宮崎県の温泉でレジオネラ集団感染

宮崎県の温泉でレジオネラ集団感染 平成14年(2002年)

 温泉は地中から湧き出た自然のお湯なので、温泉のお湯で感染することはないと信じられてきたが、その温泉神話が脆くも崩れてしまった。

 宮崎県日向市の日向サンパーク温泉(社長=山本孫春市長)が経営する「お舟出の湯」でレジオネラ菌による集団感染が発生し、死者7人、確定感染者34人、感染の疑い295人、さらに担当職員が自殺するという惨事になった。

 日向サンパーク温泉は大浴場、露天風呂、サウナなどを備えた最新の温泉レジャー施設である。日向市が事業費13億2000万円をかけ、平成14年7月1日に開業したばかりだった。開業前の6月13日に試運転、6月20日に竣工式、20日と21日に体験入浴が行われ、原水タンクに約25トンの温泉水を貯めたまま7月1日オープンとなった。

 温泉は地下からくみ上げた源泉をいったんタンクの中に貯めるが、このタンク内でレジオネラ菌が繁殖したのだった。タンク内のお湯の温度は、国の基準によりレジオネラ菌が死滅する60度以上と決められていたが、保健所が開館前に原水の温度を測定したときは55度になっていた。そのため保健所は60度以上に上げるように指導したが、日向サンパーク温泉は日豊海岸国定公園内にあるため、環境への配慮からボイラーは重油ではなく電気加熱機を導入していたため、電気加熱機では最高58度までしか温度は上がらなかった。日向サンパーク温泉はオープン前に水質検査をしておらず、消毒用の塩素も入れていなかった。

 日向サンパーク温泉は、オープン当日からレジオネラ菌に汚染されたお湯が使われていた。宮崎県高岡町の70代の男性が7月4日に入浴、9日から腹痛や発熱などの症状を訴えて入院、15日に死亡した。宮崎県保健所職員が、入浴者に感染の疑いがあることを日向サンパーク温泉に通知したが、サンパークはそれを無視して営業していた。7月18日になって、日向市内の病院から日向保健所に、日向サンパーク温泉で入浴していた3人がレジオネラ感染症の疑いで入院したと連絡があった。翌19日、日向保健所は日向サンパーク温泉に立ち入り、浴槽の湯から基準値の15万倍以上のレジオネラ菌を検出。患者からもレジオネラ菌を検出し、両者のレジオネラ菌のDNAが一致したため、日向サンパーク温泉でのレジオネラ感染が確実となった。日向サンパーク温泉は7月24日に閉鎖となったが、オープンから閉鎖まで約2万人が利用していた。感染者は日を追うごとに増え、最終的に295人が発症した。

 レジオネラ症は、レジオネラ菌に汚染されたエアロゾルを吸い込むことで発症する。菌に汚染された水を飲んでも感染しないが、ジャグジーや打たせ湯で霧状になった粒子を吸い込んで感染するのである。

 日向サンパーク温泉は、日向保健所から国のレジオネラ症防止対策マニュアルを受け取っていた。マニュアルには循環式浴槽の問題点や浴槽の消毒方法などが詳細に書かれてあったが、レジオネラ菌への認識が欠けていた。温度の設定が低く、塩素消毒をしていなかったことから基準値の15万倍以上の菌が増殖したのだった。

 レジオネラが人類の歴史に姿を現したのは、1976年の米国フィラデルフィアのホテルで開催された在郷軍人会での集団感染であった。在郷軍人会の参加者やホテル周辺の通行人などに原因不明の肺炎が発生し、罹患者221人のうち29人が死亡した。この在郷軍人病と称された感染症はそれまでに報告のなかった細菌によるもので、後に在郷軍人会(レジオネラ)にちなんでレジオネラ菌と命名された。

 レジオネラ菌は土壌中に生息し、粉塵とともに空調用の冷却塔水などの水環境に混入して増殖する。空調用冷却塔水から飛散したエアロゾルによって感染するのだった。

 レジオネラ症は臨床症状から肺炎型とポンティアック熱型に大別されるが、フィラデルフィアで起こった在郷軍人病は肺炎型のレジオネラ症で、これまでの重症報告例のほとんどが肺炎型である。

 レジオネラ症の潜伏期間は1週間前後で、初発症状は全身倦怠、易疲労感、頭痛、食欲不振、筋肉痛などが主で、咽頭痛や鼻炎などの感冒様症状は見られない。喀痰はほとんど出ないが、しだいに膿性痰が見られるようになり、発病3日以内に悪寒を伴った高熱をきたす。逆行性健忘症、言語磋趺、傾眠、昏睡、幻覚、記憶力低下、四肢の振戦、頸部硬直、小脳失調などの精神神経症状が見られることがある。胸部レントゲンで肺炎の診断がつけば重篤で、致死率は10%とされている。肺炎から播種性血管内凝固症候群(DIC)や成人呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こし、適切な治療が行われなければ数日以内に死亡する。

 レジオネラ症の軽症型であるポンティアック熱型は、最初にその詳細が調べられた米国ミシガン州ポンティアックの地名に由来している。潜伏期は1から2日と短く、発熱が主症状で、その他に悪寒、筋肉痛、倦怠感、頭痛などの感冒様症状を伴い、7日以内に自然治癒する。

 1985年4月にイギリスのスタフォードで最大規模の集団発生が起きている。感染したのは高齢者がほとんどで、10数kmの範囲内で肺炎のため158人が入院し、36人が死亡している。そのほか世界各地でレジオネラ症の集団発生が報告されている。

 厚生省のレジオネラ症研究班の全国調査によると、昭和54年からの14年間で、日本のレジオネラ症の発症は86例で、いずれも散発例で大規模な発生はなかった。しかし平成6年8月、東京都内の民間研修施設で、空調用冷却塔水が感染源で患者45人を出すポンティアック熱型の集団感染が発生している。肺炎型のレジオネラ症の集団感染としては、平成8年7月、慶応大学病院で新生児3人がレジオネラの院内感染で女児1人が死亡している。当時、家庭用の24時間ぶろが流行していたが、浴槽の中での菌の繁殖が問題になり下火になった。

 平成12年3月には、静岡県内のレジャー施設「つま恋」にある温泉「森林乃湯」を利用した23人がレジオネラ菌に感染して2人が死亡。平成12年6月、茨城県石岡市の福祉施設で45人が感染して3人が死亡している。石岡市の福祉施設では経費を抑えるため浴槽のお湯を交換せず、塩素の量も少なかった。平成14年8月には、鹿児島県東郷市の「東郷温泉ゆったり館」で4人が感染して1人が死亡している。

 最近、町おこしを目的に日帰り温泉が各地に造られているが、その多くは循環式の温泉である。レジオネラ感染を防ぐには「原泉かけ流しの温泉」に入ることであるが、残念なことに歴史ある温泉旅館でも、かけ流し温泉は少なくなっている。