じん肺訴訟

 【じん肺訴訟】昭和61年(1986年)

 じん肺とは炭坑、採石場、トンネル工事などで働いている労働者が、長期にわたり粉塵を吸うことによって生じる肺の疾患である。吸い込んだ粉塵により、肺は線維増殖性の変化を来し、息切れや呼吸困難などの症状を起こした。じん肺は、最古の職業病といわれ、被害者の数を考慮すれば人類最大の職業病といえる。

 じん肺の発生には、粉塵の化学的性状や粉塵の大きさなどが関連し、症状が出るまでに十数年から数十年を要する場合が多いため、初期には自覚症状はほとんどないが、やがて労作時の呼吸困難などが出てくる。じん肺は慢性に経過し、1度症状が出れば治ることがないことから、じん肺の責任をめぐり多くの訴訟がなされている。

 じん肺は粉塵の種類によって珪肺、炭肺、石綿肺、黒鉛肺などに区別され、その診断は胸部エックス線写真で散布状の粒状影を認めることである。また珪肺では肺結核を、石綿肺では肺がんを合併することがあがあり、年間およそ1000人の労災認定がなされ、訴訟が繰り返されている。

 昭和61年6月27日、長野市川中島の平和石綿工場の元従業員と遺族24人が、じん肺になったのは工場の石綿粉塵が原因として、2つの企業と国を相手に総額4億6200万円の損害賠償を求めた裁判の判決があった。長野地裁は元従業員を勝訴とし、企業に総額1億9029万円の支払いを命じ、国の責任については「監督権限の不行使は、裁量の範囲を逸脱していない」として請求を棄却した。同年6月30日、静岡地裁も遠州じん肺訴訟で3企業の責任を認定した。

 このようにじん肺訴訟では企業あるいは国に安全配慮義務違反があったかが争点になった。じん肺は長時間の経過後に発病することから、損害賠償の時効(10年)の起算点をいつにするのか、慰謝料の金額など法律上の難問があった。

 平成6年2月22日、最高裁はいわゆる「長崎じん肺訴訟」(旧北松炭鉱、現日鉄鉱業)で、使用者の義務違反を認定。時効の起算点について、「最終の行政認定を受けた時点」として労働者に有利な解釈を示した。長崎じん肺訴訟は、じん肺訴訟としては最初の最高裁判決であった。

 国が発注したトンネル工事では、「国がじん肺防止の規制措置を取らなかった」として、じん肺患者の勝訴が増えている。全国11カ所で、元作業員らが国に損害賠償を求めていたが、平成18年7月、東京地裁で原告団が国に勝訴した。判決は国の責任を厳しく問うもので、国に賠償が命じられた。しかし厚生労働省は上告し、係争中を理由にじん肺の国の責任を認めず謝罪もしていない。

 トンネル工事におけるじん肺訴訟は、今なお裁判継続中である。トンネル坑内での定期的な粉塵測定の義務化、坑内作業時間の管理、建設労働者の健康管理制度の創設などが急がれている。