がんの特効薬事件

【がんの特効薬事件】昭和62年(1987年)

 昭和62年1月20日、警視庁保安二課と高井戸署は元日本獣医畜産大教授・原忠孝(68)を薬事法違反(医療品の無許可販売)の容疑で逮捕状を取った。

 原忠孝がコハク酸を「がんの特効薬」と称して末期がん患者らに販売、1億数千万円を荒稼ぎしていたからであった。事件発覚時、原は捜査を察知してニューヨークに逃亡していたが、警察は帰国を待って取り調べた。

 原忠孝は、昭和20年に東大農学部を卒業し、昭和37年にコハク酸に関する研究で博士号を取得。日本獣医畜産大の助教授になり、昭和44年から54年まで教授を務めていた。一方、昭和51年から、コハク酸に炭酸カルシウムを混ぜた錠剤840万錠を、佐賀県鹿島市の製薬工場で製造していた。そしてこの錠剤を「コハク酸錠」と名付け、厚生省の許可を受けずに「がんや肝臓病に効く」として、1袋(360錠)1万円で販売していた。首都圏で1万3000袋を売り、1億数千万円を稼いでいた。

 コハク酸には魚介類の脱臭作用があり、食品添加物として使われている。原忠孝は「動物実験で制がん効果を発見した」と称して販売していた。昭和52年に、薬事法違反で静岡県警に検挙されていたが、その後も販売を続けていたのである。

 派手な宣伝はしていなかったが、ワラにもすがりたい末期がん患者の間で、口コミで伝わっていた。ただコハク酸の制がん効果は疑問視され、患者からも「さっぱり効果がない」と苦情が出ていた。このため警視庁が内偵、製造工場や自宅など数カ所を家宅捜索していた。原忠孝と共謀してニセ制がん剤販売を行っていたとして、妻のフサエ(53)、二男の忠人(42)、秘書の松田省三(44)も薬事法違反で東京地検に書類送検された。