和歌山県立医大ミルク点滴事件

和歌山県立医大ミルク点滴事件 平成11年(1999年)

 平成6年10月11日、午後9時頃のことである。和歌山県立医大病院に入院していた女児の静脈にミルクが誤注入される医療事故が起きた。生後4カ月の女児は心臓疾患のために、同医大の高度集中治療センターに入院していた。看護師が女児の静脈のチューブにミルク約6ccを注入し、女児はミルク注入から約1カ月後に死亡した。

 女児の身体には数本のチューブが付けられており、看護師が鼻に入れていたミルク用チューブと、静脈につながっていた点滴用チューブを間違えたのである。看護師は医療ミスを上司に報告したが、病院側はミルク注入と死因との間に因果関係はないとして家族へ説明しないことにした。しかし平成9年2月になって、この医療事故が発覚した。

 事故当時、病院側が家族に医療事故を伝えない方針であったことが組織的な事故隠しと非難されたが、それに加えて看護記録を改竄(かいざん)していたのだった。誰が看護師にカルテの改竄(かいざん)を命じたのかは不明のままであった。

 和歌山県立医大は医療ミスを認め、女児の両親に慰謝料300万円を支払うことで示談が成立した。この医療事故は示談によって一件落着と思えたが、予想しない展開となった。平成11年6月、事故の詳細がホームページに掲載されたのである。

 ホームページの名称は「医療事故防止対策研究会」となっていて、手書きのカルテ、担当医の名前と顔写真、会議の録音音声、メモなどが掲載されていた。さらに女児の担当だった当時の助教授が看護師にカルテ改竄(かいざん)を命じたこと、助教授が事故の情報を漏らさないように関係者に脅迫状を送りつけたことが書かれていた。

 このホームページに掲載された手書きのカルテは、盗まれた光ディスクに保存されていたものだった。高度集中治療センターでは、入院患者約3000人分のデータを23枚の光ディスクに保存していたが、そのうちの13枚が盗まれていたのだった。

 平成12年3月1日、和歌山県警は事故当時助手として働いていた医師の小野知美(39)を私文書偽造、窃盗、名誉棄損容疑で逮捕した。小野知美は和歌山市内のインターネット喫茶から、「医療事故防止対策研究会」と名付けたホームページを匿名で送信していたのだった。さらに県警は、小野知美が借りていた銀行の貸金庫から光ディスク13枚を押収。罪名を名誉棄損としたのは、ホームページで看護記録の改竄(かいざん)を女児の担当助教授が命じたと実名で書いてあったからである。

 ミルクを誤注入した看護師は、業務上過失傷害で起訴猶予処分となっていたが、和歌山地裁に証人として出廷。法廷で看護師は「小野知美がカルテ偽造を執拗(しつよう)に命じた」と証言したのだった。一方、小野知美の弁護側は上司だった助教授が執拗に書き直しを迫ったこと、医療事故の公表は公益が目的だったこと、光ディスクは第三者から送られてきたもので窃盗ではないと無罪を主張した。

 平成15年2月14日、和歌山地裁の小川育央裁判長は、検察側の主張を全面的に認め、小野知美に懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。小川裁判長は「看護師の証言は信用でき、ホームページでの公表は公益目的のように受け取れるが、助教授に言動を注意されたことへの報復的な犯行。小野知美と助教授は常に病院で対立しており、逆恨みによる悪質な行為」と述べた。

 ホームページに掲載された助教授のパスポート写真は、小野知美が深夜に病院に侵入して、助教授の机から盗んだとした。医療現場での上司と部下との対立、チーム医療が重要とされている医療現場において、ある意味では恐ろしい事件であった。