神道

神道とその歴史

 神道は古代日本に起源を辿ることができる宗教で、宗教名は神教ではなく「神道」である。神道は伝統的な民俗信仰・自然信仰を基盤に、豪族層による中央や地方の政治体制と関連しながら徐々に成立した。先史時代の原始宗教が次第に形作られていった。飛鳥時代に入ると神道は当時新しく入ってきた外来文化である仏教や儒教へ対応することもあり次第に理論化されて整えられていった。

 神道は儒教・仏教など外来の宗教・思想などと対立しつつ、その影響を受けながら発達した。日本人の精神生活の基盤となり、日本人の民族信仰を根底とした国民道徳、倫理、習俗まで大きな影響を与えている。 

 神道は日本民族の中から自然に発生した神観念とそれに伴う祭祀儀礼が始まりなので教祖は存在しない。またキリスト教の聖書、イスラム教のコーランにあたる「正典」も存在しない。ここが他の宗教との決定的な違いである。気象、地理地形等の自然現象に始まりあらゆる事象に「神」の存在を認める。いわゆる「八百万神々」である。

 平安時代に入ると神道信仰と仏教信仰が融合させられ(神仏習合)、神は仏の仮の姿であるという本地垂迹思想などが一般化した。 また反本地垂迹説(神が本で、仏が末、垂迹思想)との考えもあった。

 鎌倉時代に入ると、神道教理の研究が盛んになり、伊勢神道、日吉神道、御流神道などの教派が起こってきた。これらの神道は、それぞれ陰陽五行説や仏教の教義に基いていたりして、純粋性には欠けていたが、日本の精神文化に対する研究が土台という要素をもっていた。

 その後江戸時代中期に本居宣長が古学神道を大成した。「古事記」「日本書記」「万葉集」などの古典を文献学的に研究し、儒教や仏教といった外来思想の流入以前の、日本固有の文化や精神を明らかにしょうとする国学を体系づけ、この研究を通して古神道を整理して古学神道としてまとめた。 やがて幕末を経て、水戸学と国学を思想的背景として明治維新は神道を重んじこれを国教化しようとした。

 近代化への一歩を踏み出したばかりの日本にとっては、先進西欧諸国の帝国主義的圧迫に対抗するために、国民に精神的な背景をもたせねばならぬという判断からであった。

 その為に、時の政府は、国学を基盤とする古学神道(神社神道)を天照大神を租として体系づけられていた皇室神道と組み合わさり再編成しこれを国家の保護下においた。(国家神道) この結果、外来思想ともいうべき仏教を神道から分離しょうという、神仏分離政策がとられ極端な廃仏毀釈運動が起こったが、明治政府の仏教圧迫政策は長続きせず、明治八年以後には、また従前のように仏教の布教も自由になった。

 第二次大戦後、国家神道は、軍国主義、国家主義と結びつき、天皇制支配の思想的支柱となったとして解体された。 なお、先に挙げた教派神道仏教と神道が、私達日本人の社会で広く一般的に受け入れられてる宗教である。

 

 

神道の分類

 神道は便宜上、神社神道、教派神道、国家神道、宮廷神道、学派神道などと区分されている。このうち神社神道と教派神道は、祭祀中心と教法中心とによる分類されている。

 神社神道とは鎮守・氏神(など全国の神社を中心としてその祭祀儀礼を含んでおり信仰組織的なものをいう。これに対して教派神道は、明治のはじめに存在した教派のうちおもな十三派をさすのが普通である。 出雲大社教、御嶽教、黒住教、金光教、實行教、神習教、神道修成派、神道大教、神理教、枎桑教、禊教、大成教 天理教の十三派からなる。また十三派とは別に、強烈な信仰体険をもつ教祖の手によって開祖された、禊教・黒住教、金光教などのように、学問的というよりは土俗的、民俗的な教派もあり、これらのほとんどが神道の系列に包括されている。

神道と仏教の違い

 神道と仏教の違いについては、神道は地縁・血縁などで結ばれた共同体(部族や村など)を守ることを目的に信仰されてきたのに対し、仏教はおもに人々の安心立命や魂の救済、国家鎮護を求める目的で信仰されてきたという点で大きく相違する。

 多くの日本国民が仏教と神道の習慣と信仰を両立させているように、皇室も神道の祭祀と仏教の行事を共に行っていた。宮中祭祀に見られるように皇室と神道は歴史的に密接なかかわりを持っている。また神道の信仰の対象としての天皇とその祖先神の存在がある。皇室の神道色が強まったのは、朝廷の復権を志向して光格天皇が行った宮中祭祀の復活によってであり、それまではむしろ仏教色が強かった。

 明治天皇の代で行われた神仏分離や神道国教化に伴い、仏教と皇室の直接的な関係は薄れたが、皇室菩提寺であった泉涌寺と宮内省の特別な関係は日本国憲法施行時まで続いた。

 現在の神道

 日本人にとって神は身近な存在で、神は地域社会を守り、現世の人間に恩恵を与える穏やかな守護神であるが、天変地異を引き起こし病や死を招き寄せ祟る性格もある。このように神は自然神から人格神へ、精霊的な神から理性的神へ、恐ろしい神から貴い神への進展があった。

 神道は日本国内で約85,000の神社が登録され、全国の神社の大部分は神社本庁が統括している。約1億600万人の支持者がいるとされているが(文化庁)、この数値は神社側の自己申告に基づくものであり、地域住民をすべて氏子とみなす例、初詣の参拝者も信徒数に含める例、御守りや御札等の呪具の売上数や頒布数から算出した想定信徒数を計算に入れるためである。実際には日本人の7割程度が無信仰とする多くの調査結果とは矛盾するが、多くの日本人は神道を宗教ではなく儀式として受け止めているのだろう。

 人間も死後神になるという考え方があり、社会的に突出した人物や、地域社会に貢献した人物、国民や国のために働いた人物、国家に反逆し戦乱を起こした人物、不遇な晩年を過ごし死後怨霊として祟りをなした人物なども、「神」として神社に祭られ、多くの人々の崇敬を集めることがある。