スギ花粉症

スギ花粉症 昭和62年(1987年)

 昭和62年3月9日、テレビで「スギ花粉の飛散予報」が初めて始まった。花粉症は他人ごとにようにとらえられていたが、患者は次第に増え続け、平成2年には患者数が1000万人を超えた。花粉症に悩む人は都市部で人口の2割とされ、花粉症は新たな国民病となった。日本の花粉症の多くがスギ花粉であった。

 日本で初めてスギ花粉症が報告されたのは、東京オリンピックで日本中が浮かれていた昭和39年のことである。栃木県日光の病院に赴任していた斎藤洋三医師(東京医科歯科大助教授)が、それまでの教科書に記載されていなかったスギ花粉症21例を報告した。

 斎藤医師はブタクサ花粉症に似た患者を診察、その当時はスギが花粉症を引き起こすことは知られていなかったが、斎藤医師は病院の周辺を観察してスギ以外に考えられないと直感したのである。スギ花粉症との命名も斎藤医師によるものであった。

 スギの花粉を吸い込むと、くしゃみ、鼻水、目のかゆみなどが出現する。つらい症状であるが、生命には関与せずに数ヶ月の我慢ですむため放置している患者が多かった。スギ花粉症のメカニズムは、花粉が粘膜に付着すると、免疫機構が働いてIgEと呼ばれる物質がつくられ、このIgEがアレルギー反応を引き起こすのである。身体を守るはずの防衛機能が過剰に反応してアレルギー症状を出すのであった。

 日本ではスギ花粉によるものが圧倒的に多いが、スギは植林後30年ほどで成木になって花粉を飛ばすことによる。太平洋戦争で荒れはてた山野に、林野庁の指導でスギが植林され、そのためにスギ花粉が増加したのだった。

 林業のためにスギを植えたが、安い木材が輸入されるようになり、スギの人気が落ち、そのため林業に携わる人が減り、杉の枝は伸び放題になり多くの花粉をまき散らしたのである。戦後に植えたスギが、花粉をまき散らしているのである。

 スギ花粉症は海外ではみられない疾患で、日本では北海道と沖縄を除き各地に患者が存在する。スギ花粉症が当時まで問題にならなかったのは、花粉がぬれた大地に吸収されていたからで、それが都会の舗装化によって花粉が何回も飛び散るようになったとの説がある。人間社会と自然とのバランスが崩れたことによるのだろうが、それまでスギ林に囲まれて生活していた人に、花粉症が発症しなかったことは不思議である。

 さらなる説として都市化現象による複合汚染、特にディーゼル車が排出する微粒子が関係しているとされている。花粉症は交通量の多い沿道の住民の方がスギ林の近くの住民より2倍以上も患者が多のであった。

 ある物質A(抗原)と物質Bを一緒に注射すると、物質Aに対する抗体の産生を物質Bが増加させることがある。この場合、物質Bをアジュバンドと呼ぶが、スギ花粉が抗原であり、ディーゼルの排出微粒子がアジュバンドとする説が動物実験で証明されている。

 スギ花粉症の対策として、花粉のほとんど出ない新種のスギが千葉県林業試験場(現千葉県森林研究センター)で開発され、平成10年春に8万本を植える計画が立てられた。年間30万本を目指し、毎年約100ヘクタールずつ増やしていく計画であるが、日本のスギ林の面積は450万ヘクタールであることから、気の遠くなるような対策である。

 さらにスギ花粉症の原因として寄生虫の駆除説が指摘されている。日本人は昔から寄生虫と共生し、寄生虫の感染率はかつて60%以上だったが、戦後30年間で数%までに低下した。この寄生虫との共生を断ち切ったことが、花粉症、アトピー、気管支喘息などのアレルギー疾患を引き起こしたとする学説である。寄生虫への免疫細胞が、寄生虫が少なくなり、その代わりにダニや花粉などを攻撃してアレルギー反応を誘発しているとしている。これは日陰者になった寄生虫学者のたわごと思われるが、もし本当ならば寄生虫は害だけではなく益をもたらすことになる。つまり寄生虫と人間との共生の不思議を示しているのかもしれない。

 花粉症の治療法としては、抗アレルギー剤服用による予防的治療、症状を軽くするための対症療法、長期的な減感作療法がある。花粉が飛び始める予想日の1〜2週前から薬を飲み続ける予防的治療が推賞されている。

 予防的治療で花粉によるへのアレルギー反応が抑えられるが、それでも花粉がピークになる3月に症状が出た場合には、即効性のある鼻用ステロイド噴霧薬や点眼薬などを併用する。鼻のアレルギー症状には点鼻薬、目のアレルギーには点眼薬である。

 根本治療とされているのが減感作療法である。スギ花粉症の季節が終わってから週に1回スギエキスを注射して、体を徐々にスギ花粉に慣れさせ、スギ花粉への過敏性を弱めていくのである。しかし長期通院の面倒に加え、改善率は約60%と成績が悪いためそれほど普及していない。

 東京都内のデパートでは、春先になるとスギ花粉症のコーナーが設けられ、眼鏡、マスク、洗眼器、鼻洗浄機、空気清浄機など、さまざまな商品が販売されている。製薬会社がスギ花粉に貢献していることは確かであるが、医薬品のスギ花粉市場は推定200億円とされ、何となく貢献よりも営業を感じてしまう。