エキノコックス症

エキノコックス症 平成16年(2004年)

 作家の畑正憲さんが北海道の中標津にムツゴロウ動物王国をつくり、テレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」が人気を集めていた。しかし平成16年、資金難から犬84匹、猫25匹を連れ、北海道から東京サマーランド(あきる野市)に移転することになった。この際、エキノコックスの感染が大問題となり、あきる野市はエキノコックス安全委員会を設置し、すべての動物を検査することになった。

 エキノコックス症の患者が初めて報告されたのは北海道の礼文島で、昭和11年のことであった。明治時代に野ネズミを駆除するたに、千島列島からキタキツネを持ち込んだことが原因であった。エキノコックス症は、昭和39年までは礼文島に限局した風土病とされていたが、昭和40年頃から北海道のほぼ全域に広がり、札幌市内でも患者が発見された。エキノコックスの成虫はキタキツネにに寄生し、キタキツネが増えたことから北海道全土に拡大した。

 エキノコックスは寄生虫の1種で、世界的に分布している単包条虫と、北方圏諸国に分布する多包条虫の2種類に大別することができる。世界的には単包条虫による被害のほうが多いが、北海道で問題になったのは多包条虫である。

 エキノコックスを媒介するキタキツネは感染を受けても症状はなく、キタキツネの小腸に寄生した成虫が卵を生み、便から排泄された卵が、水、食物を介してヒトに経口感染する。エキノコックスの幼虫はヒトの肝臓に移行し、致死的な肝機能障害をもたらす。

 エキノコックスの幼虫はネズミやヒトに感染しても、ネズミからヒト、ヒトからヒトへの感染はあり得ない。あくまでもキタキツネあるいは犬の便からの虫卵がヒトに感染をもたらすのである。

 ヒトのエキノコックスは主に肝臓に寄生して腫瘤を形成する。感染から肝臓の腫大、黄疸、腹水貯留、全身倦怠などの症状が出るまで小児で5年、成人で10年以上かかる。肝臓のほか、肺、骨、腎臓、脳などにも寄生するが、問題になるのは肝臓である。

 エキノコックスの治療としてアルベンダゾールを用いる薬物療法があるが、ほとんどの患者は肝病巣の切除が必要となる。昭和23年、北大医学部第1外科教授・三上二郎がこの肝臓切除術をわが国で初めて行った。

 エキノコックス症の初期症状はほとんどなく、無症状ならば大半の患者は病巣を切除できるが、発症が出ると2割くらいの患者しか手術で腫瘤を取り切れない。このように自覚症状に乏しいことから早期発見、早期治療が必要になる。

 エキノコックスは、放置すればがんと同じように全身状態が悪化し、悪液質に陥り死亡する。北海道では毎年約10人程度の新患が報告されているが、キタキツネの感染率は約4割なので、キタキツネの生息地では感染の可能性は大きい。

 新規患者は毎年10人前後であるが、これは10年前に初感染を受けた患者で、今後、増加する可能性がある。感染予防のためにはエキノコックスの卵を口から入れないことで、そのためには人家にキツネを近づけない、山菜や果実は良く洗い加熱することである。自然にあふれた北海道で湧き水、井戸水、沢水を飲めないのは残念であるが、それほど恐ろしいのである。エキノコックスの卵は沸騰すれば死滅することが分かっている。

 北海道では毎年10万人以上の住民が定期検診を行い、エキノコックス認定患者は平成10年の時点で累計383人(多包条虫が組織学的に確認された症例のみ)となっている。ELISA法による住民のスクリーニング検査では陽性者は約0.3%である。

 エキノコックス症は北海道だけでなく本州からも70例以上報告され、特に青森では22例の患者がいる。本州の患者の中には、北海道に行った経験のない16例(青森8例、宮城、東京が各2例、秋田、長野、福井、京都が各1例)が含まれ、その感染経路は不明である。北海道のキタキツネが青函トンネル経由で本州に移動、あるいはゴルフ場の芝や牧草に紛れこんだ虫卵が移動したものと考えられる。このようにエキノコックス症が本州へ広がることが憂慮される。

 エキノコックスの発症の地である礼文島では、現在ではエキノコックスの発症は見られていない。それは感染源となるキタキツネや犬を殺し、島からエキノコックスを駆除したからである。キタキツネは北海道の観光の象徴でもあり、その対策に頭を痛めているのが現状である。なおエキノコックス症は、平成11年の感染症新法では4類に分類されている。