埼玉県本庄市連続保険金殺人事件

埼玉県本庄市連続保険金殺人事件 平成11年(1999年) 

 この事件の発端は、平成11年7月11日、産経新聞が「薬物?で保険金殺人、知人3人に10数億円。容疑の金融業者、あすにも家宅捜索」との見出しで記事を報じたことであった。それ以降、新聞、テレビ、週刊誌の記者たちが埼玉県の本庄市に殺到し、疑惑の人物・八木茂への取材合戦が行われた。

 八木茂は保険金殺人のために3人の愛人を利用していた。3人の女性とは自分の経営する酒場の店長・武まゆみ(32)、その店員・森田考子(38)、フィリピン国籍の元パブホステスのアナリエ・サトウ・カワムラ(34)であった。八木茂は狙った男性と愛人を偽装結婚させ、男性が死ねば法律上の妻である自分の愛人に多額の保険金がおりる仕組みを作ったのである。

 平成9年5月、元パチンコ店従業員・森田昭さん(61)と森田考子を結婚させ、平成10年7月には元塗装工・川村富士美さん(38)とアナリエ・サトウ・カワムラを結婚させた。男性2人は八木茂に多額の借金があり、結婚すれば借金を棒引きにすると説得されてのことだった。彼らが結婚してから、一緒に生活していなかったことからも偽装結婚は明確であった。

 平成11年5月29日、森田昭さんが八木茂と酒を飲んだ後、自宅で不審な死を遂げた。その翌日、川村富士美さんが薬物中毒で深谷市の病院に入院した。そして入院した川村富士美さんが病院から逃げだし、「毒を飲まされた」と警察に駆け込んだのである。このことが事件発覚のきっかけとなった。

 死亡した森田昭さんには2億円の生命保険がかけられ、受取人は妻の森田考子が1億円、八木茂が1億円であった。森田昭さんの死因は化膿性胸膜炎と肺炎であったが、長期間にわたり栄養剤と称して大量の風邪薬を服用させられていた。この情報をマスコミに流したのは建脇保さん(48)だった。建脇保さんは殺された森田昭さん、薬物中毒に陥った川村富士美さんと同じように、武まゆみと偽装結婚させられ、3億2300万円の生命保険に加入させられていた。建脇保さんは「私も八木に殺されそうになった。森田さんと川村さんには、いつか殺されるかもしれないと注意していた」とマスコミに話したのである。建脇さんは事件が起きる半年前に、身の危険を感じ本庄署に相談したが警察は動かなかった。

 薬物中毒に入院した川村富士美さんは17の保険会社と契約して10億円の保険をかけられ、受取人はアナリエ・サトウ・カワムラになっていた。川村富士美さんも長期間にわたり大量の風邪薬を飲まされ急性肝障害をおこしていた。埼玉県警は川村富士美さんの嘔吐物から風邪薬と思われる錠剤を発見した。

 さらに4年前の平成7年6月14日、アナリエ・サトウ・カワムラの前夫である佐藤修一さん(45)が行田市内の利根川で水死体で発見されていた。死後約1週間が経っていて遺書があったことから警察は自殺として扱っていた。佐藤修一さんには保険金2億8000万円がかけられていて、その大部分は八木茂に渡り、7000万円が株の購入に、300万円で金融会社「国友商事」を設立していた。アナリエ・サトウ・カワムラには約2000万円が渡され、約200万円をフィリピンの家族に送金、残りの大半は武まゆみの住宅購入に使われていた。このアナリエ・サトウ・カワムラが、その後、川村富士美さんと再婚したのであった。

 マスコミが騒いでから、八木茂逮捕までの8カ月間、八木茂は毎晩のように自分が経営するパブや居酒屋で疑惑を否定する「有料記者会見」を開いた。その会見回数は203回に及び、マスコミ相手に1000万円以上の収入を得ていた。八木茂は最後まで強気な態度で、自らの潔白を主張し、「やってないんだから、事件にならないよ」と何度も繰り返した。森田考子やアナリエ・サトウ・カワムラも八木茂に連れられて記者会見を行い、森田考子は「急死した森田昭さんと結婚したのは優しいところにひかれたから」、アナリエ・サトウ・カワムラは「川村さんが倒れた日は一緒に夕飯を食べた。薬を飲ませるわけがない」と疑惑を否定した。八木茂はマスコミの前で勝手放題の発言を繰り返していたが、警察は逮捕できずに内偵捜査を続けていた。

 この事件はお茶の間の劇場型犯罪といえた。八木茂はワイドショーに連日のように出演、観客である国民は、犯人の言い訳を聞きながら事件の経過を眺め、逮捕の瞬間を待つ構図だった。マスコミがリードしたこの事件の構図は、1年前に起きた和歌山県のカレー事件と似ていた。

 埼玉県警は100人態勢で捜査を進め、8人に総額約24億円の生命保険がかけられ、八木茂が月150万円を超える掛け金をすべて払っていたことが分かった。疑惑がマスコミで報じられてから8カ月間、捜査本部が逮捕できなかったのは毒物を立証できなかったからである。

 しかし武まゆみの父親が大量の風邪薬とアルコールの併用で急性肝炎を起こし約4カ月間入院していたことが分かった。このように市販の風邪薬に含まれている「アセトアミノフェン」とアルコールを大量に服用すると、死に至るほどの危険性があった。一般の風邪薬には1錠150mgのアセトアミノフェンが入っていて、アセトアミノフェン20.4gを服用して自殺した例があった。八木茂が武まゆみの父親の風邪薬中毒をヒントに、殺害目的で多量の風邪薬を飲ませていたのだった。しかし森田昭さんの司法解剖ではアセトアミノフェンは検出されず、記者会見でも「毒物は1000%出ない」と八木茂は強気の発言をしていた。しかし森田昭さんの毛髪から大量のアセトアミノフェンが検出されたのである。

 平成12年3月24日、埼玉県警捜査1課と本庄署は八木茂と女性3人を偽装結婚(公正証書原本不実記載容疑)で逮捕した。もちろんこれは殺人と保険金詐欺事件を立証するための別件逮捕だった。八木茂は逮捕される際に、マスコミにVサインを示し、笑顔をみせ、すぐに釈放されるような態度を見せた。

 八木茂ら4人は容疑を全面的に否認していたが、4月27日の浦和地裁での公判で武まゆみは「逮捕事実に間違いありません」と容疑を全面的に認めたのだった。さらに水死した佐藤修一さんの遺体からトリカブトに含まれる毒素アコニチンが検出され、佐藤修一さんの保険金にかかわる詐欺容疑と殺人容疑で4人は再逮捕となった。八木茂を除く女性3人は、トリカブト入りあんパンを食べさせて殺害したことを認めた。

 保険金殺人の中心人物である八木茂は、旧中山道の宿場町である埼玉県本庄市で生まれ育った。17歳から無免許で砂利運搬業を行い、砂利運搬トラックの会社を設立、会社は高度経済成長の波に乗って成功。22歳から金融業を始め、事業で儲けた金を知人に貸して儲けていた。昭和55年にカラオケスナックを始め、当時カラオケスナックは珍しかったこともあって、売り上げは月に1000万円を超えることもあった。

 八木茂の金への執着は強く、「金のためなら何でもする」が口癖だった。スナックの客の中で金に困っている男性を見つけると、住居を与え自由に飲み食いさせて、偽装結婚させると生命保険に加入させ、受取人を妻にしていた。男性たちには「いなくなったら親族から借金を取り立てる」と脅していた。

 金の魅力に取りつかれた八木茂は、いつも派手な身なりで、複数の外車を乗り回し、高価な貴金属を身に着けていた。女性関係も絶えることなく、逮捕された3人の女性以外にも愛人を何人か囲っていた。

 八木茂は、武まゆみの小料理店、アナリエ・サトウ・カワムラのスナックで男性たちにアルコールと風邪薬を毎日大量に飲ませ、風邪薬の成分「アセトアミノフェン」を凶器にしていた。アセトアミノフェンを大量に摂取すると肝機能障害を来し、アルコールと一緒に飲むと毒性が倍増するのだった。今回、症状が軽度だった川村富士美さんは、年齢が若く体力があっただけでなく、飲酒のたびにトイレで嘔吐を繰り返して風邪薬を吐き出していたのである。一方、死亡した森田昭さんは吐くことはなく、店で寝込んでも起こされては再び酒と薬を飲まされていた。

 八木茂は本庄市や花園町のドラッグストアで風邪薬を大量に買っていたが、「犯罪に使うのであれば、近くで買うはずがない」と主張し、検察側の主張を否定した。また武まゆみが「佐藤修一さん殺害にトリカブト入りのあんパンを食べさせた」と証言したのに対し、八木茂は「トリカブトを見たことも触れたこともない。武まゆみの証言はうそです」と否定した。

 八木茂と3人の女性は分離して裁判が行われ、平成14年2月28日、さいたま地裁は武まゆみに無期懲役の判決を下した。金山裁判長は「犯行実現のため不可欠の役割を果たし、八木茂に準じてその刑責は重い」とした。アナリエ・サトウ・カワムラは懲役15年、森田考子は懲役12年であった。平成14年10月1日、さいたま地裁は八木茂に死刑を言い渡した。八木茂は上告したが、平成20年7月17日、最高裁(泉徳治裁判長)は上告を棄却し死刑が確定した。