都立豊島病院の麻酔器具事故

都立豊島病院の麻酔器具事故 平成13年(2001年) 

 平成13年3月24日、東京都立豊島病院の関口令安院長は人工呼吸に用いる医療機器の接続の不具合により2人の乳児が死亡していたことを明らかにした。死亡事故を引き起こしたのは、気管切開チューブ(マリンクロットジャパン、現在はタイコヘルスケアジャパンが輸入販売)と小児用麻酔吸入器(ジャクソンリース小児用麻酔回路。製造販売はアコマ医科工業)の組み合わせであった。

 平成12年8月、生後10カ月の男児にこの両器具を用いて酸素を与えたところ肺が損傷し、同年11月に死亡したのが最初の事故であった。当初は原因不明のまま、死亡当日まで男児に両器具を使い続けていた。2度目の事故は、平成12年12月に生まれた低出生体重児で、気管狭窄による呼吸微弱のため、埼玉県の病院から豊島病院に転院になり、12月13日に気管切開術を行い、人工呼吸のため両医療機器をつないだところ呼吸状態が悪化して死亡した。

 この2度目の事故で豊島病院が2つの医療機器の接続不具合を疑い、調べてみると2つの医療機器の組み合わせでは息を吐き出せないことが分かった。両医療機器は個々には何の問題もなかったが、2つの器具の組み合わせでは、接続部が密着して吸気はできても呼気ができなくなるのだった。

 アコマ医科工業は「人工呼吸器として使用されていることを知っていたが、あくまでも麻酔用で、人工呼吸への転用は想定外だった」と弁解し、本来とは違う目的で使用したことによると暗に強調した。しかし関口院長は「問題の器具は子供の外科手術に使用する麻酔吸入器だが、人工呼吸用にも広く使用されていて、構造上の欠陥が事故の原因となった」と述べ、両医療機器会社は自主回収を行った。 

 豊島病院で2人の未熟児が死亡した事故は、「アコマ医科工業製の麻酔器具とマリンクロットジャパン製のチューブ」を同時に使った際に起きたもので、東京都衛生局は豊島病院の2例以外にこの組み合わせの使用はなかったとする調査結果を公表した。

 しかし豊島病院の事故以前にも、平成11年7月に神戸大医学部付属病院で、豊島病院と同じ医療機器の組み合わせで乳児が死亡していた。死亡したのは先天性気管支異常のために気管切開術を受けた生後6カ月の女児であった。また平成9年、愛媛大医学部付属病院で乳児2人が一時呼吸困難になる事故が起きていた。

 警視庁は医療機器の組み合わせで事故が起きる可能性を知りながら、適切な対応を取らなかったとして、業務上過失致死容疑でタイコヘルスケアジャパンを捜索。また新たな事実として、平成9年の日本臨床麻酔学会で、愛媛大医学部付属病院が「小児用麻酔回路と他社製のチューブの組み合わせで、換気不能になること」を発表し、アコマ医科工業はそのデータを入手していたが厚生省へ報告していなかった。そのためアコマ医科工業は薬事法違反で35日間の業務停止となった。

 この乳児2人の死亡事故で、警視庁捜査1課は両医療機器販売会社幹部4人を危険性の周知を怠ったとして、医師3人と看護師2人を使用時の安全確認を怠ったとして業務上過失致死容疑で書類送検した。医療機器会社が刑事責任を問われたのは、日本では初めてのケースであったが、平成17年3月25日、東京地検は書類送検されていた9人について嫌疑不十分で全員を不起訴処分にした。

 一方、豊島病院で死亡した生後3カ月の男児の両親が、東京都と医療機器会社2社に約8300万円の賠償を求めた訴訟では、東京地裁は医療機器の欠陥に製造物責任法を初適用し5062万円の支払いを命じた。山名学裁判長は「両器具の組み合わせの使用は危険との警告が不十分だった」と業者の責任を指摘、病院側にも「安全確認を怠った過失がある」と述べた。第2審の東京高裁(原田和徳裁判長)では、東京都と医療機器会社側が両親に5300万円を払うことで和解した。

 医療機器の少なかった時代は、器具の組み合わせによる危険性はほとんどなかった。しかし事件当時は、小児用気管切開チューブは11社が販売、ジャクソンリース小児用麻酔回路は16社が販売していた。多種多様な医療機器の組み合わせによって不具合が生じるという盲点が、この事件によって表面化したのだった。厚生労働省が承認している医療機器は約5万点で、このような医療機器の組み合わせによる不具合を、厚生労働省も病院も予期していなかった。