CTスキャン

CTスキャン 昭和50年(1975年)

 東京女子医科大に設置されたCTスキャン(コンピューター断層撮影装置)が、昭和50年8月26日、日本で初めて稼働した。身体の断面図を映し出すCTスキャンは、現在では誰でも知っているが、その開発と実用化は医療に革命をもたらした。

 1895年、ドイツのレントゲン博士が真空放電の実験で、蛍光板を光らせる未知の線を偶然に発見、未知の数値を表すXの文字を当てはめX線と名づけた。最初の論文には「妻の手を撮影した写真」が掲載され、その写真には手骨と指輪が写っていた。

 この写真は世界中を驚かせ、レントゲンは人類のために特許権を放棄したこともあってX線は急速に広まった。1901年、医学に大きな貢献をもたらしたとして、レントゲンは第1回ノーベル物理学賞を受賞している。

 このX線写真では骨の状態は分かるが、筋肉、軟骨、血管などの軟部組織は不明確で、さらに前後に重なった臓器を識別できない欠点があった。この欠点を補ったのがCTスキャンである。CTスキャンの原理は基本的にはX線写真と同じだが、「X線を発生させる管球」と「X線の量を測定する検出器」を身体を挟むように設置し、患者を台に寝かせたまま管球と検出器を1回転させ、多数の角度から身体各部位のX線吸収率を測定し、X線吸収率の違いをコンピューターで処理して、身体を「輪切り状」に画像化する装置のことである。このCTスキャンを開発したのが、英国のハンズフィールドと米国のコーマックで、1979年にふたりはノーベル物理学賞を受賞している。

 ハンズフィールドは第2次世界大戦中、サウス・ケンジントン空軍大で無線工学を学び、1951年にEMI社に入社すると、開発されたばかりのコンピューターに興味を持ち、その医学への応用に夢中になった。1972年にコーマックの理論を応用してCTスキャン(Computed Tomography)を開発。X線の情報をコンピューターで計算して、人体の断面の画像化に成功した。なおEMI社はビートルズのレコードの売上げによって研究費が賄われていたので、「CTスキャンはビートルズによる最も偉大な遺産」と言われている。

 CTスキャンの登場はまず脳外科の分野で役に立った。それまで脳腫瘍、外傷、脳梗塞、脳出血などの診断には脳血管造影が用いられていた。脳血管造影は「脳の血管にカテーテルを入れて造影剤を流して撮影する方法」であるが、その診断精度は低く、検査には危険性が伴った。検査で死亡することもあれば、麻痺をきたすこともあった。そのほかの検査として、放射性同位元素による核医学検査、脳内に空気を入れて脳の形態を調べる気脳造影検査などがあったが、診断的価値は少なかった。その点、CTスキャンは患者にとって革命的メリットをもたらした。

 それまで脳梗塞と脳出血の鑑別は困難で、両者は区別できずに脳卒中と呼ばれていた。それがCTスキャンの登場によって、病変部位が白ければ脳出血、黒ければ脳梗塞と簡単に診断できるようになった。それまでの脳卒中の診断は、発症状況を詳しく聞き、ハンマーで患者の腱反射を調べ、麻痺の部位から病巣を推測していた。しかしそれでは正確な診断は困難であったが、CTスキャンの登場により、神経内科医の病巣診断よりも画像診断の方が正しいことを視覚的に示してくれた。CTスキャンが医師に与えた衝撃は強烈であった。

 CTスキャンは脳専用装置から出発したが、すぐに肺、肝臓、膵臓、腸などの各臓器に応用された。CTスキャンは解像度に優れ、多くの病変を描出することができた。情報量が多く、位置情報が正確だったため診断には不可欠の検査となった。

 当時のCTスキャンは、X線管と検出器に電力を供給するためのケーブルが付いていた。そのため1回転すると停止し、逆方向に1回転させるため、1回の検査に時間を要した。1回の撮影に時間がかかったため、心臓や肺など動いている臓器の診断は困難で、頭部のように静止した臓器が対象となった。この問題を解決したのがヘリカルCTであった。ヘリカルとはらせんを意味していて、患者が横たわる寝台に対し、X線の発生器と検出器をらせん状(ヘリカル)に連続回転させ、高速撮影を可能にした。

 さらに平成10年には、検出器を複数配列したマルチスライスCTが登場。CTは1回転で1スライス(1枚)の断層画像を撮影するが、マルチスライスCTは1度に複数枚の断層画像を撮影することができた。平成14年には、16チャンネルのCTが発売され、16チャンネルは1チャンネルCTの30倍以上の速さで撮影することができ、精度の高い立体画像を数秒で撮影することができた。つまり動いている心臓も静止状態で撮影できるようになった。

 CTスキャンは急速に普及し、人口当たりの普及率は日本が世界で突出している。大掛かりな装置であるが、被曝を除けば患者への侵襲はほとんどない。このCTスキャンは医学史上まさにレントゲンのX線発見に次ぐ重要なものとなった。