感染症新法

感染症新法 平成11年(1999年) 

 これまでわが国の感染症対策は、100年前の明治30年に制定された「伝染病予防法」に基づいて行われてきた。この100年の間に医学や医療は飛躍的に進歩し、国民の衛生意識や衛生水準も向上し、さらに国際交流が活発化したことから新たな感染症対策が必要となった。感染症をめぐる状況は100年前とは大きく変化し、かつては治療法がなく、患者隔離によって社会を防衛する思想が根底にあった。

 新しい時代の感染症に対応できるように、さらには患者の人権尊重を含め、患者が適切な医療を受けられるように、また早期に社会復帰できるように法律が制定されることになった。感染症新法の正式名は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」で平成11年4月1日より施行された。

 感染症はそれまで「法定伝染病」「指定伝染病」に分類されていたが、感染症新法では再分類されることになった。感染の危険度により、感染症を1から4類に類型化し、分類に沿った対策が定められた。また国際化によって、対応がこれから必要になる新たな感染症を「新感染症」として、不測の事態に対応できるようにした。

 最も危険性が高い1類感染症に含まれるのは、日本での発症はまだないが、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱などの6疾患であった。

 これまでの伝染病予防法では赤痢、腸チフス、コレラなどは強制入院が必要だったが、感染症新法ではこれらの疾患は2類感染症に分類され、入院は強制ではなく状況に応じて入院となった。つまりこれまでの強制入院が解除されたのである。

 3類感染症は保菌者が飲食業などで働くことを制限し、腸管出血性大腸菌感染症(O-157)も含まれている。4類感染症にはインフルエンザ、エイズ、劇症型溶連菌感染症などが含まれ、国が発生動向調査を行い、医療従事者や一般に広く情報を公開すると明記している。なお天然痘はすでに根絶されていることから、感染症新法から除外され、患者が激減している日本脳炎は4類感染症になった。

 感染症新法の特徴として、患者の人権尊重が挙げられる。日本ではこれまで1類感染症の発生はないが、2類感染症の中で危険性が高い患者のみ入院の手続きが必要と規定された。しかも患者が入院に不服があるときは入院拒否の審査請求をすることが可能となった。新法には、制定の趣旨について次のような前文が付されている。

 「わが国において、過去にハンセン病、エイズ患者などに対するいわれのない差別や偏見が存在した事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。感染症患者の人権を尊重しつつ、良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ的確に対応することが求められており、これまでの感染症の予防施策を抜本的に見直す」

 この感染症新法によって、日本では事実上の強制入院はなくなったといえる。また感染症新法が成立したことから、「伝染病予防法」「性病予防法」「エイズ予防法」は廃止された。感染症新法は患者の人権を保障し、医療の充実という期待を抱かせた。感染症新法は、結核を除いた3つの法律を100年ぶりに改変統合した画期的なものであった。なお感染症新法は平成15年11月に改訂され、4類感染症の類型が4類と5類感染症に再分類されている。