説明と同意

説明と同意
 今日までの日本を振り返ると,民主主義教育が学生を甘やかし学力の低下と非行をつくり,民主主義を目指していた市民は欲の突っ張った私民となり,さらに護送船団方式が日本経済を沈没させ,そして汚職防止法案によっても政治家は汚職体質から脱していない.
 現在は情報化時代と呼ばれ,多くの人たちは世の中のをわかっているつもりになっている.しかし日本の堕落を問われた場合,どれだけの人がその原因について答えられるだろうか.
 本当のところは当然わからない.しかし日本という国が自由主義の形を装いながら,少しずつ社会主義あるいは官僚主義の道をたどってきたことが堕落の原因ではないだろうか.優秀とされる官僚に卓上の政策を押しつけられ,その規制に縛られて自由がきかなくなったのであろう.許認可権を持つ行政が鬼のように強く,よけいなお節介を押しつけ,規制が社会の強直化と閉塞をもたらしたのであろう.
 この日本型社会主義の典型例が日本の医療制度といえる.医療報酬は2500種類に分類され,1万以上の薬剤が点数化され,すべての医療行為は行政によって監視され自由を奪われている.たとえ正当な医療行為であっても査定という罰金刑を受け,自由のきかない統制医療となっている.
 厚労省は,彼らの怠慢から薬害エイズや薬害ヤコブを引き起こしながら,それらが表面化すると輸血の承諾書などの事務手続きを医療機関に押しつけてきた.その他,同様のことで予算を増やさずに膨大な仕事だけを増やしている.そのため忙しい病院はさらに忙しくなり,医療にとって最も大切な患者との会話の時間を奪われてしまった.
 日本の医療システムは複雑である.しかも毎年コロコロと変わるので,医療事務を専門にしている者でさえ医療報酬の内容を正確に説明できる者は少ない.また現場の医師も押しつけられた医療制度を理解できず,目先の不条理に愚痴をこぼすだけとなっている.
 医療は誰にとっても身近な問題である.しかしこの医療制度が欠陥だらけと感じながらも,それが議論できないほど複雑になっている.真面目な医師ほど,医療が何故これほど非難されるのかわからずにいる.
 昭和50年代後半までの医療は父権主義であり,医師は患者に説明や同意などの必要はなかった.それが,医師の社会的地位の低下とともに,医療の主体が医師から患者に移り,説明と同意を求められるようになった.
 いっぽう日本の政治家や官僚は,優秀であるがゆえにまだ父権主義のままである.医師には説明と同意を求めながら,政治家,官僚は国民に対し医療のあり方の説明と同意を行っていない.アリバイ作りの対話集会を開いても,決定された結果だけを押しつけてくる.国民は医療のあり方を説明されず,納得のできないまま医療費負担だけを宣告された.
 医療事故が毎日のように報道され,国民の多くは日本の医療に不信感を抱いている.そしてそれを医師や看護婦の資質の問題にすり替えているが,それは間違いである.日本の医師がアメリカの医師の約8倍の外来患者を診察していながら,日本の医師が裁判沙汰になる確率はアメリカの医師の10分の1程度である.
 国民が政府に望むことのアンケート調査では医療が1番であり,道路整備などはベスト10にも入っていない.それなのに公共事業費が国民医療費の倍以上もあり,また国民医療費の倍以上の金額で銀行を救済している.
 高齢化社会といわれているが,この30年間で年金/国民総所得が8倍に増えたのに,国民医療費/国民総所得は2倍に増えたに過ぎない.そして国民年金(40兆円)は国民医療費(30兆円)より多額であることを誰も知らないでいる.
 人の生命を守る研修医の給料が犬猫病院のお姉さんの給料より安く,医師の生涯収入は一般サラリーマンよりやや多い程度である.これらのことを政府は国民に説明しているのであろうか.
 医療費の負担が必要なら仕方がない.しかし医療費困窮の実態と原因を国民に説明し,医療費値上げに同意してもらうことが必要である.
 高齢化社会,医療の高度化などの自然増のため,医療の質を維持するだけでも医療費の増額が必要である.国民は医療の質を期待しているのに,医療の質と医療費,医療の質と人件費が相関することを知らないでいる.知らないので,ない物ねだりの不満に国中が満ち溢れている.
 政府は堂々と医療の現状を説明すべきである.国民は馬鹿ではない,きちんと説明すれば,納得して同意するはずである.優秀である政治家,官僚の説明に期待したい.