エイズ

エイズ 昭和55年(1980年)

 昭和55年10月から半年間に、カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)病院で患者5人がカリニー肺炎で死亡した。カリニー肺炎は極めてまれな疾患で、免疫能が低下した患者に発症することはあるが、健康人ならば発症することはない。治療薬は原因となるカリニー原虫を殺虫するペンタミジンであるが、米疾病対策センター(CDC)で管理されているペンタミジンは、過去20数年間、全米で使用されたのは2例だけであった。つまり全米で10年に1例だった患者が、半年で5人に急増したのである。

 カリニー肺炎で死亡したのは、29歳から36歳の男性同性愛者で、その詳細についてはゴットリーブらが医学雑誌「MMWR」(罹病および死亡週報1981; 30: 250-252)に発表している。これがエイズに関する最初の報告となった。

 その後、サンフランシスコ、ニューヨークでもカリニー肺炎による死亡例が報告され、患者はいずれも男性同性愛者で、カリニー肺炎以外にも、カポジ肉腫(脈管内皮細胞の増殖した腫瘍)という非常に珍しいがんを合併していることも特徴であった。

 昭和57年9月、米国厚生省はこの疾患は成人になってから免疫機能が低下することから、後天性免疫不全症候群(AIDS;acquired immuno deficiency syndrome)、通称エイズと命名した。エイズは男性同性愛者に特有の疾患で、しかも致死的であったことから、エイズを同性愛という背徳が引き起こした、現代の黒死病と呼ぶ者が多かった。

 エイズを同性愛に対する天罰として、教会は罪人として、医師は病人として、家族は何らかの欠陥者と捉えていた。エイズ患者は病苦に加え、同性愛者としての偏見、企業からは解雇などの社会的無理解に苦しんだ。

 エイズは男性同性愛者に圧倒的に多かった。それはエイズに感染した精液が、アナルセックスで肛門の傷から感染したからである。血液や体液が傷口から体内に入り感染することから、同性愛者以外にも、麻薬の回し打ち、血液製剤を用いた血友病患者、輸血歴のある者にもエイズは拡大していった。エイズは輸血や性交(膣、肛門、口)に加え、エイズの母親から嬰児に垂直感染することが分かった。患者は4年間で1450人になった。

 エイズは感染から1〜2週間後に風邪様の症状をきたす。これは発熱、咽頭痛、倦怠感、疲労感などの軽い症状で、この症状は2〜3週間で消失し、その後5年から10年間は症状を示さない。このようにエイズは長い潜伏期を経て発症するが、この潜伏期間中はエイズとは言わず、無症候性キャリアと呼ぶ。無症候性キャリアが全身のリンパ節の腫脹、発熱や下痢、倦怠感、体重減少などの症状をきたすとエイズと診断され、多くは1年以内に死亡した。死因のほとんどはアリニー肺炎、結核などの日和見感染による。経過中にカポジ肉腫などを合併し、脳神経細胞も影響を受け多彩な症状を起こした。

 昭和60年10月2日、ロック・ハドソンがエイズのため自宅で死亡した。ロック・ハドソンは「ジャイアンツ」「武器よさらば」「夜を楽しく」「素晴らしき休日」などの名作に出演したハリウッドの人気俳優だった。ロック・ハドソンは昭和59年にエイズを発症し、フランスや米国の病院に入院加療していたが、症状は改善せず自宅で療養していた。

 ロック・ハドソンは自分がエイズであることを公表し、このことが大きな話題となり、彼の死は全米に大きな衝撃を与えた。それまでは同性愛の疾患との偏見から、米国政府はエイズ対策には消極的であったが、レーガン大統領はロック・ハドソンの死に哀悼の意を声明し、エリザベス・テーラーは「エイズ患者救済パーティー」を開催、「全米エイズ研究基金」を設立した。ロック・ハドソンの死をきっかけに、全米がエイズ撲滅に立ち上がった。

 昭和59年に6000万ドルだったエイズ対策予算が、61年には1億2600万ドルに、63年には9億ドルに増額された。移民者にはHIV(エイズウイルス)検査を義務付け、陽性者の入国を不許可とした。さらにはHIV感染者の差別を禁ずる法案、薬物中毒者の感染防止対策、エイズ研究への巨額の予算投入、エイズを理解するための教育用小冊子を1億700万部配布した。

 このような政治の動きの中で、研究者たちはウイルス発見のため熾烈な競争を展開した。昭和58年、フランスのパスツール研究所のモンタニエが患者から未知のウイルス(LAV−1)を分離。翌59年には、米国立がん研究所のギャロがウイルス(HTLV−III)を分離し、このウイルスをエイズの原因と主張した。

 ここで大きな問題が生じた。ウイルス解析の結果、モンタニエとギャロが分離したウイルスが同じ構造だったのである。モンタニエは、自分の見つけたウイルスをギャロに送っていて、モンタニエは「ギャロが見つけたエイズウイルスは、自分たちがすでに発見していたウイルスである」と発見の優先権を主張した。

 この騒動は、エイズの抗体検査から得られる膨大な特許権、エイズウイルス発見の栄誉がかかっていたため、米仏間で激しい争いとなった。昭和60年、米国立衛生研究所(NIH)は「ギャロが発見したウイルスはモンタニエが送ったサンプルに由来する」と断定したが、これを公表せずに、両国政府は双方が栄誉と利益を分け合うことで妥協した。

 昭和61年、エイズウイルスはHIV(ヒト免疫不全ウイルス:human immunodeficiency virus)と命名され、HIVがエイズを引き起こすメカニズムが研究された。

 すべての生物、すなわち人間から細菌までの遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)によるが、エイズウイルスの遺伝子はDNAではなくRNA(リボ核酸)である。遺伝子としてRNAを利用しているのは、成人T細胞白血病ウイルス、日本脳炎ウイルスなどわずかであった。

 エイズウイルスは体内に侵入すると、免疫機能に必要なリンパ球のCD4細胞に感染、CD4細胞に感染したウイルスは逆転写酵素によりRNAからDNAに変化し、CD4細胞の遺伝子DNAに組み込まれる。ウイルスは長い時間をかけて免疫の役割を果たすCD4細胞を破壊し、その結果、免疫力が低下してカリニー肺炎などの感染症を発症させ死に至った。

 多くの細菌やウイルスは、感染しても症状が改善すれば、他人に感染することはない。しかしエイズウイルスは例外で、感染するとCD4細胞にエイズウイルスが組み込まれ、一生涯身体から消えずに他人に感染させる。

 エイズウイルスに感染していても潜伏期にあるキャリアは、無症状のため検査を受けず、自分がエイズキャリアと知らずに他人に感染させてしまう。キャリアは自覚症状はないが、エイズウイルスに対する抗体を持っているので血液を検査すれば診断ができる。エイズ検査と呼ばれているのはこの抗体検査のことである。

 エイズウイルスの感染力は弱く、握手や食べ物からうつることはない。通常のキスでは感染せず、キャリアとの性交でも感染頻度は100回に1回程度である。感染力は弱いが、複数のパートナーを持てば感染率は高くなる。

 致死的疾患エイズが、なぜ人類の前に突然現れたのか、当初は謎であった。エイズが初めて発見されたのが米国だったことから、遺伝子組み換え実験によって作り出された生物兵器の失敗作とうわさされた。刑務所の受刑者を使って、刑期短縮を条件にHIVの生体実験を行っていたが、エイズの潜伏期間が長かったため効力なしと判断され、受刑者たち(キャリア)を出所させてしまったと推測する者もいた。しかし保存血液のエイズ検査を行った結果、1970年代の血清からHIV抗体が見出され、つまり1970年代当時からエイズが存在していたのだった。

 エイズは人間特有の疾患ではなく、エイズ同様のウイルスが、ネコやサルにも存在していた。ヒトのHIVはサルの免疫不全ウイルス(SIV)と似た構造をしていた。つまりHIVの祖先ウイルスは約200年前のアフリカで突然変異を起こし、人間に感染するHIVが生まれたとされている。アフリカで最初のエイズ患者が発見されたのは米国より3年遅れたが、アフリカの風土病だったエイズが、交通手段の発達により世界的に広がったとされている。ヒトにエイズをもたらすHIVは、米国や欧州、中央アフリカ、日本などに見られるHIV−1型と、西アフリカに多いHIV−2型に分類され、両方のRNAの塩基配列はわずかに違っている。

 ウイルス感染予防の基本はワクチンであるが、エイズワクチンは開発されていない。その理由はエイズウイルスが体内で容易に変異するからで、またエイズウイルスは多数の変異種があるからである。

 WHO(世界保健機関)の統計では、平成16年には世界中で310万人がエイズで死亡し、490万人が新たにエイズウイルスに感染している。感染者の総数は3940万人(地球人口の1.1%)とされ、特にサハラ以南のアフリカに患者が集中している。インドでは460万人が、中国では84万人が感染している。

 エイズは同性愛者の病気とされてきたが、異性間でも広がっていて、東南アジアやアフリカでは売春婦の半数がHIV陽性でエイズ蔓延の要因となっている。エイズ撲滅には、貧困層への薬剤提供が必要であるがまだ十分ではない。エイズの予防にはエイズに関する基礎知識や危機感が重要であるが、若者の間ではまだ希薄なのが現状である。

 昭和59年から、日本におけるエイズの動向が調査され、平成元年からはエイズ予防法に基づいて発生動向がまとめられ発表されている 日本人の性行動が、初体験の低年齢化、不特定多数との性交渉の増加、性行為の多様化、売春利用の増加などから、エイズは増加している。日本人のコンドームの使用率は高いが、不特定の相手の場合の使用率は低い。日本人のコンドーム使用は避妊が目的で、性感染症予防という意識が低いためである。特に若年層にこの傾向が強く、クラミジアや淋病といった性感染症が増加していることから、若年層のエイズ拡大が心配される。性感染症に罹患している場合、エイズに同時感染している可能性が高い。

 平成4年9〜10月の日本でのHIV感染者やエイズ患者の数は87例で、そのうち58例(67%)は外国人であった。女性の90%が外国人で、セックス産業で働く者がほとんどである。政府が危機感をあおりながら、実数はそれほどでもないことから、オオカミ少年現象によりエイズ予防への意識は低下している。

 日本のエイズ感染者(キャリアー)は、平成17年7月3日までの累積では、外国籍者を含め6938人(異性間の性的接触2654人、同性間の性的接触2839人、静注薬乱用36人、母子感染30人、その他134人、不明1245人)で、エイズ発症者は3445人(異性間の性的接触1481人、同性間の性的接触908人、静注薬乱用23人、母子感染17人、その他93人、不明953人)である。これとは別に、凝固因子製剤による感染者は1435人に達している。

 エイズ死者数は、平成元年2月から平成17年6月30日まで797人で、血液製剤による感染死者は579人である。かつてエイズは発症すれば数年以内に死亡し、エイズの診断は死の宣告に等しかった。しかし治療法の開発により、予後は大きく改善している。現在、エイズ治療は抗HIV薬を3剤以上併用するのが基本となっている。抗HIV薬とは、核酸系逆転酵素阻害剤、非核酸系逆転酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤で、3剤併用とはそれらを組み合わせた治療法である。エイズが黒死病と恐れられたころは、病院でのエイズ患者の診療拒否、手術拒否などが問題になったが、現在ではエイズ患者への偏見は少なくなっている。