黄色ブドウ球菌食中毒事件

黄色ブドウ球菌食中毒事件 昭和55年(1980年)

 昭和55年4月10日、第5回くみあい家具フェアが大阪市の国際見本市港会場で開催された。その会場で主催者側が用意した幕の内幕の内弁当を食べた1915人が、下痢や嘔吐などの食中毒症状を訴え、349人が入院となった。

 くみあい家具フェアは約2000人の客で混雑し、昼に出された幕の内弁当を食べ、その1時間後からはき気や下痢を訴える客が続出した。広い会場はうずくまる人たちによって次々と埋め尽くされていった。また見学を終えて、会場から外に出た客は、貸し切りバスの中、次の観光地で下痢や嘔吐を訴えた。

 弁当や患者の嘔吐物から黄色ブドウ球菌とその毒素が検出され、保健所は黄色ブドウ球菌による食中毒と断定した。食中毒は堺市の給食業者が作った弁当だった。弁当を作った22人の調理人が調べられ、5人の指に切り傷が見つかり、このうちの数人から黄色ブドウ球菌が検出された。

 ブドウ球菌に属する黄色ブドウ球菌は、1878年にコッホが膿汁中に発見し、80年にパスツールが培養に成功した、ごくありふれた常在菌である。健康者の鼻や咽頭、腸管などに分布し、健康人の保有率は20〜30%とされている。ブドウ球菌は黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌の2菌種が有名だが、28菌種・10亜種に分類されている。

 最近ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が、院内感染の原因として話題になっているが、黄色ブドウ球菌は化膿から敗血症まで多彩な疾患を引き起こす。食中毒は黄色ブドウ球菌そのものの作用ではなく、黄色ブドウ球菌が産生するエンテロトキシンによって引き起こされる。つまり細菌による中毒ではなく、毒素による食中毒である。

 エンテロトキシンは分子量約2万7000の単純タンパク質で、消化酵素や熱に強い。エンテロトキシンはA型からL型まであるが、A型が最も食中毒の発生数が多い。エンテロトキシンが付着した食品を食べると、約3時間後に激しい嘔吐、腹痛、下痢を伴う。症状は毒素量や個人差で違いがあるが、重症例でもだいたい1日か2日間で治る。黄色ブドウ球菌による食中毒には特別の治療法はない。エンテロトキシンが原因であるから、抗生剤を投与しても効果はなく、点滴などの対症療法を行うだけである。下痢止めは通常は使用しない。

 ブドウ球菌による食中毒の診断は、原因食品、糞便、嘔吐物から黄色ブドウ球菌を分離することであるが、黄色ブドウ球菌は常在菌なので、黄色ブドウ球菌が発見されても断定はできない。確定診断は分離した菌株のエンテロトキシン産生性とコアグラーゼ型を調べることである。また最近では、原因食品から直接エンテロトキシを検出できるエンテロトキシン検出用キットが販売されている。このように検査法は確立しているが、食事をして数時間後に症状を出せば、ブドウ球菌による食中毒と考えて間違いはない。ほかの食中毒は症状出現まで半日以上かかるからである。

 食中毒の予防は、食品製造業者と調理人への衛生教育である。手洗いの徹底、10℃以下での食品の保存、食事までの時間を短くすることである。特に手指に化膿巣のある調理人が感染源になることが多いので、そのことを周知させることである。