スズメバチ集団刺傷事件

スズメバチ集団刺傷事件 昭和63年(1988年)

 昭和63年10月1日、東京八王子の山道でハイキングをしていた小学4年生16人と付き添いの父兄ら計30人が、スズメバチの大群に襲われた。児童9人、父兄7人の計16人が全身をハチに刺され、病院で手当てを受けることになった。また、同月20日にも東京都町田市で、幼稚園児の列がスズメバチの大群に襲われ、園児8人と教師1人の計9人が病院に搬送された。

 この2つのハチ刺傷事件は、幸いなことにいずれも軽症で入院せずに済んだ。しかし日本では、スズメバチに刺されて毎年40人前後が死亡しているのである。スズメバチの被害に遭うのは、主に8月から10月にかけてで、この時期はハチが巣をつくる時期で、興奮しやすいためとされている。

 日本には5000種類以上のハチがいるが、ヒトを刺すハチはミツバチ、アシナガバチ、スズメバチなど少数にすぎない。その中でも刺されて死に至るのは、ほとんどがスズメバチである。スズメバチはハチの中では世界最大級の大きさで、体長は約3センチから5センチである。国内に生息するのは3属16種で、その中でもオオスズメバチとキイロスズメバチは攻撃性が強く、集団被害は主にこの2種類によってである。

 スズメバチは、地方によっては熊蜂(くまんばち)とも呼ばれ、攻撃性が強く日本で最も危険な野生生物とされている。その一方で、スズメバチの巣は縁起物とされ、古い農家などに巣が飾られていることがある。スズメバチに襲われるのは、遠足中の小中学生や幼稚園児であることが多いが、これは大勢の子供たちがスズメバチに気付かず、ドタバタとスズメバチの巣の近くを歩くためである。

 スズメバチの巣は、家の軒先などにつくられることがあるが、地中につくられることが多く、そこで女王バチを中心とした社会生活をしている。そのため振動を感じたスズメバチが、巣を攻撃されたと思い、集団で反撃してくるのである。

 今回の事件は、長雨の影響で空腹となったハチがいら立っていたためとされている。ハチに刺されないためには、ハチを興奮させないことで、1匹でも興奮すると、周囲のハチのすべてが興奮してしまう。スズメバチの攻撃半径は、巣から50mとされているので、襲われそうになったら、かがんだ姿勢で静かに50m逃げることである。横に逃げると、動きに反応して刺されることが多い。また急な動きはハチを刺激するので、なるべくゆっくり移動するのがよい。大きなスズメバチが飛んでくると慌ててしまい、思わず振り払おうとしてしまうが、これは逆効果で、じっとしていれば刺されることはない。

 またハチは黒い部分を刺すので、髪の毛や目を覆うことである。ハチの天敵は熊であり、そのため黒い色を攻撃するとされている。アウトドアでは黒い色の服は避け、またニオイにも反応するので強い香水は危険である。

 ミツバチの針には逆向きのトゲがあり、刺すと針とともに自分の内臓もちぎれることになる。そのため刺すとミツバチはそのまま死んでしまう。もっともこの現象はミツバチだけのもので、ほかのハチにはみられない。「ハチの一刺し」はミツバチの話で、スズメバチの針にはトゲがないので、スズメバチは刺しても死ぬことはない。

 ハチに刺されると、熱を伴った激しい痛みを感じほど毒性は強いが、身体が小さいため毒の量は少なく、毒によってヒトが死ぬことはない。ハチに刺されて死ぬのは、毒ではなくアナフィラキシーショックによってである。

 アナフィラキシーショックとは急激なアレルギー反応で、重症の場合は刺されて15分以内に、意識低下、血圧低下、喉頭浮腫を来して死亡する。過去にハチに刺された経験のあるヒトが再度刺されると、アナフィラキシーショックを起こしやすい。そのため、何度もハチに刺されたことのある、林業や養蜂(ようほう)業で働く人たちの危険性は高い。

 症状が強い場合は、1秒でも早く病院で治療を受けることである。血圧の低下と喉頭浮腫が死因となるので、血圧の低下に対してはボスミン、喉頭浮腫や呼吸苦がある場合はステロイドの投与と気管内挿管を考慮しなければいけない。

 ハチに刺された場合、かつてはアンモニアが治療によいといわれていたが、実際には効果はなく迷信である。傷口を流水で洗い毒液を出すことは多少の効果が期待される。また刺された場合は、皮膚に抗ヒスタミン剤やステロイド剤の塗布を行うのがよい。

 通常、激しい痛みや不快感は1日程度で治まるが、オオスズメバチに刺された場合は、傷跡が何年も消えないことがある。なおハチの毒針は産卵管が変化したものなので、刺すのはメスだけである。

 ハチの巣の駆除をする場合は、市役所に頼めばやってくれる。具体的な駆除方法としては、殺虫剤などを使わずに掃除機で吸い込む方法がよいとされている。白い服で身を固め、帽子やゴーグルで全身を覆い、掃除機の吸い口を巣の入り口に近づけたままじっと待つ。

 飛んでいるハチを吸い込むことは不可能なので、巣から出てきたハチ、巣に戻ってきたハチを掃除機で吸い取る。巣には約500匹のハチがいるので、吸い込んだハチが500匹前後となったらハチ退治は完了である。