スーザン・ボイル

スーザン・ボイル

スーザンを見た方は、「え?この人がオペラ歌手?」と思うであろう。
 それはイギリスのスター誕生のようなテレビ番組だった。審査員席には、音楽評論家の壮年の男性。甘いマスクのすこし軽そうなお兄さん、そして女優のように美しい金髪の女性が座っていた。ステージに立つスーザンは茶色の癖っ毛で大きな身体を無理やり押しこんだドレスはクリーム色で、まったく似合っていなかった。審査員の質問にも、スーザンはたどたどしく答えるばかりで、「誰がこんなおばさん連れてきたんだ?」そんな声が甘いマスクのお兄さんの顔に浮かんだそのときだった。スーザンが歌いだすと、その声は透明でのびやかで、身体にしみわたる美声であった。いつまでも聴いていたくなるような声であった。そのときの審査員たちの表情の変化は、一見に価する。嘲るような表情が驚愕へと変わり、信じられないように何度も首をふり、彼女の歌音に聞き惚れ、その表情は称賛へと変わり、最後には陶然として目をとじる。
 オペラ歌手は顔で歌うわけではない。美しい声と、ゆたかな声量に感情表現こそ求められるが、凡人はついつい外見的美しさ、にじみ出るオーラやカリスマ性を求めてしう。スーザン・ボイルの外見は、マリア・カラスのような存在感も、サラ・ブライトマンやフィリッパ・ジョルダーノのような華やかさやセンスはない。ただのおばさんであるが、それでも彼女は確実に、音楽の神々からの恩寵を与えられている。そして外見と歌声とのギャップがそれを強調し、忘れえぬ歌手にしている。