ケフラール

【ケフラール】 昭和63年(1988年) 

 昭和63年6月26日、朝日新聞は第1面で医薬品の中でトップの売り上げを誇る内服薬の抗生剤セファクロル剤(塩野義製薬:商品名ケフラール)が、2000人に1人という高い頻度で、ショック症状を起こすと報道した。この報告は、大阪府松原市の阪南中央病院の浜六郎内科医長と森久美子薬剤課長が、英国の医学雑誌「ランセット」の6月1日号に発表したものである。この新聞記事を読んで、多くの医師たちは驚いた。

 ケフラールは当時、年間9360億円の売り上げを誇るベストセラーの抗生剤で、日常的に使用していたからである。医師の多くは、安全な薬品として患者に投与していたが、もし浜六郎らのデータが本当であれば、1年間に4000〜6000人がショック症状を起こしていることになった。

 阪南中央病院では、昭和52年から患者に投与した薬剤の副作用をコンピューターに登録し、5年間で7972人にケフラールを投与し、4人がショック症状を起こしたとしていた。そのためケフラールの危険率は、ほかの抗生剤の10倍以上と警告したのである。

 またケフラールの副作用による死亡例が公表され、厚生省は医薬品副作用情報にこの症例を掲載、医療関係者に使用上の注意を促した。死亡したのは兵庫県の心房中隔欠損症の女性(44)で、入院中の昭和61年7月、感染予防のためケフラール2カプセルを服用したところ、10分後に全身に発赤が現れ、呼吸困難となった。その数分後に気管支けいれんを起こして心肺停止となり、心臓マッサージ後も意識不明の状態が続き、約2カ月後に他の抗生物質を使用した直後にショック死した。死亡した女性は、ペニシリン系やマクロライド系の薬剤にアレルギーの既往がある上、心臓に重篤な疾患があった。そのため患者遺族と担当医との間で和解が成立していた。

 ケフラールを製造販売している塩野義製薬は、添付文書の中でペニシリン系やセフェム系薬剤に対して過敏症の既往のある者、本人や両親、兄弟にアレルギー体質の人がいる患者には、慎重に投与するようにと注意を促した。また服用後にショック症状や過敏症の副作用が現れることがあると書き加えた。

 このケフラールの危険性を示すデータは、果たして本当なのだろうか。その後、塩野義製薬は1万647例(904施設)を対象に大規模調査を行ったが、ショック症状を起こしたのは1例(0.009%)だけで、ボスミンとステロイドの投与で、4時間後にはすべての症状が改善していた。英国の「ランセット」は権威ある医学雑誌で、この雑誌に掲載されることは医学部教授でさえまれであった。この阪南中央病院の報告が正しいのかどうかは読者の判断に任せたい。

 なおケフラールの危険性を指摘した浜六郎医師は、その後も医薬ビジランス研究所などで様々な薬剤の危険性を指摘している。高血圧は下げない方がよい、コレステロールを減らすと癌になりやすい、インフルエンザ治療薬タミフルの薬害などを警告している。

 現在の医療は科学的証拠に基づいて議論され、集めた科学的証拠をどのように解釈するかで意見が分かれる。多くの科学者や医師と、浜六郎医師の考えとは違っているだろうが、真実を知る上でも、浜六郎医師の意見を無下にすることはできない。むしろ浜六郎医師の意見を参考に薬剤の副作用を考えるべきである。