iPS細胞

iPS細胞 平成18年(2006年)
 再生医療が注目を集めているが、再生医療とは病気やけがで損傷を受けた臓器を細胞レベルで再生させることで、これまでの臓器移植に代わり得るものと期待されている。この再生医療を理解するには、幹細胞、ES細胞、iPS細胞の意味を理解しなければいけない。
 ヒトの身体は約60兆個の細胞からできているが、もとをたどれば1個の受精卵が細胞分裂を繰り返し、それぞれの組織や臓器をつくりあげたのである。このように受精卵はあらゆる細胞に分化できる全能性を持つが、一度分化した細胞はほかの細胞に変わることはできず、皮膚の細胞は皮膚細胞、肝臓の細胞は肝細胞のままである。例外として幹細胞があるが、幹細胞は限られた細胞に分化する能力のみで、造血系幹細胞は造血系細胞のみ、神経系幹細胞は神経系細胞のみの分化であって、受精卵が持つ全能性はない。
 一方、昭和56年に英国のエヴァンス、カウフマンらがマウスの胚からES細胞(Embryonic Stem cell)を作ることに成功。平成10年11月、米国・ウィスコンシン大のトムソン教授らは人間のES細胞を取り出すことに成功。平成15年には京都大再生医科学研究所でもヒトのES細胞株を作ることに成功した。
 このES細胞は胚性幹細胞とも呼ばれ、受精卵と同様に、あらゆる細胞に分化できる全能性を持っている。ES細胞を母体に戻せば胎児に成長することから、倫理的な問題から臨床研究は遅れ、また韓国の黄教授によるES細胞捏造事件があって研究は一時期停滞した。このようにES細胞には常に倫理的問題がつきまとうが、平成16年7月23日の総合科学技術会議本会議で、「ヒトクローン胚研究」を条件付きで解禁することが決定され、パーキンソン病治療のためドーパミン産生細胞の移植、脊髄損傷で壊死した神経繊維の修復、心筋梗塞で壊死した心筋細胞の修復などの実験が試みられるようになった。
 iPS細胞(人工多能性幹細胞:Induced pluripotent stem cells)とは、ES細胞と同じように多くの細胞に分化できる全能性と、自己複製能を持つ体細胞由来の細胞のことである。iPS細胞が体細胞由来であることがES細胞との大きな違いである。
 平成18年8月、京都大の山中伸弥教授らのグループがマウスの皮膚細胞からiPS細胞を作ることに成功、米国科学誌「セル」の電子版に発表した。分化した皮膚の細胞がさまざまな組織に変化しうる全能性を持つことを世界で初めて示したのである。体細胞から全能性を持つiPS細胞が作れたことに世界は驚き、臓器移植の代わりとしての再生医療に大きな期待を持つようになった。
 山中教授らはES細胞に特異的なFbx15という遺伝子に着目、体細胞でこのFbx15遺伝子を発現させれば、ES細胞と同じように全能性を引き出せると考えた。Fbx15を発現させる遺伝子として24種類の遺伝子を想定したが、どの遺伝子も単独では全能性は誘導できず、最終的に4遺伝子の同時導入で誘導できたのである。皮膚のiPS細胞をマウスの体内に埋め込み、神経、消化管組織、軟骨、心筋、神経などの細胞に分化することが確かめられ、ヒトの皮膚細胞からもiPS細胞を作成することに成功した。
 iPS細胞は理論上、身体を構成するすべての組織や臓器に分化することができる。そのためiPS細胞から拒絶反応のない移植組織や臓器を作ることが期待され、患者のiPS細胞を用いての病気発症の研究、治療法の開発や薬剤効果などに利用できる可能性があり、これまでとは全く違う新しい医学の分野が広がった。このようにiPS細胞を用いた再生医療に世界中の注目が集まっている。