ケテルビー「ペルシャの市場で」

時代の波に乗れ

まるで紙芝居のように鮮明に情景が浮かぶ「ペルシャの市場で」。

クラシック畑のケテルビーが「ライトミュージック」という新しい音楽に挑んだワケとは?

 

音楽の紙芝居

異国情緒たっぷりの「ペルシャの市場(いちば)で」。まるで実際にその場にいるかのように、光景が浮かんできます。それもそのはず。楽譜には「らくだに乗ったキャラバンが近づいてくる」「市場の大道芸人たち」と細かい場面設定が書きこまれているんです。わずか6分ほどの中で、ある日のペルシャの市場の様子をなんと10もの場面でわかりやすく展開。それはまさに紙芝居のよう!作曲したのは、イギリスの作曲家ケテルビー。彼は「エジプトの秘境で」「中国寺院の庭で」など、具体的な場所や情景が目に浮かぶような「描写(びょうしゃ)音楽」を数多く残しました。そんな彼の代表作が「ペルシャの市場で」。親しみやすいケテルビーの音楽は、クラシック音楽入門の小品(しょうひん)として今も愛されています。

 

人生のターニングポイント

1875年、イギリスの工業都市バーミンガムに生まれたケテルビー。作曲や編曲でその名をはせ、イギリスクラシック音楽界の未来を担うホープとして大きく期待されます。しかし、自作のクラシック音楽はなかなか出版にこぎつけることができませんでした。市民社会が成熟しつつあった20世紀初頭のイギリスでは、人々の音楽の趣向も変わり始めていたのです。37歳のときに書いた小品「幻のメロディー」がある音楽コンクールで1位を獲得。この時、彼は時代が新しい音楽を求めていると感じました。これを機にケテルビーは大衆向けの音楽を次々と生み出していきます。45歳の時に書いたのが「ペルシャの市場で」。遠い異国の情景を誰もが簡単にイメージできるこの作品は瞬く間に大ヒットとなりました。クラシックからライトミュージックへ。時代の波を巧みにとらえたケテルビーは、新しい音楽でより多くの人々の心をつかんでいったのです。

 

それ やっちゃいますか

ケテルビーが得意とした描写音楽、そしてライトミュージックという新しい音楽の世界。その中で生まれた代表作「ペルシャの市場で」にはクラシックではあまり使わないような大胆なテクニックが垣間見られます。同曲の主要な旋律の一つ、物乞いが施しを求める場面では、まるで全員がメロディーのみしか演奏していないような形で、大きな迫力に包まれます。また、この場面のすぐ後に「タタタッタ」というリズムで「あらよっと」というふうに合いの手が入り、ユーモアさが加わります。また、このメロディーの部分では、4つ下の音(ドなら4度下のソ)を重ねて演奏する「4度重ね」による演奏が行われており、クラシックではあまり使われない手法です。4度重ねをしたことにより、中国やオリエンタルな雰囲気を醸しだす音色となります。そして、このようなコミカルな描写の後に王女の到来のシーンでは「ザ・クラシック」といったまさにクラシックの王道のような美しいメロディーが演奏されます。このコミカルさと王道の対比によって、曲全体がとてもユーモアあふれる音楽となるのです。