安倍政権の復活

 2009年の衆議院総選挙で自民党は大敗を喫し、政権の座からすべり落ち民主党政権となったが、新たに谷垣禎一(さだかず)が総裁に就任すると逆風の中で自民党内を懸命に支えた。

 その後、谷垣総裁が任期満了となり退任を表明すると、新たに5人が自民党総裁に立候補した。その中にかつて首相を務めた安倍晋三の名前があった。選挙において、安倍晋三は1回目の投票で2位であったが、過半数を得た候補がいなかったため、1位だった石破茂との国会議員による決選投票となり、108票を得た安倍晋三が逆転して総裁に選出された。かつて総理大臣並びに自民党総裁を辞任してからちょうど5年目で、安倍晋三が政治の表舞台へと返り咲いた。
 安倍晋三の自民党総裁復帰に際して、歓迎する声が国民から見られたのに対しマスコミの多くが批判的にとらえ「お腹が痛いと言って辞めたのに、なぜもう一度やろうとするのか」という、難病である潰瘍性大腸炎を抱えた人間全体を侮辱する発言も見られた。
 約1ヵ月半後の2012年11月14日、国会での党首討論において、安倍晋三は野田首相とのやり取りの中から11月16日に衆議院を解散するという言葉を引き出すことに成功し一気に解散モードが高まった。

 野田首相の宣言どおり衆議院が解散され、翌12月16日に総選挙が行われた結果、自民党は480議席中294議席を得て圧勝し、安倍晋三総裁が第96代内閣総理大臣に就任し公明党との連立で第二次内閣を組織した。

 一度辞任した内閣総理大臣が再就任したのは、戦後では吉田茂以来2人目であり、自民党では初のことだった。第1次安倍内閣では「お友達内閣」批判や社会保険庁(現日本年金機構)の年金記録紛失などの問題が相次ぎ、改憲に必要な手続き法である国民投票法の成立を実現させるだけにとどまり、志半ばで降板していた。

 また第一次安倍内閣の総辞職以来、6年連続で首相が毎年交代してきたが、第二次安倍政権以降は、2014年12月に行われた衆議院総選挙でも圧勝し、第三次内閣を新たに組織し長期政権の様相を見せた。

 戦後から70年が経過し、いまだに混迷が続く日本において、国政のかじ取りを任された安倍政権は日本をどのように導いてゆくのか注目された。

 平成24年12月に第2次安倍内閣が発足してから、経済政策「アベノミクス」を背景に株価は持ち直し、雇用などの指標はバブル期を上回る水準に回復した。好調な経済は国民の支持につながり、強固な政権基盤を築くことになった。
 「やはり経済がよくなってきていることが大きい。衆院選で自民党の大勝が確実になった10月23日未明、政権幹部は勝因をこう分析した。安倍晋三首相が見据えるのは憲法改正だった。消費税増税などのハードルがある中で、成長を維持しつつ改憲を実現できるのか、難題に挑むことになる。
 日経平均株価は公示日をはさみ過去最長となる16営業日連続の上昇を記録した。企業業績の改善に加え、序盤情勢から与党優勢が報じられたことで、市場がアベノミクスの継続を好感した。

 「強い経済を取り戻す」この決意で政権に復帰した安倍が最初に手を付けたのは日本経済の再生だった。デフレ脱却を旗印に(1)大胆な金融政策(2)機動的な財政政策(3)民間投資を引き出す成長戦略-の「三本の矢」を打ち出した。
 すぐに効果を上げたのが「異次元の金融緩和」だった。経済ブレーンは安倍が官房長官だった18年、「当時の福井俊彦日銀総裁が量的緩和を解除するのに反対していた」と明かし、かねて金融政策への思い入れがあったと語った。
 安倍が再登板とほぼ同じ時期に新たな日銀総裁に起用した黒田東彦は異次元緩和を実行した。市場に供給された大量の資金は円安・株高を演出し、財政出動や世界経済の回復も相まって企業業績は改善した。
 政府は企業の利益を賃上げや設備投資に回させようと政労使会議などで経済界への働きかけを強め、大企業の賃上げ率は4年連続で2%を上回った。景気拡大期間は24年12月から58カ月となり、戦後2位の「いざなぎ景気」を超えた可能性が高い。
 安倍は今回の衆院選の演説でも「われわれは政権奪還後、皆さんの生活を豊かにし、賃金を上げていく。こう約束しながら一つ一つ成果を挙げてきた」とアピールした。
 26年4月、鬼門だった消費税率の8%への引き上げを実行した。結果的に「消費を落ち込ませ、デフレ脱却を遅らせた」との意見は政府内にも根強くあり。安倍は10%への引き上げを26年11月と28年6月に2度にわたって延期を表明した。
 第1次安倍内閣では「お友達内閣」批判や社会保険庁(現日本年金機構)の年金記録紛失などの問題が相次ぎ、改憲に必要な手続き法である国民投票法の成立を実現させるだけにとどまり志半ばで降板していた。
 「2020年を新憲法施行の年にしたい」安倍が満を持して公言すると、野党は反発した。政権幹部は「あの日を境に野党やマスコミのが「反安倍」を強め、森友・加計学園の問題を大きく取り上げるようになり、高い水準を維持してきた内閣支持率は急降下した。
 しかし衆院選は安倍自民党が3連勝を果たした。自民党は公約で重点項目に初めて憲法改正を掲げ、「自衛隊の明記」を例示している。公明党や日本維新の会などを含めた改憲勢力も3分の2超を維持し、改憲に向け光が差し始めた。
 衆院選での国民の支持は憲法改正より、堅調な経済が後押しした側面は否定できない。
 安倍は平成31年10月に消費税率を10%に引き上げるとともに、使途を変更し、幼児教育の無償化など全世代型の社会保障に転換する方針を打ち出した。「人づくり革命」として2兆円規模の政策パッケージを年内にまとめる。ロボットや人工知能(AI)を活用した「生産性革命」も進める。
 ただ経済の実力を示す潜在成長率は低いままだった。規制改革など成長戦略は本気度に欠けるとの批判を払拭できるかが焦点になる。野党などは「景気回復の実感が伴っていない」と批判を続け、中小・零細企業などの賃上げの勢いは鈍いと指摘した。さらに少子高齢社会から社会保険料の引き上げなどで、家計負担が増えている。
 北朝鮮情勢の緊迫化など先行きリスクがくすぶる中、安倍が最終ゴールにたどり着くには、経済政策で国民の納得できる実績を上げ続けることができるかにかかっている。