イラク戦争考

イラク戦争考
 イラク戦争が終結した。イラク戦争の是非は各個人の判断、歴史的判断にゆだねるとして、イラク戦争で亡くなられた戦死者、米兵128人、英兵31人、イラク兵数千人、イラク市民約2000人、報道関係者13人、彼らひとり1人のご冥福を心から祈りたい。さらに彼らの死が無駄にならないことを祈りたい。
  ところでイラク戦争で学んだことがある。それは軍事力を背景にしたアメリカの世界戦略ではなく、むしろアメリカの医療、福祉に対する考え方である。イラク 戦争でのアメリカの軍事力を見せつけられれば、誰でもアメリカを軍事大国と思うことであろう。確かにアメリカの国家予算に占める軍事予算は約18%、日本の防衛予算が6%であるからアメリカは軍事大国といえる。しかしアメリカの国家予算を調べてみると、日本の福祉、医療関連予算は国家予算の20%にすぎないのに、アメリカの福祉、医療関連予算は52%に達しているのである。つまりアメリカは軍事大国のイメージを持つが、軍事大国というよりもむしろ福祉大国なのである。アメリカでは保険に入れない貧困者が4500万人いるが、その人たちの医療費をアメリカは国家予算の8%で補っている。また老人医療費には国家予算の11%を使っている。日本の公共事業費をアメリカと同額にすれば、国民医療費30兆円のすべてがタダになり、さらにおつりがくるのに何故このような簡単な事実を誰も知らないのだろうか。
 家計を見れば家庭の様子が分かるように、国家予算を見ればその国の政策が見えてくる。日本の政治家が福祉、福祉と叫んでも、福祉予算が空から降ってくるわけではない。国家予算には政治家の本音が書き込まれている。
 日本医師会は日本の医療は世界1位と自慢し、そしてアメリカは世界37位であると卑下している。日本人の平均寿命の高さ、乳児死亡率の低さ、フリーアクセスの良さ、日本の医療は確かに世界1位である。しかし日本医師会は常に肝心な説明を忘れている。それは日本の医療が世界1位なのは国民、患者にとって世界1位なのであって、医療従事者にとってはむしろ世界最悪の労働条件を押しつけているということである。
 もしアメリカの医療をそのまま日本に導入すれば、患者数が7割減り、給料が2倍になるのだから1番 喜ぶのは日本の医師のはずである。日本医師会がアメリカの自由主義医療に反対しているのは日本国民のためなのに、そのことを日本国民は誰も信じていない。 さらに日本の医療は医療従事者の犠牲の上に成り立っていることを知らないでいる。数値を並べて日米医療事情を比較すれば簡単にわかることなのに、科学者を 自負する医師集団は文学的表現ばかりの宣伝で国民に誤解だけを与えている。科学的数値で真実を伝えないのは何故なのだろうか。
 日本医師会が国民、患者の立場から国民の医療を守ろうとしているのに、日本医師会の発言は医療機関の利権のための発言と誤解され、国民からの感謝は少なく不満ばかりが多い。これでは何のための説明か分からない、まったくの逆効果の宣伝である。
 昭和36年に国民皆保険制度が発足して以来、日本の国民医療費を誰がどれだけ負担するかが長々と議論されてきた。そして日本政府は国民医療費の約10兆円の負担を嫌がり、国民負担増と医療機関の減収によって医療費削減の政策を行っている。アメリカの予算を見れば、国民医療費、社会保障への支出が軍事費の2倍以上なのに、日本医師会は禁煙の宣伝ばかりで、なぜ国家負担10兆円が少なすぎると言わないのだろうか。
 イラク戦争を振り返り、戦争の悲劇を言うならば、忘れていけないことがある。それはあの太平洋戦争で犠牲になった日本人が300万人いたという事実である。あの戦争を大東亜戦争と呼ぼうが、侵略戦争と呼ぼうが、15年戦争と呼ぼうが、それは残された者の勝手である。むしろあの戦争の犠牲者たちが望んだ日本の社会、日本の国の姿とはどのようなものであったかを各自が原点に返り考えるべきである。
 何らかの事件が起きるたびに心のトラウマを話題にする。しかし300万人の同朋を失った現在の老人のトラウマを無視したまま、老人医療費の負担ばかりを議論するのは間違いである。戦争犠牲者の気持ち、老人のトラウマを真摯に受け止めることが、この自分勝手な日本社会を改善させる第1歩になるのではないだろうか。
 イラク戦争の陰に隠れ、かつての日本に300万人の戦争犠牲者がいたという事実、さらには高度成長をもたらした老人の功績、これらを忘れていることが残念である。