日本文化防衛論

「近くに起こしの節はお寄り下さい」、知人からの引っ越しの葉書である。知人の新居は通勤の途中にあるが、まだ寄らずにいる。この言葉を真に受けたら相手が迷惑するからである。このように日本語は難しい。それは相手の気持ちを推測しなければいけないからで、もし文面どおりに立ち寄れば、この常識なしと言われるからである。
 「つまらない物ですが」この言葉を添えた贈り物は、へりくだった気持ちが含まれている。「善処します」は何もしないことを意味する政治用語である。「結構です」は、話の前後で正反対の意味になる。このように日本語は、言葉の裏に隠れた相手の真意を読まなければいけない。言葉と意味が直結している小学生や外国人には理解できない日本の文化である。
 曖昧な日本語、和を尊ぶ日本、あうんの呼吸の日本社会は、契約で成り立つ欧米社会とは根本的に違っている。欧米人が日本人の言葉尻を捕らえ嘘つきと非難しても、野党や評論家がいちゃもんをつけても、本人は本音を言ってるだけで嘘をついている意識はない。外国人が日本の文化を理解していない、あるいは野党や評論家が言葉尻を捉えているだけである。
 日本語の特長は相手を気づかう気持ちと、正直が根底にあることで、これが日本人の美的心情を表しており、日本人の奥深い心づかいなのである。しかし最近、欧米流のストレートな言い方が大手を振るうようになった。相手の気持ちを考えない、言葉の裏を知らない勝手な言い方である。
 医療現場において、欧米人がストレートに癌を告知するのは、欧米が契約で成り立つ社会だからで、生命に関しては神との契約、医療に対しては医師との契約が基本にあるからである。日本において癌の告知にためらいがあるのは、日本の医師が患者を気づかう心を持つからで、世間が邪推するような医師の傲慢さによるものではない。患者の心情を理解せずに、癌の告知を欧米流につっけんどんに言う医師がいるが、癌の告知を無神経にやられたら、不幸な患者を増やすだけである。
 癌の告知には医師と患者との心のコミニュケーションが必要で、コミニュケーションを通して、医師は患者にどのように告知するかを判断するのである。初対面の医師に癌ですと言われたら、患者の心がどれほど傷つくか分からない。医師は正直でなければいけないが、正直以上に大切なのは相手を気づかう心である。しかし最近では医師も患者も欧米流が当たり前と思うようになった。
 聖徳太子が仏教を日本に導入して以来、日本の文化は外国の良い点を選択し、日本古来からの文化に融合させてきた。日本文化を守りながら外国文化のよい部分を吸収してきた。この外国の利点を吸収してきた日本人の体質が、時として大きな失敗を生む。それは欧米の欠点を利点と思い込む場合である。医療においては調剤薬局がこれに相当する。
 これまで調剤薬局の是非善悪についての論争が新聞紙上を賑わしてきた。しかしこの議論には議論の価値など何もない。それは院内薬局が良いに決まっているからである。
 院外薬局を良しとするのは「欧米先進国のほとんどが院外薬局だから日本もそうあるべき」との欧米コンプレックスを利用した理屈である。しかしこれまで何十人もの外国人に聞いてみたが、外国人の全員が全員とも病院でクスリをもらえる日本の医療システムを絶賛している。
 このように日本の優れた医療システムである院内薬局を病院が放棄したのは大きな失策であった。院外薬局は患者にとって不便なだけで、しかも国民医療費を1割以上押し上げる医薬分業に利点などあるはずがない。クスリの二重チェックなどは、顔見知りの院内薬剤師の方が良いに決まっている。
 病院が院内薬局を手放したのは、厚労省が院内薬局を不採算部門にしたからである。また薬価差益で病院が儲けるのはけしからんとする誹謗に医療側が嫌気をさしたからである。院外薬局が浸透したのは、院外薬局が様々な金銭的恩恵を受け、儲かる仕組みになっているからで、鼻歌混じりでクスリを数える院外薬局の技術料が医師の再診料よりも高く設定されているからである。親切そうに薬の説明をするのは、医師の再診料より高額な説明料がもらえるからである。ウソだと思うなら、明細書をよく見て欲しい。
 院外薬局は金銭をぶら下げられた政策誘導である。院外薬局をいくら宣伝しても、根底にあるのは金儲けの卑しい政策誘導である。院外薬局の薬剤師が親切なのは、親切にすれば料金が上乗せできるからである。患者のことを何も考えない損得勘定が院外処方の動機なのに、それをもっともらしく患者の利便性でものを言うから、言えば言うほど針を千本飲ましたくなる。
 欧米先進国という言葉に惑わされ、厚労省の医療支配のもうろみから日本の医療文化を捨てた罪は大きい。院外処方はすでに日本の8割を占め、もう後戻りはできない。院外薬局は患者のことなど何も考えない負の遺産である。
 明細書を見てよく考えて欲しい。院外薬局の可愛い薬剤師が親切なのも、院外薬局が病院前に並ぶのも、すべて儲かるためである。病院の薬剤師は安給料で、当直もあれば土日祭日も出勤である。院外薬局の可愛い薬剤師は時間外はなく土日祭日の出勤もない。しかし彼女らに罪はない。それはほとんどの院外薬局はチェーン店化しており薬局経営者が最も儲かっており、給料の高い方に流れるのが当然だからである。
 敬語が廃れ、女性が男言葉で喋り、茶髪が闊歩する日本。門前薬局の看板ばかりが目立つ病院前の風景。
 日本チャチャチャ、悲しいかなこれが日本の文化である。