アスベスト

【アスベスト】昭和62年(1987年)

 昭和62年、アスベスト(石綿)を含んだベビーパウダーが販売されていることが判明、回収されることになった。この事件をきっかけに、アスベストが社会問題に発展してゆくことになる。

 当時、アスベストが石綿肺や悪性中皮腫(肺がんの一種)の原因になることは、研究者の間では常識であった。悪性中皮腫という疾患は、治療法がなく死に至ることから、欧米ではアスベストは「キラーダスト」と恐れられていた。

 昭和30年ごろから40年ごろまで、アスベストは学校の校舎、体育館、寄宿舎や集合住宅などの壁や天井に盛んに使用されていた。断熱効果、絶縁性、防音効果、加工性に優れ、値段が安かったため、年間35万トンのアスベストが輸入され使用されていた。またアスベストは建物だけでなく、ストーブのしん、魚を焼く網、自動車のブレーキなどにも使用されていた。

 アスベスト繊維は非常に軽く細いため、吹き付けられた天井からアスベストがはがれ落ち、空中を浮遊するアスベストを吸い込むと肺から排除されず、これが長期間にわたって肺細胞を傷つけ、肺がんを引き起こすのだった。

 このことが公表されると、「アスベストによる学校パニック」が起き、アスベストの撤去工事が始まった。しかし撤去工事のガイドラインがないため、作業者の安全や周辺地域への配慮がないまま工事が行われ、そのためアスベスト隠し、撤去工事隠しなどと非難された。

 吹き付けアスベストは、昭和50年に禁止されていたが、撤去までは行われていなかったのである。平成元年の大気汚染防止法でアスベストは特定粉塵に指定され、工場からの排出が規制され、自動車のブレーキに使用されていたアスベストも禁止され、ノンアスベストブレーキに代わっている。しかし規制が遅れたため、まだ大気汚染の原因となっている。

 平成7年の阪神・淡路大震災で、壊れたビルやがれきの解体によるアスベスト飛散が報告された。防じんマスクが使用されたが、その効果は明らかではなく、ビルの解体には十分に注意することが必要である。

 労働省はアスベスト規制を強化し、平成7年4月から毒性の強いクロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)の製造、輸入、使用を禁止した。

 日本の中皮腫による死者は、平成7年に500件、8年に576件、9年に597件、10年に570件となっている。この中皮腫の原因の多くがアスベストが原因とされている。またアスベストは肺がんを引き起こすとされ、毎年数千人がアスベストによる肺がんで死亡していると推測されている。

 意外なことであるが、日本のアスベスト関連死は西欧諸国のデータと比較すると低い数値である。日本におけるアスベスト関連死が低いのは、アスベストの使用が欧米に比べ遅れていたので、アスベストの長期的な蓄積作用を考えると、日本でも今後増加する可能性がある。いずれ欧米に追いつき、追い越すことが予想され、日本の状況は深刻である。日本では、平成12年に肺がんが胃がんを抜いて男性死因のトップとなり、その原因はタバコとされているが、アスベストの関与も忘れてはいけない。