援助交際と医療改革

 言葉は自分の考えを人に伝えるための手段である。しかし最近、この言葉の使い方が荒れに荒れ、相手を騙す手段として用いられることが多くなってきた。これは金儲けを第1とする商業主義の宿命であるが、この言葉の荒れは商業主義を乗り越え、日本全体に広がってきた。これまでは一定の倫理観がその歯止めになっていたが、その歯止めが狂い始めたのである。
 胎児教育から健康食品、風俗業界から戒名の値段まで、言葉巧みな詐欺師が世にはびこっている。風俗業界において美人は並の容貌を意味し、気立てが良いは他に取り得のないことを意味している。そして、この言葉のウソに文句を言う者は常識なしと笑われるのが落ちである。援助交際は言葉のイメージを上手く取り込んだ売春の同意語である。
 このような言葉の荒れは政治においても同様である。うわべを飾った公約は破られるのが常となり、公約違反を恥じて職を辞する者はいない。そしてそれを追求する世間は諦めの境地にある。
 このような社会環境の中で、医師は言葉を大切にしている職業といえる。医師がウソをつくのは告知ができない癌患者ぐらいで、金儲けや保身のためのウソは存在しないと自負している。しかし言葉を大切にしている医師ほど、世間の言葉に騙されやすい。
 身近なものとしてはクスリの効果がこれに相当する。これは良いクスリですよと宣伝されるクスリが本当に良いクスリとは限らない。良薬が開発されるのは1年にひとつかふたつであるが、薬効に疑いをもたず製薬会社の言いなりになっている医師が多い。良いクスリは宣伝を聞かなくても論文を読めば分かることである。あるいは風の噂で自ずと分かるものである。さらにクスリだけでなく、医療全体にかかわる重要な問題についても、医師自身が疑問をもたずに当事者能力を失っているものがある。それは医療改革そのものについてである。
 歴史を眺め、改革と名前のつくものを振り返ってみると、江戸時代の三大改革、ルターによる宗教改革、マッカーサーの農地改革ぐらいしか思い当たらない。これらの改革はその成果は別としても、改革の意味するものと一致していた。つまり改革の言葉にふさわしいものだったといえる。
 いっぽう最近頻回にもちいられる改革という言葉は、つまり政治改革、経済改革、金融改革、入試改革、教育改革などの言葉は、改革という言葉の持つイメージに便乗した偽物改革であることに気づくはずである。
 これらは改革でも改正でもない。ただの流行語をスローガンに掲げているにすぎない。将来の歴史の教科書にこれらの言葉が改革として記載されるとは到底思えない。歴史家もそこまで馬鹿ではないだろう。もし改革に近いものを近年の中から探すとしたら、国鉄、電電公社の民営化ぐらいである。このように本来の意味から外れた偽物改革ばかりが周囲に溢れている。改革という言葉は本来の意味を失い、単なる政治用語になりさがったのである。並を美人と言い変える風俗用語と同じレベルである。
 もちろん医療改革もこれらエセ改革のひとつである。医療改革は、誰が何をゴヂャゴヂャ言ったとしても、目的は医療費抑制だけである。この目標に向かうものを、何故、医療改革、医療改正と呼ぶのであろうか。これは医療改革、医療改正ではない、医療費抑制のための医療改悪が正しい名称である。この本来の語句を行政が用いないのは、医療費抑制が医療改悪につながることを国民に悟られないためである。改正という言葉のイメージで改悪の中身を隠そうとしている。医療改革と医療費抑制は、本来相反するもので、ひとり当たりの医療費を減じることは、生命を粗雑にすることを意味している。医療費の高騰という行政が作った雰囲気に、マスコミも、医師も、国民も押し流されているが、この単純な事実を私たちは直視すべきである。
 言葉の持つイメージに騙されてはいけない。医療の価値は行政からの押しつけであってはいけない。医療の価値は国民1人ひとりが判断すべきものである。国民の代表である政治家がその役を果たしていない現在、政府や日本医師会が官僚の傀儡と化している現在、医師が国民に対し正しい医療を啓蒙し、正しい判断を助言することが急務である。 
 医療をタダと思い込んでいる国民が、もし医療費が高すぎると言うならば、生命を扱う医療は元々高価なものであることを啓蒙する必要がある。また日本の国民医療費は公的年金より低額であることを教えた上で判断を仰ぐべきである。それでも高いと言うならば、医療のどの部分を削れば良いかを政治家や医師が考え、国民に提示するのが本筋である。日常診療に多忙を極める医師は、この大きな責務を忘れがちであるが、これを忘れた医師は医療人としての責務を放棄したことになる。
 昭和の終わりと平成の現在を比べれば、生活や食事の環境はほとんど変わりがないのに、男性、女性の平均寿命は両方ともに5年は伸びている。医療費高騰が叫ばれているが、医療費が伸びたのは病院やクリニックではなく、院外薬局の儲けが急速に増えたからである。病名も知らないのに院外薬局は、親切そうに薬の説明をするが、それは薬剤師の説明料金が医師の再診料より高額だからである。いつも同じ薬を飲んでいるのに、本人に確認せず、病院に電話するのは確認料金がもらえるからである。
 医療費を安くして医療の質を落とすことが医療改正の主旨である。私たちには風俗業界がつくった援助交際などの言葉を笑う資格はない。医師や国民は厚生官僚が作った医療改革、医療改正という言葉に完全に惑わされているからである。