パロマ工業湯沸かし器死亡事故

パロマ工業湯沸かし器死亡事故 平成18年(2006年) 

 平成8年3月18日、東京都港区南麻布のワンルームマンションに住む若い男性(当時21歳)が自室で死亡しているのを友人が発見した。死後1カ月が経過していたが、行政解剖の結果、死因は心不全とされた。島根県松江市に住む父親が遺体を確認、母親は精神的ショックから息子の遺体を見ないまま葬儀が行われた。

 最愛の息子を亡くした母親は、息子の最後の姿を見なかったことを長い間悔やんでいた。そのため死亡から10年後の平成18年2月、母親は赤坂署に当時の写真が残っていないかと電話で尋ねた。赤坂署には写真は残っていなかったが、赤坂署は「監察医務院に写真があるかもしれない」と教えてくれた。母親が監察医務院に問い合わせると、「写真は残っていないが、遺体検案書を送る」と約束してくれた。

 数日後、送られてきた遺体検案書を見て母親は驚いた。遺体検案書の直接死因に「一酸化炭素中毒」と書いてあったからである。心不全で死亡したと思い込んでいたが、本当の死因は一酸化炭素中毒だった。一酸化炭素中毒ならば、一酸化炭素を発生させた原因があるはずである。母親はすぐに上京すると、赤坂署と監察医務院を訪ねたが、監察医務院は一酸化炭素中毒を認めたものの、その発生原因は分からないと述べた。母親は赤坂署に「なぜ死亡したのか、死因を突き止めてほしい」と何度も訴えた。業務上過失致死罪の時効(5年)は過ぎていたが、赤坂署は母親の熱意に再捜査を約束し、警視庁捜査一課に相談した。

 警視庁捜査一課は、保存してあった湯沸かし器を鑑定したところ、湯沸かし器は改造されていて、電気が止まると排気ファンが停止して不完全燃焼が起きることが分かった。不完全燃焼によって高濃度の一酸化炭素が発生したのだった。東京電力に問い合わせると、平成8年2月7日に停電があったことがわかった。同種の湯沸かし器は国内外で広く使われていたので、同様の事故が起きている懸念があった。警視庁は経済産業省に連絡、全国的な調査が始まった。

 平成18年7月14日、経済産業省はパロマ工業製の湯沸かし器による一酸化炭素中毒で、これまで15人が死亡していると発表した。問題となった湯沸かし器は、昭和55年4月から平成元年7月にかけてパロマ工業が製造した屋内設置型のもので、最初の事故は、昭和60年1月に札幌市で起き28歳の男性が死亡していた。平成4年4月にはアパートの風呂にお湯を入れていた男性2人が死亡していた。最終的に、昭和60年からの20年間で事故は28件(死亡21人、重軽症19人)発生していた。

 この事件が発覚すると、パロマ工業の小林弘明社長は「製品自体に問題はなく、修理業者による不正な改造が原因」と修理業者を厳しく批判。さらに「パロマ工業に責任はなく、サービス業者による不正改造や製品自体の安全装置劣化によるもの」として謝罪しなかった。

 この湯沸かし器による死亡事故を、パロマ工業がいつ認識したのかは明確ではない。しかし昭和63年に、パロマ工業の担当部門は全国の営業所に改造禁止の文書を配布していた。また遅くとも平成4年には、当時のパロマ社長小林敏宏は事故の報告を受け、社内やサービス業者向けに注意を呼び掛けていた。またパロマ工業は通商産業省に事故を報告したが、通商産業省は必要な行政措置や消費者への警告をしていなかった。

 不正改造は簡単に見分けることができる。湯沸かし器を燃焼させ、排気ファンのコンセントを抜いて燃焼が続くなら不正改造の製品だった。このように簡単に見分けがつくのに、死に至る製品を一般に公開しなかったため、事故を続発させていた。平成4年から平成17年まで、同様の事故による一酸化炭素中毒で5人が死亡し、また売り上げの8割が海外だったことから同機種による外国での死亡例も報告されていた。

 パロマ工業がすぐに対策をとっていれば、多くの犠牲者を出さずに済んだはずである。事故後の経過から、パロマ工業の事故対策がいかにずさんだったかが分かる。また最愛なる息子を亡くした母親が10年後に真相を確かめなかったら、さらに犠牲者は増えていたであろう。パロマ工業が社会的責任を忘れ、多数の犠牲者を出したことは間違いない事実であった。

 パロマ工業は21人の犠牲者を出したが、業務上過失致死罪の時効は5年なので、刑事事件となったのは、平成17年に東京都の18歳の大学生が死亡した事件だけであった。

 平成19年12月、東京地検は小林敏宏前会長らを業務上過失致死傷容疑で在宅起訴、平成22年5月11日に東京地裁で、「自主回収などの抜本的な対策を取るべき義務を怠った」として、小林敏宏に禁固1年6月、執行猶予3年、元品質管理部長鎌塚被告に禁固1年、執行猶予3年(求刑・同1年6月)を言い渡した。両被告は控訴せずに刑が確定。平成21年9月1日に消費者庁が発足したが、消費者庁はパロマ工業の湯沸かし器死亡事故などの消費者被害に対応するために設置されたのである。