シックハウス症候群

シックハウス症候群  平成5年(1993年)

 かつての日本の住宅は、夏の高温多湿な気候に備え、風通しの良いつくりになっていた。しかし、昭和48年のオイルショックのころから、省エネのために窓や戸がアルミサッシになり、気密性が高くなった。

 さらに住宅需要が高まり、新築の家は値段の安い新建材や内装材が用いられた。新建材が普及したのは、木目印刷の技術が進歩し、きれいに見えるプリント合板が開発されたからである。新建材は見た目が良く手入れも簡単だった。しかしこの新建材に、空気を汚染する化学物質が含まれていた。つまり、室内換気の低下と新建材の採用が、室内化学物質による「シックハウス症候群」を発生させたのである。

 それまで部屋の空気汚染は石油ストーブから発生する窒素酸化物、ダニ、カビなどであった。また大気汚染という公害にも悩まされていたが、この公害が解決したころから、新建材による室内汚染が生活に忍び込んできた。

 この室内汚染は、日本より先に米国で問題になっていた。米国では省エネのためビル内の換気基準が6分の1に下げられ、そのためにビルの居住者やビジネスマンが健康被害を受けていた。米国ではビル内の20%の人が症状を訴えた場合、その建物は「シックビル症候群」とされていた。日本では一般住宅から被害が出たが、米国ではビルが室内汚染物質に侵された。日本ではビルの換気基準は決められていたが、一般住宅には換気基準がなかったからで、つまりシックハウス症候群は和製英語で欧米では通用しない。欧米ではシックビル症候群と呼ばれている。

 シックハウス症候群は新しい現代病で、症状が多彩なため病院に行っても原因が分からず、自律神経失調症や更年期障害と診断され、自宅療養で症状を悪化させることがあった。しかし平成5年ころより、テレビでシックハウス症候群が取り上げられ、被害者たちは自分たちの健康被害の原因を知ることになった。

 シックハウス症候群の症状はさまざまであるが、目がチカチカする刺激症状がもっとも多い。そのほか、粘膜の乾燥感、蕁麻疹、胸部不快感、倦怠感、めまい、耳鳴りなどの体調不良がある。「家から外に出ると症状が改善し、家に入ると症状が悪化する」のが特徴であった。症状に個人差はあるが、アレルギー体質の人だけでなく、誰でも発症する可能性があった。

 室内空気汚染物質として約900種類の物質が知られているが、その中でもホルムアルデヒドによる被害がもっとも多い。ホルムアルデヒドは剌激臭のある気体で、その水溶液は組織標本をつくるホルマリンとして知られている。ホルムアルデヒドは多くの合板に含まれ、壁や天井の壁紙を張る際の接着剤にも使用されていた。さらに家具、カーテン、カーペット、塗料などにも含まれていた。

 ホルムアルデヒド以外の化学物質としては、塗料に含まれるトルエンやキシレンなどのシンナー類や、防虫シート、シロアリ駆除剤に含まれるクロルピリホスなどがある。このようにさまざまな化学物質が健康被害をもたらした。

 平成7年9月、国立公衆衛生院は「新築住宅の平均ホルムアルデヒド濃度が居間で0.18ppm、食器棚で1.00ppmであった」と公表した。この数値は、WHO(世界保健機関)が示す安全基準値0.08ppmをはるかに超える数値であった。その2年後の平成9年6月、厚生省は遅ればせながら、健康的に住むための住宅の指針として0.08ppm以下とするホルムアルデヒド濃度基準を示した。もっともこの数値は単なる目標値で、この数値を超える新築住宅が多かった。野外のホルムアルデヒド濃度は0.008ppmなので、室内の安全基準値は家外より10倍高い数値であった。

 しかし世論の高まりから、建材メーカーは「無ホルムアルデヒド」の接着剤や合板の商品化を急ぎ、平成14年には建築基準法が改正され、ホルムアルデヒドを多く出す建材が禁止され、換気の設置などが義務付けられた。

 シックハウス症候群の予防は、空気汚染物質を発生させないことで、さらに換気を頻回に行うことである。新築の家でも換気をよくすれば、数カ月で症状が消えるのが通常である。窓の開放による自然換気、換気口を利用する積極換気、さらに押入にスノコを入れ空気の循環をよくし、エアコンをドライにして湿度を下げるなどの工夫がある。

 シックハウス症候群は、文字通り「病気の家症候群」であるが、マスコミが競うように健康被害を取り上げ、このことがシックハウス症候群を急速に改善させた。