ラ・トゥール

 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593年 - 1652年)は、現フランス領のロレーヌ地方で17世紀前半に活動した。フランス王ルイ13世の「国王付画家」の称号を得るなど著名な画家であったが、次第に忘却され20世紀初頭に再発見された。残された作品 は少なく、生涯についても詳しいことはわかっていない。

 作風は明暗の対比を強調する点にカラヴァッジョの影響がうかがえるが、単純化・平面化された構図や 画面にただよう静寂で神秘的な雰囲気はラ・トゥール独自のものである。
 1593年、当時まだフランスの一部ではなかったロレーヌ 公国の小さな町ヴィック=シュル=セーユで生まれた。家業はパン屋だった。少年時代や修業時代のことについてはわかっていないが、1617年からは同じロ レーヌ地方の町リュネヴィルに移住し、1620年には弟子がいたとされている。この頃には画家としての地位を確立していた。
 1639年にはパリに出 て、国王ルイ13世から「国王付画家」の称号を得ている。ラ・トゥールの代表作の1つである「イレネに介抱される聖セバスティアヌス」はルイ13世のお気 に入りの絵だった。わずかな記録からうかがわれるその人間像はあくせくと有力者に取り入り、税の支払いを拒むなど、吝嗇にして強欲そのものという説もあ る。
 その後リュネヴィルに戻り活動を続けるが、1652年1月、伝染病ペストのため15日に妻、22日に子を相次いで失い、30日に画家本人も後を追うように死去した。

大工の聖ヨセフ
1640年頃 137×102cm | 油彩・画布 |
ルーヴル美術館(パリ)

 本作品の制作意図や目的、依頼主などは不明であるが、英国内で発見された後、1948年にルーヴル美術館へ寄贈された。新約聖書に記される聖母マリアと結婚した神の子イエスの義父「大工の聖ヨセフ」を主題に描かれている。当時、フランシスコ会を中心に聖ヨセフ信仰によって尊重された主題のひとつとして広く流布していた。
 画面全体を包み込む蝋燭の光は、より静謐で神秘的な印象を与える。本聖ヨセフはイエスが背負いゴルゴダの丘を歩むことになる十字架に象徴とされる厚い角材に、両手持ちの錐(キリ)を用い穴を開ける大工作業をおこなっている。その視線はイエスに向けられ、幼子イエスが蝋燭を手に義父聖ヨセフの仕事を照らしている。おたがいの深い精神的な繋がりが表現され、聖ヨセフに示される老い、写実的描写や経験は、イエスに示される若さや様式的描写や修学などと明確に対照性をもっている。
 ラ・トゥールの作品では、しばしば蝋燭とその光が重要なモティーフになるが、イエスが蝋燭にかざしている左手から透ける光の表現は極めて高度な描写によって描かれている。画家の作品の中でも特に秀逸の出来栄えと存在感を示している。なお制作年に関しては諸説唱えられているが、現在では多くの研究者が1640年頃に手がけられたとしている。

いかさま師 (ダイヤのAを持った)
1635-1638年頃 106×146cm | 油彩・画布 |
ルーヴル美術館(パリ)

 最も著名な作品のひとつである。本作に描かれる主題は、巨匠カラヴァッジョが最初に描いた「いかさま師」で、その数年後に同主題、同構図で本作を描いたとされている。本作と同じような作品として「いかさま師(クラブのAを持った)」がある。本作品と決定的に異なる点は題名のとおりで、いかさま師が手にするトランプのマークが、クラブのAなのかダイヤのAなのかであり、その他の部分の違いや構図的な差異も確認されている。
 いかさま師はトランプのマークの他に衣服に下がる飾り紐が、横目の高級娼婦は首飾りや左手の角度やテーブルに置かれる金貨の数が、ワイン瓶を手にする給仕の女は衣服の色(トランプのマークとの対称性を思わせる)が、騙される若い男は衣服の丈や袖の色が異なるほか、『いかさま師(クラブのAを持った)』と比べ、高級娼婦が給仕の女に近く配置され、騙される若い男がより孤立化している印象を観る者に与えている。また中央の高級娼婦の面持ちが若干ふくよかに表現される反面、眉の描写がより鋭角的である為、不審的で騙詐的な表情が一層強調されていることも、本作の重要な点のひとつである。

女占い師
1636-1639年頃 102×123cm | 油彩・画布 |
メトロポリタン美術館

 本作に描かれるのは、白帽子を被った老婆の占い師が若い男を占う場面で、これはバロック絵画の巨匠カラヴァッジョを始めとした多くの画家が手がけている。この白帽子を被った老婆がコインを用いて若い男の未来を占っているが、若い男の周りではジプシー女たちが男の持ち物を窃盗している。

 老婆と男の間のジプシー女は、男の顔色を窺いながら手元では男が身に着ける金鎖を切っており、また男の背後のジプシー女らは、今まさに男の財布を盗まんと手を伸ばしている。
 本作では登場人物がほぼ垂直に配され、高度な写実による浮き彫り的な力強い表現は、観る者を圧倒するだけでなく本場面へ強く惹きつける。ラ・トゥールの作品としては例外的に昼の情景が描かれ、登場人物が纏う衣服などのが時代考証に合わないこと、また他に類似のない署名などから真贋が幾度も問われてきた。しかし現在では真作とされている。1949年に本作をルーヴル美術館が取得できず、画商ウィルデンスタインが取得し国外へ持ち出したため、その許可を与えた当時の文化相が下院議会で、釈明する事態へと発展している。

 なお本作はおそらくは騙される若い男を中心として描かれたもので、後年、左側部分が約30センチ前後切断され、また上部を約6センチ程加筆されていることが判明している。