セラチア菌による院内感染

セラチア菌による院内感染 平成14年(2002年) 

 平成14年1月15日、東京都世田谷区の伊藤脳神経外科病院(伊藤誠康院長、33床)から、頭部外傷や脳梗塞などで入院していた男女7人が、38.5℃以上の発熱後に相次いで死亡したと新宿区保健所に届けられた。7人の患者全員が発熱から5日以内に死亡し死亡した6人の血液からセラチア菌が検出された。発熱があった他の患者6人からもセラチア菌が検出された。死亡した1人からはセラチア菌は検出されなかったが、セラチア菌による集団院内感染と考えられた。東京都はセラチア菌の遺伝子鑑定を行い、同一菌と確定され、集団院内感染が確実となった。

 セラチア菌(Serratia marces-cens)は本来弱毒菌で、水や土壌などの湿った場所に広く存在している。ヒトの腸内にも常在し、健常人に病気を引き起こすことはまれである。常在菌なのでセラチア菌が検出されても病気とはいえないが、免疫能が低下している患者で発症することが知られている。セラチア菌は日和見感染として知られていたが、黄色ブドウ球菌のMRSA、腸球菌のVREのように、セラチア菌の約4%は薬剤耐性とされ注目されていた。

 今回の感染は短期間に多数の患者が発症したことから、感染は点滴を介して患者の血管内に菌が直接侵入したとされた。セラチア菌が検出された12人全員が点滴を受けており、またヘパロックと呼ばれる処置を受けていた。

 ヘパロックとは、点滴を中断する場合、注射針を皮膚に残したまま再利用するための方法で、血液抗凝固剤ヘパリンを混ぜた食塩水を留置針の管に注入しておくことである。このヘパリン生理食塩水を、看護師がナースステーションの調整台で作り室温で保存していた。ヘパリン生理食塩水は、以前は100mLの容器を用いて作っていたが、調合の手間を省くため500mLの容器に替えており、使い終わるまで2日以上も放置されていた。

 実験ではセラチア菌はヘパリン生理食塩水では死滅せず、増殖することが確認され、この容器に菌が混入して感染したとされた。患者らに使用されたヘパリン生理食塩水は残されていなかったが、調整台の流し場に敷かれたタオルからセラチア菌が検出され、患者のセラチア菌のDNAと一致した。このことから、セラチア菌に汚染されたヘパリン生理食塩水が、患者の留置針を通じて血管から感染し、敗血症を起こしたとされた。

 セラチア菌による集団感染は比較的まれで、平成11年7月、東京都の墨田中央病院で13人がセラチア菌に感染して5人が死亡。平成12年7月には、大阪の耳原総合病院で入院患者15人がセラチア菌に感染して7人が死亡、伊藤脳神経外科病院は国内3件目の集団感染であった。

 平成15年8月29日、警視庁捜査1課と北沢署は、伊藤誠康院長と看護師長を業務上過失致死傷容疑で書類送検。東京区検はずさんな衛生管理が集団感染を招いたとして伊藤誠康院長を略式起訴。看護師長は管理責任が小さいことから起訴猶予処分とした。

 平成16年4月16日、東京簡裁は院長の伊藤誠康に対し罰金50万円の略式命令を出し、厚労省は伊藤誠康院長に医業停止1年の行政処分を下した。病院は死亡した患者7人のうち3人の遺族に、1人当たり最高約4000万円を支払うことで示談が成立した。

 今回のセラチア菌の集団感染は大きく報道されたが、この事件以降、平成14年4月には、群馬県太田市の総合太田病院で入院患者2人がセラチア菌の感染で死亡。平成15年3月、札幌市白石区の東札幌病院ではセラチア菌の院内感染で入院患者4人が発熱などの症状を示した。平成16年4月、横浜市戸塚区の国立病院機構横浜医療センターで男性患者2人がセラチア菌に感染、うち1人が死亡している。

 平成20年6月には、三重県伊賀市の整形外科医院「谷本整形(谷本広道院長)」で点滴を受けた23人が体調不良を訴え、18人が入院し1人が死亡している。この集団感染は大きく報道されたが、報道のきっかけは伊賀市立上野総合市民病院に4人の患者が発熱で入院、岡波総合病院に1人が入院、全員が谷本整形で点滴を受けていてセラチア菌が検出されたのだった。さらに女性患者(73)が自宅で死亡していたことが確認された。作り置きをしていたのは、鎮痛薬「ノイロトロピン」とビタミン剤の「メチコバール」を混注した生理食塩水で、点滴からセラチアが検出された。

 セラチア菌は、病院の洗面台などの湿潤な場所に生息しやすく、栄養源の乏しい水の中でも増殖する。セラチア菌の集団感染は、調合した点滴の作り置きによるものが大部分で、増殖した菌が大量に体内に入り敗血症を起こすのである。点滴は開封後すぐに使用するのが原則で、面倒でも点滴の作り置きはしてはいけない。