ゲルマニウム食品

ゲルマニウム食品 昭和62年(1987年)

 これまで健康に効果があると証明された健康食品は皆無だが、健康に有害と証明された健康食品は数多く存在する。消費者の健康への関心、病気を持つ患者の弱みにつけ込み、効果のない健康食品で暴利だけでなく、有害な健康食品を堂々と売る悪徳商法が流行していた。

 百害あって一利もない健康食品が次々と商品化されたのは、宣伝さえすれば容易に暴利を得たからである。健康食品が身体に良いと宣伝するのは健康食品会社、あるいは会社に雇われたサクラや学者である。このように健康を売り物にした悪質商法の中で、ゲルマニウムは6人の死者を出すことになった。

 昭和55年ごろから「ゲルマニウムが、がんや糖尿病、高血圧や肝臓病などに効く」と盛んに宣伝され、そのためゲルマニウム健康食品がブームになった。ゲルマニウムは有機ゲルマニウムと無機ゲルマニウムに分類され、有機ゲルマニウムは朝鮮ニンジンやニンニクなどに含まれることから健康に良いだろうとされていた。一方、無機ゲルマニウムは半導体などに使われ健康とは全く無縁の物質であるが、ゲルマニウム人気にあやかり、多くの無機ゲルマニウム健康食品が販売されていた。有害な無機ゲルマニウムをがんや糖尿病、肝臓病に効くと宣伝して販売していたのである。

 昭和62年10月、ゲルマニウム、オレンジの花粉を原料とした健康食品をがんや高血圧など万病に効くと宣伝、販売していた東京都渋谷区の健康食品販売会社「ビューラ」の丹羽芳男社長(54)が薬事法違反の疑いで警視庁保安二課に逮捕された。丹羽社長はゲルマニウムの効用を宣伝する本を書き、その中で自社のゲルマニウムを紹介していた。

 このような商法は「バイブル商法」と呼ばれ、ビューラは10億円を売り上げ、5億円の利益を上げていた。丹羽社長はオレンジの花粉を原料とした「ロイヤルミックス」、ゲルマニウム含有水「ジェム」など4種類の健康食品を製造し、がんや糖尿病、高血圧などの現代病に効くと薬効をうたっていた。

 丹羽社長はテレビ出演してゲルマニウムの効用を訴え、「ゲルマニウムで現代病は治る」など7冊の本を出版していた。「ロイヤルミックス」の原価は141円、「ジェム」は703円だったが、定価はそれぞれ3500円、9000円と原価の10倍以上の値段で売っていた。健康食品は、「値段が高ければ、それだけ効果がある」と消費者は思って買ってしまうのである。

 丹羽社長はこれらの商品を全国55の代理店で販売していた。代理店を募るため、通信教育学校「分子矯正理工学院」を設立し、講習料(約10万円)を取って受講者を集め、講習修了者に「健康相談士」「健康管理士」の肩書を与え代理店をさせていた。

 昭和54年にゲルマニウムによる最初の急性腎不全患者が発生して以来、ゲルマニウムによる中毒患者が相次ぐことになる。昭和61年までに6人が死亡、23人が中毒を起こし、死亡率は26%と高率だった。ビューラの女性社員(52)でさえ、ゲルマニウムによる腎臓病で死亡していた。

 昭和63年2月、日本小児科学会の鹿児島地方会で、鹿児島大小児科が発表した症例がゲルマニウム被害の典型例といえる。死亡したのは1歳時に糖尿病を患い、インスリン治療を受けていた5歳の男児である。この子供の父親が「糖尿病の80%は治る」と書かれた丹羽芳男の本を読み、子供に1年半にわたり35mgのゲルマニウム食品(商品名「ジェム」)を、インスリン治療と並行して内服させていた。

 子供は足のふらつきなどを呈したが、父親は糖尿病が悪化したと考え、ゲルマニウムの服用量を倍に増やした。そのため症状はさらに悪化、鹿児島大小児科に入院した。入院時には、腎不全、肝不全、呼吸不全の状態だった。男児が死亡して解剖によって、腎臓だけでなく各臓器に大量のゲルマニウムの蓄積が認められた。

 ゲルマニウムは腸管から吸収されると、腎臓の尿細管に蓄積する性質がある。この尿細管に蓄積したゲルマニウムが間質性腎炎を引き起こすのであるが、間質性腎炎は通常の腎臓病とは違い、尿検査で異常が見つからずに血液検査で初めて分かることが多かった。そのため患者の状態が悪くても発見が遅れてしまうのだった。

 日本人は、毎日1mgほどの有機ゲルマニウムを食品から摂取しているので、有機ゲルマニウムの毒性は少ないと考えられている。しかし、有機ではなく無機ゲルマニウムを大量に摂取すると慢性中毒を引き起こすのである。

 ゲルマニウム健康食品の製造量から推定すると、厚生省が発表した6人の死亡、23人の中毒者数は少なすぎ、原因不明のままの患者は相当数になると推定される。薬効を記載して売った場合は薬事法違反になるが、薬効を記載しない健康食品であれば取り締まる法律がなく野放し状態であった。

 九州大医学部第二内科で、ゲルマニウム健康食品による患者6人が見つかり佐内透医師が中心となって動物実験を行った。無機ゲルマニウムを高濃度、中濃度、低濃度の3つに分けてラットに投与すると、高濃度群の5匹のうち1匹が腎不全で死亡、残りの4匹も腎臓の遠位尿細管に変性が起きていた。国立大阪病院循環器科の松阪泰二医師らが、ラットに無機ゲルマニウムを10カ月間飲ませ、4匹中1匹が遠位尿細管障害による腎不全になり、ほかの1匹に尿の濃縮障害を認めている。両グループとも動物実験で無機ゲルマニウムがヒトと同じ腎臓障害を起こすことを示している。

 昭和62年だけで、健康食品に関する悪質商法の検挙は23件、その被害者は約7万7000人で、売上額は約183億円に達していた。利益の追求のためには、国民の生命や身体を危険にさらしてしまう業者の本質が浮き彫りになった。

 医薬品と健康食品は明らかに違うものである。医薬品は疾病の治療に用いるもので「その効果が証明され、副作用が調べられているもの」に限られている。一方、健康食品は健康増進が期待されるだけで、治療効果を証明する必要はなく、もちろん副作用は調べられていない。

 患者にとって、特に慢性の疾患に悩む患者にとっては、副作用がなく病気が治ればそれに勝るものはない。健康食品はその名前が「食品」なので、副作用がないと思いがちであるが、意味不明の健康食品は使用しない方が得策である。健康食品が安全とする先入観は大きな間違いである。

 米国では栄養補助食品には、「本製品はFDA(食品医薬品局)による評価を受けていないため、疾患の治療、予防には用いないこと」の文章を明記することが義務付けられている。ゲルマニウム中毒の報告は、日本だけで海外での報告例はない。