、日本の国力をスペインに見せつけなければ、スペインは明国を植民地としての支配下に置いたであろう。朝鮮半島もスペインの支配地となったことは南米を見ればわかることである。南米には白人種と混血人しかいない。アルゼンチンやウルグアイでは先住民族は抹殺され、現地の女性たちは強姦され、子を産む前に殺戮されている。いま南米に住んでいるのはほぼ白人種である。ブラジル、エクアドル、ペルー、ボリビアでは全員が先住民族との混血で純血種はほぼいない。
 日本も支那も朝鮮もそれぞれが純血種を保ちながら現在に至っているが、それは秀吉がスペインと戦う姿勢を明確に見せたからである。秀吉の死去により日本は朝鮮半島から撤収したが「呆けた秀吉が起こした侵略」との解釈は大きな間違いで、半島に出兵した大名たちはそれぞれが真剣に戦ったのである。
 日本が撤収したのは、スペインが英国やオランダに押されて国力を低下させ、アジアに進出できなくなったからである。スペインという世界最強の大帝国に対し、一歩も退かず、むしろ「スペインよ、自分に従え」と迫った秀吉の壮大な気概と誇りを見習うべきである。
   
バッカスの神
 私は酒を好まないが、バッカスの神(酒の神)が私を愛しているのだから、愛を受け入れるのが男であると、涙心を笑顔に変えて飲んでいる。しかしこの私以上にバッカスの神に愛され続けた人物がいる。それは横山大観である。横山大観の名を知らぬ者はいないだろうが、大観の絵を観た者は少ないであろう。だが一度でも観ればその素晴らしさに驚くに違いない。
横山大観は日本画の近代化を行い、日本で初めて「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれる独特の描法を確立した。朦朧体とは師匠の岡倉天心に「空気を描く工夫はないか」と問われて考えついた描法である。大観は「絵は心で描くもの。形あるものを通して、物の背後にある霊性を表現するもの」と客観的写実性を否定した。 
岡倉天心が東京美術学校校長を失脚すると、大観はこれに抗議して助教授を辞し、新たな画風の研究を重ねた。線描を抑えた絵画を次々に発表したが、権威主義の画壇から猛烈な批判を浴び、国内での活動に行き詰まり海外で展覧会を開く。この欧米での高い評価が逆輸入され彼の画風が評価されたのである。以後、大観は日本画壇の重鎮として第1回文化勲章を受章している。
大観は死ぬまで創作力は衰えなかったが、その源泉は「酔心」であった。若い頃は猪口2 杯で真っ赤になる下戸であったが、師の岡倉天心が酒豪であり「酒の一升くらい飲めずにどうする」と大観を叱咤し、そのため大観は飲んでは吐き、飲んでは吐きを繰り返し、いつの間にか1日一升二升三升が当たり前の生活になった。大観にとって醉心は主食であり「酒は米のジュース」と言って米を口にせず、酒と肴(野菜)だけで生きていた。
大観が飲む酒の銘柄は広島の「酔心」と決まっていた。大観は醉心の社長・山根薫と知り合い「酒づくりも、絵を描くのも同じ芸術」と言うと、山根薫は「甘口とか辛口とかいうが、うちはうま口」と言い、ふたりは意気投合して山根は一生分の酔心を約束し、大観は毎年1枚ずつ自分の絵を無償で送り、この約束は大観が永眠するまで続いた。
昭和20年3月10日の大空襲で東京は焼け野原になり、酔心の東京支店も焼けてしまった。途方にくれた大観は支店が焼けても広島には本店があると、本店に電話するがつながらない。大観は東急グループの創業者で元運輸通信大臣の五島慶太を呼び出すと、大至急、広島から「酔心」を運送することを依頼した。五島は関係者に口止めして「酔心」を広島県三原市駅長から東京駅長への手荷物として優先的に運ばせた。五島は自ら大観に「酔心」を届けると「半分は差し上げるが、残り半分は手数料としていただく」と言った。大観は「手数料は酒代から天引きすると言ったはず。酒代は無料だから手数料も取れないはず」と言うと、五島は「現ナマで取れない場合は、現物でいただく」と言い返した。大観は激怒し「これがお前のやり方か。酒は嗜好品じゃない、数十年に渡って俺の命をつないできた主食だ。手数料が五割とはひどすぎる」。しかし五島も負けずに「私は不可能を可能にしたのだから、これでも安過ぎるぐらい」と言い返した。これにはさすがの大観も地団駄踏んで引き下がる他なかった。
アルコール中毒にもならず、大病もせずに91歳の大観は寿命を全うした。岡倉天心の影響を受けた大観は「世界に誇れる日本の画家」を常に求め、国粋主義的な面を持つが、反骨の心意気を持ち合わせていた。
大観が87歳のとき、大観が危篤状態になり、各界の重鎮たちが病床に集まり、死に水をとろうとした。その時、大観の弟子が「大観に死に水は似合わない、死に酒にしよう」と提案、お別れに酔心を口に注ぐと、大観は蘇生し生き返ったのである。側にいた医師は「酒を飲むとドキドキするから、酒は強心剤なのだ」と自信ありげにあきれていた。その翌日には病状は快方に向かい、数日後には普段の生活に戻った。
横山大観は死ぬ間際まで酒豪だった。薬を飲む時も水ではなく酒だった。大観は昭和33年に91歳で亡くなるが、大観の脳は現在もアルコール漬けにされ東京大学医学部に眠っている。横山大観は永遠にバッカスの神に愛され続けているのである。
ちなみに私はバッカスの神に愛されていると自認しているが、妻はバッカの神に愛されていると思い込んでいる。
 
強い女と、泣く男

 さけは飲め飲め、今日も飲め。さけは天下のミズグスリ。
 さけも女も2合まで、そんな約束どこへやら。
 泥棒の始めが五右衛門ならば、助平の終わりはお前さん。
 今日もさけさけ、明日もさけ。さけは天下のまわりもの。
 マウス片手に、クルリクルリと踊り出す。
オンナだけだけ、オンナの思考。脳ミソ使わず、口先勝負。
 オンナだけだけ、オンナの会話。口で褒めても、本音はさかさ
 ま。

 オンナだけだけ、オンナの涙。口で被害者、ほんとは加害者。
 両手に花の満員電車、今じゃ両手万歳はオトコだけ。
 目は口ほどにものを言う、それを信じているのはオトコだけ。
 隠し事があれば、純なオトコは恥ずかしげに目をそらす。
 図太いオンナは、隠し事があっても、じっと目をみる。

 オンナかえかえ、オンナかえ、幻想だけが枯れ脳をかけめぐる。
 オンナがアホなら、オトコも同じ。
 オンナがバカなら、オトコも同じ。

 同じアホなら、チンチロリンのケセラセラ。
 同じバカなら、チンチロリンのケセラセラ。
 泣くも、笑うも、チチンプイプイ 遠くへ 遠くへ飛んで行け。

 人生なんて、チンプンカンプンのケセラセラ。
 色は匂へど散りぬるを、人生なんてこんなもの。  
 ケセラセラったら ケセラセラ。
 ケセラセラったら ケセラセラ。

 身体が黒いのはカラスだけ 心が黒いのはオンナだけ。
 身体が白いのはウサギだけ 脳ミソ真っ白はワタシだけ。
 なるように成るのが人生ならば、ケセラセラだよ 人生は  
  なるように成らないのが人生ならば、ケセラセラだよ 人生は

 ケセラセラったら ケセラセラ。
 ケセラセラったら ケセラセラ。
 
 強い男と、泣く女。
 今じゃ強い女と、泣く男。
 来世は絶対オンナになってやる。
 よく分からんが、悪いオンナになってやる。

冗談由之介。作成Do気は社会正義と妄想道楽。向上心は高いがIQは低い。背は低いが頭は高い。高貴高霊者で認知症がひどい。顔は広いが引きこもり。耳は遠いが小便は近い。
趣味:老婆の休日(昔ラブラブ、今ブラブラ)
賢妻:冗談よし子(昔トキメキ、今ドウキ)
愛犬:ワンコソバ (ソバにいるのはワンコだけ)
 
味覚協奏曲
  味覚は感覚のひとつなので、天才と言われる味覚の持ち主がいる。もちろん味覚には好みがあるが、味覚の尺度としては500mlの水に塩粒を入れ、何粒の塩で塩気を認識できるかである。3粒以下であれば天才であろう。   
 この味覚は甘味、塩味、酸味、苦味の4つに分けられるが、第5のうま味を発見したのは日本人である。東京帝国大学教授の池田菊苗が昆布からグルタミン酸を、小玉新太郎が鰹節からイノシン酸を、国中明がシイタケからグアニル酸を発見し、このことから英語のうま味はumamiと表記されている。
 世界の美食都市としてミシュランガイドやCNNは、東京がパリを大きく引き離して「世界第1位の美食都市」にしている。これは日本人の味覚が古来から優れているからと考えている。
 しかし食通を気取る者と食事をすると、どんな料理でもウンチクをいうので食事はまずくなる。ウンチクなど聞けば聞くほどうっとうしいのに、食通のウンチクはゲリのように止まらない。蕎麦の食べ方、寿司の食べ順、鍋のダシの順番、もういい加減にしてほしい。
 最近テレビではレストラン巡りがブームになっているが、これは制作費が安いからである。レストランはテレビに出れば宣伝になるので食事代はタダ、出演者は誰でもいいので極めて安い。しかも1回に数件の店を訪ね、数回分の番組を作るので、一口食べただけで、あるいは吐き出して次の店に行くのである。
 5年ほど前になるが、食品偽装が社会問題になった。ミートホープ社は20年以上にわたって外国産の牛肉を国産と偽って販売していた。北海道のお土産の代表格である白い恋人たちは賞味期限を改ざんしていた。秋田県大館市の食肉加工製造会社「比内鶏」は比内地鶏ではなく廃鶏と呼ばれる雌の鶏を20年以上前から使用していた。伊勢神宮参拝の土産「赤福」は30年以上も前から製造年月日を改ざんし、船場吉兆は10年以上前から九州産の佐賀牛を但馬牛と偽っていた。
 これらの事件はすべて内部告発によるが、最も重要なことは、消費者が偽装に気づかなかったことである。つまり日本人の味覚の低下、味覚を感じる脳機能の低下、ブランドに踊らされる国民性を意味しているのである。
 この事件をきっかけに政府は消費者庁をつくったが、マスコミが騒げば官僚はこれをチャンスに省益を拡大するだけである。官僚は正義を振りかざし、悪なる役害を得ようとする。いずれにしても食品偽装は業者の金儲け主義が根底にあるので、食品で金儲けをする商売根性が間違っている。
 食通や食事などはどうでもいい。味覚よりも雰囲気である。1998年の八代亜紀の歌、阿久悠作曲、浜圭介作詞の舟歌を口ずさみながら、塩を舐めて飲む日本酒が最高である。もちろん、酒を持つ手が止まってしまうが、時にはアルゲリッチやキーシンのひくショパンの舟歌でもよい。食事は狂奏曲よりも協奏曲である。

「舟歌」https://youtu.be/C1GATyFEcqQ
お酒はぬるめの 燗がいい 肴はあぶった イカでいい
女は無口な ひとがいい 灯りはぼんやり 灯りゃいい
しみじみ飲めば しみじみと 想い出だけが 行き過ぎる
涙がポロリと こぼれたら歌いだすのさ 舟唄を
沖の鴎に深酒させてョ いとしのあの娘とョ 朝寝する
ダンチョネ
店には飾りがないがいい 窓から港が 見えりゃいい
はやりの歌など なくていい 時々霧笛が 鳴ればいい
ほろほろ飲めば ほろほろと 心がすすり 泣いている
あの頃あの娘を 思ったら 歌いだすのさ 舟唄を
ぽつぽつ飲めば ぽつぽつと 未練が胸に 舞い戻る
夜ふけてさびしく なったなら歌いだすのさ 舟唄を
ルルル…
アルゲリッチ、キーシンがひくショパンの舟歌
https://youtu.be/f99mfQOldx0 
https://youtu.be/4b_msb9vKP0

   
マスク
 数年前から病院では医師、看護師、事務員がマスクをするようになり、マスク美人、マスク・美男子ばかりとなった。ウイルスの大きさ はマスクの目に比べれば、はるかに小さいので魚の網でメダカの侵入を防ぐようなものである。ウイルス感染は、咳やくしゃみなどの飛沫感染なので、症状のある患者が使用すればある程度の効果はあるだろが、健康人がマスクをしてもウイルスの予防にはならない。
 ここに面白い実験結果がある。大部屋に一人 のインフルエンザ患者と10人の健常人を入れ、トランプをさせるのである。それによると感染の予防効果は、定期的に手洗いをさせたグループがダントツに有効で、マスクのグループには予防効果は認められなかった。マスクは、汚染した手で鼻や口を触る機会を減らし、のどの乾燥を抑える効果はあるが、感染予防は可能性だけで、健康食品と同じ迷信である。
 100年以上前、ウィーン総合病院の産科医センメルヴェイスが手洗いで分娩時の敗血症が1/100に減 少したことを報告した。しかし医師の重鎮に睨まれ、病院をクビになり、精神病院に入れられ、彼の主張が認められたのは死から10年目であった。センメルヴェ イスは「感染予防の父」とされているが、既成概念をくつがえすのはこれほど困難なのである。
 マスクは顔の表情を隠し、安心感をもたらす別効果が ある。そのためマスクを手放せないマスク依存症が増えている。ありのままの自分を受け入れられない隠れ引きこもりである。感情の変化は口元に表れ、豊かな 表情は安心をもたらすが、マスクやサングラスは相手への壁を作り、ヒトは匿名化されたロボットと同じになる。
 かつての厚生省は、医療をサービス業に分類したが、デパートの店員、飲み屋の店員などのサービス業でマスクをしているのは病院職員だけである。しかし想像してもらいたい。マスクをしたアナウンサーやホステスがいるだろうか。マスクをした漫才師や落語家がいるだろうか。テレビに映るのは、犯罪者が連行される時だけである。
  かつての震災時、天皇陛下が被災地にお見舞いに行かれた際、陛下は膝をおつきになり、慰めの言葉で接しているのに、被災者はマスクを外さずに座ったままで あった。さらに避難民が両陛下見送る際、美智子妃殿下は「ガッツ・ポーズ」を避難民に送った。それは「がんばっ て、負けないで、一緒に乗り切りましょう」と心からの励ましの気持ちだった。この美しい心までも、マスクは日本人から奪おうとしている。そのように思うのは私だけであろうか。

   
ヘンリー・ダーガー
 ヘンリー・ダーガーは世界一長い小説「非現実の王国で」の作者である。この物語は15,000ページ以上の大作で、長過ぎるため読破した者は皆無で、テキスト全文が刊行されたことはない。
 誰に見せるわけでもなく、19歳から81歳まで書き続けた。また挿絵の少女には小さなペニスが描かれており、これはダーガーが女性の裸を見たことがなかったためで、生涯、童貞だった。
 1892年にダーガーはシカゴで生まれ、4歳時に母と死別。妹は里子にだされ、8歳時には父親が体調を崩したため救貧院に入った。同級生からは「クレイジー」と呼ばれいじめられた。12歳になると精神薄弱児収容施設に移されたが、虐待や陰湿な体罰によるスキャンダルが多発する施設であった。
 そのためダーガーはこの施設を脱走し、260kmを歩いてシカゴに戻り、聖ジョゼフ病院の清掃員として働き始めた。ダーガーは孤独の中に生き、職場の病院と教会のミサに通う以外はアパートに引き籠っていた。
 人とは全くコミュニケーションを取らず、いつも浮浪者のような汚い格好をした孤独な変わり者だった。体力の衰えから作業員の仕事が難しくなり、厨房での野菜の皮むきに従事、71歳からは病気のために救貧院に入る。
 アパートの大家ネイサン・ラーナーに持ち物の処分を問われ、ダーガーは物語の存在を明かさず「全部、捨ててくれ」と答え、ダーガーは81歳で亡くなった。
 貧しい老人の孤独な死。本来ならば歴史から忘れ去られていたであろう。しかしダーガーは自分の部屋に「自分だけの王国」を築いていたのである。
 大家がダーガーの死後に、雑然としたダーガーの部屋に入ると、生涯孤独に暮らしてきたダーガーの部屋から「非現実の王国で」と名づけられた長編小説とその挿絵を発見したのである。その物語は「グランデリニア」とよばれ、奴隷制を持つ軍事国家と、「アビエニア」とよばれるカトリック国家との戦争が描かれていた。アビエニアを率いる7人の少女戦士が主人公で、彼女たちは何度も敵に捕まるが勇気と機転で抜け出し最後には勝利する。
 ダーガーは持ち物の焼却処分を依頼したのだから、それらが作品という概念はなかった。しかし大家は残された作品を見て、その芸術性を直感したのである。もし大家がアーティストでなかったら、それらの作品は無造作に捨てられていただろう。
 小説「非現実の王国で」にはストーリーの場面を描いた挿絵が描かれていた。壮大な物語に描かれていたのは大勢の少女たちである。ある時は陽気にはしゃぎ、ある時は兵士と戦い、またある時は翼を持った幻想的な生き物に助けられる少女たちの絵であった。主人公の少女たちはしばしば裸で描かれ、残虐な拷問や殺戮を受けても無邪気で楽しそうに描かれ、まさにメルヘンの世界である。 彼の姓は「ダージャー」と日本語表記されるが、実際のところ「Darger」の正しい発音は判明していない。会話を交わしたことのある数少ない隣人も、それぞれ異なった発音で彼を呼んでいたからである。彼の作品(物語・ 自伝・絵画)については、映画「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」で知ることができる。
 ヘンリー・ダーガーの名前を知る者は読者の中にはいないであろう。しかし彼の絵は必ずどこかで見ているはずである。伝統的な訓練を受ず、名声や富を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向にとらわれない芸術家として彼は高く評価され、現在は博物館でテキスト原文と共に挿絵が公開されている。
 日本では老人の孤独死が話題になっているが、ダーガーにとって彼の小説、彼の絵こそが彼の世界だった。もちろん生前のダーガーは、1度も芸術家を意識したことはなかった。
 孤独死という言葉が流行しているが、誰もが生きる世界を持っている。人間は生まれるときも死ぬときも一人、死ねば同じ骸骨になるだけである。つまり孤独死は受けを狙った造語と考えるがどうであろうか。
    
カミーユ・クローデル
 国立西洋美術館が世界遺産で話題になっているが、その入り口にあるロダンの「考える人」を見るたびに、ヘドが出そうになる。「考える人」は地獄の門を前にした幻想的・思考的芸術とされているが、ロダンほど人間性のない男のクズはいない。
 ロダンの弟子カミーユ・クローデルは女性彫刻家であるが、彼女の人生をロダンは狂わせたのである。カミーユは子供の頃から彫刻の才能に恵まれ、まれにみる美貌を持っていた。芸術家を目指す女性が少ない時代、彫刻家を志し創作に励んでいたが、カミーユが19歳の時、アトリエにロダンが指導に来た。ロダンはすでに彫刻家としての名声を得ており、カミーユにとってロダンは巨匠であり、ロダンにとってカミーユは才能あふれる美貌の女性であった。
 ロダンはカミーユの若さと美貌に狂い、ロダンから「君に会えなくてつらい」といって近づいた。師匠と弟子の関係から、男女の関係になり、ロダンはカミーユを少女から女性に変えた。カミーユは求められるままに恋にのめり込んでいった。
 二人は愛し合うが、ロダンには20年前からの妻ローズがいた。妻ローズは公的な場所には顔を出さない慎ましい女性であった。ロダンはカミーユを誘い、公的な会食に同伴し、カミーユとの恋愛に溺れながら妻ローズとは別れようとしなかった。ロダンとカミーユとの関係は15年続いたが、妻ローズは夫は戻ってくると信じていた。ロダンとカミーユの恋愛には、妻ローズには入り込めない彫刻の世界で結ばれていたからである。しかし嫉妬に狂ったローズはふたりの愛の巣に怒鳴り込み、カミーユと掴み合いになった。
 カミーユはロダンの子を妊娠していたが、ロダンは中絶させ、カミーユは妻とどちらを選ぶのかを迫ったが、ロダンは優柔不断の態度だった。家庭的な安らぎを与えてくれるローズ、若く情熱的なカミーユ。ロダンはどちらも自分の物にしておきたかった。やがてロダンはカミーユとの恋に疲れ、平穏を求め妻ローズのもとへ帰ってしまう。
 カミーユとの15年に渡る情熱的な関係は破綻を迎えるが、カミーユは実家からも勘当され帰る場所がなかった。カミーユは彫刻家として見事な作品を創ったが売れなかった。ロダンの愛人として芸術性よりも笑いの対象となった。そのため食費、家賃、彫刻の材料費にも困るほどの極貧生活に陥った。相談する相手も友人もなく、カミーユの精神はズタズタに病み、パリ郊外の精神病院に入れられた。その後、30年間にわたって孤独な隔離生活を余儀なくされた。
 母親はカミーユを理解せず、病院へ見舞うことは一度もなかった。4歳下の弟のポール・クローデルは外交官として上海に赴任していて、姉と会うことは少なかった。
 カミーユは毎朝、病院の礼拝堂に向かい祈りをささげた。誰とも喋らず、一人の世界に閉じこもった。晩年、面会にきた弟のポールは、みすぼらしい身なりで精彩を欠いたカミーユの姿に愕然とした。そしてロダンへの憎しみを露骨にする姉に、信心深いポールは神の試練と諭すが、その言葉は彼女には届かなかった。カミーユはロダンへの憎しみと、周囲の患者を見下すことで、精神の孤高を保っていた。
 第二次世界大戦中、カミーユは家族に看取られることもなく孤独のうちに79歳で世を去った。故郷に帰ることを終生願いながら、叶うことはなかった。カミーユの遺体は共同墓地に埋葬された。
 精神を病んだカミーユは多くの作品を破棄したが、残された彫像、スケッチ、絵画が現存している。クローデルの悲劇的人生を知るものは少ないが、その芸術性はロダン以上である。

三木武吉
 かつて三木武吉という政治家がいた。自由民主党を結党した最大の功労者である。
この三木武吉が郷里の高松から衆議院選挙に立候補したとき、対立候補の福家俊一が聴衆に対し「戦後男女同権となったが、ある有力候補は妾を3人も持っている。このような不徳義漢が国政に関与する資格があるか」と批判した。ところが演壇に立った三木は「私の前に立ったフケ(福家)ば飛ぶような候補者が、有力候補と申したのは、この三木武吉のことである。皆さんの貴重なる一票は、先の無力候補に投ずるより、有力候補たる私に願います。なお、さきの無力候補の間違いを訂正しておく。私に妾が3人いると申されたが、事実は5人であります。5を3と数えることは小学校一年生といえども恥とすべきである。ただし5人の女性は、いろんな事情から関わりを持ったが、いずれも老婆と相成り、これを捨て去る不人情は三木武吉にはない。老婆が私を頼る限り、私の都合で捨て去ることはできない、みな養っております。
 この発言に会場は大爆笑とともに、聴衆は拍手喝さいを送り、トップ当選となった。
 最近の政治家の阿呆ぶりは、愛嬌があれば笑えるが、政治家もマスコミも小者が聖人君子を装うようで不愉快である。総理大臣・宇野宗佑は就任3日目に、神楽坂の芸妓の告発を受け辞任している。美貌の芸妓を30万で買おうとしたが、美貌の芸妓はこのようなケチな人物に日本を任せてはいけないとマスコミにリークしたのである。あの舛添要一元知事は結婚3回、離婚2回、子供2人に愛人の子が3人で、隠し子の養育費裁判で係争中である。家族を守れないものに知事の資格などあるはずがない。私たちの税金をケチくさくチョロまかす議員に、何を期待すればよいのか。
「政治家たるものは、数人の女性を喧嘩もさせず、嫉妬もさせずに操る腕がなくてはならん」と武吉は言ったが、まさにその通りである。三木武吉は72歳で死ぬまで妾5人を養い、その一方で「本当に愛情を持ち続けたのは、やはり女房のかね子だ。ほかの女は好きになっただけ」と述べている。
 三木武吉は気骨あふれる政治家だった。東條英機内閣が提出した法案を、中野正剛が「権力の周囲には茶坊主ばかりが集まり、これが国を亡ぼす。日本を誤らせるものは、翼政会の茶坊主どもだ」と発言し、主流派議員から野次が飛んだとき、立ち上がった三木武吉は「茶坊主ども、黙れ!」、と議員を黙らせたのである。
 三木武吉には妾が5人いたが、米屋に2年以上の借金があり、家賃も3年以上も滞納していた。立会演説会で「このような男が、国家の選良として国政を議することができるか、立候補を辞退すべき」と対立候補が武吉を批判した。しかし、会場にいた武吉の大家や米店の主人が立ち上がると「どうか皆さん三木先生をご支援願います」と頭を下げた。男が男に惚れる、そのような男に女性が惚れるのは当然のことである。青年よ、三木武吉の気骨を知れ。
 
コーギー
 子供の情操教育をかねて犬を飼うことにした。都内の犬屋を数軒訪ね、ケージに入った犬を見てまわった。かつて捨て犬を飼っていたことがあったので、犬には慣れていたが、その値段の高さには驚いてしまった。数十万円の犬ばかりだった。店内でどの犬を買おうかと迷っているうるうちに、値段の高い犬が良いだろうと思うようになった。物の価値は値段に比例するとわが脳ミソは毒されていたのである。しかし妻はこの犬でなければいやだと一匹の犬を指さした。それは貧相な顔をしたコーギーであった。コーギーはエリザベス女王が飼っていることで有名になった犬種で30万円前後が相場の犬でる。しかしその上目遣いで見つめるコーギーはなぜか2万円でした。値段の安いものには欠陥があると小声で文句を言ったが、妻は耳を貸さずレジで2万円を払ってしまった。そして帰りの自動車の中で「この犬はあと数日の命だったのよ」と犬を抱きしめながら妻がいったのです。つまり売れ残った犬は値段が下げられ、それでも売れなければ安楽死にするのがこの業界の常識であることを教えてくれた。妻がこの犬を買ったのはこの犬の命を助けたい気持ちからだった。この日だけは妻を尊敬してしまった。そして医師としての基本的姿勢を教えられた気持ちになった。2万円のコーギーは、最近、飼い主に似て凛々しい顔つきになってきている。

日本最大の烈女
 ダスティン・ホフマン主役の卒業 (1967年)はまさに青春を代表する映画である。
 ベンジャミンは、大学卒業記念パーティーで幼なじみのエレーンの母親ミセス・ロビンソンと再会する。そこで彼女から思わぬ誘惑を受け、生きる目標を失っていたベンジャミンは夜ごとの逢瀬となった。しかしぬぐい切れない虚無感だけが残った。何も知らない両親は帰郷した幼なじみのエレーンをデートに誘えと説得した。ベンジャミンは一度のデートでわざと振られようとするが、エレーンの一途さに打たれ、二度目のデートを約束する。
 二度目のデート当日、約束の場所に来たのは母親のミセス・ロビンソンだった。母親はエレーンと別れるように迫り、別れないなら自分との情事をバラすと脅した。
 ベンジャミンはエレーンに、かつて話した不倫の相手はあなたの母親だったことを告げる。ショックを受けたエレーンは話も聞かず、ベンジャミンを追い出してしまう。ベンジャミンはエレーンを忘れられず、エレーンに結婚を約束する。しかし揺れる心のエレーンは退学すると、他の男と結婚しようとする。
 ベンジャミンは教会を探し回り、エレーンと新郎が誓いの口づけをする直前にドアを叩き「エレーン、エレーン!」と叫ぶ。ベンジャミンへの愛に気づいたエレーンは「ベーン!」と答え、二人は手を取り合って教会を飛び出した。
この映画「卒業」はダスティン・ホフマンの出世作であり、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」は名曲中の名曲である。
 ここで問題である。日本史の中でこれ以上の、恋愛を演じた人物がいたのである。だれか? それは源頼朝と北条政子である。父・北条時政は平氏を恐れ、流罪人頼朝との仲を裂き、政子を伊豆目代の山木兼隆の元へ嫁がせようとする。ところが政子は輿入れの前夜、屋敷を抜け出すと暗夜をさ迷いながら山を越え、豪雨に打たれながら頼朝の元へと走った。二人は伊豆山神社に匿われ、駆け落ちを果たしたのである。まさに天城越え「誰かに取られるくらいなら、あなたを殺していいですか」である。さすが北条政子である。「卒業」などは北条政子の屁にも及ばないであろう。尼将軍・北条政子は日本最大の烈女である。
  
臓器移植
 平気でウソをつくのが人間である。自分のため真顔でヒトを騙すのが人間である。もしあなたが一生の伴侶を決める場合、あなたは相手の愛情の真意をどのように判断すればよいのだろうか? 
「私、腎臓が悪いの、このままだと、いずれ血液透析か腎臓移植と言われたの。もしそうなったら、あなたの腎臓をもらえますか?」多分、この返答次第で愛情の浅深が分かるはずである。
 臓器移植の進歩で、腎や肝の疾患で死ぬ患者はありえないが、現実には腎不全や肝不全で多くの患者が亡くなっている。それは医師が家族を説得しても、自分の臓器を愛すると称する伴侶に移植することに同意しないからである。もし死を前にした患者が、家族のこの態度を知ったら、どうなると思うか。必ず遺産相続で揉めることになる。口では家族愛などと言っても、相続目当ての偽装愛情が現実なのである。
 ちなみに、私は「もしお前の肝臓が悪くなったら、私の肝臓を半分あげるよ」と妻に言ったら、「汚れた肝臓は入りません」と断られてしまった。妻を愛しているつもりであったが、ああ無情、これもまた現実なのであろうか。

第1回美人コンテスト
 日本の第1回美人コンテストは明治24年のことである。時事新報社が世界美人コンテストに選出するためコンテストを主催し、そこで日本一の美人は福岡県小倉市の令嬢末広ヒロ子となり、賞品のダイヤモンドの指輪を使者が届けに伺った。実は義理兄が末弘ヒロ子に内緒で写真を送ったからで、ヒロ子はそれを知ると「早く取り戻して下さい」 と泣くのであったが、写真と名前はすでに新聞に掲載されたあとだった。
 ヒロ子は学習院女子部に通学していた。学習院といえば風紀を重んじ、学習院院長の乃木希典はヒロ子に退学を命じた。写真を応募したのは義兄だったが、新聞社などへの抗議もむなしくヒロ子は退学させられた。
 乃木希典は日露戦争で旅順攻撃を指揮し、自分の二人の息子を戦死させ、多くの戦死者をだした軍人である。明治天皇の崩御の際には妻静子とともに殉死した国民的英雄であった。乃木希典は学風を守る為、ヒロ子に退学を命じたが、情深い人物であった。
 乃木希典はヒロ子のために結婚相手を探し回り、侯爵家の野津道貫元帥の息子野津鎮之助と結婚させ、自らが仲人を務めた。新郎の鎮之助は陸軍中尉の正服で着席し、花嫁ヒロ子は高島田に髪を結い三三九度の祝杯を挙げた。
 義父の野津道貫元帥は重患のため式にはでれず、病床で新郎新婦に「人道を重んじて、夫婦相和し、君に忠に、親に孝を尽くし、野津家の家名を汚すことのない様に致せ」と訓じた。鎮之助は「誓って御言葉を守ります」と答え、祖先の霊前にも報告した。 
 このように、乃木希典のはからいで、ヒロ子は侯爵夫人となったのである。

   
ヒポクラテス
 「ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか」、これは野坂昭如が歌ったサントリーウイスキーの有名な広告の歌い出だしである。当時は、酒を飲みながら人生を語り、スケベしか頭にないのに恋愛論を戦わせ、まさに童貞肉食青年の青春時代であった。ご存知のようにソクラテスやプラトンは古代ギリシャの哲学者であるが、忘れてはいけないのはヒポクラテスの存在である。ヒポクラテスは「ヒポクラテスの誓い」で知られるように医学の象徴であり、彼の杖は世界的に医療の象徴として広く用いられ、日本医師会のシンボルマークにもなっている。また「病気は人間が自らの力をもって自然に治すものであり、医者はこれを手助けするものである」との名言を残している。
 しかしそれ以上に、ヒポクラテスは「ドレミファソラシド」を発見した音楽の神様ともいえる人物である。
 ある日、ヒポクラテスが散歩していると、鍛冶屋が打つ音の違いに気づいた。ある時は心地よく、ある時は不快に感じたのである。なぜか? ヒポクラテスは鍛冶屋に入ると、それは槌(つち)の重さによる違いであることが分かった。槌の重さを1:1.25:1.5:2倍に軽くした場合、同時に打てば心地よく聞こえたのである。これが「ドミソド」の発見であった。これは槌の重さだけでなく、弦の長さでも同じであった、弦を1:1.25:1.5:2倍に短くすれば「ドミソド」を奏でたのである。ヒポクラテスはこれを発展させ、「ドレミファソラシド」だけでなく、長調、短調、和音を作った。ギリシャ哲学は美術においても8頭身や黄金律を見出し、宇宙の原理を数学で証明したのである。
 著者は医学をかじり、音楽を奏で、密かにヒポクラテスの生まれ変わりを自認している。なお生まれ変わりは、ヒポクラテスが生と死について考えた哲学の結論で、わが国では弥生時代のころである。

 

PC今昔物語

 学生の頃、IBMからコンピュータが発売され、値段は80万円で中古のスポーツカーと同じぐらいで、コンピュータ言語でプログラムをつくって遊んでいました。これを画期的に変えたのがMacintoshで、なんせ使いやすいしソフトが付いていたのです。Windowsが追いついたのは、弁当箱より大きな携帯電話の発売とほぼ同時期で、多分、あなたの誕生の前後だと思います。神戸震災の数年前で、当時のPCは1年ぐらいで壊れたので、秋葉原で部品を買って自分で直していました。また当時のホームページは簡単で、今では想像もつきませんが、厚生省のHPをコピーして自分のHP更生省を作ったのを覚えています。当時、HPの画像は全画面になるのに上から下まで5分はかかりました。そのためアメリカのスケベサイトを見ていた時に他人が部屋に入ってきて、思わずコンセントを抜いたのを覚えています。今は昔のPC今昔物語です。

 

くさい飯

  刑務所に入ったことのある患者に「刑務所はくさい飯でつらかっただろう」と聞いてみました。すると患者は「病院の食事時より刑務所の方がおいしいですよ、麦飯は仕方ないにしても、麦飯は健康には1番ですから、糖尿病などは一発で治りますよ」と妙なことを自慢げに言い出したのです。そこで調べてみると、刑務所一食の材料費は393円から423円で、料理の得意な服役者が作り、配膳も服役者ですから人件費、光熱費はゼロ円です。いっぽう病院の食事は一食640円ですが人件費が含まれているので材料費は250円になります。また学校給食の一食の材料費は292円で人件費は別会計ですから、たしかに食事のおいしさは、刑務所、学校給食、病院の順になるのです。

 

 手洗い

 手洗いは医療の基本とされています。ある日、トイレから出ようとする医師が手洗いをしないで出ようとしたので注意しました。するとその医師は「トイレに入る前には手洗いをしますよ。それは自分の一番大切なモノに触るのですですから、でもトイレから出る時には手を洗いません。それは手洗いの蛇口が一番汚いからです。でも心配しないでください、患者さんの診療の前には必ず手洗いをしていますから」たしかに彼の言うとおりかもしれないと悩んでいました。後日、その医師と食事をしたとき、彼はまた妙なことを言いだしたのです。「先生、レストランのおしぼりは使っては行けません、おしぼりが清潔という証拠はありませんからね。このおしぼりが昨日風俗店で使われたものかもしれないんですよ」、さらに彼の話は続いた。「あと、ホテルの洗面所で顔を洗ってはいけませんよ、ホテルの掃除のおばさんがトイレを拭いたタオルで洗面所を拭いていたのをこのまえ見てしまったのです。

 

 平均寿命を延ばしたのは

 日本の死因のなかで確実に低下した疾患があります。それは脳梗塞などの脳血管障害です。なぜ脳梗塞による死が激減したのか、学会でお偉方がその原因について真面目そうな議論がなされていました。廊下で議論を聞いていた製薬会社の営業マンは、「脳卒中が激減したのは血圧のクスリが良くなったせいよ」と鼻で笑っていました。それをそばで聞いていた掃除のおばさんは「暖房が良くなったせいだわ」と軽くつぶやいた。

 

 

日本人の3人に1人は癌で死ぬ

 癌死が急増している。そのため禁煙や環境問題に神経質になっています。たしかに癌死が急増しているのは正しいが、同時に間違いとも言えるのです。たとえば年齢を補正して60歳代、70歳代と年齢を区切って過去数十年と現在を比較すると、年齢別による癌死の確率はほとんど変化してないのです。つまり高齢化が進んだために癌死が多くなったのです。長生きすれば癌になるのが人間の仕組みなのです。もしすべての癌が克服されたならば、日本人の寿命はどれだけ延びるでしょうか。癌で死なずに済んでも、他の疾患で死ぬことになるので平均寿命は意外に延びず、男性は4歳、女性は3歳の延長だけになります。いっぽう日本の男女の平均寿命差は6.9歳ですから、寿命の性差がいかに大きいかが分かります。寿命の性差は癌の壁より2倍も厚く、男性の癌がすべて克服されても女性の寿命にはとてもおよばないのです。

 

 八百万の神

 日本には八百万の神がいて、草木、山、動物などの自然や尊敬する人物が神となり、天照大神、天皇陛下とともに平和共存している。

 この日本に仏教が伝来したのは飛鳥時代で、蘇我稲目が仏教を支持し、物部尾輿と中臣鎌子が反対した。蘇我稲目は寺を建立して仏像を拝んだが、物部尾輿らは寺を焼き、仏像を捨てた。

 この神仏闘争は次世代に持ち越され、仏教派の聖徳太子(厩戸皇子)と蘇我馬子が物部守屋を滅ぼして仏教が国教となった。

 聖徳太子は摂津に四天王寺を、蘇我馬子は法興寺を、天武天皇は大官大寺(大安寺)を、持統天皇は薬師寺を建立し、このように天皇家が寺を建てるようになった。

 京都東山に泉涌寺がある。この泉涌寺には天智天皇から昭和天皇までの歴代天皇の位牌が置いてある。つまり天皇、皇族は約1200年にわたって仏教徒だったのである。かつての天皇は、崩御すると「院」となるが、この院は戒名である。

 江戸時代最後の天皇である孝明天皇(明治天皇の父親)の葬儀は僧侶によって行なわれ、泉湧寺に埋葬された。明治4年 まで宮中には「仏壇」があり、仏像が安置され、位牌が祭られていた。それを外国に追いつこうとする明治政府が、日本人の精神的統一として天皇を現人神にし て、神道国家にしたのである。「神仏分離」と「廃仏毀釈」によって、宮中の「仏壇」は泉湧寺に移され、泉湧寺の天皇陵や皇族の墓所が宮内省に移管された。

 ちなみに出雲大社は天皇と対立していた地方豪族の神社で、伊勢神宮は明治政府の都合によって天皇家の祖先を祭った神社と創作されたのである。歴代天皇のなかで初めて伊勢神宮へ参拝したのが明治天皇であったことからも納得できる事実である。

 天皇、皇族は天照大神から現在に至るまで神道と思い込んでいる歴史家が多いが、日本人と仏教、天皇と仏教の歴史的経緯を知ることは大切である。私たちがブータン国王に親しみを感じるのも、多分、同じ仏教国だからであろう。

 

意外な社名
 インターネットのyahooを知らない人はいないだろうが、その社名の由来を知る人は少ないであろう。yahooは「ガリヴァー旅行記」に登場する、人間に似た愚かな野蛮人のことである。Yahooの開発者がならず者と自称してこの名前をつけた。
 Googleは社名を10の100乗を意味する「googol(グーゴル)」にするはずだったが、社名登録時にスペルを間違えたのである。Googleは膨大な情報を扱う検索会社の代名詞になっているが、最初の情報が間違っていたのである。
 日本の会社はマツモトキヨシが典型例であるように、多くは創始者の名前に由来する。その中でも石橋正三郎を英語読みにしたブリッジ(橋)ストーン(石)は有名である。また旧社名に由来するものとして、エーザイ(日本衛材)、コクヨ(国誉)、キッセイ薬品(橘生薬品)、イトーヨーカドー (伊藤羊華堂)、SEIKO(精工舎)などがある。
 日本の社名で面白いのは、飲料水メーカーのサンガリアで、この社名は奥の細道の「国敗れて山河あり」からの引用で、「国破れて サンガリア」「いち に サンガリア」のフレーズが宣伝に使われている。
 キヤノンは観音菩薩のKWANON(カンノン)からCANONになったが、CANONは英語では標準、聖書正典、教会法を意味する言葉である。その他、シャチハタは名古屋城のシャチホコと旗から、シャープはシャープペンシルのヒットから、ロッテは「若きウェルテルの悩み」の主人公の名前からである。ヤクルトはエスペラント語でヨーグルトを意味し、花王は顔の石けんから(顔王)、パイロット(水先案内人)万年筆はセーラー万年筆(水夫)に対抗しての命名である。
 日本は物作りの国で、100年以上続いている企業が10万社以上ある。もちろん100年以上続いている企業はアメリカや韓国ではゼロ、ヨーロッパでさえ30社にすぎない。理系の大学生が、目先の利益から、外資系の金融会社に就職する風潮があるが、そもそも金融商品が富をもたらすはずはない。富をもたらすのは人間の知性と労働だけで、金融商品はただの強欲ゲーム、博打にすぎない。
 日本は技術伝承の国で、多くの画期的製品を作ってきた。伝統ある日本の企業に期待するとともに、歴史の浅い政府にお願いしたいのは、優秀な中小企業の邪魔をしないでほしいこと、伝統ある日本の医療を壊さないでほしいことである。

善意の隣人
 預かった子供が二階から落ち死亡した場合、法律はどのように適用されるであろうか。このような事例は刑事事件とは関係がないので、普通ならば善意の隣人はおとがめなしである。しかし世の中そう単純ではない。もし子供を預けた遊び人の親が民事訴訟を起こせば、善意の隣人は裁判で負け巨額の賠償金を払うことになる。隣人を訴える親に周囲の人たちがどれほど反感を持ったとしても、法律は善意の隣人に罪を着せるのである。
 最近、年老いた親の面倒をみない親不孝者が増えている。このことから、老人の世話をするボランティア活動がなされている。そして自分の子供よりもボランティアの若者に気を許す老人が多いのもご時世である。このような社会環境の中で、散歩中に、女の子が車椅子の操作を誤り老人を死亡させたら、どうなるであろうか。親不孝者が女の子を訴えれば、たとえ金銭が目的と分かっていても、善意の女の子は賠償金を払うことになる。
 路上で倒れている人に医師が心臓マッサージを行えば問題は生じない。しかし善意の一般人が行えば違法行為の可能性が生じてくる。このような事例はまだ生じていないが、世間知らずの裁判官がそのような判決を下す可能性が十分にある。
 このような事例に対し、誰もが抱く違和感は、たとえ善意による無償行為であっても、賠償金を払わせようとする法律への違和感である。さらに賠償金そのものが民事訴訟の決着となるため、賠償金が訴訟の目的であるような違和感である。
 現在、医療訴訟が増え、開業医が医事紛争かかわる確率は年間100人中1.5人となっている。これら医療訴訟が起きるたびに、納得出来ない気持ちになるのは、善意の医療行為が罰せられることへの違和感である。これは善意の隣人やボランティアの事例における違和感と同種のものである。
 医療には小さな事故は付きものである。これを一つひとつ取り上げれば医療など成り立たない。ああすれば良かったと思うことが1週間の外来で1例以上はある。こうすれば良かったと後悔する入院患者も1カ月に1例以上はいる。これまで問題が生じなかったのは、ただ運が良かったからで、運が悪ければ何度訴えられても不思議ではない。
 医療においてはミスがあっても、結果が良ければ医療訴訟は生じない。反対に結果が悪ければミスが無くても訴えられる。訴えるのは相手の自由であるから、たとえ善意による医療行為でも結果が悪ければ訴えられる。医療の結果の善し悪しは、医療行為よりも患者の特異反応、病気の勢いに支配される部分が大きいのに、結果が悪かった場合には、たまたま医療側に落ち度があると問題になる。
 本当に悪いのは、患者の病気そのものである。あるいは患者の異常体質であって、悪い病気を治そうとする善人が何故に罰せられるのか理解できない。精神病患者が犯罪を起こした場合、患者に罪を問えないのは患者個人に罪があるのではなく、病気そのものに罪があるからである。
 医療訴訟の大部分も悪いのは病気であって、それを施す医療側ではない。医療機関は非営利のボランティア機関である。このようなボランティア精神に対して民事訴訟はなじまない。医療側の明らかなミスは刑事事件のみで争われるべきであるが、医療訴訟の多くは民事事件である。
 医療訴訟において、医師は常に加害者の立場にある。裁判所は弱者救済の建前から、患者勝訴の事例が多く見られる。このような傾向が、賠償金を目的にした訴訟の急増と言えなくもない。またマスコミの医師に対する悪口が、何でも医師を悪者にする、何でも患者を被害者にする先入観を作っているのかもしれない。医療側にとって不可抗力と思われる事例があまりに目立つのである。
 医療訴訟のさらなる違和感は、死因なりの争点を白か黒かで断定する裁判所の考え方である。人間の病気に対する反応は不可解かつ不明瞭の部分が多く、生死の因果関係さえ分からない場合が多い。このように白でも黒でもない不明瞭な争点に対し、裁判は白か黒かで争われることになる。もともと分からないものを争うのだから、判決が下っても、判決文はこじつけの文章となる。医学的な意味はまるでない。
 医師は瞬間の判断の違いで医師生命を失うが、裁判官は何年間もかけた一審の判決が二審で覆されても罪も罰もなく、逆転判決となっても裁判官は平気な顔をしている。彼らは一審の判決をわびるそぶりもない。医学にせよ裁判にせよ、所詮人間の考えや判断には限界がある。医師は白衣を、裁判官は黒マントをはおり、そのことで威厳で装っているにすぎない。
 世の中は、好意と善意、習慣と道徳、義理と人情、道理と宗教、このような社会常識で成り立つが、法律とこれら社会常識とが相反している場合、この不条理の難問を直視し、人間の知恵でどうにか解決すべきと思う。
 いずれ天国に行ったらヒポクラテスや小石川療養所の赤ひげに、医師のあるべき道を問うてみたい。また人間社会の善意という常識を評価しない裁判の是非を大岡越前守に聞いてみたい。

 

人間集団のポアソン分布
 人間は生まれながらに平等で、かつ尊い存在である。人間の価値を金銭で表現することは馬鹿げたことで、かつての奴隷制度を除けば、人間の価値を金銭で測ることはできない。
 この、耳に心地良い文章は、あまりに当然すぎることなので、疑問を感じる者は少ないであろう。しかしこの文章は、「人間社会の現実と人間感情の本質に目を閉ざした虚構の表現」なのである。つまり人間特有の、思い込みによる幻想、あるいは実現不可能な理想を表した文章にすぎない。
 過言を承知で言うならば、まず人間は生まれながらに平等ではない。才能の有無、頭の回転の速さ、身体の大きさ、美人と不美人、親の財産の程度、これらによって人間は誕生した日から、差が生じている。
 この生まれながらの不公平は、誰も口に出さないが、人間の真実として誰もが認めざるをえない。
 青春時代を振り返えれば、学校の成績や自分の容貌に悩み、後塵を走る屈辱や貧困に心を痛めた記憶をもつであろう。そしてこれらの多くは、生まれながらの不公平による苦悩といえる。努力が足りないと言われても、努力で身長が伸びないように、努力で補える部分には限度がある。先天的な形質を後天的な努力で変更できると考えるのは、白鳥を夢見るアヒルのおとぎ話、根性ものの漫画の世界と同じ次元の話である。
 もちろん努力や偶然によって人生は大きく変わりえる。しかし先天的形質や能力の違いはどうにもならないので、多くの人たちは見ないようにしているだけである。また差別的言動との批判を恐れ話題に上ることもない。
 たとえば、弱者であっても、労働者は集団の力で資本家と対立が可能である。低所得者であっても票の力で政治家を動かすことができる。社会的弱者であれば人権侵害と訴えることもできる。しかし才能がない者、頭が悪い者、背の低い者、病弱な者、器量の悪い者、このような正常ポアソン分布の左側にいる大多数の人たちは団体を形成できず、行き場のない悩みをもつ。彼らの悩みは大きい。また弱者とは認知されないので世間からの同情はない。たとえ同情があったとしても彼らのキズを癒すことはできない。
 このように人間は存在において平等であるが、個々においては平等とはいえない。他人との相違を感じなければ悩みは生じないが、他人より良くありたいと願う欲求が悩みの原因になる。たとえポアソン分布の右側に位置していても、さらに右側に他人がいる限り満足は得られない。それは絶対的位置関係に加え、相対的位置関係も悩みの種となるからである。自分の価値判断で自分と他人を比較するからで、試験で2番の者が1番になれなかったと悔し涙を流すのがその典型例である。
 商品に値段があるように、資本主義社会は人間にも商品としての価値を定めている。自分は他人からの評価は受けないと言ってはみても、給料という金銭で評価されている。
 金銭でシビヤに評価を受けているのはプロのスポーツ選手たちである。彼らの評価のすべては成績であり、成績 が良ければ数億の大金を得、悪ければクビとなる。歩合制のサラリーマンもこれに近い。人間を容貌で評価しているのは、芸能界、コンパニオンなどの職業である。
 このように実力の世界ほど、また多くの人たちが憧れる職業ほど人間を金銭によって評価している。男女雇用機会均等法はあっても、容貌や能力雇用均等法は実力社会には存在しない。
 戦前の日本はこの資本主義の考えに忠実であった。官僚や教授の給料は今の数倍以上だった。資本家は富を独占し、裕福な家庭には使用人が働いていた。そして政治家の別荘は、旅館として名前を残すほど豪邸であった。
 表面的平等主義の戦後は、給料による適切な評価が崩れている。特に学校の先生など、それまで聖職と呼ばれていた職業ほど戦前との落差が大きい。医師の給料が高いといわれても、生涯給与は他の職業とそれほどの違いはない。官僚が天下りに執着するのは、事務次官といえども月30万円以下の年金では生活ができないからである。世間では官僚の悪口を言うが、この年金では志があっても、やる気を削がれるであろう。それだけの評価だから、それだけの仕事となる。
 資本主義社会は、欲望を満たすための競争で成り立っている。そしてこの社会の長所は競争による活力である。逆に短所は、無意味な競争による殺伐とした人間関係である。
 現在の日本を健全な資本主義社会にするためには、健全な競争ルールとその適切な金銭的評価を行うことである。さらに身の程を知り、無意味な競争を避けることも重要と考える。