腹腔鏡下手術

腹腔鏡下手術 昭和62年(1987年) 

 腹腔鏡下での胆のう摘出手術(LC:laparoscopic cholecystec-tomy)は、腹部に直径約1cmの穴を4カ所開け、カメラの付いた腹腔鏡と鉗子を挿入し、テレビのモニターを見ながら、胆のうを摘出する方法である。従来の開腹手術では、20〜25cmの皮膚切開を必要としたが、腹腔鏡下手術では患者の肉体的負担が軽くなった。

 この腹腔鏡下による胆のう摘出手術が保険適応となったのが平成4年のことである。腹腔鏡下術式は、出血量や術後の痛みが少ないことから、手術の翌日には歩行ができ、術後の腸の回復が早いため早期に食事を取ることができた。腸閉塞の合併は少なく、手術の傷跡が目立たず、入院期間が短く、早期に社会復帰ができた。このように大きな利点があった。腹腔鏡を用いた胆のう摘出手術は医学、特に外科の分野での画期的進歩といえた。

 それまでの内視鏡は、胃カメラや気管支鏡を口から入れ、あるいは尿道から膀胱鏡を入れ、つまり身体にある穴を利用していた。しかし腹腔鏡は、直接お腹に穴を開け、複数の術者がモニターの画面を見ながら手術を行った。

 腹部に小さな穴を開け、視野を確保するため炭酸ガスを腹部に入れ、腹部の穴から内視鏡や鉗子などを入れて手術を行う。腹部を膨らますため炭酸ガスを入れるが、炭酸ガスは無害であり、また炭酸ガスは不燃性なので電気メスを用いることができた。

 この腹腔鏡を用いた胆のう摘出手術は、昭和62年にフランスのムレ博士らが開発し、数年後には米国で爆発的に流行した。日本では、平成2年に初めて胆のう摘出手術が行われている。帝京大溝口病院の山川達郎医師が、日本初の術者とされているが、ほぼ同時期、あるいは数カ月遅れで日本の各病院で実施されるようになった。

 日本に導入された当初は、熟練した術者が少なかった。それぞれの医師が、ビデオや文献を頼りに行っていたので、胆管損傷などの合併症が少なからず起きた。しかし腹腔鏡下手術の急速な普及とともに安全性が高まり、現在では胆石手術の第1選択術になっている。

 トレーニングを積んだ医師が行えば、安全性は高く患者負担も軽いため、胆のう摘出術の8割が腹腔鏡下で行われ、腹腔鏡下の摘出手術は常識となっている。

 しかし平成2年当時、この腹腔鏡下手術は診療報酬では認められていなかった。診療報酬で認められていない医療行為は全額自己負担であった。そこで病院は腹腔鏡下手術を従来行われている「開腹による胆のう切除術」に相当するとして、開腹手術と同じ料金を請求していた。ところが平成3年10月、厚生省はこの腔鏡下手術を違法行為として、保険料の返還を病院に命じたのである。そのため全国で528人の医師が不正請求の疑いで監査を受けることになった。

 約200例の腹腔鏡下胆のう摘出手術を行っていた兵庫県宝塚市の公立病院は、6000万円の診療報酬を返還。他の多くの病院でも返還を命じられた。病院側は患者に「保険診療」と事前に説明していたので、全額を病院が負担することになった。患者のための手術が、全額病院負担となった。

 腹腔鏡下手術という医学の進歩に対し、厚生省はその進歩に対応できないでいた。厚生省は自らの無作為で生じた不都合を、権威で押さえ込もうとしたのである。患者のために手術を行った善意ある病院に、厚生省は患者の身体的負担など考慮せず、法律を盾に国家権力を見せつけた。

 この腹腔鏡下の胆のう摘出術は、平成4年4月の診療報酬改定でやっと保険適応となった。医学の進歩に保険診療が追いついたのであるが、保険適応になったのは、腹腔鏡下の胆のう摘出術だけだった。腹腔鏡下の手術の進歩は著しく、胆のう摘出だけでなく多くの疾患が腹腔鏡下での手術が可能となった。そのため平成6年に、腹腔鏡下の胃切除術、虫垂切除術、腎摘出術、子宮摘出術、大腸がんなどが健康保険で認められるようになり、自然気胸などの呼吸器疾患も胸腔鏡下で手術も行われるようになった。

 腹腔鏡下手術の最大のメリットは、傷跡が小さく、回復が早いことである。患者にやさしい標準的手術となったが、課題は胆管損傷などの合併症の頻度が、開腹手術よりわずかに高いことだった。

 平成8年の内視鏡下外科手術研究会のアンケート調査では、4万1595例中537例(1.29%)に胆管損傷が発生。開腹手術での胆管損傷率0.4%以下に比べると、頻度的には高いといわざるを得ない。ただしそれは当時のデータで、現在は改善している。また数値以上にメリットが大きいことは言うまでもない。

 腹腔鏡下手術は、2次元のモニターを見ながら行うので視野が狭く観察がしにくい。臓器を手指で触知できないことが、開腹手術と異なっている。また腹腔鏡下手術では胆のう内の結石が腹腔内に落ち、結石が膿瘍を形成する例がまれにある。このような合併症を防止し安全性を高めるため、腹腔鏡下手術を行う術者の要件として、「外科認定医であり、助手として10例以上、術者として10例以上の経験を積んでいること」というガイドラインが設定されている。

 当然のことではあるが、術者は2次元の腹腔鏡下手術のトレーニングを積むだけでなく、予測できない事態に備え、従来の開腹手術を習得していなければいけない。術中合併症が起きた場合、止血困難などが生じれば、すぐに開腹手術に移行しなければいけないからである。

 現在、腹腔鏡下手術はごく一般的に行われているが、3人以上の外科医がいない病院では行うことができない。さらに腹腔鏡下手術は機器の投資が大きい上に、使い捨ての機材が多いことから、最大の欠点は「原価割れするほど診療報酬が低い」ことである。