コムスン事件

コムスン事件 平成19年(2007年) 

 平成18年12月、東京都は訪問介護最大手のコムスンが介護報酬を過大請求しているとして、都内187カ所の事業所のうちの53カ所に立ち入り検査を行った。その結果、介護報酬約4320万円の過大請求が発覚し、さらに都内3事業所で事業所の指定基準を偽装していることが分かった。しかもこの3事業所は、不正が発覚した同日に廃業届を出して処分を逃れていた。

 コムスンの介護報酬過大請求や事業所指定の不正取得は、東京都だけでなく全国規模で行われていていた。不正が発覚すると、指定取り消し処分の前に、先手を打って事業所の廃業届を出す方法をとっていた。

 平成19年6月6日、厚生労働省はコムスンに対し、介護サービス事業所の新規および更新を認めないことを決めた。この処分は「介護事業の継続不可」を意味していたが、同日、親会社グッドウィル・グループは同グループの子会社「日本シルバーサービス」へコムスンの事業を譲渡すると発表した。日本シルバーサービスとコムスンは別法人であるが、運営は同じグループで、不正を行った会社の事業を同じグループの別の会社に移すことは、国民にとって納得し難いことだった。

 行政処分前の事業譲渡に違法性はないが、コムスンへの処分は無効となり、法の抜け穴を利用した方法であった。当初、厚労省は事業譲渡に法的問題はないとコメントしたが、態度を急に変え、事業譲渡の撤回をコムスンに求めた。しかしコムスンは厚労省の指導に従わず、ここに介護事業の倫理上の問題が持ち上がった。

 和歌山県の仁坂吉伸知事は、「法の制裁を逃れようとする者が、福祉事業に手を出しているのはおかしい」と批判。また宮崎県の東国原英夫知事、千葉県の堂本暁子知事も同様の発言を行った。さらにグッドウィル・グループの別系列の介護事業でも、障害者サービスの虚偽申請がされていたことが判明。このコムスンの不祥事をきっかけに、グッドウィル・グループの折口雅博会長への批判が高まり、グッドウィル・グループは介護事業から全面撤退することになった。

 平成12年に介護保険制度が始まると、これをビジネスチャンスとばかりに多くの民間事業者が介護業界に参入した。政府は「官から民へ」と唱え、市場競争原理主義導入を押し進め、介護への民間参入を歓迎した。

 グッドウィル・グループの折口社長は、バブル最盛期にディスコ「ジュリアナ東京」を立ち上げた人物である。その折口社長が従業員2万3413人、売上高141.6億円まで介護事業を拡大させ、コムスンを介護業界最大手にした。折口社長がディスコから介護に事業を転換したとき、多くの人たちはその変わり身に驚いたが、介護事業への参入目的はグッドウィル(よき意思)ではなく金儲けだった。

 介護事業をビジネスとすれば、経営優先は当然のことであるが、介護利用者が増大して介護報酬が引き下げられ、介護事業者は正当な手段では利益が出にくいシステムに変わっていた。不正請求は犯罪で、利益のための不正請求は許すことはできない。しかしコムスンは福祉であるべき介護事業をビジネスとし、ビジネスとする意識があまりにも露骨すぎたのである。その違法性よりも、むしろ道義的責任のバッシングを受けた。

 介護の最大手コムスンは、施設介護事業をニチイ学館に譲渡した。ニチイ学館は救世主のように思われがちであるが、ニチイ学館をはじめとした大手介護会社もコムスン同様に不正請求の返還をほぼ同時期に命じられていた。介護をビジネスとしていた介護業界は、構造的に儲からないシステムを押し付けられ、当初の予想とは違う道義的責任を追及され、複雑な気持ちだったであろう。

 折口社長は立身出世の人物とされ、バブル期のジュリアナ東京、高齢化社会のコムスンを設立したが、彼の会社はそれぞれの時代を象徴する名前となった。