国民病としての健康不安

国民病としての健康不安

  医師が扱う疾患は悪性腫瘍、感染症、脳卒中などの重篤なものから、風邪、便秘、水虫などの軽微なものまでさまざまである。患者を悩ますこれらの疾患に対 し、医師は患者を癒し患者の苦しみを取り除くことを使命としてきた。しかしこの医師の思い入れとは反対に、愛にあふれた医師の使命感が新たな疾患を作ろう としている。それはかつて医学書に記載されたことのない「健康不安病」という新たな疾患である。

  日本人の過半数がこの疾患に罹患しており、健康不安病は治療を要する通常の患者よりもはるかに多い状態にある。その病因には部分的ではあるが医師の関与が あるので、疾病分類では医原病となる。しかも医師の関与だけでなく厚生行政を含めた社会全体がその原因になるので社会的医原病と呼ぶにふさわしい。

  医原病とは医療行為が患者に不利益をたらすことであるが、健康不安病は社会全体の善意が原因になるので、その不利益がわかりにくいことが特徴である。健康 を煽り立て、それを糧とする健康食品、健康器具、スポーツクラブなどの健康産業もこの疾患の大きな要因になっている。健康不安病は社会全体が生みだした疾 患といえる。

 経済が安定し、国民皆保険となり、日本ではだれもが適切な医療を受けられるようになった。衛生環境が整い、伝染病の脅威が薄れ、生活習慣病が国民的疾患となった。そして病気は予防するもの、健康は作るものとの考えが一般的となった。

 この段階においては、健康への考え方は健全であった。しかし健康が人々の願いの第1位となり、テレビ、新聞、雑誌などのメディアがこの健康欲望に便乗するようになり問題が生じてきた。過剰な健康情報が、過熱した健康神話が、健康不安を逆に引き起こす結果となったのである。

 健康に必要なことは、禁煙、禁欲、摂生など数行の標語で十分である。これ以上は必要ではない。しかし数行の標語ではメディアは商売にならないので、親切そうな素振りで情報を過度に修飾し混乱を引き起こしている。

  過剰な健康情報が健康をもたらすことはない。それは間違った情報、無意味な情報、健康願望に便乗した商売が数多く混在しているからである。医師がマスコミ で病気について解説しても、行政が健康事業に取り組んでも、その期待とは裏腹に健康不安を増加させるばかりである。健康を与えるべき情報が、皮肉にも健康 不安の原因となっている。

 人々の健康不安はつきることはない。そして健康を求める群衆心理が、これまでの定期的な健康ブームを作ってきた。「紅茶キノコ」から「抗菌グッズ」に至るまで、健康ブームは繰り返され、絶えることはない。

 現代人は自分が健康かどうか分からない不安を常に抱いている。そしてその解決法として人間ドックを利用しようとする。しかし人間ドックが彼らの健康不安を解決させることは少ない。健康を確かめるための人間ドックでは、異常なしと言われるのは全体の2割弱、残りの8割強の人たちは何らかの異常を指摘される。また正常と言われた人たちも、調べた範囲の中での正常であるから何ら健康を保証するものではない。

 早期発見、早期治療との宣伝により検診・人間ドック産業は成り立っているが、その有効性は明確にはされていない。明確なのは健康不安によって年間7000億円もの金額が検診・人間ドック産業を潤していることである。

  日本の医療の特徴は医療機関と国民との垣根が低く設定されていることである。この医療システムは、素晴らしいシステムゆえに注意を必要とする。健康不安に よりちょっとした身体の不都合でも国民は医療機関を受診するからである。そしてこのような人たちに対し、医師は優しさゆえに検査を行いクスリを処方しかね ないのである。

 日本における人口当たりの外来患者数と入院患者数は、両者ともに欧米の約2倍の数である。この2倍の患者数を長寿国日本の要因と自慢すべきか、病人大国と悲しむべきか。その評価は個人に任せるとして、患者によって成り立つ医療機関が病人を作っているとの批判が聞こえてくる。

 医療情報が健康への意識を高め、病気の予防に本当に役立っているならば素晴らしいことである。しかし医療産業の善意が治療の必要のない病人を増やしている可能性を否定することはできない。

 学問が社会に通用しないように、医学上の真理と人間社会における真理は別次元のことである。コレステロールの基準値を220mg/dlとすることも、糖尿病の血糖値を126mg/dlとすることも、血圧を140mmHg以 下とすることも医学的には正しいことである。しかしこの基準値を人間社会に当てはめた場合、正しい結果をもたらすとは限らない。人間社会においては「善が 時として悪をなす」ことがある。学会が作る基準値を不安材料に、それに便乗し、それを悪用する者がいるからである。学会のお墨付きは健康不安という社会的 医原病を増やす恐れが大きいのである。

 善意の仮面を被りながら、この社会的医原病は国民全体の生活の質を落とし、医療財源の悪化をまねきかねない。健康不安は現代の国民病といえる。