パソコン操作ミス事件

パソコン操作ミス事件 平成12年(2000年) 

 平成12年11月22日、富山県の高岡市民病院(藤田秀春院長)で、医師がパソコンの入力ミスから男性患者(48)が死亡する医療事故が起きた。男性は11月17日に外来で風邪と診断され、11月20日に再来、40度の発熱があり肺炎疑いで入院した。

 この患者に内科医がパソコン画面から炎症を抑える副腎皮質ホルモン剤「サクシゾン」を出そうとして、筋弛緩剤「サクシン」をクリックしたのである。パソコンの画面は薬剤名が50音順に並んでいて、サクシゾンとサクシンは1行違いだった。サクシンの成分は塩化スキサメトニウムで、手術時や気管内挿管時に患者の呼吸を停止させる薬剤で、通常の患者に用いることはない。

 高岡市民病院では、それまで医師は薬品名を手書きにしていたが、同年春から医師がパソコンで薬剤を入力し、薬剤師が薬剤を出し、看護師が注射するシステムになっていた。医師がパソコン画面に「サク」の2文字を打ち込むと、5種類の薬剤が表示され、サクシゾンを選択すべきを1行違いのサクシンをクリックしたのだった。

 画面には一般薬と劇薬の区別はなく、さらに通常より多い量が入力されたが、薬剤師も看護師も間違いに気付かなかった。11月22日、看護師は疑問に思いながらもサクシンを男性に注射、その直後に患者は苦しみだし呼吸停止となった。すぐに人工呼吸器がつけられ回復したが、患者は肺機能を悪化させ11月30日に死亡した。担当医は事故当日「命に別条はない」と家族に事情を説明して謝罪した。死亡後、担当医と院長は「死因は肺炎で、投薬ミスから死亡まで8日経っており、ミスと死亡に直接の因果関係はない」と述べた。しかし遺族は「原因不明の肺炎では納得できない、誠意が感じられない」と不信を募らせた。

 富山県警高岡署は男性の遺体を司法解剖し、医師(38)を業務上過失傷害の疑いで富山地検高岡支部に書類送検とした。富山地検高岡支部は患者が救命措置後に回復していることから、死亡との因果関係はないと判断、罰金50万円の略式命令を出し、医師は即日納付した。

 パソコンのオーダリングは画面を見ながらクリックするだけの操作なので、過ちが起きても不思議ではない。しかも病棟では普段使用しない薬剤が何のチェックもなく投与された。この数年、パソコンによる投薬システムは500床以上の病院では半数以上に導入されていたが、このシステムに盲点があった。

 サクシゾンとサクシンを間違えて投与し患者が死亡する医療事故は、平成20年11月18日、徳島県鳴門市の健康保険鳴門病院でも起きている。また降圧剤「アルマール」と血糖降下剤「アマリール」の間違いは、北海道門別町の町立国民健康保険病院(平成12年11月、患者死亡)、琉球大医学部付属病院(平成12年12月)、北海道の興部町国民健康保険病院(平成13年2月、患者死亡)、愛知県の半田市立半田病院(平成14年3月)、山形県立河北病院(平成15年11月)、山形県立中央病院(平成17年7月)などで起きている。

 このように名前が似た薬剤としては、気管支拡張剤「テオドール」と抗てんかん剤「テグレトール」、抗精神病薬「セレネース」と抗不安薬「セレナール」、胃薬「アルサルミン」と抗がん剤「アルケラン」、造血剤「フェルム・カプセル」と消炎鎮痛剤「フルカムカプセル」、さらにタキソールとタキソテール、ノルバスクとノルバデックス、アロテックとアレロック、ウテメリンとメテナリンなどがある。

 日本で承認されている薬剤は約1万8000で、1字違いの薬剤は1520とされている。また同じ製剤の薬剤でも製薬会社によって商品名が違う。若い医師は数年で病院を変わるが、同じ製剤の薬剤でも病院によって薬剤名が違うという問題があった。

 コンピュータの導入は国の政策であるが、入力を間違えれば重大事故になる。薬剤の入力ミスを防止するには、病名と薬剤が一致しない場合や、過剰投与時に「警告」の表示が出る仕組み、危険な薬剤は画面を変えて表示する仕組みなどが提案されている。

 医療事故には人為的ミスもあるが、このようにシステムで防止可能なものもある。人による多重チェックは重要であるが、入力ミス防止ソフトは導入されず、また類似した名前の薬剤もそのままである。何のためのコンピュータの導入なのか、厚生労働省は医療事故防止を本気で考えているのだろうか。