小柴胡湯に副作用

小柴胡湯に副作用 平成8年(1996年)

 平成8年3月3日、厚生省はこの4年間で漢方薬・小柴胡湯(しょうさいことう)を内服していた慢性肝炎の患者125人が、間質性肺炎を起こして19人が死亡していると発表した。さらにこの発表から2年後の平成10年3月4日には、新たに50人が間質性肺炎を起こし8人が死亡していると発表し、厚生省は医療機関に小柴胡湯の慎重投与を再度警告した。

 中国では2000年前の昔から、日本では江戸時代から漢方薬が広く使われていた。日本人の多くは、漢方薬は自然の草や木からとった生薬なので副作用はないと信じていた。薬は「草を楽しむ」と書くように、漢方薬の安全神話があった。そのため医師は漢方を安易に投与し、副作用がないと思っていたので、患者への副作用の説明はなされていなかった。

 小柴胡湯は、柴胡(さいこ)や甘草(かんぞう)など7種類の植物生薬を混ぜた配合剤で、胸焼けや食欲不振などに効果があるとされている。小柴胡湯は当初、短期間投与の漢方薬であったが、肝疾患に効果があると報告されると、肝疾患の患者に長期間にわたり投与されるようになった。

 小柴胡湯のどの成分が間質性肺炎を起こすのかは不明であるが、この小柴胡湯の副作用は大きな衝撃を与えた。問題になった間質性肺炎は、一般的な肺炎とは炎症の部位が違っている。肺の末端は、肺胞という「肺胞壁に囲まれた小部屋」に分かれ、この肺胞で酸素と二酸化炭素を交換しているが、一般的な肺炎は「肺胞壁内側の炎症」で、間質性肺炎は「肺胞壁(間質)そのものの炎症」であった。

 つまり一般の肺炎は肺胞壁の障害が少ないので、治療によって治療前の状態に戻ることができた。しかし間質性肺炎は、肺胞壁の炎症なので、治療が遅れると肺胞構造が破壊され、線維化を来すことになる。肺胞壁の破壊と線維化は不可逆性変化なので、間質性肺炎が進行するとスポンジ状の肺がヘチマ状に硬くなり呼吸困難を起こすことになった。

 間質性肺炎を引き起こすものとして、感染症や膠原病、アレルギー疾患など様々であるが、薬剤性のこともある。薬剤性の間質性肺炎としては抗がん剤やインターフェロン、リウマチ薬などが挙げられる。最近では、抗がん剤のイレッサによる間質性肺炎が問題になった。なお間質性肺炎を来す漢方薬は小柴胡湯だけでなく、柴朴湯(さいぼくとう)、柴苓湯(さいれいとう)なども知られている。

 平成2年、小柴胡湯による間質性肺炎の副作用が報告され、翌3年、厚生省は小柴胡湯を投与する際には咳や発熱などの肺炎に似た症状に注意するように呼び掛けた。また小柴胡湯とインターフェロンαとを併用すると、間質性肺炎を起こしやすいことから、平成6年に両剤の併用が禁忌となった。

 漢方薬の売り上げが急増したのは、昭和51年に漢方薬が大幅に薬価収載され、健康保険の適応になってからである。それまで25億円程度だった医療用漢方薬の売り上げが、ピーク時にはその50倍になった。ツムラなど約20社が漢方薬を発売し、小柴胡湯は肝臓疾患を中心に年間100万人以上が内服していた。漢方薬全体の売り上げは年間約1200億円で、小柴胡湯はその約3割を占めていた。

 ツムラが医療用漢方製剤の国内シェア80%を占め、平成3年の売り上げは漢方だけで1000億円弱であったが、この平成8年の小柴胡湯ショックにより、売り上げはピーク時の6割になった。このように小柴胡湯の副作用は、漢方全体の売り上げに大きく影響した。

 小柴胡湯は肝臓病の患者に使われていたが、現在では肝硬変や肝臓がんの患者には使用禁止になっている。さらに慢性肝炎でも血小板数10万/mm3以下の患者への投与も禁止されている。このように小柴胡湯は医薬品として厳しく制限されているが、その一方で、街の薬局やインターネットでは気軽に買うことができた。

 薬剤を発売するには、その有効性と副作用を調べ、厚生省の審議を受けてから認可される。しかし漢方薬は古くから医薬品として使用されていたため、安全性や有効性の治験をせずに承認されていた。この漢方の超法規承認に、政治的背景があったとされ、また今回の副作用報告は厚生省の医療費抑制の思惑が働いたとも噂されている。