久留米市看護師連続殺人事件

久留米市看護師連続殺人事件 平成14年(2002年) 

 平成14年4月28日、看護師4人による保険金目的の殺人事件が発覚した。この事件は医学知識を悪用した計画的な犯行であった。福岡県警に逮捕されたのは元看護師吉田純子(42)、治験コーディネーター堤美由紀(42)、看護師池上和子(41)、元看護師石井ヒト美(43)の4人で、4人は久留米市内の聖マリア看護専門学校の同窓生だった。

 この事件が発覚したのは、平成13年8月に、犯人の1人である石井ヒト美が「吉田純子から、金を出せと脅されている」と久留米署に相談したことだった。脅迫の内容ははっきりせず、相談から数カ月後に、石井ヒト美は泣きながら夫殺害を供述したのだった。つまり殺害を後悔して警察へ出頭したのではなく、内輪もめによる脅迫に困っての相談だった。

 この一連の事件の主犯は吉田純子で、殺害されたのは北九州市小倉北区に住む会社員、久門剛さん(44)だった。久門さんは20年前に吉田純子の紹介で石井ヒト美と結婚。その後別居していたが、吉田は久門さんの保険金を狙い、殺害計画を石井に持ち掛けた。

 平成11年3月27日の夕方、石井ヒト美は「子供のことで話がある」と久門さんを自宅に呼び出し、睡眠薬が入ったカレーライスを食べさせ酒を飲ませた。翌28日の深夜、外で待たせていた吉田ら3人を勝手口から呼び入れ、泥酔している久門さんの鼻に医療用チューブを差し込み、注射器でウイスキーボトル1.5本分を胃に流し込んだ。石井ヒト美は、「夫がアルコールを飲み過ぎて倒れた」と119番通報、久門さんは近くの病院に搬送されたが、同日午前10時20分、誤嚥性肺炎で死亡が確認された。

 死亡した状態で救急車を呼べば、救急隊は警察に通報することから、病院到着後に死亡するように計画したのだった。原因がアルコールならば、薬物とは違い発覚する可能性は少なかった。チューブで大量のウイスキーを胃に注入すれば、傷を残さないという計算があった。石井ヒト美は保険金3257万円を受け取り吉田に渡した。

 取り調べが進むと、さらなる殺人が発覚した。平成10年1月23日深夜、池上和子の夫である平田栄治さん(39)が飲酒して帰宅。帰宅後、池上和子は睡眠薬入りのビールを飲ませ、平田さん宅に集まった3人が、翌午前2時頃、平田さんの静脈に空気を注射した。平田栄治さんは救急車で久留米市内の病院に運ばれ死亡が確認された。静脈に空気を注射して、心筋梗塞を装ったのである。

 池上和子は「寝ていたら冷たくなっていた」と説明。搬送先の病院の当直医は急性心不全による突然死を考えたが、頭部CTスキャンを撮ってみると脳内血管に空気が入っていたので、不自然死として久留米署に届け出た。しかし福岡県警の検視では病死とされ、司法解剖は行われなかった。池上和子は平田さんの葬儀で職場の同僚が集めた230万円を受け取り、さらに平田さんの生命保険金3500万円を吉田純子に渡した。

 平成12年5月29日、堤美由紀の実母が探偵を名乗る女性に自宅で襲われ、インスリンを注射され絞殺されそうになった。母親が大声で騒いだため、この事件は未遂に終わったが、後に池上和子による犯行であることが分かった。

 主犯格である吉田純子は死亡診断書を書く医師は、家族が看護師であれば、その証言を素直に聞くことを知っていた。また犯行はいずれも土曜日で、医師の手薄な当直帯を狙っていた。

 吉田純子は石井ヒト美、池上和子に、「あなたの夫は仕事のトラブルで多額の借金があり、私が立て替えている」と言ってニセの領収書を見せていた。さらに夫が浮気していると嘘をつき、「金を返せないなら、生命保険で払ってほしい」と要求していた。また吉田純子は注射ミスをした同僚に「患者の家族が賠償金を請求している」と嘘を言って500万円をだまし取っていた。

 平成12年12月、吉田純子ら4人は久留米市の同じ新築マンションをそれぞれ購入。吉田純子は最上階の最も高額な部屋に娘と住み、女王のように3人を従えていた。吉田純子は3人を奴隷のように扱い、「殺したのはあんただ」と言っては多額の金を要求していた。度重なる脅迫に石井ヒト美は耐えかね、数カ月後に久留米署に相談したのだった。この連続事件は医学的知識を駆使した完全犯罪であったが、仲間割れから発覚した。

 平成16年8月2日、福岡地裁は吉田純子に死刑の判決を下し、2審も同様の判決で、最高裁に上告したが死刑が確定している。堤美由紀は無期懲役、石井ヒト美は自首が認定され懲役17年の刑に服している。池上和子は1審で死刑であったが、判決を前に卵巣がんで死亡したため、控訴は棄却されている。

 夫の殺害、実母の殺人未遂はまさに悪女の名に値するが、この事件は吉田純子がいなければ起きなかった。吉田純子は、「人間は嘘をつくが、金は裏切らない」が口癖で、異常なほどに金に執着があった。平凡な生活を送るはずの3人の看護師は吉田純子にだまされ、利用され、翻弄(ほんろう)された。殺害された男性2人、暴行を受けた母親は、まさか人命を守る「白衣の天使」が、「信頼していた女性や娘」が、自分を殺害しようとは思いもしなかったことであろう。この事件は看護師4人のどろどろとした不気味な関係の中で、夫や母親が生命保険の標的にされた。お金のためなら殺害も構わない。バレなければ生命保険がお金になる。このような短絡思考が背景にあった。