二酸化炭素中毒

二酸化炭素中毒  昭和60年(1985年)

 人間は呼吸によって空気中の酸素を取り入れ、体内の二酸化炭素を吐き出して生きている。このことから、二酸化炭素は無害のように思われがちであるが、それが意外に危険なのである。二酸化炭素中毒による死亡例の多くは、自動消火装置の誤作動、火山ガス、さらにはドライアイスなどで起きている。これらの事故は、二酸化炭素が充満して酸素濃度が低下することによる酸欠が死因とされてきたが、二酸化炭素そのものに毒性があることが分かってきた。

 昭和60年6月23日、大阪府堺市の造船工場で外国人技術者が貨物船を点検しているときに、誤って消火用の二酸化炭素噴射装置を作動させ、船内38カ所から二酸化炭素が一斉に噴き出し、作業員11人のうち6人が死亡している。

 昭和62年6月9日には、東京都港区芝の臨海ビル地下1階で、作業員が消火用ボンベを点検中に作業を誤り、大量の二酸化炭素が噴出した。作業員、運転手、清掃員ら5人が酸欠状態で倒れた。芝消防署救急隊が地下室から5人を搬出したが3人が死亡した。 

 さらに平成5年10月12日、東京都千代田区にある郵政省地下2階の電圧機械室で、空調整備の配管を換えるため、壁に穴を開けたところ、誤って消火設備の配線を切断、消火用の二酸化炭素ガスが噴出して1人が死亡している。

 平成7年12月1日、東京都豊島区のビルから警備会社「セコム」の指令室に異常信号が入った。警備員2人がビルに入ると、急に気分が悪くなり救急車を要請。救急隊員が駆けつけると、1階の駐車場で警備員2人と同ビルの女性職員(28)が倒れていた。近くの病院に搬送したが、警備員の2人は死亡、女性は重体となった。

 3人が倒れていたのは1階の裏側に面した駐車場で、女性職員は上司の忘れ物を取りにビルに入り、帰る時にビルの出口を間違え、外に出ようとして消火装置のボタンを押してしまったのだった。消火装置のボックスのふたが開いており、70キロの二酸化炭素の入ったガスボンベ41本が空になっていた。

 消火装置は、立体駐車場、ビルの電気室、船内など通常は人のいないところに設置されている。火が燃えるには酸素が必要なので、二酸化炭素を用いた消火装置は酸素を遮断して鎮火させるためであった。かつて飛行機の消火装置も二酸化炭素が用いられていたが、消火装置の誤作動で死者が出たことから、飛行機の消火装置はフッ素系消火剤に切り変わっている。

 二酸化炭素中毒として火山ガスも有名であるが、世界最大の事故は昭和61年8月21日に、カメルーンのニオス湖で起きている。湖水の深層水で過飽和になっていた二酸化炭素が浅水層に移動、気泡となって100%近い二酸化炭素が谷あいの村に流れ込み、住民1746人、家畜8000頭以上が死亡した。ニオス村では住民1200人のうち助かったのはわずか6人だった。

 平成9年7月12日、青森県・八甲田山で訓練中の自衛隊員12人が、青森市から20キロ離れた田代平の林の中にある通称ガス穴で、次々に意識を失って倒れ3人が死亡した。原因は二酸化炭素中毒で、穴の中の二酸化炭素濃度は15〜20%であった。火山ガスによる二酸化炭素中毒死亡例は日本では初めてのことだった。 

 ドライアイスによる二酸化炭素中毒例もある。平成6年8月7日、荷物室と運転席が仕切られていない送迎用の自動車で、ドライアイス300キロを紙に包んで運転していた従業員が二酸化炭素中毒で死亡する事故が起きている。平成9年9月29日、コンテナに保管しているドライアイスを取りに入った従業員が死亡する事故も起きている。そのほかドライアイスによる死亡事故はこれまでに数件の報告がある。ドライアイス2キロを自動車に放置すると致死量に達するとされている。

 二酸化炭素中毒の発生場所として地下貯蔵室、ワインセラー、サイロなどがある。これらは生物の呼吸や発酵が関与している。二酸化炭素は空気より重く、無色、無臭であるため気付かないうちに死亡する。昭和41年、青森県十和田市のしょうゆ工場のタンク内で2人が死亡。昭和60年、滋賀県のビール工場の貯蔵庫で1人が死亡。このようにこれまで20人以上が死亡している。これらの事故では、倒れた人を助けようとした人が犠牲者となることが多い。

 二酸化炭素に意識消失作用があることは18世紀から知られていた。人間が通常の空気(酸素濃度20.9%)を吸っている場合の動脈の酸素濃度を100とすれば、酸素濃度が半分になれば動脈の酸素濃度も半分になる。このことから二酸化炭素中毒は酸欠死で、法医学的には窒息死に分類されてきた。しかし二酸化炭素中毒は単純ではなかった。酸素濃度20%、二酸化炭素濃度80%の気体を犬に吸わせた実験で、犬は1分で呼吸が停止し数分で死亡した。このことは、酸素が十分にあっても二酸化炭素の濃度が高いと危険であることを示していた。

 空気中の二酸化炭素は0.03%であるが、0.1%を超えると呼吸器、循環器、大脳などに影響を及ぼす。人間の吐いた空気に含まれる二酸化炭素濃度は3%なので、閉め切った部屋にたくさんの人が長時間いると危険な状態になる。例えば、密閉された小型エレベーターに10人が4時間閉じ込められた場合、酸素濃度は13.4% 二酸化炭素濃度は6%となり、危険な状態になる。二酸化炭素濃度4%で耳鳴り、頭痛、血圧上昇などの症状が現れ、10%で意識混濁、けいれんを起こして呼吸が止まる。30%では即意識が消失して死亡する。