パ・ド・カトル

 ロマンティック・バレエ全盛の19世紀半ばに、ロンドンで夢のような企画が実現した。 マリー・夕リオ一二をはじめとする最高の名花4人が共演して往時のリトグラフから抜け出てきたような舞姫たちの競演が華やかにおこなわれた。

 企画したのはハー・マジェスティーズ劇場の支配人ラムリーで、その呼びかけに応じてロマンティック・パレエ最大の名花マリー・夕リオーニ、イ夕リアの個性派ファニー•チェリート、ジゼルの初演者でロンドンの人気スター、カルロッ夕・グリジ、デンマーク出身の国際ス夕ー、ルシル・グラーンといぅ豪華な顔ぶれが集まった。

 振付はベローが担当し、ソロは年齢の若い順に、トリは最年長の夕リオーニが務めた。

 踊りの構成は①4人のアダージオ(アンダンテ) ②同(アレグロ)、③グラーン(アレグロ)、④グリジ(アンダンテ)、⑤夕リーニとクラーン(アンダンティーノ)、⑥チェリート (アンダンテ)、⑦夕リオ―ニ (アレグロ)、⑧全員によるコーダ。

 互いに妙技を競い合った舞台は大成功を収めたが、初演からまもなく上演されなくなってしまう。理由は4人のスターを揃えるのが難しかったからで、それは現在でも同じである。

 原振付は失われ、現在上演されているのは、パレエ•リユス出身のドーリンが、当時のリトグラフなどを手がかりに再構成したもの。日本では1979年の第2回世界バレエ・フェスティヴァルで当代を代表するロマンティック•バレリーナが一堂に会して大きな話題となった。4人がにこやかな笑顔を見せながらも、ライバル意識を燃やした競演が見ものであった。