ジェンティーレ

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ

(1360年/1370年頃 - 1427年)はイタリア中部のファブリアーノで生まれ、イタリア各地を旅して多くのフレスコ画を残し、国際ゴシック様式の伝播に貢献した。 14世紀を中心にヨーロッパ各国の宮廷や皇庁に共通した様式の絵画が流行するようになり「国際ゴシック様式」と呼ばれた。国際ゴシックとは、フランス、イタリア、ネーデルラントをはじめとしたヨーロッパの作家たちが活発に交流するようになり、地域を超えた交流によって発展し実を結んだ。神との個人的な関係を目指す新しい信仰が、この活動を生み出していった。

 ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの活動については謎が多く、ヴェネツィア、フィレンツェ、シエナなど、多くの土地を遍歴したと言われ、最後はローマでサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の壁画を制作中に没しました。判明している現存作品も20点ほどで、大半が失われてしまっているため、彼の仕事の多くを知ることは出来ない。しかし、装飾的で気取りのない貴族的な画風は、野暮ったさを微塵も感じさせることのない、どの画家のものとも雰囲気を異にして魅力的である。

 ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノはその代表画家で、イタリア絵画の伝統と細密な写実表現を特色とする北方絵画の影響を受けた作品を残した。ゴシック期から初期ルネサンスへの移行期にあった文化的中心都市を渡り歩いており、彼の並々ならぬ積極性と制作意欲を感じさせる。さらにジェンティーレの実力は弟子の多さが挙げられる。ピサネッロ、ヤコポ・ベッリーニ、ドメニコ・ヴェネツィアーノ、さらにフラ・アンジェリコもまた、ジェンティーレを師と仰いだ一人だった。

  代表作のテンペラ画「東方三賢王の礼拝」は、前景の人物の衣服に見られる華麗で装飾的な表現が目を引くが、それとともに、遠景の何百人ともしれない人物群までを細密に描き尽くしている点に北方絵画の伝統が感じられる。

マグダラのマリア、バーリの聖ニコラウス、洗礼者ヨハネ、聖ゲオルギウス
1425年 

フィレンツェ ウフィッツィ美術館

 ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノが描く人物から感じられる不思議な親しみは時を超えている。ジェンティーレは国際ゴシック様式特有の硬さを備えながらも、空間に立つ人間らしさや豊かな量感も描き出している。鑑賞する者と会話することさえ許されるような錯覚にとらわれてしまう。

 この魅力的な4人の聖人たちは、フィオレンティーナ・ディ・サン・ニッコロ・ソプラルノ聖堂の「クアラテージ多翼祭壇画」の両側面に配されていたが、現在は中央部分の「聖母子」はロンドンのナショナルギャラリーに所蔵され、プラデッラの部分はヴァティカン絵画館やワシントン・ナショナル・ギャラリーに分蔵されている。このことからも、14世紀から15世紀の祭壇画の多くは解体され、本来の姿から離れ美術市場に出回っている。
 向かって左端のマグダラのマリアは、美しい髪を束ね、お約束の香油壺を手にしている。これはルカ福音書7:36に記された、キリストの足に香油を塗った女性であることを示している。当時、香油を塗ることは最高のもてなしだった。女性聖人の中でも最も知られているマグダラのマリアであるが、その清楚な表情は画家ならではの表現である。
 その隣のバーリの聖ニコラウスは、サンタクロースの原型となった聖人として知られている4世紀の小アジアのミュラの司教で、その聖遺物が11世紀にイタリアのバーリに運ばれたことからこの名で呼ばれています。司教杖を手にした豪華な司教服姿の老人として描かれており、右手には三つの黄金の玉を持っている。これは、3人の娘を娼家に送らねばならずに悩む貧しい貴族のために、3晩続けて黄金を入れた袋を貴族の家の窓から投げ入れたという逸話による。
 その隣の洗礼者ヨハネは旧約と新約をつなぐ役割を持ち、聖母マリアの血縁に当たるエリサベツと司祭ザカリヤとの間に生まれた説教師であるが、荒野で禁欲生活を送った聖人らしく貧しい身なりで、赤く細い葦でできた十字架を手にしている。
 右の聖ゲオルギウスは、犠牲に供されようとする王の娘を救うため、城壁の外の海岸で竜と戦った聖人として知られている。これは信仰によるカッパドキアの征服の寓話だが、伝説どおり中世騎士の姿で描かれている。右手には竜を仕留めた槍を持っている。
 どの人物もジェンティーレらしい優雅な線描で描き出され、聖人たちの堅牢な存在感は初期ルネサンスの巨匠たちの手になる現実的な肉体を持った人物像の影響が大きかったことを示している。また画家の初期作品に多く見られた花の咲く草むらは、ここでは花模様のタイル張りの床となって洗練度を増している。

聖母子と聖ニコラウス、聖カタリナ
1405年 ベルリン国立美術館

 こちらを見る聖母の表情は独特で、膝の上に立つ幼いイエスも、ただ可愛いとか聖なる、という表現では足りない物知り顔で、この聖母子の不思議な雰囲気がジェンティーレの特徴である。
 ジェンティーレの作品は、当世風で優美で、この板絵にも見られるように、背景にしばしば壮麗な金地を多用している。ジェンティーレの古代への関心が反映され、さらに緻密な描写、草花や木々に見られる自然への関心、波打つ描線や優雅な身振りなどは、国際ゴシック様式の特徴と言える。
 向かって左端の聖ニコラウスは、ひざまずいて祈りを捧げる注文主の守護聖人である。殉教聖女のしるしである棕櫚の葉を一枚手にした聖カタリナも厳かでありながら可愛らしい表情である。注文主に祝福を与えるイエスの後ろでは、樹木の中から奏楽天使たちが楽しげに顔をのぞかせている。
 ファブリアーノの現存作品は、壁画がほとんど失われ、板絵だけが約20点とされている。この作品は画家の生地ファブリアーノにあるサン・ニッコロ聖堂のために制作された貴重な板絵である。

フィレンツェ ウフィッツィ美術館

東方三博士の礼拝
 奥行きの感じられない画面の前景に人たちが詰め込まれている。少し息苦しい印象もあるが、まず目を奪われるのは華麗な色彩、金を多用した美しさである。あのマギの礼拝の場面であることに気づくには時間がかかるかも知れない。

 聖家族や三博士の光輪の輝かしさ、そして何より、ユダヤの王を探して東方より星に導かれてやって来たマギたちの衣装のみごとさを表現することはとても困難である。歴史的にはこのマギたちはペルシア宮廷に仕える占星術師だったし、初期のルネサンス絵画では彼らはしばしば当時の宮廷人の服装をしていますので、この華麗さも十分に納得のいくところではある。しかしジェンティーレの繊細で緻密で優雅この上ない三博士の礼拝は豪華絢爛である。
 マタイ福音書ではマギの人数について言及していないが、贈り物の数から三人だったと推測されている。すなわち黄金はキリストの王権への敬意、乳香はキリストの神性への敬意、死体を保存するために用いられる没薬は、すでにキリストの死を予兆するとされている。
 この作品でも最年長のカスパールが聖母の膝に抱かれる幼いイエスの前に跪き、黄金の贈り物を捧げている。そして後方には黒人のバルタザール、そして最年少のメルキオールも贈り物を手に、優雅に礼拝の順番を待っている。彼らは当時知られていた世界の三つの領域、ヨーロッパ、アジア、アフリカの擬人像でもある。教会の権威に対する世俗権力の忠誠が象徴されている。
 ところで、この作品を一歩下がって、さらによくよく眺めたとき、私たちは、ここに描かれた動物たちの姿に、あらためて画家の繊細な観察ぶりを実感します。イエスの誕生を祝福するロバや馬、牛たちのほかに、狩猟用のひょう、らくだ、猿などまで描き込まれている。じつは当時、これらの動物は諸侯によって熱心に集められ、多くは個人の動物園のようなものを持っていた。ジェンティーレはそのような場所への出入りも多く、この珍しい動物たちを観察する機会を多く得ていたのでである。画家の優雅で社交的な生活ぶりが垣間見えるような気がする。