統計騒乱節

統計騒乱節

 もし癌が克服されたならば、日本人の寿命はどれだけ延びるであろうか。癌で死なずに済んでも、他の疾患で死ぬことになるので平均寿命は意外に延びず、男性は4歳、女性は3歳の延長だけである。いっぽう日本の男女の平均寿命の差は7歳であるから、寿命の性差がいかに大きいかが分かる。寿命の性差は癌の壁より2倍も厚く、男性の癌がすべて克服されても女性の寿命にはとてもおよばない。この数値を知れば、性同一性障害の患者でなくても、世の男性は去勢願望をきたすことであろう。

 この歴然とした数値の差を誰も言わないのは何故だろうか。それは世の中の真実を示す重要な数値であっても、商売としての利用価値がないからである。いっぽうコレステロール値が220 mg/dl を越すと心筋梗塞になるとする統計は、脂肪学者や製薬会社の商売になるので必要以上に宣伝される。彼らはエビデンス・ベースト・メヂスン(EBM)を大袈裟に振り回すが、臨床上の有為差は宣伝以下と予想する。

 昭和30年以降、心筋梗塞死は増加しているが、これは高齢者の増加が原因であってコレステロールの関与は少ない。年齢を補正した死亡統計では心筋梗塞死は横ばい、日本人のコレステロールは欧米並に増加したが、心筋梗塞死は欧米人の1/4のままである。コレステロールを悪玉にしたい気持ちは理解できるが、220 mg/dl でクスリをのませるような宣伝は誇大広告であろう。現在の死亡統計第2位は心疾患であるが、これは心筋梗塞ではなく老化による心不全が大部分である。彼らの宣伝のままであれば高齢者のほとんどが高脂血症のクスリをのむことになる。

  環境の悪化を癌の増加原因とする宣伝も心筋梗塞と同様に間違いである。年齢補正の死亡統計では癌もまた横ばい、女性では減少傾向を示している。これらは年 代別による母集団の年齢分布の違いを利用した統計の詐術といえる。老人の割合が増えれば、全体では老化による疾患が増えるからである。

  医学は確率の科学であるから統計を知ることは重要である。しかし本当に必要なことは統計の作為性を知ることである。統計はある仮説を科学的に証明する手段 であるが、実際には無益なものを有益と錯覚させるために用いられている。学会抄録を読めば、有意、有効、有用のオンパレードであるが、臨床上の有益性は取 るに足らない。EBMが最近の流行語であるが、かつて治験で有効だった脳代謝改善薬が、追試で無効となるのが統計である。統計は水戸黄門の印篭のごとく、都合の良い方向へ歩み出す性格がある。

 統計は木を見せて森を見せず、森を見せて木を見せずの詐術が多い。最も多いのは価値の少ないものを重要と錯覚させることである。その方法は、全体の比較を示さず修飾語を多用した文学的表現で騒ぐことである。

 昭和62年、日本初の女性エイズ患者が認定された時、東京都のエイズテレフォンサービスへの問い合わせが1日2万件であった。あの日から10数年後の今日、日本のエイズ患者は1917人、累積死亡数1130名、献血による陽性者は27/306万2562でしかない。幸いなことではあるが、高校生にコンドームを配ったあの馬鹿騒ぎは何だったのか。発表の度に悲壮な顔で危機を煽った学者は何だったのか。薬害エイズの実体を隠していた厚生省は何だったのか。

 今年、緊急事態宣言を出した日本の結核患者は4万人、結核死亡者数は年間2千人である。結核患者急増との発表に驚き調べてみれば、前年より243人新規患者が増えただけ、増加率はたったの0。5%である。この数値に厚生省は仰々しく緊急事態宣言であるが、どこに緊急事態の根拠があるのか疑問である。緊急事態宣言は決して結核菌の逆襲ではない、日陰に置かれた結核学者の逆襲である。約10年前、年間100万人のツ反陽性小中学生の胸部X線を撮影し、年間5名の結核患者を見つけたと喜んでいた結核学者の逆襲である。非常事態宣言などは北朝鮮が攻めてきたかのような盛り上がりであった。

 これらの数値に比べれば交通事故死は年間1万人、日本人100人に1人の死亡原因である。また自殺は年間3万2千人、日本人40人に1人の死因である。事故死や自殺がこれほど多いのに、大本営の発表にマスコミも踊らされ、世の中は結核だらけとなった。

 科学者を自負する医師でさえ統計に惑わされるのだから、一般人は簡単に騙される。テレビでゴマが良いと言えば3食ゴマづくし、水道水が危ないと言えばガソリンより高い値段のミネラルウォーターを買い、太陽がカルシウム代謝に良いと言えば日光浴、皮膚癌が増えていると言えば外出禁止令となる。ごく例外的なものを脅しの材料に、国民に不安という病気をばらまいている。

 当たりもしない宝くじで1等の当たる確率は、東京と名古屋間に千円札を並べ、目をつぶってその中の一枚を取り出す確率と同じである。宝くじは夢を売る商売だからまだ許される。しかし不安神経症を増やすだけの緊急事態宣言などは騒乱罪に値する。

 厚相が音頭をとって、マスコミが提灯持てば、夏の夜空にソーラン、ソーランである。