お産難民と内診問題

お産難民と内診問題 平成18年 (2006年)

 平成18年、お産難民が問題になっているさなか、看護師の「内診」が新たな問題になった。内診は難しい技術と思いがちだが、妊婦の膣に指を入れ、胎児の位置や子宮口の開きを確かめ、お産の進み具合をみる方法である。出産が迫ると数時間おきに内診が必要なため、医師は眠ることができず、そのため昭和23年に保健師助産師看護師法が制定されてから、産婦人科の病院や医院では看護師の内診が当たり前になっていた。しかし看護協会と助産師会が、「内診は助産師だけができる行為」と主張、厚生労働省の看護課長が、看護師の内診を禁ずる通達を出した。しかも異例とも言える2度の課長通達によって看護師の内診が違法行為となった。

 横浜市の堀病院は年間出産数約3000人と国内有数の産科病院である。平成18年11月、この堀病院が看護師に内診をさせたとして警察が家宅捜査に入った。このように堀病院が生け贄になり、多くの産科医院が分娩を止めたのである。

 多くの病院が産科医不足から産科を閉鎖しているのに、地域医療をささえていた産婦人科医院までも摘発を恐れ閉院が相次いだのである。現実的に、助産師を雇いたくても助産師の絶対数が足りないのに、お産難民の実情を知っていながら、厚労省は全ての産科診療所に通達を送りつけるという前代未聞の行動をとった。日本産婦人科医会、日本医師会は「医師の指示があれば、看護師の内診は助産行為にあたらない」と見解を述べたが、通達は撤回されなかった。看護師の内診禁止は、看護師の業務範囲を縮小させるが、看護協会、南野智恵子議員(元法務大臣)などの看護系国会議員と厚労省看護課が、助産師の権益拡大を実現しようと通達を出したのである。

 看護協会の活動の中心は看護職の地位向上であり、「看護師は医師の診療補助ではなく独立した専門職」とする考えを持っている。たしかにかつての看護師の社会的地位を考えれば、地位向上のための活動は理解できるが、あまりに時代錯誤であった。

 助産師は医師の指図を受けずにお産ができるというエリート意識があるため、看護師が医師の手足となって内診していることに不満があった。患者にとっては助産師、准看護師、看護師の区別がつかず、助産師にとっては、それがけしからんということであった。

 看護師が内診を行ってはならないという法律や条文はない。看護協会の顧問弁護士は、その著書のなかで看護師の内診は問題ないと書いてある(看護婦と医療行為、その法解釈1997年)。また看護師の地位の向上は医師の仕事を移譲することなのに、日本看護協会は何を考えているのか、看護師の内診が禁止されれば産科医療が成り立たないのに、また国民の生命を守るべき厚労省の通達がお産難民をつくったといえる。

 内診と同じようなものとして、静脈注射についての通達がある。かつて「看護師が静脈注射をするのは違反である」という厚生省の通達があった。もちろんそれを守ることは不可能で、最高裁判決でも「看護師の静脈注射は合法」とされた。しかし大学病院の看護師は、通達を盾に「静脈注射は医師の仕事である」として絶対に注射をしなかった。「看護師の本来の業務は看護であって、医者の手足として働いてはいけない」という考えだった。

 この例から分かるように、通達ほど恐ろしいものはない。通達は法律ではなく、また国会の審議も必要としない。しかし厚労官僚はこの通達という手段で、鉛筆1本で日本の医療を操ることが可能なのである。通達という巨大な権力が、日本の医療を細部にわたり支配し、医療を悪くしている。なお平成19年2月、横浜地検は「堀病院の内診」を不起訴処分にした。つまり看護師の内診に違法性がないと解釈したのである。