体外受精問題

体外受精問題 平成10年(1998年)

 平成10年6月6日、長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックの根津八紘(やひろ)院長が、不妊に悩む夫婦に、第三者(妻の妹)から卵子の提供受け、夫の精子と体外受精をおこない、受精卵を妻の子宮に戻してで双子の男児を出産させたことを明らかにした。妻以外の卵子を用いて、遺伝的には母子関係にない子を妊娠させたのは日本で始めてのことであった。

 日本には「夫婦以外からの卵子の提供を禁止する」という法律もなければ、国のガイドラインもなかった。あるのは日本産科婦人科学会が決めた「体外受精の対象者は夫婦に限る」という会則だけである。日本産科婦人科学会は、根津八紘院長の確信犯的行為に対応を迫られ、臨時評議会を開いて評議員369人中358が除名に賛成、反対3,白票1で根津八紘院長を除名にした。

 今回出産したのは30歳代の夫婦で、早期卵巣不全にて妊娠できず、夫婦の希望で妻の妹から卵子を提供してもらったのだった。排卵誘発剤を妹に投与し、卵巣から複数の卵子を採取し、夫の精子と体外受精させ、受精卵3個を妻の子宮にいれ、妻は双子の男児を帝王切開で出産した。

 欧米では夫婦以外からの卵子提供は法律で認められていたが、日本では、昭和58年、日本産科婦人科学会が卵子の提供を会則で禁止していた。しかし一方、夫以外の精子を用いる人工授精は認められていて、男性が不妊の場合には第三者からの精子提供は許されていた。他人の精子で出産した子供は1万人以上とされ、「精子バンク」さえ作られていた。根津院長は「精子の提供は認められているのに、卵子の提供を認めないのは矛盾している」と述べたが、それは当然の理屈であった。

 医学が進歩し、海外では卵子提供が行われているのに、日本では法的整備はなされず、学会がつくった会則にしばられていた。学会は根津八紘院長を除名にして決着を図ろうとしたが、時代の流れに合わせて、他人からの卵子提供を可とするか、実施するにはどのような倫理基準が必要かを検討すべきとの声が出てきた。

 不妊に悩む夫婦が約1割いることは事実で、不妊治療を受けても妊娠できない夫婦がいることも確かである。今回、根津院長が問題提起を含めて事実を公表したが、実際には非夫婦間の体外受精は秘密裏に行われていた。

 根津八紘院長があえて非夫婦間の体外受精を公表したのは、「倫理的、社会的問題を日本産科婦人科学会にゆだねていることが問題で、法的整備をしてもらうため、幅広く議論してほしい」との気持ちからだった。

 日本産科婦人科学会の内規を簡単に破られてしまった学会の面子(めんつ)から、学会側は「ガイドラインを守っている会員は怒っている」などと批難したが、根津院長は学会からの除名処分について「学会の会則は、同好会の内規のようなもの。私を処分している場合ではないだろうと」と、平然としていた。

 学会側が、体外受精のガイドラインの見直しについては議論せず、不妊治療の議論を先送りして感情的除名処分を行ったことに批判もあった。日本では法的整備が遅れていた。そのため、不妊患者を海外に斡旋する業者が存在していた。

 代理母出産については、学会でも認めず、厚生労働省の審議会でも認めず、法は未整備のまま日本では実施されないことになっている。そのためタレントの向井亜紀さんが海外での代理母出産を依頼することを公表。しかし向井亜紀・高田延彦夫妻が代理母出産によって得た子供の戸籍上の扱いが問題になった。

 さらに平成18年、根津八紘医師が、母親が女性ホルモンを投与して、娘のために代理母になったことを発表した。さらに根津医師は15例の代理母出産をさせていたことも発表した。また平成20年5月に、野田聖子議員らが代理出産を条件付で認める法案提出を決めたが、実現には成立していない。

 日本において、子宮の疾患などによる不妊女性は20万人とされ、自らの子を授かるには代理出産以外に方法がない。代理母出産には様々な問題があることは事実である。しかし例外的問題はあくまで例外であり、問題を列挙すればそれだけ代理母出産が遠のいてしまう。

 平成22年9月、野田聖子議員は米国で卵子の提供を受け、受精卵を子宮に移植して、妊娠したことを発表した。野田聖子議員が米国で代理出産を行ったのは日本での法律の未整備からであろうが、合法とも違法ともいえる日本の代理出産の法的整備を願うものである。