時津風部屋力士傷害致死事件

時津風部屋力士傷害致死事件(平成19年)

 平成19年6月25日、大相撲時津風部屋の序ノ口力士斉藤俊さん(17)が愛知県犬山市の宿舎で稽古中に心肺停止となり、搬送先の犬山中央病院で死亡が確認された。斉藤俊さん(しこ名、時太山)は新潟県出身で、4月に入門して5月の夏場所を踏んだばかりだった。

 時津風親方(57)は「火葬や葬式を愛知県で行いたい」と新潟市に住む斉藤俊さんの父親へ伝えてきたが、愛知県まで親戚を行かせるのは大変と考え、葬式は新潟で行うことを決めた。同日夜の11時頃、斉藤俊さんの遺体は同行者もなく霊柩車で新潟市まで運ばれてきた。犬山中央病院の医師が書いた死亡診断書には急性心不全と書かれていたが、顔にかけられたタオルをとると、目の周囲は腫れあがり、身体はアザだらけだった。父親は「これは病死じゃない、リンチだ」と直感して新潟県警に電話を入れた。新潟県警は他県で死亡病名が書かれていることに戸惑いながら、遺体に残された外傷から新潟大学で解剖を行うことになった。

 犯罪に関与する解剖は司法解剖になるが、愛知県警が事件性なしと判断した事例だったことから行政解剖となった。新潟大学の出羽准教授が解剖することになり、解剖には新潟県警と愛知県警の警察官が立ち会った。斉藤俊さんの肋骨は折れていて、腹、大腿部、尻部には棒で叩いたと思われる痕があった。死因は診断書に書かれた急性心不全ではなく、多発性外傷によるショック死とされた。この外傷は稽古によるものか、暴行によるものかは愛知県警が調べることになった。

 6月28日、時津風親方(元小結双津竜)は記者会見を行い、「斉藤俊さんは、師匠の見守る前でぶつかりげいこを終えると、急に息が荒くなった。無理はさせていないので、何がいけなかったのか、答えようがない」と涙をにじませていた。しかし愛知県警は、時津風親方らが暴行を加えたことが原因として、時津風親方と兄弟子数人を立件する方針を立てた。

 8月に時津風親方が「線香をあげたい」と斉藤俊さんの実家を訪れ、父親が息子の死について問いただすと、稽古の厳しさから部屋を脱走しようとしたので、ビール瓶で殴ったことを認めたが、それが死因とは関係のない話し方であった。

 9月26日、「力士急死で、時津風親方立件へ」と各新聞は報じて、マスコミ報道は過熱した。愛知県警の調べでは、死亡前日の6月25日午前、斉藤さんは時津風部屋の宿舎から脱走するところを兄弟子らに連れ戻され、親方がビール瓶で斉藤さんの頭部を殴り、兄弟子らに「かわいがってやれ」と言い、金属バットなどで殴るけるの暴行を与え、時津風親方はそれを見ていたが止めずにいた。翌26日昼から、通常は3分程度のぶつかり稽古を30分ほど行った。長時間のぶつかりげいこは体力の消耗が激しく、斉藤さんが倒れて、病院に運ばれたが死亡したのだった。

 荒稽古で弟子をかわいがることは相撲界の常識と言えるが、稽古と暴力は明らかに異なる行為で、警察の捜査は別にしても人道的に許されないことであった。平成から20年間で、稽古中の力士の死亡は8例あったが、それまで警察が介入したことはなかった。

 平成19年10月5日、日本相撲協会は時津風親方を解雇することを決定。解雇は相撲協会の賞罰で最も重い処分であった。平成20年2月7日、愛知県警は時津風親方と兄弟子3人を逮捕した。平成20年12月18日、名古屋地裁の芦沢政治裁判長は暴行に関わった伊塚雄一郎(26)、木村正和(25)に懲役3年、執行猶予5年。藤居正憲被告(23)に懲役2年6月、執行猶予5年(同3年)の有罪判決を言い渡した。

 平成21年5月29日、傷害致死罪に問われた15代時津風親方(山本順一)に懲役6年の実刑を言い渡した。相撲部屋では親方の指示は絶対で、弟子が逆らうのは困難であった。時津風親方は暴行を主導し、弟子に犯行を指示したとされ重く罰せられた。

 この事件は愛知県で起きた。もし時津風親方が遺族に「荼毘に付して遺骨をお持ちしたい」としていれば、今回の問題は闇から闇へと葬られていた。「異状死体」を行政解剖で究明する監察医制度は東京、大阪など全国5地域で、名古屋市での解剖の件数は、平成13年度はわずか2件であった。これでは犯罪を見逃す可能性があった。

 愛知県では10年前に、角界の腐敗を週刊ポストで告発した相撲部屋の元親方と元力士の2人が、記者会見直前に肺炎で同時に急死した事件があった。2人は同じ病院に入院して、同じ日に死亡したが、それは医師が肺炎との死亡診断書を交付したからで、斉藤俊さんと同じだったのかもしれない。
 病死と殺人、さらに自殺や事故死はくわしく調査しなければ真相はわからない。たとえ老人の孤独死であっても病死なのか殺人事件なのか分からない。このような変死には警察が介入して、監察医が検死を担当することになっているが、監察医制度は東京などの五大都市にあるだけで、五大都市以外では警察医が検死を行っている。警察医とは法医学の専門家ではなく、内科や外科医が嘱託されていることが多い。多くの殺人犯は、病死や事故死に見せかけて完全犯罪をたくらんでいる。そのため監察医や法医学者が検死をしなければいけないのである。