人工心臓

【人工心臓】昭和55年 (1980年)

 心臓移植は世界では6万例以上行われ、80%以上の人が1年以上、半数が9年以上生存している。しかし心臓移植には心臓の提供者が必要で、数にも限りがある。もし人工心臓ができれば、人類にとって大きな貢献となる。

 昭和55年5月28日、東京大医学部の渥美和彦教授らは人工心臓の動物生存の世界記録を更新した。それまでの記録では、米国ユタ大学の牛による221日であったが、渥美教授らはプラスチック製の人工心臓を取り付けたヤギで、生存223日目を超えたのだった。この人工心臓は、右心室と左心室の機能を代用する両心バイパス型の補助心臓であった。人工心臓は、心臓の機能を部分的に代行させる補助心臓と、心臓を取り出して心臓の機能を完全に代行させる完全人工心臓の2種類に分類されるが、渥美教授のものは前者の補助心臓であった。

 人工心臓を用いた動物実験での生存日数は東京大・渥美教授らの344日、ユタ大・コルフらの297日、京都大・福増広幸らの226日、米国ハーシー医療センターの220日、ベルリン大のビュッヘルらの210日、チェコスロバキアのバスクらの173日などであった。なお実験動物の6カ月以上の生存例は世界では17例で、ユタ大7例、東京大4例、ハーシー医療センター2例、ベルリン大2例などである。

 昭和56年7月23日、米国のテキサス・メディカルセンターで、世界で2例目の人工心臓の埋め込みが行われた。これは、テキサス心臓研究所の阿久津哲造が開発した全置換型の人工心臓で、心臓移植までのつなぎとして埋め込まれた。移植から2日後にドナーが現れたため、人工心臓が取り外されて心臓が移植された。人工心臓は心臓移植までの54時間その役割を果たした。

 現在のところ、人工心臓は心臓移植までのつなぎであり、まだ一般的ではない。最近では、心臓を完全に置き換える全置換型人工心臓の臨床試験が全米で行われている。平成11年、完全埋め込みの「ライオンハート」が、平成12年には完全埋め込みではないが超小型の「ジャービック2000」の臨床応用が始まった。適応患者は世界で約10万人、日本でも数千人とされているが、完全人工心臓の道のりはまだ長いとされている。

 なお、冒頭で述べた東京大・渥美教授の世界記録更新のエピソードには余談がある。発表の翌日、東京の三井記念病院で同型のプラスチック製人工心臓を患者に取り付け、2日後に死亡していることが判明したのだった。このことは臨床応用の難しさを印象づけた。