シューベルト「未完成交響曲」

音楽史最大のミステリー

未完成か?完成か?

死後に発見された 2楽章だけの交響曲の謎

 

未完成交響曲 発見ミステリー

1823年、ウィーン郊外の街グラーツの音楽家協会から、名誉会員の称号を贈られたシューベルトが返礼として送ったのが、この曲。たった2楽章の交響曲でした。当時の常識では交響曲は4楽章で、作曲途中とも思える謎の楽譜です。受け取った音楽家協会のアンゼルム・ヒュッテンブレンナーは、かつてシューベルトと共にウィーンでの活躍を目指した作曲家仲間。楽譜を見て未完成と思ったのか、何か意図があったのか、発表せずに自宅の書棚にしまいこみます。そして楽譜は37年間、この場所に埋もれたままとなるのです。ところが、アンゼルムの弟ヨーゼフもまたこの曲の存在を知っていました。シューベルトの秘書として仕えていた彼は、作曲の様子を身近で見ていたのです。1860年、ヨーゼフはアンゼルムの自宅で楽譜を発見。ヨーゼフ奔走の末、1865年にウィーンで初演されました。「未完成の交響曲」という名で発表されたこの曲は、たちまち人々を魅了しました。 この曲をめぐる様々な謎は、音楽史最大のミステリーとして人々をひきつけ続けています。

 

永遠のミステリー

この曲が「未完成」といわれる最大の理由は、シューベルトが続きの第3楽章を書き始めていたからです。いったい彼はどんな思いでこの曲を作っていたのでしょうか?

シューベルトは歌曲で人気を得るものの、作曲家としては評価されずにいました。当時は、交響曲が評価されなければ作曲家として認められなかったのです。より完成度の高い交響曲を書こうとした時、シューベルトは今まで経験したことのない大きな壁にぶつかります。交響曲を完成できない…実はシューベルトは「未完成交響曲」の前に、他に3曲もの未完成の交響曲を書いていたのです。その3曲は誰にも知られぬよう封印したシューベルトが、この「未完成交響曲」だけは、発表の場を持つグラーツに送ったのです。この短くも完璧なバランスで創られた交響曲を、シューベルトは完成と考えたのか?それともあくまで未完成なのか。真相はシューベルト以外もう誰にもわからない永遠の謎です。しかしこの曲は、シューベルトの作曲家人生を賭けた闘いの結果そのもの。そのことだけは、永遠の真実なのです。

 

人生はロ短調

作曲家はまず短調や長調といった「調性」を決めて作曲します。シューベルトが苦悩しながら選んだのは、ロ短調という調性でした。ベートーベンはロ短調を「暗くて交響曲にはできない」と言ったとか。第1楽章の冒頭に出てくる主題は、チェロとコントラバスによる低音で、先の見えない闇に包まれるようなメロディーが現れます。

続いて登場する第1主題は、悲しく美しいメロディーが哀愁漂うオーボエで表現されます。そして光がさすように、第二主題が登場。ロ短調から一転してト長調という調性のメロディーです。しかし明るさもつかの間、突然ロ短調の悲しみが襲いかかる…

シューベルトが人生をかけた交響曲のために、選びに選んで辿り着いたのがロ短調という調性だったのです。