シモーネ・マルティーニ

シモーネ・マルティーニ

 マルティーニ(1285-1344)は14世紀に活躍したイタリアのゴシック期のシエナ派の画家で、イタリアのゴシック絵画のもっとも典型的な様式の作品を残している。世代的にはフィレンツェのチマブーエや、シエナのドゥッチョ・の後継者にあたる。
 美しい色彩や装飾性からシエナ派のドゥッチョの弟子とされているが、ドゥッチョには見られない写実性が認められる。このことからフランスゴシックからの影響もあるとされている。1317年にナポリのアンジュー家の宮廷で制作、その後アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の壁画制作、1340年教皇庁の宮廷画家としてアヴィニョンで板絵、壁画、写本を制作などが確認されている。その生涯の詳細な記録は不明である。晩年の作品は国際ゴシック様式を予告しており、後のフランスやフランドルの画家に大きな影響を与えた。

 中世はしばしば「暗黒の時代」と表現されるが、ルネサンス以降の近代人たちがイメージとして抱いた「中世」がどのようなものであるにしろ、実際の中世は、ヨーロッパ世界が徐々に形成され、その独自な文化を練り上げるための重要な時期であった。中世に存在した光り輝く多くの要素をもう一度、見直す必要がある。


受胎告知と聖アンサヌス、聖女
1333年 184×210cm | Tempera on wood |
フィレンツェのウフィツィ美術館

 シエナ大聖堂内のサンタンサーノ礼拝堂のために描かれた祭壇画。主題は新約聖書から処女のままキリストの懐妊を告げられる聖母マリアと、神の御心を伝える大天使ガブリエルを描く「受胎告知」である。また両脇にはシエナの守護聖人アンサヌスと聖女が、マルティーニの義理の兄リッポ・メンミによって描かれている。

 大天使ガブリエルの口から発された声が、空中に金色の文字となって視覚化されている。数ある「受胎告知」の場面の中でも、この作品の聖母は人間的な表情を見せていて、聖母マリアの仕草からは拒絶さえも感じられる。オリーブを手にした大天使ガブリエルも、聖母マリアの表情をうかがいながら、聖なるお告げを伝えている様子で、二人の間にみなぎる緊張感が、金地によって創り出された空間を引き締めている。
 この作品は日本人にとっては、比較的親しみやすい印象を与える。極度に洗練された蒔絵のような工芸品的な美しさは、圧倒されても不思議な懐かしさを伴っている。金箔による光輪は丹念な刻印や刻線を見てとることができ、これほどに優美な金地背景の祭壇画になると、絵画作品と言うより工芸品に近い丹精さを感じる。
 聖母マリアの顔には下地に用いたくすんだ緑色が透けて見え、画家はその上に何度も筆を重ねて微妙な表情を繊細に作り上げている。この祭壇画もまた成熟を重ねた中世末期だからこそ生み出された、夢のように幻想的で繊細な絵画である。


荘厳の聖母(マエスタ)
1315年 763×970cm | Fresco |

シエナ市庁舎 -世界地図の間-

 初期の代表作「荘厳の聖母(マエスタ)」。主題はゴシック絵画では基本的な構図といえる玉座の聖母子。1315年にシエナの九人委員会より委嘱され描かれた。枠縁に署名と年代が残っている。シエナは15世紀には衰退したが、14世紀当時はルネサンスのフィレンツェと並ぶ、美術の中心地であった。


グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ
1328年以降 340×968cm | Fresco |
シエナ市庁舎-世界地図の間-

 1328年、シエナのモンテマッシの攻略が成功したのを記念し、攻略へ進行する場面を描いた壁画「グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ」。画面中央には攻略をおこなった年代(1328)が描かれているが、近年では制作者の帰属や制作年代が疑問視されている。


聖マルティヌスの生涯
1317年頃 | Fresco |
サン・マルティーノ礼拝堂

 アッシジのサン・フランチェスコ聖堂下堂、サン・マルティーノ礼拝堂に描かれた連作壁画「聖マルティヌスの生涯」。本壁画は4世紀のトゥールの司教でキリスト教の聖人、マルティヌスの一生を壮大に描いた。本壁画の制作年代は明確ではないが、シモーネ・マルティーニの様式形成を研究する上で重要で、奥行きを感じる空間構成や表情の豊かな人物表現から、当時既に名を馳せていたジョットだけではなく、フランスゴシックからの影響が認められている。