天国の中の不幸

天国の中の不幸

 天国にいる者は、天国以外の場所を知らないので天国の良さが分からない。地獄にいる者は、地獄以外の場所を知らないので地獄の苦しみが分からない。天国にいる者も、地獄にいる者も、ほかを知らなければ自分の幸・不幸を測ることはできない。

  全員が貧しかった時代には貧しさを不幸とは思わなかった。交通の便が悪くても、当たり前と思えば苦にはならなかった。冬はこたつに入り、夏は風鈴で涼をと り、春夏秋冬の風を受けながら青年は遠い世界を夢見ていた。冒険小説に胸を躍らせ、恋愛小説に心を熱くさせ、まだ見ぬロマンに胸を膨らましていた。物質的 に貧しくても心は豊かだった。生きるための目的が明確で、しかも未来への希望に溢れていた。

 生活の快適性だけを比べれば、今の生活は以前よりはるかに快適である。凍えるような寒さ、貧しい食事、衛生環境の悪さ、あのような生活レベルに戻すことはできない。

  まさに今の生活は天国そのものである。休日は倍になり、大半が携帯電話を持ち、ウォークマンで音楽に浸り、海外旅行も日常生活の一部になった。冬は暖房、 夏は冷房、食卓にはかつての正月よりも豪華な料理が並び、毎日が宮廷生活のごとくである。しかし、だからと言って今の人たちが幸せとは限らない。幸福度を 比較すれば、昔の人たちの方が今よりも幸福だったと思えるのである。

  いつの頃からであろうか、重苦しい雰囲気が世間を覆うようになった。年末恒例のアンケート調査では「来年は今年より悪くなる」という予想が毎年のように繰 り返され、そして「昔は良かった」とかつてを懐かしむ声をよく耳にする。これは単なる年長者のノスタルジーではなく、以前の人たちのほうが今よりも幸福度 が高かったからであろう。現在、このように贅沢な生活の中で、幸福をあまり実感できないのは、幸福感は他との比較による相対的感覚だからである。では、何 が私たちの幸福度を低下させたのだろうか。

  歴史を振り返ると、以前は生きることの意味が単純であった。江戸時代は士農工商の身分制度の枠の中で生きていればよかった。明治時代からはお国の為、立身 出世が生きる目的になった。そして終戦からバブルまでは何も考えず、ただがむしゃらに働くだけでよかった。命じられるままに、あるいは模範となる手本通り に生きていればよかった。その意味では生きることが楽な時代だったといえる。思い悩む必要がなかったからである。

  しかし現在に至り、命じられてきた生き方が、選択の自由とともに方向性を失い、あれやこれやと迷いが生じるようになった。選択肢が複数になり、余計な悩み や不安が増加したのである。「お好きなように」と言われても選択の自由ほど面倒くさいものはない。これは自由を得たことによる不幸である。

 さらに時代とともに価値観が変化し、私たちは「心の支えを次々に失う」という思いがけない不幸を経験することになった。

  日本という国家意識は軍国主義のイメージとともに遠くに追いやられ、欧米に追いつけ追い越せの目標はバブルとともに消失してしまった。立身出世の夢は政官 財トップの不祥事とともにかすみ、宗教はオウムとともに崇高性を失い、さらにイデオロギーはソ連の崩壊とともに希薄となった。信じてきた価値観がひっくり 返り、精神を支えてきた大きな支柱を次々に失ったのである。科学技術の進歩がユートピアを作るという理想も、生活レベルの向上が幸福につながるという考え も空虚となった。それまで信じてきたものが幻想となり、この幻想から醒めてしまった不幸である。

 表面をチャラチャラ飾るブランド品が心のプライドを追いやり、家族団欒の時間は主婦のパートにより崩壊し、贅沢のために大切なものを失った。人々を支えてきた概念は次々に変化し、愛という言葉さえも商品化されその意味を変色させている。

  個人主義が過度にもてはやされ、その結果として全体主義が自分主義となり、利他主義から利己主義へと心の構造が変化した。そして好き勝手な生活が可能に なったが、そのために見苦しい生き方、怠惰な生活が目立つようになった。これは民主主義が個人レベルまで浸透したことによる不幸といえる。

 民主主義がしだいに完成に向かい、民衆は主権を得ると同時に、1人ひとりが王様同様の気分を味わえるようになった。そして欲望ばかりが強くなり、他との比較ばかりを気にするようになった。終わりのない欲望による不幸である。

 現在の社会は天国と呼べるほど快適な環境の中にある。しかし快適にはなったが、このような新たな不幸が私たちを待ち構えていた。

 多くの人たちは他人との僅かばかりの差異に悩み、我が儘同然の不満を持ち、そして先の見えない変化に漠然とした不安を抱いている。

 これを「天国の中の不幸な時代」と呼べばよいのだろうか。