HBVワクチン

HBVワクチン 昭和61年(1986年)

 肝炎の多くはウイルスの感染によるもので、ウイルス性肝炎は主にA型、B型、C型に分類される。B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus:HBV)の感染によるものがB型肝炎である。

 昭和61年1月、 HBVの母子感染を防止するため、ワクチンの接種が公費負担で開始された。国と地方自治体が責任を持ち、HBVを持った母親から子供へのHBV感染を、ブロックするためであった。

 このワクチン接種で当時300万人、人口の2.7%とされていたHBVキャリアは激減することになった。現在、HBVキャリアは約110万人、人口の0.9%であるが、昭和61年以降に生まれた子供では0.04%と著しく低下している。

 HBVの感染は、感染から数カ月後に身体からウイルスが排除され、免疫ができる「一過性感染」と、長期にわたってウイルスが肝臓に住みついてしまう「持続性感染(HBVキャリア)」がある。B型肝炎が恐ろしいのは、成人になって感染する一過性の急性肝炎ではなく、乳児期に感染を受けた持続性感染である。

 成人がHBVに感染した場合、免疫機構が働きHBVを体内から排除する。多くは無症状のまま、数カ月の経過でHBVは体内から排除されて治癒する。倦怠(けんたい)感や食欲低下などの急性肝炎の症状が一過性に出現することがあるが、慢性化するのは少数で、成人はHBVに対し終生免疫を得るため問題を残さないことが多い。

 一方、免疫能が十分でない乳児がHBVに感染した場合、持続性感染となり問題を残すことになる。B型肝炎の母親から生まれた乳児が、産道内でウイルスに感染すると、HBVは免疫の未熟な乳児から排除されず、長期間にわたって肝細胞内に住み続けることになる。これがHBVの持続感染で、このような乳児がHBVのキャリアとなる。大部分のHBVキャリアは、自覚症状を示さないため、「無症候性キャリア」と呼ばれ、約10〜15%が慢性肝炎に移行し、その20%が肝硬変になる。さらに肝臓がんに移行する。

 肝臓は、「沈黙の臓器」といわれ、予備能力が高く、日常生活では全体の20%の能力を使っているだけである。そのため、重症化するまで自覚症状を示さないのが特徴である。

 かつてB型慢性肝炎が慢性肝炎の約3割を占めていた。そしてその多くがキャリアからの発症で、キャリアの大部分は4歳以下の乳幼児期に感染したものであった。

 母親がB型肝炎であっても、子供が必ずしも感染するわけではない。HBVの特殊な成分であるHBe抗原が陽性で、母親がこのHBe抗原への抗体を持っていない場合のみ感染する。HBe抗体を持っていれば、乳児への感染はないと考えてよい。

 胎児感染防止には、妊婦全員にHBVの検査を行うことである。HBe抗原が陽性であれば母親は肝炎キャリアである。さらにHBe抗体が陰性であれば、赤ちゃんへ感染する可能性が高い。

 この予防としてワクチンの接種が開始されたのである。赤ちゃんにB型肝炎ワクチンを打つことによって感染を予防できるからであった。このことにより、日本人のB型肝炎キャリアは急速に減少、結核に代わる第2の国民病といわれていたB型肝炎は、ワクチン接種により激減したのである。

 B型肝炎ウイルス(HBV)は、輸血によっても感染するが、輸血が行われる以前から日本に存在していた。その主な感染ルートが母子感染で、それは出産後のワクチン投与によって予防可能となった。

 当初のワクチンは、HBV患者の血液からウイルス抗原を分離してつくられていた。その後、遺伝子組み換え技術を用いて、HBVの表面抗原を酵母に入れて培養する方法が開発された。これは遺伝子工学の手法により、初めて製品化されたワクチンで、この方法によりワクチンの大量生産が可能になり、価格も比較的安く、効果が安定したワクチンの供給が可能となった。

 全国25の大学や国立病院で、約2300人を対象に行われた臨床試験では、新ワクチン接種により96%の高い抗体獲得率を得た。遺伝子組み換え技術によるB型肝炎ワクチンは、臨床試験でも従来のワクチンを上回る有効性が確認された。

 HBVキャリアは、全世界で約3億人と推定され、欧米に少なくアジアやアフリカに多い。HBVキャリアから肝硬変、肝がんとなって死亡する患者は、全世界で毎年100万人とされている。

 現在、HBVの母子感染、輸血による感染は、ほぼ100%防止されている。問題となっているのは性行為による感染である。B型肝炎は、母子感染(垂直感染)あるいは輸血によるイメージが強いが、性行為による感染(水平感染)が意外に多い。

 HBVは、C型肝炎ウイルス(HCV)やエイズウイルス(HIV)より感染力が強く、精液や体液、分泌物などに混入した微量の血液が感染源となるが、しかし、性行為によるHBV感染の予防策、その啓発はなされていない。エイズが、性行為による感染であることは知られているが、HBVが性行為によるとする認識は薄い。このため、若い年齢層を中心に、性行為に伴うHBV感染が拡大傾向にある。

 HBVに感染する可能性のある性行為を行った場合は、3カ月間は献血しないことである。感染から3カ月間は抗体がつくられないため、献血での検査をすり抜けてしまうからである。

 通常の生活では、B型肝炎患者から感染する可能性はほとんどない。しかし、医療現場では針刺し事故による感染の可能性があるので、B型肝炎への抗体を持たない医療従事者は、ワクチンの接種を受けるべきである。

 母子感染の件数は、昭和61年の年間約4000人から10年後には約400人に減少した。胎内での感染を除けば、ほぼ予防できるようになった。しかし最近、B型肝炎の恐怖が薄れたことから、母子感染を起こす例が意外にあることが分かった。

 厚生労働省の「ウイルス母子感染防止に関する研究班」が全国の272病院で行った調査によると、平成12年に判明したB型肝炎の母子感染は41例。この約3割が、ヒト免疫グロブリン製剤やB型肝炎ワクチンを投与されていなかった。本来行われるべき処置が行われず、あるいは投与時期を間違い、子供へ感染させたのである。これらは医療機関の怠慢といわれても仕方がない。