4人にひとり

4人にひとり
 同病相憐れむの言葉のごとく,患者どうしの会話のなかで最も頻度の高い話題はもちろん病気についてである.患者は使い慣れない専門用語を並べながら互いに病状を説明しようとするが,病気の本質がどこにあるか分からないため会話の内容はチグハグとしてかみ合わないことが多い.この現象は医学の奧の深さを示しているが,しかし医師と言えども専門外の分野になれば知識は患者と五十歩百歩の差であるから,患者の無知を無下にさげすむことはできない.
 患者が交わす会話のなかで病気の次に多いのが,「医師を非難する悪口」である.大多数の医師は自覚のないウヌボレ屋だから,まさか自分の悪口とは想像していないだろうが,病院の待合室に腰を下ろし患者の話に耳をそば立てると,雄弁に語られる医師への悪口が耳に入ってくる.患者の会話を遮り,「それはあなた方の誤解ですよ」と弁解したい気持ちになるが,じっくり話を聞けば,医師への悪口もあながち嘘ともいえず,思わず相づちを入れうなずく自分に困惑する.医師の立場からいえば,それは「医師への悪口」であるが,患者の立場でいえば「真実を含んだ本音」そのものなのである.
 患者への医師の思い入れにもかかわらず,なぜ患者はこれほどまでに医師への不満や悪口を言うのだろうか.
 医療に対する患者の不満について,これまで多くの意見を述べてきた.医学の進歩が生んだ冷たい医療,一般人には理解しがたい病気の不確実性,薄利多売医療による患者との会話不足,悪意あるマスコミの煽動,などなどである.しかし患者の悪口に本音で意見を加えるならば,「医師としての個人的資質」の問題を挙げないわけにはいかない.誤解に基づく悪口も多いが,患者に不満をもたらす医師,悪口に相当する医師が現実に存在していることを否定することはできないのである.
 冷静に周囲を眺めれば,医師としての資質に欠いた者が意外に多く混在していることに気づくであろう.「病気になったら,あいつにだけは主治医になってほしくない」と思う医師が意外に多いのに驚くであろう.
 もちろんこれは医師の世界だけでない.汚職に走る政治家,破廉恥な教師,威張る警察官などようにどのような集団においても困った人たちは必ず含まれる.そして日本の医師二十数万人のなかには様々な「困った医師」が含まれていても不思議ではない.しかし医師の前で裸体をさらす患者にとって,処方された薬を忠実に内服する患者にとって,さらには手術台に横たわる患者にとって,目の前の「困った医師」は大きな迷惑といえる.
 ある医師へのアンケート調査によると,「4人にひとりの医師が患者を診るうえで不適切」と医師どおしが評価しているらしい.4人にひとりが不適切ならば,患者が医師の悪口をいうのも当然すぎることになる.
 周囲には様々な「困った医師」がいる.患者よりも医学知識の少ない医師,逆に医学知識に溺れている医師.感情面で言えば,すぐにパニックに陥る医師,フリーズする医師,怒りん坊のプッツン医師などがいる.さらに弱者に対し温かい気持ちを持てない者,医師としてのセンスがない者,外科医として不器用な者,患者への説明が下手な者,人間嫌いの医師,そして何を考えているのか分からない不気味な医師.・・・・彼らが含まれている以上,患者の医療不信も当然といえば当然である.
 研修医を指導していると,人間としての当然の気持ちを欠く者,社会人としての当たり前の常識を持たない者,大人としての良識,さらには医師としての自覚すら欠いている者が混在している.そして「困った医師」ほどその病識に欠け,自分の欠点にすら気づいていない.
 このように「困った医師」を放置している医学会全体の責任を痛感するが,不適切な医師を排除するシステムがない以上どうにも仕方がない.昨今の医療不信に対し,「あなたの主治医を信じなさい」と言いたいが,その前に信じられない医師をどのようにするかが問題である.
 これまでの医学教育は学力や知識ばかりを重んじてきた。医学教育は人間としての基本的なことはすでに備わっているとの前提のもとで行われてきた.しかし医師として未熟なだけでなく,人間として未熟な者があまりに多くいる.なさけないことであるが,医師としての常識を教える前に,人間としての常識,倫理性をまず教える必要がある.
 医学部の入試では学力の選別はできても,医師としての適性までは分からない.医師の適性を選別できない以上,入学した者に対し正しい人格形成のための教育を行い,医師としての自覚を徹底的に身につけさせるしかない.二十歳を過ぎた者に教育や説教がどれだけ効果があるか分からないが,しかし教育以外に良い方法があるだろうか.
 サッカーのごとく医師へのイエローカード制の導入,坊主がお経を唱えるように毎朝ヒポクラテスの誓いを暗唱させる方法,・・・情けないが名案は浮かばない.
 無策ではあるが,まず対策を練る前に,自分が4人にひとりの医師に相当しないかどうかを自問し,「困った医師」と周囲から思われていないことを確認することが必要である.
 医師を見る目が年々厳しくなってきている。「あなたと同じ人間である医師の人間性にあまり期待するな」などとはとても言えない状況にある.