主婦的金銭感覚

主婦的金銭感覚
 家庭を預かる主婦は,家計に優先順位をつけやりくりをする.余裕があれば財布の紐を緩めるが,余裕がなければ生活のレベルを落としわが家の難局を乗り切ろうとする.カネがないのにあれもこれもと買えるものではない.もし支出を間違えれば家族全員が路頭に迷うことになるので,主婦の金銭感覚は真剣かつ慎重となる.これは主婦が家族全員の状態を把握し,どの部分にカネを使えば良いのかを十分に分かっているからできることである.
 世の中には多くの専門家がいるが,彼らのなかにはこの当たり前の金銭感覚を持たない者が意外に多い.彼らは細部の知識に詳しくても全体を見ようとしない.自分のことしか考えず,自分の専門分野の拡大ばかりを画策する.
 農政を得意とする政治家は農政に財源をよこせという.金融を得意とする者は金融機関への資金導入を主張する.外務省は海外援助が少ないといい,国土交通省はまだ道路が足りないという.皆が皆,わが身のために理屈を述べ,あれもこれも必要といっては財団を作り勢力の拡大をはかろうとする.このような自己中心専門家に振り回され,何が正しく,何が必要かが分からずに予算はゼロシーリングとなった.
 今の世の中,端から端まで自己中心主義で満ちている.見識を求められる専門家も同様に,いやむしろ彼らこそが国民の自己中心主義をリードしてきたといえる.利権を守ろうとする政治家,省益を守ろうとする官僚,業界を守ろうとする各団体,彼らのずるさが自己中心社会を作り上げてきた.彼らは自分たちが満たされていれば全体がどうなろうと関心がない.専門家という言葉に守られ,自分たちのわがままを実現させることが自分たちの実力と威張っている.
 また専門家の中にはまた別の種類の専門家がいる.それは知ったふりをして勝手なことを言うエセ専門家である.彼らはシロウトでありながら聞きかじった知識で専門家のような顔をする.そして浅い知識がばれないように偉そうな顔をする.エセ専門家は傲慢ゆえに多くの意見に耳を傾けることはなく,被害が自分に及ばないことを知っているので無責任なことばかりを言う.エセ専門家はなめらかな弁舌により人々を惑わすことになる.
 世の中が複雑になり,人々は専門家の考えを知りたいと願う.また専門家が適切な意見を言うと信じている.しかし無責任で傲慢な専門家ほど世間では幅を利かせ,勝手な妄想で国民を惑わすことが多い.そして彼らの肩書が偉ければ偉いほど,人々は彼らの意見が正しいと思うので被害が大きくなる.
 この日本を家庭に例えれば,屁理屈ばかりを言う放蕩息子によって国全体のバランスが崩れ,収集のつかない状態にあるといえる.そして全体を統制する主婦的感覚の欠如により,日本はご存じのように借金大国,混迷大国となった.
 いっぽう医学の分野ではどうであろうか.医学の進歩は医学の細分化をもたらし,人間を作るパーツの専門医ばかりとなった.そして患者全体を診る能力の低下が問題になっている.彼ら専門医の多くは謙虚でかつ責任感が強いが,患者や医学に考えが及んでも,日本の医療,医療費全体には考えが及ばない.
 そして最近,彼ら専門家のなかで医学の進歩を自慢するような宣伝を言う者が目立つようになってきた.宣伝が多ければ,その恩恵にあずかろうとするのが一般人の心理である.そしてその心理から必要もないのに病院を受診する健康人が増えている.
 学会が作った高血圧,高脂血症,糖尿病などの診断基準,この錦の御旗によって健康人が病院につながれようとしている.そして健全な肉体に宿るべき国民の精神までもが不安神経症に冒され,必要を要する患者の対応が手薄になってしまう.
 はたして現在,医学の進歩がどれだけ国民の健康に貢献しているだろうか.日本男子の平均寿命は,1992,1995,1998年に前年より低下している.これは日本人の平均寿命が頭打ちになったせいであろう.つまり科学的なEBMに従えば,この数年来の医学の進歩は長生きについては期待ほどの貢献をしていないことになる.医学の進歩は特定の疾患,特定の患者に限定した貢献と評価せざるを得ない.非侵襲手術,白内障手術などが生活の質を向上させてはいるが,医学の進歩をあえて美化するほどではない.
 健康に留意するのは良いことである.そして主婦的感覚からすれば必要な医療費は何よりも優先すべきである.しかし医療費という財政面,副作用という医原病,患者の時間的損失,などを考慮すれば,たとえ医学的に正しいことでも患者全体,国民全体の不利益をも考慮すべきである.
 あれも良い,これも良いの医療では医療財源は簡単に枯渇してしまう.医師にも主婦的感覚,優先すべき医療を考える必要がある.最近,くしゃみ三回でかぜ薬を買わせるような専門家の宣伝が多いように思えてならない.
 国民医療費を1割節約すれば,日本国民全員が豪華一泊温泉旅行に行ってお釣りがくる計算になる.1割の節約と温泉旅行,どちらが良いかは価値観の違いによるが,いずれにしろ国民の医療費は大切に使うべきである.